地獄への招待
――あれから月日が経ち、私達は無事に卒業することが出来た。
「皆さん、卒業おめでとう」
マーズ先生が涙を流しながら私達の卒業を喜んでくれた。マーズ先生だけでは無い、他の先生方や寮母もまるで自分の事のように喜んでくれた。
「ありがとうございます!無事に卒業出来たのはマーズ先生や寮母、支えてくれた先生方のおかげです。本当に、皆さんに出会えて良かった。本当に、本当に、ありがとうございました。」
「ふふ、スカーレットってば。そんなにかしこまらなくて良いのですよ。」
「いえ、この学校を卒業出来たから私の夢も叶うのです。本当にありがとうございました。皆さんの事は一生忘れません。皆さんのこれからの人生が幸せであるよう、精霊王にお祈り致します。」
「ちょっとスカーレット、まるで最後の挨拶みたいなのやめてよ。私達がまたこの学校に遊びに来れば良いじゃない。」
リースが呆れた声で言うとマーズ先生や寮母も笑いながら頷いた。
――いえ、私は復讐を遂げたら姉の元に行く。だから…。
ヒヒーン
突然の馬の鳴き声に私達はビクッとした。
「あら、馬車でお迎えなんて素敵ね。誰をお迎えに?ってやだ!あの家門、マードレッド家じゃない。」
リースが呟くと同時に、馬車からふてぶてしい態度のマリアが降りてきた。
「辛気臭いお別れは終わったかしら?嫌だわ、精霊ばかりじゃない。」
精霊の学校の卒業式なのだから精霊が多いのは当たり前だろう。その態度に皆が嫌な顔をする。
「…マードレッド夫人、今は卒業式の最中ですのでもう少し待っていてもらえますか?」
マーズ先生が笑顔でやんわりと言う。
「あら、卒業式は終わったのでしょう?」
「こうやって皆にお別れの挨拶をするのも、卒業式の一環だと考えています。」
「それは貴方の考えでしょう?私の考えは卒業式が終わったらもう卒業生よ。つまりうちのメイド。くだらない話をしてないで早く働いて貰うわ。」
「えっ!嘘でしょ!卒業式当日から働かせるの!?」
リースの言葉に後から降りてきたヨハイルが慌てて否定した。
「いやいや!流石に今日は仕事をさせないよ!ただ、ほら、他のメイド達に紹介とかもしないといけないからさ!」
「貴方は黙ってて。一流のメイドになるにはすぐに仕事を覚えて貰わないといけないのだから。」
しまった。2人のせいで他の精霊達が居心地が悪そうだ。
「…もう大丈夫です。皆さんに挨拶出来ましたから。マードレッド家に向かいましょう。」
「スカーレット!?」
「もう行ってしまうのかい!?」
「スカーレット、まだここに居て良いのですよ!」
リースや寮母、マーズ先生が慌てて止めたがこれ以上この場を荒らしたくなかった。
「スカーレットが良いと言ってるのだからいいじゃない。早く馬車に乗って。ほら、早く!!」
私は心配する皆にお辞儀をして最後の挨拶をすると急いで馬車に乗り込んだ。
人生で一度きりの卒業式を邪魔してしまうのは他の精霊達に申し訳ない。心配する先生方や他の精霊達に窓から微笑むと、もう二度と来ることはないだろう楽しかった学校にお別れをした。
**********
「さすが底辺の精霊、荷物も少ないのね。ほら、ここが貴方の部屋よ。」
マリアが案内してくれた部屋は使っていない物置みたいな部屋だった。埃が凄くて咳き込む。
「新しく入ったメイドよ。精霊だから使えないとは思うけど何とかしてちょうだい。」
こんな投げやりな紹介をされたのは初めてだ。私の紹介を聞いて数人のメイドが笑ったが、1人の歳をとったメイドが目線を向けると笑っていたメイド達が慌てて下を向いた。
「…はじめまして、私はメイド長のアルタよ。貴方の教育は私がやります。どんなに辛くても不平不満は一切言わないように。」
歳をとったメイドはそう冷たく言い放った。
私は名前を名乗ったが興味が無いのだろう、何も反応を示さなかった。
「…部屋の中に制服があるわ。着替えたら1階のロビーに来て。」
やっぱり初日から労働なんだ。…まぁいいけど。
私は乱雑に置かれていた制服に着替えると1階のロビーへと歩いて行った。
「とりあえず掃除から初めてちょうだい。…掃除くらいできるわよね?この箒を使って廊下を掃いた後水拭きをして。後でチェックをするから真剣にやる事ね。」
アルタから言われた通りに掃除を始める。寮に居た時から掃除はしていたが廊下の広さといい大変さは全く違った。水拭きなんてしたことも無い。
他のメイドはここぞとばかりにサボり始めた。全てを私にやらせるつもりだろうか?
…ダメだ、今問題を起こしてクビになる訳にはいかない。私は一生懸命掃き掃除をした後、バケツに水を入れて雑巾を絞った。
…水拭きってどうやってやればいいのかしら。誰もやってないし説明もないから分からないわ。
聞こうにも目を合わせたメイドはそそくさと何処かへ行ってしまう。私が困っていると後ろから声がした。
「雑巾はもっとしっかり絞らないと。廊下が濡れてしまうから。」
振り返ると小柄な男性が立っていた。くすんだ金髪の素朴な青年だった。
「水拭きやったことない?こういう土汚れとか掃き掃除では取れなかった汚れを拭いていくんだ。注意点はさっきも言った通りしっかり雑巾を絞る事と、バケツの水をひっくり返さないことかな。」
「あ…ありがとうございます、えっと…」
「ああ、俺はカリス。」
「私はスカーレット。よろしくお願いいたしますわ。」
カリスは興味が無いのかあまり反応を示さなかったが、マードレッド家に来て初めて親切にしてくれた人だ。私は嬉しくなり何度もお礼を言った。
「…で、掃除は終わったのかい?」
教育係とは名ばかりのアルタがやってきた。
「ええ、終わりました。」
「はぁ?ここ汚いじゃないか!あんたは掃除も出来ないのか!?」
あそこは…他のメイドが箒を持ってずっと喋っていたところだわ。
「すみません、他のメイドさんが居たのでてっきりやってくださったのかと…」
「はぁ!?私達はこっちをやっていたのよ!あんたがいたところじゃない!」
サボっていたメイドは私が頑張って綺麗にした廊下の方を指さす。
「はぁ…、まさか掃除も出来ないとは…。これだから精霊は嫌なんだよ。あんたは夕飯は無しだよ!廊下を綺麗にするまで部屋に戻るんじゃないよ!」
他のメイド達がくすくすと笑う。…大丈夫、耐えろスカーレット。私は絶対に復讐をしなくてはいけないのだから。
私は皆が居なくなった廊下を、一人虚しく掃除し始めたのだった。




