取引
うーん、よく寝たわ。最近の私はよく眠れてる。
今日はお休みだからやっとお姉様のところに行けるわ。
「まだお給料を貰えてないから…。途中で綺麗な花でも摘んでいこう。」
支度をして外に出ると、同じく私服のカリスと会った。
「カリス!貴方もお休みなの?」
「ああ、君もか。」
「ええ、貴方のおかげで休みを貰えるようになったの。本当にありがとうございました。」
「この間言った通り、あのまま行けば人間至上主義として使用人全員が処刑されていた。つまり俺は自分の身を守っただけだから礼は要らないよ。」
「…それでもありがとう。」
カリスのおかげで休みはもちろん、仕事を押し付けられる事も叩かれる事も無くなったのだ。
「じゃぁ俺は買い物に行くから。」
私も行かなくちゃ、まずは花を摘まなきゃな!
花を入れる籠を持ち、姉が還った湖へと向かった。
「お姉様、お久しぶりです。」
私は摘んだ花をいつものように湖の畔に置いた。
「…お姉様はどうしてヨハイルに惹かれたのですか?私には全く魅力的に見えませんがお姉様と結婚した時は素敵な人だったのですか?あの悪魔のような女がヨハイルを変えたのですか?……お姉様、会いたい……。」
叶うはずも無い願望を口にする。涙が溢れて止まらなかった。
「お姉様……会いたいよぉ。どうしてあんな男を選んだの?あんな男を選ばなければお姉様は消えなかったのに……!ヨハイルを絶対に許さない。私はどんな手を使っても、あの男を殺すわ!」
その時だった。後ろで大きい物音がしたのは。
慌てて振り返ると、そこには呆然としているカリスが立っていた――。
ああ、私はいつもどこか抜けている。お姉様や他のウンディーネ達にいつも言われてたっけ。
……いくら森の奥とはいえ誰がいるか分からないこんな所で復讐を口に出すなんて、迂闊すぎるわ。
「あ…買い物していたら君の姿が見えて……こんな森の奥に何の用かと思って……」
どうしよう、カリスが何か言っているが頭が混乱して言葉が出ない。
「ここ、ヨハイル様の元奥様のウンディーネが消えた湖だよね?お姉様……君のお姉様だったんだね。それでヨハイル様に復讐を……「お願い!!黙ってて!!」」
突然私に抱きつかれてカリスはよろめいた。
「私に出来ることは何だってするわ!!だからお願い!!この事は黙っていて!!ヨハイル達にバレたら……私……!!」
恐怖のあまり震えが止まらない。このままでは処刑されてしまう!お姉様の仇を打つ前に死ぬ訳にはいかない!!
「ちょ…ちょっと落ち着いて!!大丈夫、この事は誰にも話さないから!!」
カリスが私の腕を掴みながら言う。
「え……?貴方の主人を殺そうとしているのに?」
呆気にとられた私はついカリスに聞いてしまった。
カリスは近くにあった石に腰掛けると小さい声で話し始めた。
「……俺にはさ、体の弱い妹がいるんだ。」
突然関係の無い話をし始めたカリスに私は驚いたが、とりあえず隣の石に腰掛けて聞く事にした。
「生まれつき心臓が弱くてさ。精霊は病気にかからないから分からないとは思うけど、心臓病の完全な治療薬はまだ無いんだ。高い気休めの薬をずっと飲んでる感じ。治療費も切迫してるし、何より全く治療が進まない事に焦りと苛立ちが出てきた頃、マードレッド家に出会ったんだ。」
カリスは無表情で話し続けた。
「マードレッド家はちょうどマリア夫人と結婚したところで、更なる事業拡大に力を入れていた時だった。貴族達の取引拡大はもちろん、外国に対しての貿易にも力を入れ始めたんだ。……そこで俺は思った。俺らの住む帝国は確かに人間界で1番大きい国で医療が発展しているが、逆に小さい国の方が案外心臓の治療薬があるんじゃないかってね。」
私がキョトンとして見てるとカリスは「灯台もと暗しってやつさ。」と笑った。トーダイモトクラシ?
「まぁいつまで経っても出てこない治療薬に痺れを切らしたってのもある。とにかく俺は貿易に強いマードレッド家に入れば新薬の情報が入りやすいと思ったんだ。だから俺はヨハイル様に直接頼み込んでマードレッド家の使用人として雇ってもらう事にしたんだ。」
「……なるほど、で、新薬が手に入ったからヨハイルはもう用無しと?」
「ははっ、そんなに非情じゃないよ。……結局新薬も、新薬の情報も手に入らなかったんだ。マードレッド家は利益の事しか頭になく貿易が下手くそだった。今海外に進出出来てないのもそういう事だよ。断念したんだ。」
そうだ、マードレッド家は海外と取引はしていない。国内の貴族達の間の取引で成り立っているんだ。
「マードレッド家の職務環境は最悪でね。…まぁ以前の君に比べたら全然マシなんだけど、それでも酷かった。能力の低い使用人ばっかりだから色んな仕事を任されるんだ。料理や掃除はもちろん、取引リストの整理や帳簿の処理まで俺がやってる。俺が居ないとマードレッド家は回らないと揶揄されたぐらいだ。」
そうだ、カリスは以前取引に陰りが出ていると言っていた。自分で帳簿などを扱っているからわかっていたのか。
「もちろん仕事だから減らしてくれとは言わない。頼まれたことはちゃんとやるさ。だけどその仕事量にそぐわないお給料だから俺は困っているんだ。俺は贅沢しないけど妹の治療費にかなりのお金がかかる。そのことをヨハイルに言っても、君はまだ18だからこのぐらいでいいと言われて終わりさ。…歳のいってるアルタの半分しか貰えてない。仕事はアルタの倍以上こなしてるのに。」
確かにそれは腹ただしいわ。
「なら辞めればいいのでは?ヨハイルが止めても脱走すればいいのよ。」
私が得意げに言うとカリスは悲しい笑顔で頭を振った。
「もちろんそうしたいよ。だけど人間社会は評判がとても大事なんだ。マードレッド家から脱走した使用人なんてレッテルを貼られたら俺はもうどの家にも仕えることが出来なくなってしまう。」
……そうか、人間社会とはそういうものなのか。
「だから……ヨハイルが死んだら貴方は自由になるのね。」
カリスは微笑みながら頷いた。




