第4話「初めてのダンジョンと、ヒーラーの涙」
このままでは、いつかボロが出る。
雪城さんに正体がバレるのは時間の問題だ。
そう考えた俺は、自分の力を正確に把握する必要があると感じた。
あの魔剣アストレアはどれほどの力なのか。
そして、俺のガチャは、一体どこまで凄いアイテムを出す可能性があるのか。
それを知るためには、実践あるのみ。
俺は意を決して、週末に探索者協会へと向かった。
探索者登録は、スキルさえあれば誰でも可能だ。
簡単な適性検査と講習を受け、俺は晴れて最低ランクのF級探索者となった。
もちろん、協会にはワンデイ・ガチャの詳細は隠して、幸運程度のスキルだと申告しておいた。
「さて、行きますか……」
俺が向かったのは、初心者向けの低層ダンジョンとして有名なゴブリンの洞窟。
その名の通り、最弱モンスターのゴブリンしか出ない、安全なダンジョンだ。
ひんやりとした空気が肌を撫でる洞窟内に足を踏み入れ、俺は早速その日のガチャを引いた。
今日こそは戦闘向けのアイテムを。
【獲得】Rランク:モンスターが寄ってこないスプレー(10分間)
「……まあ、安全策としてはアリか」
俺は体にスプレーを吹きかける。
すると、確かに洞窟の奥から聞こえていたゴブリンの鳴き声が、ピタリと止んだ。
俺が歩いても、モンスターの気配が全くしない。
「おお、すげぇ。これなら楽勝じゃん」
調子に乗った俺は、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいった。
アイテムのドロップもそこそこにあり、足取りも軽い。
そして、油断したまま十分が経過した。
プスン、とスプレーの効果が切れる音が聞こえた、気がした。
その直後、俺の周りの壁の穴という穴から、緑色の醜い顔が一斉に覗いた。
「ギギッ! ギギギャアアア!」
ゴブリンの群れだ。
少なくとも二十匹はいる。
完全に包囲されていた。
「うわあああああ!」
俺は慌ててアイテムボックスからアストレアを――いや、ダメだ。
こんな雑魚相手に神殺しの魔剣を使うわけにはいかない。
威力が大きすぎてダンジョンごと崩壊しかねない。
俺は代わりに、先日ガチャで出たNのちょっと頑丈な木の棒を手に、ゴブリンに立ち向かった。
◆ ◆ ◆
無我夢中で木の棒を振り回し、狭い通路に逃げ込んで各個撃破を狙うことで、なんとか撃退はできた。
しかし、俺の体は切り傷や打撲でボロボロになっていた。
服は破れ、腕からは血がにじんでいる。
『探索者、舐めてた……』
ふらふらになりながら家に帰ると、なぜか俺の家の前に葵が立っていた。
「蓮! 遅いよ、どこ行ってたの!」
「あ、ああ。ちょっと野暮用で……」
「野暮用って……その服、どうしたの! 血の匂いもするし……!」
葵の鼻は異常に鋭い。
俺が言葉に詰まっていると、彼女の大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「蓮、嘘つかないで。もしかして、ダンジョンに……?」
その真剣な眼差しに、俺はもうごまかきれないと悟った。
小さく頷くと、葵の限界まで堪えていた涙腺が決壊した。
彼女はその場にへたり込み、両手で顔を覆って声を上げて泣き始めた。
「どうして……! 何でそんな危ないこと……!」
「ご、ごめん、葵……」
「謝らないで……。私が、私がいるのに……!」
葵はそう言うと、泣きながら俺の腕の傷にそっと手をかざした。
すると、どうだろう。
彼女の手のひらから、温かく、優しい光があふれ出し、俺の傷を包み込んでいく。
ズキズキとした痛みが和らぎ、傷口が塞がっていくのが分かった。
「こ、これは……」
「私の家はね、代々探索者さんを癒してきたヒーラーの一族なの。ずっと言えなくてごめん。でも、もう決めた。蓮が危ないことをするなら、私が絶対そばで守るから! 絶対に一人になんてさせないから!」
光が消えたとき、俺の腕は元通りになっていた。
葵は涙で濡れた瞳で、真っ直ぐに見つめて告白した。
そのあまりに強い決意に、俺は何も言えなくなってしまった。
俺の平穏な日常を守るための行動が、また一つ、新たな波紋を広げてしまった瞬間だった。




