九十話 残された者
三人称視点です。
偽四季との戦いを終えて、葉月たちは会談したホテルに戻った。
重傷者もいるし、精神的なショックを受けている者もいる。休む必要があった。
「お姉さんの様子はどう?」
「ようやく眠った。夏帆は強いし、きっと立ち直ってくれる」
「そう……本当に、この子は……」
持ち帰った春真の遺体を眺め、葉月は愚痴をこぼす。
葉月は、春真が命を捨てたことに対して不満があった。
戦えなかった自分に文句を言える筋合いはない。春真が偽四季を倒してくれたおかげで、被害は食い止められた。感謝すべきだ。
理屈では分かっていても納得できない。
「悪い癖よ。結局直らなかったわ。バカなんだから」
長月が春真の記憶をいじり、おかしくなってしまったことがあった。葉月を襲いそうになり、未遂で終わったものの、春真は気に病んでいた。
勝手にいじった方が悪いと考えず、あくまでも自分の中にあった欲望が顕在化したのだと。
己の領分を超えてまで責任を負うものではない。
葉月は注意したが、直らなかったようだ。
春真が何を考えて戦ったのか、手に取るように分かる。責任を感じていたのだ。
前回の戦いでとどめを刺さなかったこと。甘い考えでいたこと。敵とはいえ、人を殺してしまうこともだろう。
責任を取るために、自分の命を捨てた。
身勝手な行動だと思う。死んでしまっては注意もできない。
春真の遺体は汚れをふき取ってある。穏やかな顔で眠る彼を見て、涙がこみ上げてきた。
「なんで死ぬのよ……速峰も、長月も……一人にしないで……」
「葉さん……」
十二月のメンバーは、葉月を残して全滅した。
春真が死んだことで、古い付き合いの人は四季くらいしか残っていない。次が冬将になる。
四季も冬将も好きだし、新しく覚醒した人たちも嫌いなわけではないが、ずっと一緒にいたメンバーがいなくなったのは辛い。
総理大臣は、新人類を受け入れてくれようとしている。暴動を止め、落ち着かせようと奮闘中だ。
争いが終われば万事解決でもない。問題は山積しているし、この先も大変な日々になる。
葉月も働くことになるが、一緒に歩んでくれる仲間が欲しかった。心を許せる仲間たちが。
春真や長月には生き残ってもらいたかったのに、二人ともいなくなった。
春真は、まだ遺体がある分マシとも言える。弔ってあげられるのだから。
長月は偽四季に殺され、遺体の発見すら困難であろう。
二人以外にも犠牲者は多い。旧人類、新人類とも、大勢が死んだ。
大切な人を失い、悲嘆に暮れているのは、葉月だけではない。立ち直らなければならない。
でも、少しだけは。
「私も休ませてもらうわ」
「誰かに付き添ってもらえばどうだ? 男の俺はまずいが、四季とか」
「巨乳でも今は労わってあげる」
「一人になりたいの。冬将と四季も休んでいいわよ。怪我しているでしょ」
「葉月葉が大丈夫なら、私は夏帆の様子を見ているけど?」
「一人にさせて」
大丈夫だ、とは言えなかった。
仲間を次々と失っても、悲しむべき時じゃない、戦うべきだと自分に言い聞かせて走り続けた。
一段落した今は、先延ばしにしていた悲しみが一気に襲ってきている。
一人になりたかった。一人になって、思い切り泣きたかった。
葉月はホテルの一室を借りて休むことにしたらしい。
弟の死にショックを受けている夏帆も休んでいるし、四季は様子を見ている。
大怪我をした睦月と彼に付き添う皐月、皐月にべったりの秋陽刀もこの場にはいない。
卯月と神無月は、自衛隊員でもあるため動いている。
残っているのは、冬将、文月、師走だ。
そして、もう一人。
「坊主が死んだんだって?」
「おい、おっさん」
「バカにしようってんじゃない。冥福を祈らせてくれ」
新人類の町に攻め込んできた隊長の男性は、春真の冥福を祈ると言い出した。
遺体を前にして両手を合わせ、黙祷する。
「どういう風の吹き回しだ? あんたにとっちゃ、俺たち怪物は敵だろ?」
「新人類が恐ろしい気持ちはあるが、この坊主個人に恨みはないからな。第一、これから仲良くしようって話だろ? 敵視しても仕方ない。ったく、甘い坊主が望むような平和が訪れるのに、死んでどうすんだ」
口調こそ乱暴だが、一応春真の死を悲しんでくれているようだ。
「考えてみれば、睦月たちよりも、おっさんとの方が長い付き合いになるのか」
冬将にとっては四季との付き合いが一番長く、次が葉月で、その次はこの人だ。
その割に、名前すら知らないことに気付く。
「おっさんの名前は?」
「桐生虎鉄だ」
「うわ、おっさんのくせに、無駄にかっけえ」
「名前負けしているとはよく言われるな」
他愛もない話をしていたが、すぐに会話が止まった。重苦しい空気が漂う。
居心地が悪いのか、文月と師走もどこかに行ってしまった。
「……春真は、いい奴だった。俺もそこまで長い付き合いじゃねえが、いい奴だ。密かにライバル視してたんだぜ。春真と葉さんは親しそうだし、俺も負けてられねえってな」
春真と葉月の間に恋愛感情があったかどうかは知らない。友人や戦友といった気持ちかもしれないが、冬将はライバル視していた。
勝手に逝きやがって、と文句を言いたい気分だ。
「いい奴が先に死ぬって、ひでえ世の中だよな」
「よくある話だ。憎まれっ子世にはばかる、なんて言葉もある」
「マジひでえ」
春真がもっと無責任な性格であり、自分の命を最優先に考えて戦わなければ、今でも生きていた。
春に覚醒していなくても、おそらく生きていた。戦いたくても戦えないからだ。
なまじ力を得てしまったせいで死ぬ羽目になった。
これを運命と呼ぶのであれば、極めて残酷だ。
「なんで俺は生きてんだろうな。神和も春真も死んで、なんで俺が」
「生きる意味を考えても答えは出ない。そういうのは哲学者にでも任せておけ」
「確かに、俺の柄じゃねえか」
生き延びられてラッキーとは思えない。少なくとも、今は。
失った悲しみを癒すには時間がいる。これは、他の人たちも同じだろう。
「桐生のおっさんは、これからどうすんだ?」
「田舎に帰ってのんびりと、だな。親孝行でもするさ。戦いはこりごりだ」
「帰れる田舎があるのは羨ましいぜ。こっちは、どっかの誰かさんたちのせいで壊滅したからな」
「謝っても遅いだろうが、悪かった」
「ま、俺たちもそっちの仲間を大勢殺したし、お互い様かもな」
冬将自身も人を殺している。被害者を気取れる立場ではない。
多くの犠牲を払い、旧人類と新人類が歩み寄るきっかけを作れた。そう思っておけば、少しはマシだろうか。
「私は……」
四季は、自分が生き延びたことに罪悪感があった。
当初の予定では、自分が犠牲になるつもりだった。
十二月を殺して本当の四季に覚醒する。旧人類に力を見せつけて、新人類に有利な条約でも結ばせて終わらせる。
結果だけを見れば、新人類を受け入れてもらえそうな現状は、決して悪くない。
代わりに、またしても弟を失ってしまった。
お姉ちゃんは、弟を守れなかった。
仕方ないとも言える。偽四季と春真の戦闘は、最後の方は四季ですら割り込めなかった。人知を超えた化け物同士のぶつかり合いだ。
春真がいなければ、今頃は四季たちも皆殺しにされていただろう。
「私は間違えた?」
春真を脳内お花畑と揶揄していたが、四季も中途半端だった気がする。
四の五の言わず、十二月を殺しておけばよかった。本当の四季に覚醒し、当初の予定通り外と戦っていればよかった。
十二月のメンバーがいい人だったから。行動を起こす前に外が攻めてきたから。
理由はいくらでもつけられるが、とどのつまりは殺す覚悟がなかっただけではなかろうか。覚悟を口にしておきながら、それを持たなかった。
ゆえに、間違えたと考える。
「しょうがない」
春真の口癖だ。しょうがない。
後悔しても時間は巻き戻せず、前に進むしかないのだ。
生き延びた四季は、明日に向かう。
死んでいった人たちの分まで、明日に向かおう。




