ふくみ笑い 無敵さん②
モデル体型といえば聞こえはいい。
179センチほぼ平均体重の俺はよくモテた。女子バスの勧誘員と同性からのラブレター……しかも、異性から声をかけられたことはほとんどない。それで、せめてもの抵抗というか……女の子らしいを真剣に考えた時期があった。
一人称を私に変えてみたが続かない。
この身長だとお洒落をしようにも服の種類が少ないし、四捨五入してギリギリAカップのブラも同じく選択肢に乏しい。しかも、ハイヒールは逆効果だった。
もちろんそれで諦めたりはしない。
ただ……ウサギを描けば子供が泣くと言われるほど美術が苦手なせいか、化粧はどうしても上達しなかったし、お菓子作りも5回に4回は毒薬になるなど……とにかく、どうしても俺には女の子の才能が足りなかった。
だが、怖い話に怖がるフリなら出来た。
と言っても『怖いな』とか『ヤッベー』とか言うだけなんだが、それでも俺にとっては貴重な女の子らしさの成功体験だった。そして、そんなことを続けていたある日からだ。嘘でも怖いふりをしているうちに俺は本当にそういうものが苦手になってしまった。
スマホを叩いて女子会メンバーをチェック。
なぜか夏になると急増する怖い話好き系の女子がいない事を確認して参加を知らせたのだが、甘かった。
「後から遅刻参加で怪談女子の大御所が参戦すると決まったから、怖いので帰りは僕に迎えにきて欲しいワケですか……」
「おう、いつも代返してるし……たまにはいいだろう?」
「あれは報酬を出してます。でも……良かったですね。今の先輩とても女の子らしいですよ」
「ぐ……」
後輩様はそう言って鼻で笑った。
彼は俺がいつも代返をしているグータラ大学生で、先輩の俺どころか幽霊にまで太々しい態度をとる様な大人物だ。それが原因か『無敵さん』と周囲から呼ばれているが、俺だけは皮肉を込めて『後輩様』と呼んでいる。『無敵さん』というあだ名の言わんとする事はわかるが、コイツの虚弱体質をよく知る俺にはどうしても彼を『無敵さん』と呼ぶ気はおきなかった。
そして、なにかと口が悪くて嫌なヤツだ。
自分だって華奢でぱっと見は男か女か分からない様な顔立ちのくせに……。
「もういいよ! 俺だってちょっと心細いなとか……帰りにいてくれたら嬉しいな……とかちょっと思っただけで、お前なんかいなくても平気だよっ!!」
席を立つ。
背を向けてズカズカと歩いていると後輩様がボソリと『女の子らしいところ……あるじゃないですか』と言ったのが聞こえたが『まだ言うか』とぶん殴りたい気持ちを堪えて聞こえないフリをした。
……
なぜ女子会は夜なのか。
なぜ夜にばかり幽霊が出るのか……。無駄な接点に腹が立っておしとやかなチューハイぐらいではまったく酔いが回らない。お呼ばれした部屋がピンクのカーテンで可愛い人形がそこら中にモフモフと転がっているのがまた疎ましい。どうせ俺の家のカーテンは灰色だし、人形なんて家にない。彼氏いない歴が年齢と合致する人間にモフモフは無縁なのだ。
「ねえ、無敵さんとどうなの? よく一緒にいるけど……」
「結構美形だよね? 可愛い系?」
ウザい。
それは口には出さない。だが、俺に振られる会話はどれも後輩様との関係についてで……彼女たち一般的な女子という生き物はなぜだか、女子だけの空間を形成すると堰を切ったように下ネタを始める。しかも、大抵は下ネタを初めてものの5秒で肉体関係まで掘り進む様なとんでもなく鋭角な削岩機の使い手ばかりだ。
「いや、アレは恋愛とかそういうのじゃないから……」
「えー!? でも今日お迎え頼んでたでしょ?」
「え? なんで知ってるんだ?」
「へっへー内緒だよっ」
情報収集力……怖すぎるだろ。
その話題に一斉に飛びつくハイエナガールズ。やめろ……このままじゃあ骨も残らない。いや、それどころか死人に口なしをいいことに空想の既成事実が大学中に拡散されてしまう。それだけは阻止したいのだが、俺の女子力は彼女たちに遠く及ばない……カースト最下位に近い私は生きていても死んだ様なもので、これを覆す能力を持たない。
「随分盛り上がってるのね」
「あーっ!! 霊子さんだ。遅いですよー」
……ああ、助かった。
遅れてやってきた参加者のお陰で俺へのヘイトはかき消される。因みに現れた霊子というのはカーストで言えば最高位の女性……得意技は占いと怖い話という実に胡散臭くて『キャーキャー』言いたい系女子のツボを捉えたステータスの持ち主だ。
そして部屋の電気が消える。
霊子さんの怖い話が始まった……女子会の主催者は霊子さんが来ると聞いてすぐに蝋燭を買い、グループLINEに『時間未定で怖い話が30分ありますよ』と送った。主催に気をつかわせるほどの凄まじい人気といい、タイムテーブルに時間を用意されて主役になる雇用体制といい……まるで芸能人の様な扱いだなと思った。
そうして彼女の語りが始まった。
それはよく聞く『当事者にだけ見える人影』という類いの怪談だったけれど、少しだけ珍しいのは『その影の声が聞こえる』という事と……彼女なりの『怪談への解釈』が添えられている事だった。
「これは、今も続いている話なんだけど……私の視界の隅には人影が過ぎることがあるの。もちろん、人ではないわ。それは視界の隅なら壁でも空でもどこにでも現れて……私が追いかけるとスッと視界の外に逃れようとするの」
「その影は日に日に色が濃くなり、距離が近くなり……ついには声が聞こえる様になった時には私も流石に生きた心地がしなかったわ。……声は、私の視界から逃れた後に決まって聞こえるの……酷くシワがれた声で、『キヒッキヒッ』と愉快そうな……そんなふくみ笑いが」
「でもね、ある日を境にそれは私の視界の隅で動くのを止めたわ。飽きたのね……」
「飽きた?」
「そう……飽きたのよ。私が正体に気づいてしまったから」
よせばいいのに。
女子会の1人が先を促し、それに返答する程で周囲の関心を絡めとる……こなれている。いつのまにか、みんなは霊子さんから目が離せない。霊子さんから伸びる無数の蜘蛛の糸に絡めとられている様な……そんなイメージ。
「かくれんぼだったのよ……あの影は私と遊んでいたのね。ただ、その正体は老後の私。……影が逃げた先が見える様に手鏡を置いて確認したら、シワシワのおばあちゃんだったから見た目では自分だと確信できなかったけど……祖母に似ていて私と同じ場所にほくろがある事まで確認できれば……ね」
誰かが唾を飲む。
そんな小さな事が嫌というほど大きく響いて感じた。
「私の影はもうそれで動かなくなったわ……でも、これはあまりいい解決ではないわ」
「な……なんでですか?」
霊子さんは悲しげに笑って言った。
「アナタは自分の老後の姿を見て正気を保てる自信があるかしら?」
「……」
……おしまい。
霊子さんがそう言ってもしばらくは誰も動けなかった。それでもボツボツと会話は戻り、小1時間もすればさっきの話もただの怖い話だったと言わんばかりに『スッゴイ怖かったー』などと彼女たちの『怖がった体験談』というアクセサリー箱にしまわれていく。その頃には解散に良い時間だったのだが、最後に霊子さんが占いをしてくれるらしく一人一人に大吉的な占い結果を告げていく……怖がらせたアフターフォローといったところだろう。
「金運が良いわよ……あら、でもアナタ……水には注意が必要ね」
「え……」
なぜか俺だけ微妙な占い結果を告げられる。
多分、霊子さんのご来場時に話題の中心だった俺へのあてつけだろう。とにかく、そうして俺はようやく女子会から解放された……いや、逃げ出す機会を得たというべきだろう。俺以外の全員がこの後カラオケに行くというのだから。
……
急ぎ足。
夜道は嫌いだ……怖い。ほとんどの怖いものは夜に出る。それは多分……先が見えない夜の闇、その恐怖こそが怪談の源泉であり恐怖の母……つまり夜は怖くて当たり前のものなのだろう。俺は時計は見ない事にして震える足を前に動かす。カラオケの話題が出た時にはもう日は跨いでいたし、そこからダラダラお話があって行動が遅いのが女子の特徴……時計の針を確認したら、ますます怖くなる時間だという自覚があった。
『ゴコン』
「ひゃあ!?」
情けない声が出た。
どうやら猫がポリバケツの蓋をひっくり返したらしい。音の理由が分かった事で安堵しようとしたが……同時に俺が今の状況を予想以上に怖がっていることを身体が理解してしまう。足が重い。そんな時、それは聞こえた。
『キヒッキヒッ』
「……え?」
気のせいだ……と思いたい。
それは俺の視界のちょうど隅で聞こえた気がして、嫌でも今日聞いた話しが頭を過ぎる。跳ねる様に脈打つ心臓の音だけが響く……無音。霊子さんの話し終えた後の静けさとは違う完全な無、そして闇。俺はゆっくり前に動く……いっそ戻ってカラオケに混ざりたかったが、振り返れない。さっきから視界の隅で何かが動いている……退路を失った俺には前に進む以外の選択肢がなくて、まるでこの一本道の先には今より恐ろしい何かが俺を待っている様な不安が迫り上がってくる。
その時だった。
『コツコツコツ……』
「……」
遠くに足音が聞こえた。
それは小さな音だったが、確実に近づいてくる。過敏になっている俺にはまるで暗闇の中に浮かぶ俺に向かってそれが真っ直ぐに近づいてくる様な印象を受ける。
『コツコツ…………タッタッタッタッタッタッタッタッ』
「ひっ……」
足が……動かない。
向かってくる足音は、俺を見つけて立ち止まったあとに……走り出した。近づいてくる。逃げるのは……無理だ。
『タッタッタッ……タ』
音は、俺の真後ろで止まった。そして、俺の肩に……そっと手がおかれた。
「ぎゃああああああ!!」
「近所迷惑ですよ? 先輩」
「……あ゛あ?」
悲鳴を上げて振り返った俺の後ろには後輩様がダルそうな顔で立っていた。
彼は『野暮用』だという何かで女子会の会場に向かったらしい。
そこで俺が1人で帰ったことを聞いて追いかけてきたらしいが、まあなんでもいい。俺は後輩様に『脅かすなボケ』と『正直ちょっと心細かったから、ありがとう』というありのままの本音を告げた。そして、今日聞いた霊子さんの怪談と今も視界の隅には見えている影の事を伝える。
「先輩、飲みなおしませんか? 2人で」
「え? ああ……いいけど」
それは、この状況の解決ができる……そういう意味なのだろうか。
……
最寄りの居酒屋。
24時間営業の居酒屋が近くにあったのはありがたかった。今の俺はあまり歩きたくない。視界の隅には今もそれが見えているからだが、それでも知っている人間が近くにいるというのはありがたく、おかげでここまで足は淀みなく動いた。
ただ、この先はあまりにも予想外だった。
「阿呆が……お嬢様、アホですか」
「……」
後輩様は居酒屋に着くなり生ビールをジョッキでイッキ飲みした。
そして彼は突然、どこかで聞いた様なモノマネをはじめた。それも……『罵倒系のモノマネ縛り』というチョイスで、ちょっと上手い。更にモノマネのネタが尽きると今度はお説教が始まる。
「アホは言い過ぎでした。先輩はマヌケです」
「おおう、お前いい加減にしろよ……」
「だって、第三者の目線で見てくださいよ人影? モヤ? なんだか知らないけど視界の隅に見えるものを追っかけ回してくるくる回るわけだ。それって『自分の尻尾を追いかけてくるくる回るアホ犬』そのものじゃないですか……あぁ、じゃあやっぱりマヌケじゃなくてアホなのか」
コイツ、本当は酔ってはいないのではないだろうか。
よくも揃えたなと思えるほどの罵倒のバリエーションにはもういっそ感心する。そして、なんの解決にもならないまま俺は酔い潰れた後輩様に肩を貸して家に帰る事になる。肩を貸すと後輩様は驚くほど軽い……華奢だとは思っていたがこれほど軽いとは思わず少し驚いたがそれは別の話しだ。
本当はコイツの家に放り込むべきだ。
そうなのだが……俺はとある理由で後輩様の家に入りたくない。特にこの時間にあの家で起きている現象は絶対に見たくないので、仕方なく自分の家まで連れてきて廊下に転がした。その後俺はシャワーも浴びずにベッドに潜り込む。
「むにゃむにゃ……先輩はアホですね。それに鈍感で……アホ……」
後輩様は寝言も辛辣だった。
外に蹴り出してやろうかとも思ったが、眠いし、かなり疲れていたのでそのまま眠ってしまった。
……
翌日、俺にはもう視界の隅に影が見える事はなかった。
後輩様はこうなる事が分かっていたのか、いや……彼に除霊をした素振りなどなかったと思う。俺は真相が気になり、素直に聞いてみた。
「それはですね、錯覚というのは脳の勘違いですから……否定しまくれば消えるかなと思ったんですよ」
「ああ、それであんな……いや、他にやり方ないのかよ!?」
俺の代返ノートを受け取った後輩様が言うにはそういう事らしい。
俺の文句には答えずに、代わりに『なんで僕、先輩の家にいたんですか』と質問で返されたので『お前の家、キモいから嫌だった』と言うと、彼は少し憤慨した後で『いや、でも無用心ですよ。女の一人暮らしなんですから』と言われて、その中の僅かな女の子扱いをされた成分に俺は少し浮かれてしまった。
霊をも恐れぬ『無敵さん』の異名を持つ彼の言い分をまとめると、つまりは『病は気から』『霊も気から』という事らしい。
だが、霊子さんの『水』に気をつけてという占いは当たっていた。
後輩様にさんざんアホ呼ばわりをされた原因は『酒』……つまりは『水』が原因だったのだから。




