徘徊地蔵 無敵さん④
最寄りの神社での噂。
夜な夜なお地蔵様が歩き回る『徘徊地蔵』と呼ばれる怪談はこの辺りではちょっと有名だ。その噂は複数人から聞いているし、その寺は夜に門を閉めてしまうことが信ぴょう性を増させているのだが……俺はこの時点ではこの怪談を全く信じていなかった。
「え? それマジ? 徘徊地蔵の除霊依頼……っていうか、お前そんな事もしてたのかよ?」
「僕は公言はしてませんよ。ただ……」
「ただ……?」
クチコミか。
あり得る。確かにこの男……後輩様の力は本物で、俺も一度だけだが除霊をしてもらった事があるにはある。
「結構な金を積まれたんですよ」
「……金かよ。この守銭奴め」
いや、いっそ後輩様らしい理由か。
彼はこの一帯では霊の見える人としてちょっとした有名人だ。そして、霊を全く恐れない太々しさから『無敵さん』なんて呼ばれているのだが……それは大学の先輩である俺に対しても同じだ。なので俺は、俺だけは彼を『後輩様』と呼ぶことにして久しい。
「お金は大事ですよ? よく考えてくださいね先輩様?」
「う……おう。それは、そうだな」
俺は後輩様が差し出した3枚の食券を受け取り押し黙る。
勘違いしないで欲しいのはこれは正当な報酬だ。なんたって今日も日が傾く様な重役通学をかましたこの後輩様に講義ノートを見せて解説までしてやっているのだから。特に最近は後輩様が苦戦する傾向がだいたい理解できたので解説に事例や類似した別の問題も用意している。
「で、本当にいたのかよ? 夜な夜な地蔵が歩き回るとか……どういうアレだよ?」
「どういうソレかは知りませんが、いましたよ? 動く地蔵」
「マジか……俺はてっきり住職が毎夜毎夜女でも連れ込んでるんだと思ってたんだけど」
「先輩の脳内にいる住職、ちょっと煩悩が強すぎませんか?」
「む、いや……俺はだな、ただ一番あり得そうな理由を……」
言おうとしてやめた。
こういうのは取り繕うほど虚しいものだ。それを察したのか後輩様が話を戻した。
「……ところで先輩、徘徊地蔵がどうやって歩くと思ってますか?」
「え? いや、歩くんだろ? こう足を上げ……あ」
遅れて気付く。
当たり前だが地蔵は石でできている。動くのか……石が。
「どうやって歩くと思いますか?」
質問を繰り返す後輩様。
俺はこの設問に正解するのはちょっと無理だと悟った。
「勿体ぶるなよ……なんだ? モデルウォークかムーンウォークでもするのかよ?」
「ああ、そんな愉快な歩き方なら良かったんですがね」
俺はその先を聞いた事を激しく後悔した。
後輩様は昨日の深夜、某神社の木陰に隠れて深夜を待ったらしい。そして、そこで異変を見た。薄く光る白い玉が無数に飛び交う光景、その中で地蔵が次々に震え出したという。
「地蔵ってちょっとスレンダーな雪だるまみたいだと思いませんか? 丸い頭と細長い胴体……あれに似てる形のものって色々ありますが、例えば……頭の上にもう一個丸があったら、まるで昆虫の胴体みたいだと思いませんか?」
「え゛っ……ちょっと、待ってくれ」
既に嫌な予感がした。
俺は怖い話が苦手なのだが、次に嫌いなものが……蟲だ。だが、この返答は失敗だった。後輩様は俺の反応を見て勝ち誇った様な笑みを浮かべる。なんて……なんて嫌なやつなんだ。
「そういう歩き方だったんですよ。地蔵の頭上に薄く光る球がくっついて……蜘蛛ですねアレは。地蔵が蜘蛛みたいな身体になったんです。……もちろん脚もありましたよ。同じような白い……人間の手みたいなのが8本」
「っ……なあ、流石にそれはビビっても良いと思うぞ? ビビっただろうそれは……なぁ?」
「いや、なかなか危ない依頼だったなとは思いましたが怖がる事はないでしょう」
意味がわからない。
どこをどうしたらそれが怖がる事じゃないのだ。深夜の神社で1人、目の前には蜘蛛の化け物となった徘徊地蔵が歩き回る……そんなものを隠れ潜んで見ているなんて正気じゃない。そこにいるのが俺なら既に失禁と気絶は免れないだろう。
「その感性は全く理解できないけど、それで……どうしたんだよ?」
「……まあ、もう動き回ることはないでしょうね……」
倒したのか……。
怪談というよりもモンスターパニックに近い様なそんな化け物を……この虚弱体質の後輩様が。俄には信じられないが、後輩様が生きてここにいるのは間違いない。そして、後輩様の頬は痛々しく腫れているのを見ると想像してしまう。後輩様が蜘蛛の化け物となった徘徊地蔵と戦う様な激戦の想像。
「倒したのかっ!?」
「え? ああ、まあそうなりますかね」
そう言って後輩様がちょいちょいと指を指す。
指の先にあるのは俺の食券だ。つまり、これが依頼料の使い道の一つだということなのだろう。
俺の手が震える……マジか。
これはヤバい……知り合いがオリンピックに出た気分とでも言うのか、ちょっと……いや、かなりワクワクしてきたのだけどここで水をさされる。
「……先輩? 言っておきますけど僕に化け物と殴り合う戦闘力とかありませんからね」
「えっ……あ、ああ……そうだよな」
「……なにを想像してたんですか?」
我に帰る。
じっとりとした目を向ける後輩様がムカついたので『うるさい』『視姦するな変態』など適当に罵声を浴びせて黙らせた。思えばちょっと恥ずかしい勘違いだった……この後輩様が格闘映画みたいに怪物と殴り合ったりするわけがない。脳内で作ってしまった後輩様VS徘徊地蔵ムービーを投げ捨てる……クソ、某サバイバル映画をベースにした後輩様がブービートラップで奮闘するバージョンはなかなかの名作だったのに。俺は全部面倒になって早く答えを聞く事にした。
「じゃあ、その怪我はどうしたんだよ?」
「ああ、これですか? これは……」
そして、俺はあまりにも後輩様らしい解答に唖然とした。
そうだった。コイツは後輩様、そして先輩にも霊にも変わらない太々しさから『無敵さん』と呼ばれる男だ。
「住職に殴られたんですよ……地蔵、池に沈めたから」
「はぁ!?」
俺はその言葉に空いた口が塞がらなくなる。
だが後輩様は思い出した様に頬を摩りながら言った。
「いいですか先輩……徘徊地蔵ってのは夜地蔵が動き回る怪談ですよね? 誰が馬鹿正直に夜に退治します?」
後輩様はため息混じりに続ける。
それはもう、心底バカを見る様なバカにした顔で俺を見ながら言った。
「地蔵が動けない朝の内に手を打てば良いんですよ。石ですからね……池に沈めれば這い上がってこれないでしょう」
「どんな一休さんだよ……」
俺はちょっと本気でガッカリした。
色々な後輩様スペクタクルを想像したが、結局後輩様は後輩様だった。それも、彼が早朝に地蔵を池に投げ捨ててから夕方まで大学に来なかった理由が地蔵を運んだ事で疲れて家で寝ていたというのだから想像以上の後輩様ぶりだ。
結局はこんなもの。
これがあの頃の俺と後輩様の日常……大学生活四年間のほとんど全てだったと思う。俺と後輩様はいつもこんなやりとりをしていた。だから、後輩様と俺のこんな日常に終わりがあるなんてことは当時では想像もできないことだった。




