206話 ラグビー部のチハル-4
数秒の沈黙。
冬のグラウンドが、一瞬だけ静まり返った。
「……おい」
女子の眉が、ぴくりと動く。
近すぎる距離で見るその顔は、さっきまでグラウンドを駆け抜けていた時とはまるで違っていた。
鋭い目つきはそのままだが、耳の先が赤い。
頬にも、寒さや運動の熱とは別の赤みが差している。
龍之介はそこでようやく、自分の右手がどこにあるのかを正確に理解した。
彼女の腰だった。
倒れる瞬間、地面に叩きつけられないよう支えた。
それは事実だ。
事実ではあるが、今なお掴んでいる理由にはならない。
「アタイの腰、いつまで掴んでんだ?」
「不可抗力だ」
「へえ」
「本当だ」
「この学園で唯一の男子が、よりによってアタイに痴漢かよ」
「言い方を考えろ」
龍之介は眉間を押さえたくなった。
よりにもよって、聞こえる声量で言うことではない。
ラグビー部員たちの視線が、一斉にこちらへ集まるのが分かった。
「チハルが男子に押し倒された!」
「いや、押し倒したのチハルじゃない?」
「どっちでも大事件だよ!」
「ついにチハルっちにも青春が来たか~!」
「うるせぇぇぇっ!」
女子――チハルは顔を赤くしながら跳ね起きた。
近くにいた部員たちが、きゃあきゃあと笑いながら後ずさる。
龍之介も制服についた土を払い、立ち上がった。




