第8話「最初の切り札、ハズレの奇跡」
決意を固めた矢先、敵は待ってくれなかった。
その日の放課後、俺たちが学校を出ようとしたとき、目の前に一人の男が立ちはだかった。
黒いロングコートを羽織り、底知れない笑みを浮かべた、長身の男。
先日、俺たちを尾行していた連中とは、明らかに格が違う。
「ようやくお会いできましたね、雪城玲奈嬢」
男の体から放たれるプレッシャーに、背筋が凍った。
『こいつが、幹部……』
「あなたは……アークス・オルドの!」
玲奈が警戒態勢に入る。
だが、男は気にした様子もなく、指をパチンと鳴らした。
その瞬間、俺たちの周りの空間がぐにゃりと歪み、景色が一変した。
気づけば、俺たちは見知らぬ石造りの神殿のような場所に立っていた。
『転移系のスキルか』
「さあ、おとなしくこちらへ来ていただきましょう」
男が手をかざすと、黒い鎖が無数に出現し、玲奈と葵に襲いかかった。
「きゃあっ!」
葵がなすすべなく捕らえられ、玲奈も必死に抵抗する。
「くっ……氷壁!」
しかし、鎖は彼女の氷の壁をいともたやすく砕いてしまう。
「無駄ですよ。私の空間支配の前では、いかなるスキルも十全な力は発揮できない」
幹部は力で二人を追い詰め、ついに玲奈の腕を掴んだ。
「ちっくしょーが!」
俺はガチャで手に入れていたSSRの雷を呼ぶ槍を投げつけるが、それも男の数メートル手前で虚空に消えてしまった。
「おや、あなたがあの噂のフードの男ですか。大したことありませんね」
男は嘲笑うと、玲奈の首筋に、禍々しい紋様を指で刻み込んだ。
「あ……うぅ……」
玲奈の体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「彼女には、我々の組織に伝わる呪印を刻ませていただきました。これで彼女は我々に逆らえない。この呪印は、いかなる治癒魔法や解呪スキルでも消すことはできませんよ」
視界がぐらりと揺れる。
冷や汗が背中を伝う。
葵のヒーラーとしての力も、俺のガチャも、この状況では無力なのか。
もう打つ手はないのか。
そう思ったとき、俺の脳裏に、ふと、あるアイテムが浮かんだ。
スキルに目覚めた、記念すべき最初の日に手に入れた、あの、何の変哲もないアイテム。
Nランク:よく消える消しゴム。
『……まさか』
『いや、でも』
俺は震える手でアイテムボックスから、見慣れた青と白のケースに包まれた消しゴムを取り出した。
「蓮……?」
葵が不思議そうな顔で俺を見る。
幹部も何をいまさらと怪訝な表情だ。
俺は捕らえられている玲奈に駆け寄ると、彼女の首筋に刻まれた呪印に、その消しゴムをゴシゴシとこすりつけた。
『ダメ元だ』
『ハズレだと思っていたアイテムだ』
『奇跡なんて起きるはずが……』
――しかし、奇跡は起きた。
消しゴムが触れた瞬間、青白い火花のような光が散った。
ただのゴムの塊ではなく、事象そのものを書き消すような理不尽な力が指先から伝わってくる。
まるで鉛筆で書かれた文字を消すかのように、あの禍々しい呪印が、黒い塵となって綺麗さっぱりと消え去っていったのだ。
「なっ……ばかな! 私の呪印が、消しゴムごときで!」
幹部の顔から、初めて狼狽の色が見える。
その動揺は、空間支配のスキルにも影響を与えたらしい。
俺たちを囲んでいた空間が、ガラスのようにひび割れ始める。
チャンスは、今しかない。
「葵、玲奈を!」
「うん!」
俺は葵に玲奈を任せると、まだ動揺から立ち直れない幹部に向かって、もう一つ、ストックしていたアイテムを使った。
「食らえ! R:超強力閃光玉!」
強烈な光が神殿を包み込み、幹部の視界を奪う。
その隙に、俺たちはひび割れた空間の裂け目に飛び込んだ。
気づけば、俺たちは元の学校の前に戻っていた。
「はぁ……はぁ……」
やっとのことで、撤退に成功した。
俺の手には、まだあの消しゴムが握られている。
誰が呼んだか、ハズレアイテム。
だが、それは間違いなく、俺たちを救う最初の奇跡を起こしてくれたのだった。




