全ては復讐のために
小鳥のさえずりと眩しい朝日で目が覚めた。
「うーん、体中が痛い…。」
あの後広い廊下を綺麗にして、戻ってきてから汚れた自分の部屋を片付けたのだ。
「全然疲れが取れてないわ。だけど今日も頑張らなきゃ!」
アイツを殺すまでクビになるわけにはいかない。
私は急いで身支度を整えるとロビーへと向かった。
「あら、まだ居たの。てっきり1日で辞めたかと思ったわ。」
メイド達が私の姿を見て笑いながら言った。
私はこんなヤツらに構ってる暇はないんだ。無視をしているとアルタがやってきた。
「ほら、朝ごはんの時間だよ。早く食べて早く働きな!精霊の食事は分からないから適当に作らせた。文句があるなら食べるなよ。」
アルタの声に他のメイド達がそそくさと席に座る。
私も自分の席についた。……何、これ?
スープと思わしき物の中に入っているのはじゃがいもや人参の皮だった。他のメイド達のスープを見る。しっかりと具材が入っていた。
傍にあるライ麦パンも、端っこの硬そうなところだ。おまけに小さくて焦げている。
…初めて精霊が食事を取らなくて良い事に感謝した。
私は一口も食べずにキッチンへと持っていった。
「あれ?朝ごはん食べないの?」
ヨハイル達の食事だろうか。肉など美味しそうな料理を手際よく運んでいるカリスが声をかけてきた。
「ええ、精霊は食事を取らなくても大丈夫ですので。…まぁそもそもこれが食事と言えるかは分かりませんが。」
「え?うわ、なんだこれ、捨てる食材の詰め合わせじゃん。待ってて、俺が今簡単なもの用意するからさ。」
「いえ、大丈夫。私元々食べることに興味が無いので。…だけど…ありがとう。」
その気遣いが嬉しかった。私がお礼を言うとカリスは無表情でお腹すいたら言って、と返した。
*********
「今日は買い物に行ってもらいます。買い物ぐらいは出来るわよね?いくら無能の精霊とは言え。」
アルタの言葉にくすくすと笑い声があがる。昨日の掃除の件ですっかり私は仕事が出来ないレッテルを貼られた。
「出来ます。何を何処で買ってきたら良いでしょうか。」
「足りない食材を買ってきて欲しい。買い物リストはこの紙に書いてある。場所は…ユス、ミリー、一緒に行くんだ。」
ユスとミリーと呼ばれたメイドは慌てて出掛ける準備をした。
「まず野菜はこのお店で買う。ミルクはあの奥の牧場主から買うのよ。」
ユスはそう言って指を指した。
「分かりました。」
「じゃぁ私達はここで待ってるから。」
2人は近くにあった噴水に腰掛けた。
「えっ、私一人で行くんですか!?」
「当たり前でしょ。早く行きなさいよ。」
待って、カボチャにじゃがいも…ミルクも3本よ!?
果物まであるのに全て私一人に!?
文句を言おうとしたけど2人は楽しそうに話し始めてしまった。
「…行くか。」
私は溜息をつきながら買い物へと向かった。
「えっ、このミルク3本も大丈夫かい!?」
既にカゴいっぱいに食材を積んでいた私を見て牧場主は驚いた。
「これガラス瓶に入ってるから重いよ?一本2リットル入だし…他に誰も居ないのかい!?」
「大丈夫です、向こうに居ますので。」
なら良かった、と牧場主は安心した。合流すればあの2人も持ってくれるだろう。…そう思った私が馬鹿だった。
「私達パンを持ってるから。それはあんたが持って帰って。」
ライ麦パンと食パンを1斤ずつ持った2人はそそくさと歩き出した。私は重さで指に食い込む袋の痛みに耐えながら一生懸命歩いていた。
「ただいま帰りました!」
明るい声で言う2人と対照的に私は消えそうな声で言った。
「もうすぐご主人様達が帰ってくるよ!ほら、あんたもボサっとしてないでお迎えの準備をするんだよ!」
重い荷物を置いてやっと一呼吸したところだったのに。私は急いでメイド達の列に並んだ。
「お帰りなさいませ!!」
派手なドレスに身を包んだマリアに続いて、同じように派手なスーツに身を包んだヨハイルが帰ってきた。
「はぁ、今日は王族のパーティだから気疲れしたわ。あら、そうだ、精霊を雇ったのよね。変なのが居ると思ったわ。」
マリアが私に気付くと近付いてきた。
「貴方掃除もろくに出来ないんですって?アルタから聞いたわ。早々とクビになりそうじゃない?」
「!! しっかり頑張りますのでクビには…!!」
「そうだマリア!来たばかりでクビになんて可哀想だ!…おや、手を怪我してるのかい?」
ミルクを入れた買い物袋で赤くなった指にヨハイルが気付いた。
「可哀想に。こんなに美しい手が…。」
ヨハイルが私の手を掴んだ時だった。
バシッ!
激しい痛みに驚く。マリアが持っていた扇子で私の手を強く叩いたのだ。
「こんなの大した事ないわ。…甘ったれないで。」
マリアが怒って部屋へ行くとヨハイルは慌てて後を追った。
「さぁ、夕飯の支度に取り掛かるよ!」
アルタの掛け声にメイド達は急いで仕事へと戻った。
私はジンジンする手を擦りながらキッチンへと急いだ。
*********
「じゃぁ洗い物よろしく。」
ヨハイル達の食事を終え、メイド達の食事も終わり、残されたのは大量の食器だった。
赤くなった手に冷たい水は気持ちがいい。憂鬱だった気持ちが少し晴れた気がした。
「……ん。」
横から急に声がして驚いて振り向くとカリスが立っていた。
「?これは?」
「傷薬。ハーブで出来てるから精霊でも大丈夫だと思う。…手、叩かれたでしょ?」
カリスは小さい小瓶に入ったクリームを洗い場の近くに置いた。
「ありがとう。まさか叩かれるなんて思わなかったわよ。理不尽だわ。」
カリスしか居ないという事もありついつい本音が出てしまう。
「ヨハイル様はマリア夫人に頭が上がらないからね。マードレッド家主人とはいえ婿養子の悲しい運命だよ。マリア夫人が君にどんなに酷い仕打ちをしても何も言えないだろう。」
――そうね、見ててわかるわ。優しいお姉様を捨ててあんな女に行った報いよ。
「…マリア夫人は精霊が本当に嫌いみたいね。」
「そうだね、特に自分の旦那を惑わす魅力溢れる精霊は特にね。以前の旦那様の奥様だった精霊にも酷かったみたいだ。」
――!?お姉様だわ!!
「その精霊にはどんな仕打ちを!?」
しまった。つい興奮してカリスに掴みかかってしまった。カリスは目を丸くする。
「あ…ごめんなさい……、その、同じ精霊同士、他人事に思えなくて…。」
「あ…ああ、大丈夫だ。少し驚いただけだ。」
カリスはすぐに冷静さを取り戻すと乱れた衣類を直す。
「後は俺が変わるから、休んでいいよ。」
カリスは腕まくりをすると手際よく食器を洗い始めた。
「いえ!私の仕事ですので!」
「別に君の仕事ってわけじゃないよ。…それに君、あまり食器洗い得意じゃないよね?なんか割りそうで見ててヒヤヒヤするんだ。」
うっ…恥ずかしくなり下を向く。
「割られたらメイド長の雷が落ちる。そうなると使用人全員の雰囲気が悪くなるってわけ。別に君のためじゃないよ。だから気にしなくていい。」
カリスはぶっきらぼうに言う。確かにそうかもしれない。だけど…
「ありがとう。」
理由がどうであれ嬉しかった。
反応のないカリスにもう一度礼を言うと、自分の部屋へと戻って行った。




