第3話「犯人探しと、勘違いの始まり」
翌日の学校は、当然のようにその話題で持ちきりだった。
教室のあちこちから、興奮した様子の声が聞こえてくる。
「聞いたか? 昨日の夜、学校の近くでヤバいモンスターが出たらしいぜ」
「ああ! それを謎の探索者が一撃で倒したって話だろ?」
「なんでもフードを被った男で、神話に出てくるような剣を持ってたってさ!」
そんな噂話に、俺は冷や汗をにじませながら必死に凡人を演じていた。
昨夜手に入れたアストレアは、幸いなことにガチャ画面からいつでも出し入れできる仕様だった。
今はもちろん、ガチャ画面の奥深くに封印してある。
『俺は大丈夫』
『ただの神谷蓮だ』
『誰にもバレやしない』
そう思っていた俺の視線の先で、雪城玲奈が鋭い視線を教室中に巡らせていた。
その目は明らかに、昨夜自分を助けた黒フードの男を探している。
『やめてくれ……! 俺を見ないでくれ……!』
俺は心の中で絶叫しながら、教科書に顔を埋めた。
とにかく目立たないこと。
それが今日の俺の至上命題だ。
しかし、俺のスキルは、そんなささやかな願いすら打ち砕く。
五時間目の体育は、ドッジボールだった。
運動神経皆無の俺は、いつも通り外野の隅で地蔵になるのが定位置。
だが、運動部の男子が投げた豪速球が、なぜかコースを逸れて俺の顔面めがけて飛んできたのだ。
「うおっ!」
避ける間もない。
顔面直撃を覚悟したそのとき、ガギンッ、という鈍い音と共に、ボールが弾き返された。
俺は無傷だ。
何が起きたのか分からず呆然としていると、クラスメイトが指をさして叫んだ。
「お、おい! 神谷のカバン、へこんでねぇぞ!」
見ると、コートの隅に置いていた俺のスクールバッグが、ボールの衝撃を真正面から受け止めていた。
そのバッグの中には、数日前のガチャで手に入れたSRの絶対防御の弁当箱が入っている。
昼に食べた唐揚げ弁当を守るためだけの逸品が、まさかこんなところで牙を剥くとは。
「は、はは、頑丈なんだよ、俺の弁当箱……」
乾いた笑いを浮かべる俺に、遠くから玲奈の探るような視線が突き刺さる。
『気のせいだ、気のせいだ……』
◆ ◆ ◆
放課後、さらなる悲劇が俺を襲った。
喉が渇いた俺が自販機でジュースを買っていると、偶然通りかかった玲奈が足を滑らせて俺にぶつかってきたのだ。
「きゃっ!」
「わっ!」
その拍子に、彼女が持っていたオレンジジュースが盛大にこぼれる。
玲奈の白いブラウスに鮮やかなシミを作ってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや、俺の方こそ……」
慌てる玲奈に、俺は頭の中が真っ白になりながらも、ポケットを探った。
そうだ、今朝のガチャで手に入れたアレがある。
【獲得】Rランク:どんなシミも消すハンカチ
俺はそれを玲奈に差し出した。
「これ、使って」
「え、でも……」
「いいから」
半信半疑でハンカチを受け取った玲奈は、恐る恐るブラウスのシミを拭う。
すると、どうだろう。
オレンジ色のシミは、まるで最初からそこになかったかのように、跡形もなく消え去ってしまった。
「……え?」
目を丸くする玲奈。
その顔が、徐々に俺の方に向けられる。
その瞳には、疑念と、ほんの少しの期待のような色が混じっていた。
「神谷くん……。さっきのドッジボールのときもそう。このハンカチも……。まさか、あなたが……?」
『来た』
『来てしまった』
『最大のピンチが』
「た、た、たまたまだよ! 偶然! そう、すごい偶然が重なっただけ!」
俺は首を横に振り、全力で否定する。
ひどく挙動不審な俺の姿に、玲奈は顔をしかめた。
「……そう。ごめんなさい、変なことを言って」
ひとまず、玲奈は引き下がってくれたようだ。
ホッと胸をなでおろす俺。
だが、その日からだった。
あれほどクールで、誰とも馴れ合わなかったはずの雪城玲奈が、何かと俺に話しかけてくるようになったのは。
「神谷くん、おはよう。この問題、わかる? お昼、一緒に……食べないわよ、別に」
クールな態度は崩さないものの、明らかに俺を意識している。
そのたびに、クラス中の男子から怨嗟の視線が突き刺さる。
平穏第一だった俺の学園生活は、音を立てて崩れ始めていた。
俺は、教室の片隅で静かにため息をつくことしかできなかった。




