九十一話 新人類の島
三人称視点です。
新人類を受け入れ、共生の道を探る。
総理が打ち出した政策は、大きな反響を呼んだ。
大半の人は猛反対した。
旧人類は、怪物と共生するなど真っ平だと。
新人類は、旧人類にへりくだるのはごめんだと。
分かっていたことだが、簡単にはいかなかった。
とはいえ、共生に反対する人たちも、好んで争っているわけではない。
新人類は、いつまでも誕生し続ける。いつ誰が新人類に覚醒するか分からない。争いは終わらない。
争っても未来がないと説明すれば、旧人類の中で考えを改める者も出始めた。
もしも自分が新人類に覚醒すればどうなる? 大人しく殺されるのか?
少しでも冷静な判断ができれば、普通はこう考える。
信じない人もいたし、何も考えていない人もいた。バカの一つ覚えのごとく、新人類を殺せコールだ。
暴力に酔っている人は別個で対処するとして、旧人類の説得はなんとかなった。
新人類については、できる限りの権利を保障するということで納得させた。新人類に覚醒しても、記憶を奪ったり殺したりすることはない。日本国民として認めるし、権利を与えるが、代わりに義務も果たす。
混乱は大きかったが、暴動は徐々に治まり、平和の兆しが見えてきていた。
では、新人類はどこでどうやって暮らしていくか。次に浮上した問題はこれだ。
隣に怪物がいる状態は、感情的には受け入れられにくい。これができるなら、世界中で差別や偏見はとっくになくなっている。
よって、海洋上に人工島を造ることになった。新人類はここに住むのだ。
旧人類の居住も認められる。家族で移住するのもOKだ。
本土とは橋でつなぎ、審査を受ければ自由に行き来できる。
人工島の正式名称は、特別管理人工島。巨大な実験場だの隔離施設だのと揶揄する者もいる。あるいは単に、新人類の島と。
人工島の建設は急ピッチで行われ、新人類が移住することで、とりあえずは落ち着きを取り戻した。
もっとも、道を踏み外す者も出てくるわけで。
「はい、そこまで。大人しくお縄につきなさい」
「うるっせえ! こんな場所に隔離されるなんざ真っ平だ! 俺は好きで新人類になったんじゃない! 人権の侵害だ!」
「気持ちは分からなくもないけど、暴れていい理由にはならないわ。暴れれば暴れるほど、不利になるのはあなたよ。真面目に働いていれば、審査を受けて本土にも行けるのに」
新人類の島にて、葉月葉は犯罪者の取り締まりを行っていた。
新人類に覚醒して連れてこられた者が、やけになって暴れ、犯罪に走るケースも少なくない。
目の前にいる男は、何件もの暴力事件を起こしている。新人類かどうかに関係なく犯罪だ。
十二月と春夏秋冬、および四季は、犯罪者を取り締まる仕事をしている。
戦闘能力が高いため、適した仕事と言えよう。
暴れる男を取り押さえ、連行する。
「俺は悪くない……俺はこんなの望んでないんだ……」
「じゃあ、あなたが望むのは何?」
会話する必要はないが、いきなり新人類になってしまった男に同情もしている。
立ち直ってもらいたくて、葉月は話す。
「失敗や挫折のない、順風満帆な人生を望むの? 何もかもが思い通りに進む展開を望むの? そんなの、あるわけないわよね。旧人類とか新人類とかは関係なく、絶対にあり得ないわ」
「うるせえよ! 説教なんざ聞きたくねえ!」
「聞けとは言わないわ。私の独り言。生きて行く中で、理不尽や不条理は当然のように襲ってくるの。先の暴動で、理不尽に命を奪われた人も多いわ」
葉月の仲間たちもそれだ。
生き残った者たちの心の傷は、いまだ癒えていない。
悲しみを抱えつつ、表面上は元気に生きている。前を向いている。
「望まぬ展開はいくらでもある。そのたびに、『これは俺の望んだことじゃない』と言って逃げるの? 『俺は悪くない』と責任転嫁するの? 望まぬ展開の中で何を成すか、決めるのはあなたよ。限られた選択肢でも、自分で選び取れるだけ幸せでしょ。自分は何も悪くないと考えていたって、事態は好転しないわ。やさぐれてふてくされて、かわいそうな被害者ぶるのはやめなさい。あなたの人生なのよ」
「……やりたいことなんか、ねえよ」
「新人類に覚醒したから? 違うわよね。覚醒前から何もなかったんでしょ?」
この男が本土でどのような生活を送ってきたか、葉月はおおよそ知っている。
学校に馴染めず、中学生の頃から家に引きこもっていたらしい。家族すら持て余す酷さだった。
新人類に覚醒すれば、すぐさま家から追い出されてしまった。家族で移住もできたのに、見放されたのだ。
覚醒してしまったことは同情するが、生き様には一切同情できない。見放されて当然の人間だ。
引きこもっていられなくなったからといって暴れるなど、到底許されない。
新天地で新しい生き方を見つけるべきだ。
お説教をしても、彼の心には響かないだろう。お前に何が分かる、とでも返されるのがオチだ。
だったらそれでもいい。
「罪を償って、真面目に働こうとすれば、仕事はいくらでもあるわ。また犯罪に走るなら、その時はその時よ。同情もしないし、勝手に死になさい」
「お、脅そうってのかよ。ちょっとした犯罪程度で死刑にする気か?」
「ちょっとした犯罪ねえ。あなたは何人傷付けたの? しかも、自分より弱い女性や子供ばかり」
葉月が出張ったのも、女性を狙ってくると考えたためだ。四季や夏帆でもよかったが、二人とも忙しくて動けなかった。
皐月は学校に通っているし、危険な仕事はさせていない。適任者が葉月だった。
「まあ、私が口を挟むことじゃないわね。しかるべき罰を受けなさい」
「人権の侵害だ! 訴えてやる!」
罵倒を聞き流して、男を警察に引き渡す。葉月の仕事は終わりだ。
新人類の島には、警察機構も存在する。
警察は旧人類だ。新人類が警察になれるほど法整備は進んでいない。
葉月たちの立場は、警察ではなく、有志による警備員といったところか。
仕事も終わったため、報告のために戻る。
新人類の島を統治する者がいるビルだ。
「ただいま戻りました」
「あひゃぃ! もっとやってください女王様!」
執務室の扉をノックしてから開けたのだが、中で繰り広げられていたSMプレイにドン引きする。
「この変態! 豚野郎!」
「ありがとうございますっ!」
女性にどつき回されて喜んでいるのは、残念ながら島のトップだったりする。
元は政治家だった男性だ。新人類に覚醒し、島を統治するために赴任した。
素人だけでは政などできない。政治に携わっていた経験を持つ男性は、得難い人材だった。
かつて、処刑されかけていた四季を新人類の町に送り込んだこともある。
要するに四季とは顔見知りであり、どつき回しているのも彼女だ。
「あなたは何をしてるのよ?」
「この豚が、私のお尻を触った。セクハラ」
「で、どつき回していると? ご褒美にしかなってないじゃない。お尻を触りたいというよりも、ぶたれたいから触ったんでしょ?」
「こうなったのは予想外」
男性と四季が再会した時、かつて助けた恩を持ち出して、何やら言っていた。
最初は聞き流していた四季だが、腹が立ったらしく殴れば、なぜか癖になってしまいました、と。
「困ったものですねえ。ワタシのように真面目に仕事をしてもらいたいです」
SMプレイに興じる二人を眺めているのは、総理との会談時にもいた男性だ。土壇場で新人類に覚醒した人である。
こちらもまた、島を統治するために赴任している。
「お疲れ様です、葉月さん。報告はうかがっていますよ」
「でしたら、私は帰宅してもよろしいでしょうか?」
「今晩、ワタシと遊びませんか? 鞭で殴らせてください」
「お断りします」
こちらはこちらでSだった。碌な人間がいない。
頭を抱えたくなりつつ、軽い報告を済ませて葉月は帰宅する。
十二月たちは寮住まいだ。男女別になっているため、広々と使える。
寮を出てもいいが、一人暮らしをするよりも仲間と一緒の方がよかった。
寮に戻れば、皐月と夏帆がいた。
皐月は島に作られた学校に通っており、夏帆は大学への復学が認められた。島には大学がないため、寮から遠隔で講義を受けている。
戦いの傷跡は大きいが、それぞれの道を進んでいるのだ。
「ふぅ……」
「大きなため息だね。疲れてる?」
「何か食べますか? 作りますよ」
夏帆と皐月が声をかけてきた。
なんでもないと返し、食事も断ってから物思いにふける。
葉月が考えるのは、春真のことだ。正確には、新しい春のことになる。
現在、十二月は十二人そろっているが、春夏秋冬は春が欠けたままだ。
新しい春がいつまでたっても覚醒しない。
覚醒しているのに隠れており、見つかっていないだけだとも考えられる。
それにしては、随分と長い間見つかっていないため、不自然だ。
あの戦いからは、既に二年が経過している。二年間も春が不在などあり得るだろうか。
もしかして、春真は……
葉月がそう考えてしまうのも無理はなかった。
荒唐無稽な想像だとは理解している。春真は間違いなく死んだし、遺体も葉月たちが埋葬したのだ。実は生きていましたとかあり得ない。
でも。
「いつか、会えるのかしらね」
誰にも聞かれない小声で呟いた。
夏帆がいる手前、期待を持たせる発言はしにくい。弟を失った悲しみから懸命に立ち直ろうとしているし、邪魔になるだけだ。
明日にでも新しい春が覚醒するかもしれない。
だとしても、だ。
「もたもたしていたら、置いて行くわよ」
葉月たちは明日に向かっている。
もしも春真が一緒に進みたいなら、早くしろと。
どこにいるのか分からない少年に向けて、言葉を贈った。
次が最終話になります。




