食玩 無敵さん①
大学二年の夏。
俺が最近よく連む友人に『無敵さん』と呼ばれる小男がいた。
「先輩、だるいんで今日も代返お願いします」
「あー、分かった。でも昼飯は奢れよ」
電話越しだと違和感がある。
中性的な顔で小男だというのに彼の声は特別に低い。目を閉じて声から連想すると本人とは正反対のダンディなイケオジイメージになってしまう様な声……もっとも、その声で頼まれた内容はハードボイルドなドラマ展開とは無縁な授業の代理出席だ。無敵さんはいつも気怠そうな顔をしていて頭痛持ちの低血圧……午前の大学講義はほぼ代返、彼が入学した春から翌年の夏までのその殆どを俺がこなしていた。
「先輩、女にしては字が汚いですね……要約も下手だし」
「頼んでおいてそれかよ……後輩様はいい身分だな」
第一声は大概これだ。
いつもながら感謝のかけらもない素晴らしい後輩様だ。
ライスおかわり自由の旨くない学食カレーを食う。
持参の塩とラップでおにぎりを4つ作ればこれで夕飯と朝食の憂いもなくなる。俺がせっせと握り飯作りに励む傍ら、後輩様は対面の席でヨーグルトをつついている。『お前はダイエット中の女子かよ』という言葉が喉元まで出かかったが、スッピン、ジャージ姿で手は潰れた米でベタベタの今の俺では彼の無遠慮な反論をしのぎ切れるとは思えずに断念した。彼はこの太々しさが原因で『無敵さん』俺からは皮肉を込めて『後輩様』と呼ばれている。
「なぁ、お前さ……ほぼ毎日俺にバイト代払ってるけどそんなに仕送り多いのか?」
「仕送りはないですよ」
バカな……。
俺へのバイト代など大した額ではないが、この大学の学費は安くない。生活費も入り用だろうし……そうだ。コイツは寮生ではなくてオンボロとはいえ平家を間借りしている。どうやったら、ただの大学生がそれだけの資金を捻出できるのだ。……高時給というと、まさかアレか。確かにそれなら朝が弱いのも納得だし、こいつの顔は男女問わずウケが良さそうではある。
「まさかお前、夜にいかがわしいバイトとかしてる?」
俺は手でアレなジェスチャーをしてからかう。
「は? 先輩……アホですか?」
「……」
アホは……酷いだろう。
俺は指を一本だけ立てた右手と、親指と人差し指で丸を作った左手をそっと机に降ろした。
でも、そうでもないと計算が合わない。
そんなお前のライフスタイルが悪いんだよと言いたかったが……どうも後輩様はそれを察したらしく俺を見て軽く笑うとポケットから小さなゴム人形を取り出した。
「は? これって……」
「食玩です。これが俺の財源なんですよ……」
それは……彼が無敵さんと呼ばれる肝の様な話し。そして、彼の財源の正体でもあった。
彼が手に持ったのは食玩。
某人気ヒーローものの悪役らしい。全身が火傷にでもあった様な皮膚で顔は口だけ……本来はそれなりの色があるのだろうが食玩は肌色一色で作られているために、焼け爛れた皮膚の亡者の様なそれは不気味さが倍増して見える。
「レアキャラなんですよ」
小声でそう言ってからクスりと笑い、この人形は僕が作ってるんですと続けた。
「え、お前食玩の設計でもしてんの?」
「先輩ってバカですよね……ここ教育大学ですよ? どおりで字が汚い筈だ。そんな事で来年から教職とか大丈夫ですか?」
一言多い。
後輩様こそ、その口の悪さと低血圧で教職が務まるのかと反論したかったが不毛なのでやめた。きっと10倍は軽く言い返されるし、弾数の優位は彼にある。で、ここからは少し不思議な話しだ。
「この食玩……朝になると、前日に何をしても僕の家の机の上に立ってるんですよ」
「え……俺、その手の話しあまり得意じゃないんだけど……」
突然、普通に怖い話しが始まった。
俺は話を中断させたかったが『聞いたのは先輩ですよ』と返されるので、仕方なく先を聞くことにする。
後輩様が言うには、この食玩は呪われているらしい。
そもそも後輩様の借りた平家というのが格安激安のワケアリ物件らしいのだが、その理由がこの食玩らしい。それは入室した日も備え付けの机の上に立っていた。
「まあ捨てますよね。興味ない番組のキャラクターだし」
その時、後ろにいた大家さんが軽く悲鳴をあげたが……彼はさして気にしなかったという。
「次の日に机の上にあるんですよ……もちろんこの食玩が、で、また捨てるんですが……」
何度でも戻ってくる。
よくある呪いの人形のパターンだなと思った。だが、俺はゾッとした……食玩にではなく、彼の行動に……。
「まあ仕方ないですよね。捨ててダメなら、燃やせばいいじゃないですか」
……どういう思考回路だ。
センセーイ、マリーアントワネットが可愛く見えるほどの罰当たりがここにいまーす。
身の危険はまだないとはいえ、勝手に家に戻ってくる様な気味の悪い食玩を彼は躊躇なく燃やした。
庭に穴を掘り、念入りに灯油をかけて燃やしたそれは既に焼け爛れた様な皮膚をメリメリとめくり、熱に踊るように身体をくねらせながら黒く変色して……。
「ぎゃああああああ」
「先輩、うるさいですよ?」
俺の悲鳴は……後輩様の冷たい言葉で消火される。
食玩はそのまま溶けて焼失したが、翌日にはやはりというかなんというか……そこに立っていた。
「ヤバいな……」
「ですよね……だから僕、霊に詳しい人を呼んだんです」
御祓いかと思ったが、違った。
心霊グッズ……それも本当に人知を超えたものだけを扱うバイヤーをあるツテで呼んでそれを売ったという。
「なんつー発想だよ」
「ナイスアイデアでしょ?」
4万円。
それは食玩とは思えないほどの高値で引き取られたが、やはり翌日……彼のもとに戻ってくる。
「ストップ……それ詐欺じゃない?」
「霊的なものが欲しいんだからブツが逃げるくらい仕方ないですよ。ペットショップはお買い上げ頂いた犬猫が脱走しても責任は持ちませんし……毎日机に戻ってくるんで何度も売れるって訳です」
色々な意味で……なんてやつだ。
俺は呪われた食玩ビジネスなど大金を積まれても嫌だし、そんなものと犬猫を同一視もできないが……これだ。この、後輩様の『霊現象でも一切ブレない太々しさ』が周囲に彼を無敵さんと呼ばせる所以となっている。
彼は毎日食玩を売った。
心霊グッズのバイヤーは毎日取引に応じたし、ある日からは呼ばずとも毎朝やってくる様になる。
「なぁ、毎朝逃げる食玩がなぜ何度も売れるんだ?」
「……ですよね」
流石の彼も不思議になりバイヤーに尋ねるとそいつはしばらく呆けた後、ははんと笑った。
どうやらバイヤーの持つ市場では後輩様の食玩は引くて数多の入れ食い状態……食玩が逃げ帰る事そのものが心霊グッズの好事家にとっては素晴らしいオプションなのではないかと言い、とにかく、これからも頼むよとバイヤーは言った。
「なくなって喜ぶ……不思議な業界もあったもんだな……」
「ああ、でもそれは違ったんです……多分、売れた先で何かの心霊現象は起きていると思うんですが……多分、その食玩はまだそこにいます」
「……どういう事?」
「僕、言いましたよね? この食玩は僕が作ってるって……」
「え……まさか……」
彼は広角を上げ、俺は目頭を両手で覆った。
彼は鞄からさらに食玩を4つ取り出す。どれも同じ……それはつまり彼が捨てた人形は戻ってきたのではなく、毎夜、机の上に新しい人形が置かれているということを意味していた。
「なので実験したんですけど、部屋の中に置いておくと机に戻るんですが……腕を折ったり、部屋から外へ出すと新しいものが机に現れるんですよ」
「お前……」
よくもまあ冷静な。
そして彼はこう続ける……嬉しい誤算だった。
「数が増えたので売れる数も増えましたし、毎日売った数だけ机に食玩が置かれているんですよ」
しかもだ……。
これは数日前に分かったことの様だが、どうやらこの食玩のキャラクターはどのヒーローものにも登場しなかったという。
しなかった……なぜ過去形か。
それは、彼がこの数ヶ月大量にこの食玩を売り捌いた事で、食玩には後天的に『メルトマン』という名前が設けられ、更には某人形ヒーローものへのデビューが決まったらしいのだが……何度か商品化の告知が出るのにも関わらず、それはどれも中止になっているという。
「おかげで今ではこの作品の愛好家にも市場が広がってますよ」
彼はそう言って笑い、俺は思う。
なるほど、確かに彼は相当に『無敵』らしい……。




