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マガツヒ 前編 無敵さん(完)

 春夏秋冬、春が終わり夏が過ぎ、秋が過ぎれば冬が訪れる。

 そんな事を当たり前と思ってはいけない。例えば、そうだな……夏の次に何十年も前の夏が来る事だってあるだろう。例えば、そう……()()()()の様に。


……


 大学生活で出会った不躾な後輩、彼は俗に言う霊の見える人だった。

 彼は心霊現象の絡んだ幾つもの事件を解決し、無敵さんと呼ばれていたが……当の本人は虚弱体質の小男で、異性で先輩の俺にバイトとして大学講義を代返をさせる様な太々しい後輩だった。


 だから俺だけは、彼を後輩様と呼んでいた。

 そして、それは俺が大学四年生の夏……旦那様へと変わった。


 人様の人生をどうこうという趣味はない。

 ただ、俺の人生はいやに濃かった様に思う。


 大学四年生……22歳の時に結婚し、翌年には男の子が産まれた。

 学生の本分たる勉学を代返(他人)の分まで頑張った甲斐もなく、就職を体験する事もなく専業主婦をした。結婚の事を知った当時の友人は多くの場合『あの……今日はエイプリルフールじゃないよね?』『熱中症には気をつけて……こまめな水分補給が』などと失礼な言動に走り、一部の女友達に至っては『貴女にだけは先を越されたくなかった』だとか『私、自分の人生が不安になってきた』などと言う始末だ。


 実際、意外だったろうさ。

 俺は女の子らしさが不得意なのを自認している。女の子らしさへの憧れは強かったが、苦手なものは仕方がない。だからお嫁さんなどになれるとも思ってなかったし、まさか……自分から告白したり、恋愛結婚をする事になるなんて夢にも思っていなかった。


 ああ、1人だけ初めから……本気で祝福してくれた親友もいた。

 私とは正反対に女らしい同級生で、彼女とその妹とは姉妹揃って何かと縁があるのだが……その話はまたの機会にしようと思う。


 夫婦生活は順風だったと思う。

 旦那様は小煩いのが玉に瑕だが真面目な良い父をしてくれた。生活でも金に困ることもなく……まぁ彼は定期的に入退院を繰り返したが、それも大病というわけではなかった。俺の家庭でのそれは最早定期行事だった。旦那様の入退院については息子も慣れたもので、3度目になる頃にはもう『おつとめご苦労様です』とか『娑婆でお待ちしてます』などとどこで覚えたのか極道映画の様な冗談を言って旦那様を微妙な顔にさせていた。


 でも、育児生活は少し酷かった。

 何度もいうが俺には女の子らしい才能が乏しい。主婦業の多くは俺には難解で、近隣の主婦よりも若く、粗暴というのは悪目立ちするのに十分過ぎる要素だった。だが、これも仕方がない……料理に裁縫、休日の家族サービスまで暇を見ては尽くしてくれる旦那様の方がかなりレベルの高い主夫っぷりを発揮していたのだから。


 色々な事があった。


 旦那様の方針で旅行には良く出かけた。

 だから思い出は多い方だったと思う。


 些細な事での息子の家出。

 これくらいはどの家庭もあることだろうか。


 今もくだらないと思うが、夫婦最大の大喧嘩。

 原因は俺が記念日を忘れていた事で、誕生日や結婚記念日を逐一覚えている旦那様の方が普通じゃないと思う。


 長くても数年に一度訪れる旦那様の入院については……まぁ、いいか。


 授業参観で教員と揉めたPTAの重鎮を蹴り飛ばしたのは反省してる。

 無言で顎にハイキックはやり過ぎだったが、旦那様はどちらかというと丈の短いスーツスカートで上段蹴りをした事の方を怒っていた。好きに言わせておけばいいと思うが……これ以降、俺はママさんグループで『馬女』というあだ名で陰口を叩かれている。だが俺としてはむしろ、旦那様が広義のあだ名として『王子』と呼ばれている方が気に食わない。

 

 本当に濃い時間だった。

 色々あったが、過ぎてみれば順風な人生だったと思う。


 ああ、強いて難があるとすればバカ息子か。

 親バカと言われるかもしれないが、良い風に旦那様に似て頭も顔も良い。加えて身長だけは俺から遺伝したらしく、頭を活かした仕事も身なりを活かした仕事も困らないポテンシャルのある……大奥手だ。


 結局、バカ息子が婚約者を連れてきたのは俺が53歳の年……息子が三十路になってからだった。

 でも、旦那様と違って礼儀正しく……俺とは比べるまでも無い様な女性らしい魅力に富んだ女性を連れてきたから、そこは許す。


 そして、俺が55歳の年……旦那様が死んだ。


 元より虚弱体質の彼にしては、長生きだったのかもしれない。

 もちろんもっと一緒にいたかったさ。でも、俺は満足してしまったんだ……悲しいのに満足してしまうぐらい沢山の思い出を、彼がくれたから。


……


 風が吹くように、雨が降るように自然と世界が変わっていく。

 マガツヒの悪戯とはそういうものだ。

ーマガツヒの考察より抜粋ー



 とある県の高級住宅街に一際大きな家がある。

 自慢しないのが難しい……俺たちの家だ。ハッキリ言って大豪邸だが、旦那様の仕事が何かは……実は息子もまだ知らない。


「ったく、1人で住むには無駄にクソ広い家だな」


 旦那様が死んで葬儀が終わった。

 葬儀というのは以外と面倒で、多くの人や金……物が動く。怒涛の日々を終えてみると静まりかえった我が家が実に寂しく映った。


「幸い掃除だけは得意だけど……面倒だな。とはいえ流石に息子の新婚生活に押し入るわけにもいかないしな」


 一等地の大豪邸。

 旦那様の意向で広い敷地だというのにほとんど庭がない大屋敷……この中で毎食インスタント食品を食いながら過ごす余生を想像すると、悲惨すぎて笑える。


「言っとくけどお前が悪いんだぞ! 先に逝くから!!」


 半ば八つ当たり気味にドアを蹴り開け旦那様の部屋に入った。

 思えば今まで数えるくらいしか彼の部屋には入っていない。理由は幾つかあるのだけど、今はそれも少し懐かしい。広い畳の一室に大量の本棚……中身はだいたいが心霊現象の書籍で漫画などの娯楽物はない。書斎卓にも本が積まれ、その片隅に熱心に赤ペンで丸をつけられた旅行パンフレットが数冊と一つの不気味な人形。几帳面な彼らしい部屋だ。


「んっ? なんだ……こんなのあったかな?」


 これだけ整頓された部屋でこんな目立つものを見落とすだろうか。

 いや、そういう事もあるかもしれない……遺品整理で入った時は、平静を保ったつもりだったがやはり……キテいたんだろう。


 それは、整頓された部屋の床にぽつんと積まれた本の束だった。

 本は下に置かれたものほど古い。新しいものは日記で、古いものはノートだったが……その背表紙にはどれも『マガツヒの考察』と書かれていた。


 その殆どは日に焼けてぼろぼろになっていた。

 そして、本の束の一番上には俺に宛てた手紙があり、一文目は『ごめん。僕は君に言えなかった秘密がある』と書かれていた。


「あいつ……まさか、あの妹と二股なんかしてたんじゃないだろうな……」


 俺はそんな低俗な事を、思ってもいないのに口にした。

 嫌な予感がしたんだと思う。きっとここにはあの旦那様が解決できなかったほどの何かが書かれている事を直感していたのだ。


 そして、予感は当たった。

 本を開いた俺はあまりにも壮絶な、そして苦しんだのだろう彼の人生を本当の意味で理解する事になる。


……


 マガツヒを理解しようとするな。

 人間には理解できない存在だ。人間から見たアレは悪……あるいは無。それはつまり次元が違いすぎて認識できない存在。本質は分からない。ただ……人間には理解できない存在という意味で言えば……マガツヒは神、あるいは悪魔なのかもしれない。

ーマガツヒの考察より抜粋ー


 無敵さんこと俺の旦那様の日記。

 一番古いものはノートを使った日記で、恐らく小学生の頃に彼が書いたものの様だった。


ーマガツヒの考察ー

 僕には物心がついた頃から不思議なものが見えた。

 不気味なものや怖いもの……そのほとんどがいいものじゃなかったけど、他の人に見えないものは見える事が気になったので沢山調べた。


 日記はかなり劣化が酷く読めない箇所も多かった。

 それでも日記の文字には旦那様らしい匂いがあって、読みながら自然とほくそ笑んでしまった。


「嫌だな……懐かしんで楽しむのは、もっと歳がいってからにしたかったな」


ーマガツヒの考察ー

 いろいろな文献を見た。

 僕には霊が見えるから文献の多くに嘘があると分かった。いかにも本当の様に書かれた嘘も多くて、冗談の様に扱われたものの中にも本当の事が紛れていた。だから僕は幽霊を勉強する為に色々な本を読む必要があった。


 色々な本を読んでいて僕は大変なことに気づいた。

 様々な原因とされた事件や神隠し。その多くが文献で口を揃えて架空だと思われた存在、マガツヒの仕業だとしたら説明がついてしまうんだ。


「……マガツヒ?」


 イヤな予感が広がる。

 俺は、怖がりだ。でもそれだけだろうか。もっと根本的な理由、マガツヒという名前には……なにか、人を不安させる響きがある様に思う。


「何が言いたいんだ? 旦那様……」


 俺はもう確信していたのかもしれない。

 多分、この話を読み終えた俺はなにか……このマガツヒと大きな関わりを持つ事をしなくてはいけないのだろう。でもきっとそれは彼の望みで、彼が望むなら……それがなんであろうと俺は迷わないと思った。

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