精霊王の慈悲
「スカーレット、手紙が届いているよ。」
落ち葉を掃いている寮母は私を見つけると一通の手紙を渡した。お礼を言って部屋へと戻るとペーパーナイフで開けて読み始めた。
【スカーレット
一日一日と冬に近づいていますね。朝や夜は寒い日が増えてきていますがいかがお過ごしですか。
私達精霊は風邪なんてひかないけど、それでもやっぱり体調不良にはなるので気をつけて過ごしてくださいね。シルフィードである私の息子は、やはり人間の血を引いているせいか風邪を引いたみたいです。
スカーレット、またこちらに何かの用で来るようなら私の家に寄ってください。美味しい料理を用意して待っています。―あぁ、貴方は食べる事に興味が無いのですね。なら家の近くに池を作りました。とても綺麗な池なので水の精霊の貴方も大変気に入るでしょう。 貴方に会えるのを楽しみにしています。
愛をこめて ソレフィーユ】
月に一度来る手紙に返事を返した事は一度も無かった。
ソレフィーユ…姉の友達だったシルフだ。
姉が人間の男との結婚を悩んでいる時に後押しをしたのだ。
既に人間の男と結婚をしていた彼女は、いかに結婚が素晴らしいか、人間の男が素晴らしいかを毎日のように姉に話をしていたのだ。
そんな事があったので、姉が人間の男に殺された(ようなものだわ)時は酷く自分を責め、私に謝罪をした。
彼女はとても良い人で、姉が消えてしまった後もこうして私を心配してくれていたが、どうしても手紙の返事を書く事が出来なかった。
姉が消えてしまったのは彼女のせいではないのはわかっているけど、あの男と会えない今、怒りの矛先を向ける先がないのだ。
優しい彼女はそれをわかっていて、理不尽な怒りも受け入れてくれているのだ。
――もしあの男に会えたら、彼女に返事が書けるようになるのかしら。
彼女に対しての後ろめたさを感じながら、手紙を机の引き出しへとしまった。
*******
「わぁ!素敵よスカーレット!」
パーティ当日。初めて着たドレスは想像以上に着心地の悪いものだった。
「凄く着心地が悪いわ。ねぇ、リース、もう脱いでいいかしら?」
「冗談よね?今からパーティなのに裸で行くの?」
ちょっと本気だったけど確かに裸では行けないから大人しく黙った。靴も履きづらい。
「わかるわよ、精霊にとっては服も靴も不愉快極まりないわ。だけど貴族はこういうパーティが多いらしいの。慣れないと貴族の奥様にはなれないわ!」
気合いの入ったリースも慣れないのか不自然な歩き方をしていた。とにかく転ばないようにしないと。だって転んだら痛いのだもの。私はリースの後ろを同じような不自然な歩き方でついて行った。
********
「さぁ着いたよ。」
馬車の運転手である従者に促され私達はゆっくり降りた。
「君達、精霊だよね?このようなパーティは初めてかい?人間ばかりで疲れちゃうかもしれないけど、まぁ楽しんでね。あ、あと人間男性には気をつけて。精霊は上流貴族にとってステータスだからね。」
精霊はとにかく見栄が良い。華やかなものが好きな貴族達にとって美しい精霊を隣に置くというのは何よりのステータスだ。
それは男女問わず言えることで、マダムが若い男性シルフを連れてパーティに出席することも少なくない。
だけどまさか人間男性に注意しろと人間男性に言われるとは。面白いなと思いながら礼を言った。
「ふふ、精霊の美貌を最大限に活かして卒業までに婚約者を見つけるんだから!スカーレットもお目当ての男性に会えると良いわね!」
流石シルフ、初めてのパーティ会場に気後れする私を置いてさっさと会場へと入ってしまった。
「あ、待ってリース……キャッ!」
慣れないヒールのせいか転びそうになった私に大丈夫かい?と人間の男が手を差し伸べた。
「大丈夫です、ありがとうございました。」
「いや、いいんだ。それより君、ウンディーネだよね?やっぱりウンディーネは美しさが違うね。名前はなんて言うの?パーティは初めて?」
矢継ぎ早に質問され困っていると、あっという間に人間の男達の人だかりが出来た。
「おいおい、そんなに質問したら困るだろう。ねぇ、レディ?」
「そんなにがっつくなんて貴族らしくない!…だけど精霊の女性にレディというのは合っているのか?」
「わぁ、僕、水の精霊を間近で見たのは初めてさ。なんて綺麗なんだ。」
「おい、お前ら、俺が初めに声かけたんだ。」
突然の人だかりに気分の悪くなった私は混乱している事をいいことに急いでその場を後にした。
「早く彼を見つけなきゃ……!」
これが人酔いというものなのか。すっかり具合の悪くなった私はバルコニーの隅の目立たないところでうずくまっていた。
「足も痛いし……だけど私は絶対にあの男を見つけるのよ…!」
慣れないヒールに血が滲んでいたが、そんな事はどうでもよかった。
本人に会えなくても、何か繋がりが持てれば!
少女らしい漠然とした復讐劇は前途多難だが、少しでもプラスになればと自身を奮い立たせた。
「まずは誰でもいいから貴族の男を……あ!痛!」
血が滲んだところにハイヒールの踵部分が食い込む。
何故人間は靴なんて履くんだ。普段裸足である精霊にとって靴は異物でしかなく、ましてやこんな高いヒールの靴はまさに呪いのアイテムだ。新しい拷問器具と言われても全く疑わないだろう。
「君、大丈夫かい?」
バルコニーで悶えてる女性が居たら誰しも心配するだろう。頭上から本当に心配そうな声が聞こえてきた。
「大丈夫です…、その、ちょっとハイヒールが久しぶりでして……。」
初めてのハイヒールと言わなかったのはちっぽけな私の虚栄心だ。
私は苦笑いしながら顔をあげた。
――あぁ、精霊王様、やはり貴方の力は偉大ですね。
私は目の前の男の顔を見て、固まってしまっていた。




