悪魔との出会い
ああ、靴擦れを起こして感謝をするのはきっと、今までもこれからもこの1回だけだろう。
ジンジンと脈打つ痛みのおかげで、目の前の忌々しい男に殴りかからないで済んでいるのだ。
「これはこれは、なんて美しいウンディーネなんだ。まるで女神が降臨したみたいだよ。」
忌々しい男は目の前で大袈裟気味に私を褒め称える。
「女神だなんて…貴方のような素敵な方に褒めていただけるなんて光栄ですわ。」
白々しくないかしら。リースから借りて読んだ小説の一文を真似しただけなんだけど。
だけどこの男は気に入ったようだ。
「素敵な方……見た目だけではなく見る目もあるんだね。私の名前はヨハイル=マードレット。素敵なレディはなんて名前だい?」
「私はウンディーネのスカーレットと申しますわ。」
ちゃんと笑えているのかしら。引き攣っていないか心配になり頬を触って確認する。
「スカーレット嬢…あぁ、素敵な名前だ。ここの庭園に行ったことあるかい?落ち着いていてとても綺麗なんだ。良かったらこのまま二人で……「貴方?こんな所に居たの?」」
いやらしい顔でヨハイルが近づいてくると同時に、後ろから声がかかった。
「あ…あぁ!マリア!もう挨拶は済ませたのかい?」
ヨハイルは慌ててマリアと呼ばれた女性へと近付いた。
「あら?こちらの女性は…精霊かしら?ウンディーネかしらね。」
女性は私をつま先から頭まで舐めるように見た。その居心地の悪い視線に身震いする。
「…えぇ、ウンディーネのスカーレットよ。」
「ウンディーネがパーティに一人で来るなんて珍しいわね。ほら、ウンディーネって地味じゃない?あまりこういう社交的な場は嫌いだと思うんだけど…。あ、今のは悪口では無いから安心してちょうだい。」
どう考えても悪口だろう。意地悪そうに笑いながら言うマリアに笑顔で返す。
「シルフの精霊と一緒に来ましたわ。だけど今どきのウンディーネは随分お洒落になったのよ。ウンディーネが地味というのはかなり昔の情報だわ。少し精霊について勉強した方が良いかもしれませんね。」
まぁ、とマリアはムッとして扇子で口を隠した。
「あー、ところでマリア、この後はロウディ侯爵の家に寄るんだっけ?」
「えぇそうよ、大事な取引があるんだから。こんなところでこんな精霊に構ってる暇なんてなくってよ。」
ふん、とマリアはそっぽを向いて出口へと歩いて行った。
「スカーレット、すまないが失礼する。……今度は2人で会いたいものだな。」
ニヤッと笑うヨハイルに寒気を覚える。
「……えぇ、そうですわね。」
ダメだ、顔が強ばって笑えない。
マリアの後を追って出口に向かうヨハイルの後ろ姿を見てため息をつく。
…ダメだ、復讐するにはもっとヨハイルに近付かなくてはいけない。距離的ではなく精神的な意味で。
だけど殺したいほど憎んでる相手に笑いかけるのはなんて難しいのだろう。
私がもし人間だったならこの場であいつに斬りかかっても良かった。だけど私は水の精霊だ。精霊のルールを守らなくてはいけない。
「スカーレット?大丈夫?」
心配そうな顔に振り向くとリースがシャンパンを持って立っていた。
「大丈夫よ。リースの方は順調?」
「えぇ!何人かの素敵な男性と知り合えたわ。スカーレットの方も順調そうね?さっきのマードレッド伯爵家の方よね?」
「あら、リースも知ってるの?」
「もちろん!マードレッド商会は有名だもの。元々子爵の時からそこそこ売れてたけど、マードレッド伯爵家に婿入りしてからさらに貴族の取引先が増えたみたいね。」
「そうだったの…リースは本当に良く知ってるわね。」
私は復讐相手の事を何も分かってなかったのか。人間社会に疎い自分が情けなくなってきた。
「ふふ、スカーレットも段々とわかってくるから大丈夫よ。だけどマードレッド伯爵に何の話があったの?その……マードレッド伯爵は……あまり良い噂は聞かないわ。」
リースは小声で言う。やっぱり評判悪いのね。
「……確かにちょっと問題ありそうだけど、その…体調が悪かった私に声をかけてくれたわ。」
「それはスカーレットが自分のタイプだったからじゃないのかしら。」
どうしよう、良い褒め言葉が浮かばない。
「あ…あと……そう!素敵なスーツだったわ!奥様のドレスも素敵だったし……マードレッド商会の商品かしらね?素敵ね!私も欲しいわ!」
もはや何を言ってるのか分からないけど、とにかく私はマードレッド伯爵を褒める。
「あら!スカーレットがドレスに興味を!嬉しいわ!スカーレットに着せたいドレスがたくさんあるのよ!よし、早く帰ってカタログを見ましょう!!」
リースは嬉しそうに私の手を引いて馬車へと向かった。
……ごめんねリース。嘘ついて。
私は心の中でリースに謝った。




