忍び寄る殺意
「最悪だわ……。」
翌朝。何度顔を洗っても目の腫れは引かなかった。
「おはようスカーレット。あら、今日はちょっと瞼が…ボリューミーね。」
リースが遠慮がちに言う。
「大丈夫?あれから悩んだのね?」
「えぇ、まだ考えているわ。だけど昨日、マードレッド家の使用人は全て人間って言ってたわよね?精霊の私がメイドになるのはかなり難しい?」
「そうなのよ。マードレッド家は商売に有利なノームでさえも雇ってないわ。だから水の精霊である貴方が行っても門前払いされてしまうのでは…と思っているわ。」
商売人であるマードレッド家が鉱脈を見つける能力が高いノームでさえ雇ってないなんて。パーティの時のマリア夫人の嫌悪感を感じる目つきを思い出す。……やはり夫人は精霊が嫌いなんだ。
「……ということはヨハイルに近付くしか手が無いわね。」
「え?」
なんでもないわ、と私は掃除の準備に取り掛かった。
*******
「そういえばスカーレット、またパーティのお誘いが来たんだけどどう?」
授業が終わりリースが私に声掛けてきた。
「貴族達のパーティ?」
「もちろん!以前のパーティで知り合った人間男性から招待されたのよ。」
「ありがとう、行きたいわ。」
また同じドレスを着ていく訳にはいかない。新しいドレスを用意しなくては。
お金があまり無い私達は当然買うことができないのでレンタルをしている。寮の近くに学生達が借りやすいよう良心的な値段でレンタル出来るお店があるのだ。
…ヨハイルに会えますように。
私は心の中で祈った。
――姉が復讐を望んでいるのか、それとも精霊王が独り残された私を哀れんでくれているのか。
まさかレンタル屋の帰りにヨハイルに会えるなんて。
「あぁ、美しいウンディーネがいると思ったらスカーレットではないか。馬車を降りて買い物して正解だったな。」
ヨハイルは嬉しそうに自分の髭を摩る。
「またお会い出来て私も嬉しいですわ。」
「ん?君はこのお店でドレスを買ったのかい?」
「恥ずかしながら私達精霊はお金をあまり持っていなくて。こちらはドレスをレンタル出来るのです。」
「なんだって!君みたいな美しい精霊がドレスを1着も持っていないなんて。私が買ってあげようか?」
こんな男から贈り物なんて絶対に要らない。だけどここは上手く使えそうだ。
「お気持ちだけで充分ですわ。…だけどマードレッド卿、貴方の商会のドレスはとても素敵ね。私お金を貯めてマードレッド商会のドレスを買うのが夢なんです。」
私が大袈裟に褒めるとヨハイルは目を輝かせた。
「君は本当に……なんて素晴らしい精霊なんだ!!私の商会の品物の価値がわかるとは!見た目だけではなく本当に素晴らしい精霊だ!!よし!私からうちのドレスを何着かプレゼントしてあげよう。」
「ありがとうございます、マードレッド卿。だけど私はどうしても自分で買いたいのです。本当に欲しい物は自分の手で手に入れたいものでしょう?」
――お前の命も。
「…そうか、残念だがそこまで言うなら。しかしお金が入る予定はあるのかい?」
「卒業後に働きに出るのです。……本当はマードレッド家のような素敵な家門のメイドになりたいのですが、マードレッド卿の所は人間しか雇わないと聞いて……。」
私は大袈裟に悲しげに言うとヨハイルは焦りだした。
「いや、決してそんな訳ではないんだ!ただ……今はその……人間しか居ないだけだ。」
しどろもどろ答える。
「本当ですか!?では私もマードレッド家で働くことは可能でしょうか!?あのマードレッド家で働けたら私はとても幸せです!!」
「ふ…ふむ…。そこまで言ってくれるなら。…マリアに聞いてみようじゃないか。」
――やっぱりマリアが精霊を嫌がっているのね。
「ありがとうございます!!マードレッド家のメイドになりましたら私精一杯働きます!!……特にマードレッド卿には沢山尽くしますわ。」
私が耳元で囁くとヨハイルは嬉しそうに笑った。
「必ずマリアを説得してみせる!君はこの近くの学校の生徒だったね?手紙を送るから待っていなさい。」
そう言ってヨハイルは上機嫌で歩いて行った。
「……馬鹿な男。」
私は冷たい目をしながら吐き捨てると自分の寮へと戻って行った。




