親の心と輿水幸子 1
「おいモタモタしてんじゃねえ!!明日の朝までやってるつもりかこの野郎!!」
普段は限られた者しか出入りする事の無い部屋に男衆の野太い声が響く。
魔王城では、先日の騒動で崩壊した玉座の間を修繕する作業が行われていた。
部屋内では様々な種族の魔人や亜人が忙しなく動き、各々の作業を遂行している。
みるみるうちに破壊箇所が取り払われ、骨組みが形成され、元の様相を取り戻していく。
それはまるで城という生命体が自己の身体を修復する様を早回しで見ているようでもあった。
また、その城外――――地上から見れば遥か上空では、ハーピーやグリフォン等の有翼種がひっきりなしに飛び回り、資材を地上から玉座の間へと運搬していた。
最初は転移呪文による搬送を計画していたそうだが、地上からの距離があまりに遠すぎて断念したらしい。
それだけ空間転移系の魔術は高等だという事であり、やはりモナは勇者と肩を並べる力を持っていたのだと改めて思い知らされる。
そんな訳で空を飛べる魔族が駆り出されているのだが、汗を噴き出し、息を切らしながら青い顔でこちらを恨みがましく見られても仕方がない。
こちらとしても手元が狂って資材を*かべの中にある*されては溜まったものではない。
…壁であるならばまだ良い方とも言える。
「テメエは何度言ったら分かるんだ!留めに使うのはそいつじゃねえ!」
「す、すいやせん親方!」
そんな集団に次々と指示を出し、檄を飛ばす男がいた。
身の丈は七尺少々あろうか、赤褐色の肌に筋骨隆々と言った身体付きで、ヘルメットを被った頭部は人型ではなく雄牛のそれだ。
麻地のシャツに作業ズボン、腰には道具袋を提げており、そこから取り出したレンチで手元の職人らしきゴブリンの頭を引っ叩いている所だった。
「ひえ…」
大袋を手に部屋に入ったカペルコはその様子を見て顔を顰める。
クリーンでホワイトで…なる魔王軍を作り出すという話ではあったが、この状況を見る限りはまだまだだ。
部屋に立ち入ろうとすると辺りを立ち込める空気が埃っぽく、その事にもまた顔を顰めて軽く咳払いをした。
髪に塵やらなんやらがあまりくっ付くと洗うのが面倒だ。自慢の、という訳ではないが、毛量の多さは人一倍である。
そそくさと親方と呼ばれていた男の元へ行き、用件を伝える事にした。
「ボスさん」
「ん?おお!なんだ嬢ちゃん?」
青筋を立ててゴブリンを怒鳴っていた男であったが、カペルコの方を振り向くとパッと気の良い笑顔に変わった。
その後ろで、怒鳴られていた方もホッとした表情を浮かべている。
ボスと呼ばれたその男であるが、それは立場や役職を示したものでは無い。
ボス・テーロフィン。
それがこの大工集団を纏めあげるミノタウロスの名前であった。
強面でいかにも豪快な出で立ちであるが、よく見るとつぶらで可愛らしい瞳をしているなとカペルコは思っている。
「良い時間なので、キリの良い所で休憩にしませんか?」
「ああもうそんな時間か…おいテメエら!一服だ!」
「「「ヘイ!!」」」
ボスの声に作業をしていた男衆は威勢のいい返事を返し、
「カペルコは気が利くねえ。いやあ〜疲れた疲れた。労働の合間にしばく茶は美味いなあ〜」
風を感じたと思ったらいつの間にか隣に立っていたウェーロが、カペルコが持ってきたお茶をかっぱらっていた。
カペルコが入室した時には姿を確認出来なかったのだが、気配を察知したタイミングで城外から文字通り『飛んで』きたらしい。瞬間移動の様な芸当だが、当の本人は汗一つかかず涼しい顔をしている。
それにしても腰に手を当ててゴクゴクと飲むその様に、茶を『しばく』という表現はそぐわないと思うのだが。
「…ウェーロさんはそこまで疲れて無いんじゃないですか?」
今日までの工事でカペルコの見る限りウェーロがやっていた事といえば。
作業をしている魔族に横から口を出したり。
青い顔で資材を運ぶハーピーに野次を飛ばしたり。
気まぐれに手を貸すと言って材料をぶっ壊したり。
正直なところ、言ってしまえばただ遊んでいるだけというか、邪魔をしているだけのように見えた。
「むっ、お言葉じゃないかカペルコ。私にだって大事な仕事があるんだよ?」
どこから来る余裕なのか、そもそも何の余裕なのか。
余裕綽々といった風にウェーロは作業員達に向き直ると、腰をくねらせて艶かしいポーズを作った。
「このむさ苦しい野郎どもが集まる、悲しくなるほど華の無い現場のオアシスになってあげるって仕事がね?」
「「「う、うおおおおおお!!!」」」
ちろりと舌を覗かせてウインクをすると、作業を中断してこちらを見ていた男衆が沸く。
どこからともなくウェーロを持て囃す声や指笛も聞こえてきて、辺りは作業をしていた時以上に騒がしくなった。
「ほらね?私もこう見えて忙しいでしょ」
「いそが…?まあ、はい…」
「なにさその目は〜。規模が大きめな工事とかだとね、結構依頼が入っていい収入になるんだよ?」
「ええ?一つの職として雇用が成り立ってるんですか…?」
「おーい姉御!もっとサービスしてくれー!」
男衆の中からそんな野次が飛ぶ。
ウェーロはカペルコと目を合わせると、目を細めて悪戯っぽく笑った。
「ふふ、未来の可愛い後輩に良いとこ見せてあげなくっちゃね」
「ありませんよそんな未来」
「行くよ、雄を挑発するユキヒョウのポーズ!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
「荒々しく腰を振るパイソンのポーズ!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
「厳かに発情するセイウチのポーズ!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
淀みなく流れるようにその体躯を動かすウェーロ。
次々と繰り出される扇情的、もとい卑猥で下品なポーズに盛り上がる男達。
「……」
を、半目で眺めるカペルコ。
これは一体、こう、何を見せられているのだろう。
ふと隣のボスはどうしてるのかと思い目をやると、
「う…ううう…」
何故か泣いていた。
さめざめと泣いていた。
「…あの、ボスさん大丈夫ですか?」
「うう…すまねえ嬢ちゃん。こんな情けない姿見せちまって…。ぐすっ、今のパイソンを見ていたら家内を思い出しちまってな…」
「奥様も不本意なんじゃないですかそれ!?というか涙を流すほどのクオリティなんですかあれ」
「ああ…やはりウェーロさんはすごい方だ。流石ドスケベアニマルモノマネ界隈でトップを走り続けるだけの事はある」
「何なんですかそのどうしようも無い界隈は」
というかパイソンという全集合を見て特定の人物を思い出すのって違くないか?
いや人物?じゃなくて動物なのか?牛物?
カペルコはそこまで考えて、いや心底どうでもいいな、と脳内で独りごちた。
――――――――――
「しっかしよお…こうも直した端から壊されちまうんじゃ、仕事の甲斐が無えってもんだ」
修繕した箇所を眺めながら、茶に口をつけつつボスがボヤく。
まだ完全に壁の穴が塞がった訳ではないので風が吹き込んで来るが、冬の気配はすっかり鳴りを潜め、魔王城には暖かな陽光が降り注いでいる。
外の気温も過ごしやすく、吹き込む風はボス達の火照った身体を優しく冷ましていた。
「それは仕方ないだろ。戦闘が発生する事も織り込み済みの城なんだから」
それに返事を返すのは様子を見に来た魔王だ。
ボスと魔王、それにカペルコは簡易な卓を中心に地面に腰を下ろして茶を飲んでいた。
椅子を勧めたのだが自分が座ると壊れるからと断られ、魔王も特に気にせず床に座したので悪く思いつつもカペルコもそれに倣っている。
向こうでも働いていた魔族が腰を下ろして思い思いに身体を休めている。
全体の人数としては4、50人ぐらいだろうか?
実際に作業をしていた者たちは談笑をしていたが、資材の運搬を担っていたグループは疲労困憊といった体で皆のびていた。
姿の見えないウェーロはと言うと、数が必要になった資材を数人のハーピーを引き連れて調達しに行ったところであった。
よく話を聞いてみると、これまでも大規模な工事の際には当人が有翼種の纏め役となって手伝いを行った事が何度かあるらしい。
先程までの奔放な様子を呆れ半分で見ていたのだが、ただふざけているだけでは無かったのだと少しだけ認識を改めた。
「じゃあ聞くがよう、ここ三回の修繕のうちその"戦闘"ってのが発生したのは何回あるんだよ?」
「そりゃもう毎回よ。魔王ともなると毎日が戦闘だ。生きている事それすなわち戦いなのだ」
「嬢ちゃん、何回だ?」
「戦闘と言えるものなら、一回です」
それも必要と言えるものでは決して無かった気もする。
「って言ってるが?」
「なんだよも〜。ワシに仕えてるんだからワシの意のままに働いてくれよ」
「だったら忠誠を尽くすに値する振舞いをしてくれねえかなあ…」
ブフゥと大きな鼻息を立て、白けた風に頭をポリポリと掻くボス。
その頭部から生える角の根元には、鈍く光る禍々しい六芒星が刻まれていた。
「ったく、本当にしまらねえ奴に召喚されちまったもんだ」
「…ボスさんは魔王様と契約された悪魔ですからね」
「ああ。雇い主を選べねえのが俺たち悪魔の辛いところだな」
ボスが魔王に仕えているというのは、カペルコやウェーロ達四天王とは意味合いが違う。
この世界に常に存在する人間や、魔人・亜人を主とする魔族に対し、ボスは召喚主と契約を交わして初めてこの世界に顕現する事を許される"悪魔"であった。
悪魔との契約。
それは、不浄なる取引。
禁忌の等価交換。
契約の為に差し出すのは、生命そのもの。
欲望の内容によってはその対価は一個人に留まらず、時として一つの国を亡ぼす事さえあるという。
長い歴史の中、数多くの術者が己の欲求や野心の為に求め、挑み、飲まれ、欺かれ、そして命を落とした。
それこそが"悪魔"との契約である
らしい。
魔王城の改修工事の際にボスを召喚し、『腕も良かったし今後いちいち呼ぶのも面倒だから呼びっぱなしにしとくか』という理由でそのまま今に至る現状を思うとイマイチ実感が湧かない。
というか、大工工事の為に悪魔を召喚するのもどうかと思う。
「そう言うなミノさん。社会人は皆上司に対して文句を言いながら一人前になっていくものだ。そして後になって『ああ、あの時は良くしてもらってたんだな…』って気付くものなのだ」
「おめえっ…その呼び方はやめろって言ってんだろ、安直過ぎんだよ。そして良くしてもらった覚えも一切、これっぽっちもねえ!」
「だってワシが『ボス』って呼ぶのややこし過ぎるだろ…てか、ミノさんが安直?世の中にはにわかマッスルなんてザ・安直ネームのミノタウロスもいるのに?」
「なんだそりゃ…例えが強すぎるわ。一周まわってオリジナリティに溢れ過ぎだろ…」
はあ、と脱力したボスは手元の茶をチビリと飲んだ。
大柄なボスが持つと、手元の茶はその身体に対して如何にも小さい。
「…まあ確かに壊れたもん直すのも俺らの仕事だけどな。今回も俺の腕をかけて、完璧な仕上がりにしてやるから楽しみにしてな」
「皆さんの仕事ぶりを見ていると分かります。お仕事に対して本当に真剣でいらっしゃいますよね」
「当たりめえさ嬢ちゃん。この城は魔族にとっちゃ特別な城だが、違う意味で俺にとっても特別なんだよ」
ボスはそう言うと、目を細めて床に敷かれた幾何学模様のラグを撫でた。
その下には木板を細かく組み合わせた、美しい寄木模様が広がる床材が敷きつめられている。
「ここはな、手前の頭で考えて、持てる技術の全てを使って建てた城なんだ。ここには何があって、実際に使うならこうした方がよくて、先々の事を考えればこうしちゃならねえ。城の全てを俺は把握してる自負があるし、思いと拘りがありとあらゆる所に詰まってやがる。そうやって手掛けた建物っていうのはな、俺らにとっちゃ可愛い子供みてえなもんなんだ」
「子供…ですか」
訥訥と、しかし熱を持って語るボスは部屋内をゆっくりと、隈なく見て回っている。
その目は自分が工事をしていた当時を振り返っているようでもあり、その話を聞いた後だと我が子を愛おしく見つめる父親のそれにも感じる。
そんな様子を見ていると、その真剣な誠実さがどこか嬉しくてカペルコの口元が少し綻んだ。
「その我が子をよう、何度も何度も壊されたんじゃ黙ってられねえってもんだ。なあ魔王?」
「はあ全く…分かった分かった。ワシだってミノさんには悪いと思っとるんだ」
宥めるように両手を広げて魔王がボスを制する。
その仕草がやけに大仰で、カペルコはろくでもないような気配を感じた。
「普段からミノさんには世話になっとるしな~。今日、仕事が終わったらどうだ?」
にやりと笑う魔王が軽く握った右手を顔の前に持っていき、クイクイと動かす。
それを見たボスも、傍目から見ても分かりやすく両方の口角が上がった。
「おっ!いいねぇ~。いつもの店か?」
「いや、ちょっと昔馴染みがやってる店があってな。そこに行こうと思っとる」
「へえ、どんな所だよ?」
「まああれよあれ。皆で和気あいあいとこう、楽しくおしゃべりする感じの店よ」
「おうおう…なるほどなるほど。いいじゃねえか」
男二人、ニヤニヤと笑いながら話す様子をジットリとカペルコは眺めていた。
可愛い我が子はどうした。飲みの席を設けて簡単に相殺されるものなのか。
「で、メンツは?俺とお前でか?」
「いや、実はもう一人呼んでてな」
「ん?誰だ?」
「面識無いっけ?勇者なんだけど」
「勇者…ってお前、あの勇者かよ!?」
「前から飲みに行く約束をしてたんよ。とりあえず現地集合する事になっててな」
「魔王と勇者が…いやまあ、良いか。お前が良いっていうならな。…それならよ、俺も一人連れてっていいか?」
そう言って、ボスは休憩をしている作業員の集団の方を指し示した。
一癖も二癖もありそうな屈強な男達の中に混じる、一際異彩を放つその男は――――。
「う、うお〜〜〜。一体どんな奴が出てくるんだ」
「編集点作りの下手さ致命的過ぎません?」
続




