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親の心と輿水幸子 2

「今日から入った新入りなんだがなかなか筋が良くてよう。ちょっと腹割って話をしてみてえんだ」


魔王とカペルコはボスが差した方に視線をやる。

作業員が談笑する一団の中、そこに一人周りと明らかに浮いた人物がいた。


周りの魔族に混ざって会話をするその男には、ゴブリンの様な緑色の肌も、ミノタウロスの様な雄々しき角も持ち合わせていない。

柔和な表情で楽しげに周りと会話をするその男の背には、美しい装飾の施された剣が提げられていた。


「あいつだ」

「い、いる〜…いやそいつよ。そいつが勇者よ。なんで馴染んでんだよアイツ…」


大きく手を振る魔王に気付くと、周りに軽く挨拶をして勇者がこちらに駆け寄ってくる。

にこやかに手を振るその様は、全体的に丸みのあるフォルムも相まって歴戦の戦士というよりは肉屋か何かの商店の店主のようにも見えた。



「おっすおっす」

「おっすおっす!じゃないんよ。何でここにいんの?」

「いや現地集合って言われてたけどさ、魔界の歓楽街に人間一人で待機はキツイって…。で、一旦城に来てみたんだけどなんか人だかりが出来ててさ、何だろうなと思って着いてってみて、気付いたら城の修理手伝わされてた」

「馬鹿なの?っていうか背中の剣に誰も気付かなかったの?みんな馬鹿なの?」

「魔王くんさあ…この剣は勇者の証だよ?俺のアイデンティティよ?飯食う時も寝る時もウンコする時も肌身離さず持っておくものなんだからこれ」


勇者が背を向け、三人に謎のドヤ顔を見せる。

魔王とカペルコは呆れ顔だったが、ボスは複雑そうに顔をポリポリと掻いていた。


「まあ気付いちゃいたがよお、そういうファッションの痛いヤツかと思って触れられなくてな…」

「あ、そう思われちゃうんだ…飲み屋では外そ…」

「お前のアイデンティティ軽すぎるだろ」

「飲み屋でネタになるかなと思って…」



しょんぼりした顔で聖剣を下ろす目の前の男に、勇者としての威厳は微塵も無い。

飲み屋で意気揚々と聖剣を掲げて話のネタにする様を思い浮かべると、この人も相変わらずだなという感想しか思い浮かばない。



「…コホン、勇者様、お久しぶりです」

「やあどうもカペルコさん。元気してた?魔王と上手くやってる?」

「毎回毎回よくそんなにと感心するぐらいには妙な事ばかりされるので心労が絶えませんが、何とかやっております」

「それ、ワシ感心されてるって事でカウントしていいんだよね?」

「ご自由にどうぞ」

「大変だね変な上司を持つと…あ、そうそう。見てほしいものがあってさ。それもあってこっちに来たんだよ」



そう言って勇者は懐から手の平サイズ程のケースを取り出すと、そこから1枚の名刺を取り出して恭しくカペルコに差し出した。

頭は下げているが、顔だけは普段通りの柔和な笑顔をこちらに向けている。


「どうも、私こういう者です」

「は、はあ。ご丁寧にどうも」


普段そんなやり取りなどしないので、作法が分からず無駄に緊張してしまう。

両手で受け取るんだっけ、とか。受け取ったらどうするんだっけ、とか。

自分が名刺を持ってない時はどう返せばいいんだっけ、とか。

ギクシャクしながら受け取った名刺に目を通すと、『警備会社アルヨック 代表社員 ヒロ』との文面の他、会社の所在地や連絡先が簡単に記されていた。



「…警備会社?勇者様が新しく始められたんですか?」

「そそ。勇者業もとりあえず休止中だし、食い扶持を稼ぐ為に何か始めようと思ってたんだけどね。学も無いし自分の腕っぷしを活かせるのは何かなって考えて、思い切って会社を立ち上げてみたんだ」

「はあ、それはまた豪胆というか、思い切りが良いというか…」



記されている住所は、何を隠そう魔界のそれだ。

敵地で新事業を始めるその勇気はまさに勇者だが、なにもそんな所で勇者っぷりを発揮しなくても、とも思う。


「なあ、これ聞いた事あるような会社名なんだが大丈夫か?」


カペルコの持つ名刺を横から見て魔王が口を挟む。

ボスには同じように名刺が手渡されていたが、何故か魔王には配られていなかった。


「ALright! Yusya is OK の略だから大丈夫大丈夫」

「勇者になんら問題は無いという事だけはヒシヒシと伝わってきますね」

「なんかこの代表社員の名前聞いた事無いんだけど大丈夫か?」

「今日日コンビニ店員の名札だってプライバシー保護の観点からニックネームらしいから無問題(モーマンタイ)無問題(モーマンタイ)

「…私もヒロ様とお呼びした方がよろしいですか?」

「うん、あの、なんか恥ずかしいから今まで通り勇者でお願いします」


なんと面倒くさい勇者だ。


「なんだ、新入りにしちゃ動きが良かったから大工のイロハを叩き込もうと思ったのによう…」

「すいません親方。次何かで一緒に仕事をする事があったら、またビシバシしごいてください」

「おう、その時までにはウチの奴らも鍛え上げておくさ。いつでも来いよ!」



本気で残念そうにしているボスににこやかに頭を下げる勇者だが、対照的にその会話を聞いている作業員達は一様に顔を青くしていた。

身体能力が規格外の人達に合わせると周りの苦労は相当だろうと思うが、敢えて口を出す気はカペルコには無い。


「まあそんな訳で。魔族も人間も身分の違いも関係無く、助けが必要な人の力になれればと思ってるんだ。カペルコさんも何かあったら連絡してね」

「魔族を守る為に人間と戦う事もある、という事ですか?」

「勿論そういう事もあるんじゃない?」

「…勇者様は、その、問題ないのですか?」

「ん?なにが?」


返事をした勇者の表情は、その問答が想定外だったといった風にキョトンとしたものだった。


「人間界で同じ事をすれば、きっと人間を守るために人間と戦う事もあるだろうね。それと何にも変わらないんじゃない?」

「…なるほど」

「まあでも仕事は思いっっっきり選り好みしようと思ってるよ。弱きを助け、悪を挫くのが本来の勇者の努めだからね」


ニコニコと笑顔で語る言葉の温度は、普段と何も変わらない。

ありのままで、率直な、勇者の言葉だった。


「そこに魔族も人間も関係無いよ。善と悪の判断は時として残酷な程に難しいけど、そんな時はせめて真摯にその問題に向き合って、少なくとも自分の道義に背かない事をしようと思ってる。その点に関しては、ひたすらに魔族と戦っていた昔よりも難しい事かもしれないね」

「……」

「ふふ。カペルコさんの上司だって、根っこの部分は似たような考えなんじゃない?」

「な〜〜〜にをカッコつけとるんだ。温泉饅頭みたいな顔しとるくせに」

「干からびたワカメみたいな頭の人がなんか言ってるんですけど〜」

「戻せるってことか?それ水を与えれば戻せるってことなのか?」

「水ならほれ、丁度手元にあるじゃねえか。試してみるか?」

「わー!おいやめろ!人の頭に茶をぶっかける奴があるか!」



当人たちからすれば自然体で、ただ何の変哲もないやり取りなのだろう。

でもそれが無性に頼もしくて、力強くて。

この『当たり前』を共に享受出来るのが嬉しくて。



「…ふふ」

カペルコは笑った。


と、にやけ面の三人から視線を寄越されているのに気付き、慌てて目を逸らす。

何でまた…妙な所で息が合ってるんだか。

腹立たしくて、恥ずかしくて、面映ゆい。


「…コホン、では勇者様、今後何かあったら是非とも頼りにさせていただきますね」

「うん。ストーカー被害でも人生相談でも職場の愚痴でも、なんでも連絡してね」

「今でも良いですか?職場の愚痴ならいくらでもあるのですが」

「それ今じゃなきゃダメ?ワシも同席してて大丈夫なやつ?」

「むしろ同席して頂くと今後の小言も少しは減ると思うのですが」

「聞きたくねえ〜」

「…どれ、話は仕事が終わってからゆっくりしようや。俺らには労働の後の尊い一杯が待ってるからな」



ごちそうさん、とカペルコに言葉をかけて立ち上がるボスを見て、男衆もぼちぼちと手元を片付け始める。

カペルコ達もその場を後にしようとしたが、勇者は不思議そうに三人の顔を見回していた。


「あれ?親方、労働の後の一杯って?」

「あ〜言うの忘れてた。この後の飲みさ、ちょっとメンバー増えるけど良いよな?」

「おっそうなの?良いよ良いよ。そうとくれば残りの仕事も張り切っていきますかあ!」


この人はそもそもなんで張り切って大工仕事をしているんだろう?

周りのそんな考えを余所に残ったお茶を一気に飲み干した勇者は、立ち上がると休憩していた男衆に向き直った。



「ようし皆!今日の仕事が終わったら魔王の奢りで宴会だあ!しっかり働いて良い汗かいて、旨い酒をしこたま飲もうぜ!」

「「「えっっっ!?!?」」」

「えっ?」



場がどよめくとはこの事か。

カペルコは思った。



「マジっすか魔王様! 」

「えっいや」

「魔王様、ごちそうさんです!」

「いやあの」

―――それワシも行っていい?―――

「おいちょっと待て誰の言葉なのこれ」

「こうしちゃいられねえ!さっさと仕事を片付けちまおうぜ!」

「「「おう!!!」」」



勇者の言葉を聞いてにわかに活気づいた男衆は、各々の持ち場に戻り始めた。

その様子を見る魔王は呆然とした表情で口をパクパクとさせている。

虚空にむなしく伸ばした手が、なんとも情けない。



「えっ…いやあの勇者くん?なに勝手な事言ってくれちゃってんの…?」

「ん、メンバーが増えるってこういう事じゃなかったの?」

「ちょっとって言っただろこの規模感のどこがちょっとなんだよ!!この人数連れ歩くなんてピクミン(※1)やってた時以来だよワシ。オニヨンには収まっても現実世界の店舗に収まりきらないよ!どうしてくれんの?」

「うーん、十数万を率いる魔族の長の言葉とは思えないなあ…」

「ミっ…ボスさん。あのう、ちょっとおたくの職人さんの方で誤解が出たみたいだから解いてほしいんですけど…」

「…魔王よう」


ニヤニヤと笑うボスが、魔王の肩に力強く手を置いた。


「丁度いいじゃねえか。良き上司たる甲斐性ってもんを、今こそ見せる時なんじゃねえか?」

「お、おぉ〜ん?いやまあ良いけど。全然余裕だけど…魔王の収入舐めんなって感じだけど」

「おおそうかそうか!いやあ〜流石は頼れる魔王様だぜ!ま、一応言っとくが…」


バン!と魔王の肩を一度叩くと、ボスは肩を組んで顔をそば立てる。

その表情は、この状況が愉快で仕方ないといった風だ。



「ウチの奴らはそりゃ飲むぜ〜?全員ざるだから覚悟しとけよ?」



そう言い残し、高笑いを上げて仕事に戻るボス。



「お、おぉ〜ん…」



そして、勇者とカペルコ、それに妙な呻きを上げる魔王が残された。













―――魔王くん―――






「……はい…」






―――お店の場所と集合時間、あとでラインしてね―――






「…飲み代は自分で払ってね…」




無表情でポツリと呟く魔王。

カペルコとしては魔王の出費云々よりも、天界の長に対して情報が筒抜けな事実の方が気になった。



「勇者様」

「うん?」

「神様からの監視というか、覗き被害とかも相談していいんですか?」

「う〜〜〜ん…うん、勿論。アルヨックは悪事に対して毅然とした対応を取っていくよ」






―――ワシ覗いてないよ―――





「………」






―――なんで黙るの。本当だよ。着替えとか、覗いてないからね―――






「…後でアネエルさんに言いつけますからね」






―――ふえぇ〜―――






幼女かよ。

直属の上司と近しいものを感じずにはいられない姿の見えぬ神に対して、カペルコは内心で毒づいた。









――――――――――


※1 ピクミン

魔王は初代しかやった事がない。

2以降は日数制限が無くていいよなと思っているが、初代しかやった事がない。

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