七十九話 正念場
結界を抜けて、屋内に入った。灰色の壁に囲まれた部屋は、僕が使者になった時に出た場所と似ている。
あの時は出入り口が隠されていたけど、今は扉が見えている。同じ部屋ではないんだろう。
武装した人間が現れることもない。静かなものだ。
「さて、どうするべきかしらね。誰かを見つけましょうか」
「俺たちが入った時は、碌に人が残っていなかった。見つからないかもしれない」
「屋外に出る方がいい? 私たちが出れば、余計に混乱しそうだけど」
「どの道、混乱している」
葉月さんと睦月が話し合い、屋外に出ることになった。僕たちにも異存はない。
十二人で移動する。ついでに隊長さんもついてきているね。
「帰っていいのよ」
「帰れるなら帰りたいさ。俺は独身だから嫁や子供はいないが、両親はいる。無事でいるか心配だ」
「帰ってあげなさいよ」
「帰りたくても帰れねえんだ。指揮系統はめちゃくちゃで何もできんし、交通機関は使えん。下手に一人でいれば殺されかねないから、お前たちと一緒の方がまだ安全だ」
「裏切り者扱いは嫌なんじゃ?」
「怪物に捕まり、やむを得ず行動を共にしているってことにしておく」
仲介役になる気はないけど、保身のために一緒に行動する道を選んでいた。
とやかく言うつもりはない。生きるために最善策を選ぶのは、何もおかしくないしね。
一切協力しないわけでもなく、道案内をしてくれた。これだけでも助かる。
移動中は誰ともすれ違わない。睦月が言った通り、碌に人がいなかった。
僕と姉、霜月の三人で突入した時は、大勢の兵士に攻撃されたのに。
くまなく探せば隠れている人が見つかるだろう。出てこないなら、こちらから探してまで倒そうとは思わない。
いなくなった人はどこに行ったのかな。
「避難してる? もしくは、暴動の鎮圧に向かった?」
「さてな。どっちもいそうだが、避難した奴の方が多いかもしれん。ここにも隠れている奴はいるはずだ。外に出るよりも安全だからな」
僕の独り言に、隊長さんが反応してくれた。
避難しているにしろ暴動の鎮圧に向かっているにしろ、兵士がいないのは間違いない。僕たちと戦っている場合じゃないって意味だ。
「これだけ人がいないと、町で待たなくて正解だったね。葉月さんの判断は正しかった」
「正解だといいわね」
「きっと正解だよ」
外の人には余裕がない。隊長さんも指揮系統がめちゃくちゃだと言っていた。
新人類の町と戦争するのは無理で、交渉すらできそうにない。
僕たちがいくら待っていたって何も起きず、時間が無駄に過ぎるだけだ。こちらから出向かなきゃいけない。
だから正解だ。そう信じている。
隊長さんが仲介役になってくれないなら、別の人と接触しよう。ここに隠れている人じゃ仲介もできそうにないし、できそうな人がいい。
危険ではあるけど、早くしないと被害が増える一方だ。
人の気配がなく、無機質で物悲しい通路を歩く。迷うことなく屋外に出られた。
僕が町に入ってから、一日が経過している。一日前に見たばかりなのに、もっと時間がたっているように感じるね。
外は今日も雨模様だった。冷たい雨が降り注ぎ、地面を濡らしている。
「これが雨。知識にはあるけど、目にするのは覚醒してから初めてね。空が青くないどころか、水が降っているのは驚きだわ。違和感だらけ」
「俺も初めてだ。神和にも外の世界を見せてやりたかった」
外を知らない葉月さんと冬将は、雨に驚いていた。
僕も初めて見た時は物珍しかったし、気持ちは分かる。
雨を気にするのもいいけど、どこに行こうか。屋外に出てもやっぱり人はいないし、これじゃあ交渉を求めることもできない。
「私は外の世界に明るくないし、睦月が指示してくれない?」
「指示と言われても……」
失礼だけど、相変わらず頼りにならない人だ。困惑の表情を浮かべるだけで、どこに行くって指示を出せていない。
「なら、あなたたちがここまで移動した時の様子はどうだったの? ドームに移動するまでに、外の様子を見たでしょ?」
「暴動が起きているか、人がいなくて閑散としているか、両極端だった。大通りは避難しようとする車で渋滞になっていたな。電車やバスも動かなかったし、走って移動したんだ」
「人の多い場所に行く? 新人類か旧人類かは知らないけど、暴動を起こしている人がいるなら、鎮圧しようとする部隊もいるわよね。そこで話をつけるの」
「春真と冬将が不安だ」
僕と冬将と言われて、二人で顔を見合わせる。
少し前なら僕は足手まといだったけど、今は春に覚醒した。偽如月と戦った時ほどの力は出せないとはいえ、十二月よりも強くなっている。
冬将も覚醒済みの冬で強い。不安要素はないような……
「あ、僕たちの髪の毛」
「なるほどな。白髪の奴が現れれば、町から怪物が出てきたって一発でバレる。パニックがさらに酷くなるってか」
「僕と冬将は留守番する? できれば一緒に行きたいけど」
「春と冬が抜けるのは痛いわね」
「秋の俺がいれば平気だぜ。皐月は守ってやる」
「秋陽刀は、私以外も気にしてください」
「春ちゃんを残すのは、お姉ちゃんとして心配だよ」
みんなであれこれ言いつつ、結局僕と冬将も一緒に行くことになった。
平常時ならとんでもない事態になるけど、今はそもそもとんでもない事態になっている。白髪の新人類が現れても大差ないだろうと判断した。
戦力を分散するよりも、固まって行動したい。
町の外は、僕たちにとっては敵地になるんだ。春や冬がいくら強くても、二人だけだといざという時に対処できない。この辺には人もいないし、遠距離からミサイルを撃ち込むとか。
人の多い場所に行けば、一般人を巻き込むことを恐れて攻撃しにくい。攻撃できるなら、暴動の鎮圧も簡単だしね。手をこまねいているのが攻撃できない証拠だ。
そこに交ざれば、僕たちも比較的安全になる。
方針を決めて、雨の降る中を進む。傘はないから濡れるけど仕方ない。
ドームの傍には、壊れた戦車や兵器などが放置されている。兵士の死体もちらほら見えている。
バリケードは壊されていて、役目を果たしていない。蹴破るまでもなく、立ち入り禁止区域の外に出られた。
ドームの周辺には人がいなかった。もしかしたら、建物の中に隠れているかもしれないけど。
向かう先は、電車の駅の方角だ。僕も利用した駅になる。
あの時は、スーツ姿の人や制服姿の人が多く見られた。平日だったし、会社や学校に行く人がいた。
今は、駅周辺にも人の姿が見えない。
ドームの最寄り駅は危険だと判断して、近付かないからだ。
「あっちだ。ここからも見えると思うが、高層ビルがあるだろ。オフィス街になっているし人も多い」
外の地理に明るい睦月が教えてくれたので、言われた通りに動く。
ドームから離れれば離れるほど騒がしくなる。
安全な方へ必死の形相で逃げている人。
建物内に閉じこもり、カーテンの隙間から様子をうかがっている人。
怪我をしているのか怖くて足がすくんでいるのか、うずくまっている人もいる。
助けてあげたい気持ちはあるものの、一人ずつ助けていてもキリがない。薄情だけど無視する。
途中、変な男性に襲われそうになっている女性がいたので、それだけは助けた。
女性を助けたいってよりは、葉月さんの一言が原因だ。
「こいつ、十二月よ!」
女性を襲おうとしていた男性は、十二月の一人だった。弥生、水無月、霜月の誰かだ。
秋陽刀が男性を殴り飛ばしていた。秋が全力で殴れば死ぬかと思ったのに、たいして効いていなかった。
「めんどくせえ! 死ねやおら!」
欲望まみれの十二月が強いのは、偽如月との戦いで知っている。
春夏秋冬の四人がかりで戦ったおかげで、なんとか勝てたのは助かった。兵士としての訓練を受けていた偽如月より弱かったのが幸いしたね。
両手両足をへし折って、地面に転がしておく。
「ぶっ殺せばいいのに」
物騒な秋陽刀の意見は、葉月さんが否定する。
「殺しても、新しい十二月が覚醒するだけよ。町にも新しく覚醒した如月がいて、こいつみたいな奴だったわ」
「ますますぶっ殺しとく方がいいんじゃ?」
「私たちの目の届かない場所で、こんな奴が覚醒すると困るでしょ。こっちは交渉しようとしているのに、怪物は所詮怪物だから交渉できないって思われるわよ」
十二月の覚醒は止められないけど、せめてまともな人格の人が覚醒して欲しい。
問題のある人が覚醒した場合はどうするか、交渉時の課題になりそうだ。
こうして、途中でトラブルはありつつも、人の多い場所に到着する。
話に聞いていた通りの大パニックだ。暴れている人に、逃げ回っている人、倒れている人などがいる。悲鳴や怒号も飛び交っている。
兵士も出動しているけど、鎮圧できていない。
僕たちにとっても正念場だ。ここで全てが決まると言っても過言じゃない。




