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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第3章 明日への一歩
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五十六話 必ず帰ると約束を

 待ってみたものの、外からの連絡はなく、食糧の供給も再開されなかった。

 何を考えているのかさっぱりだ。偉い人の思考は、僕じゃ理解できない。


 捕虜がどうなってもいいの? このままだと全員餓死するのに?

 怪物に囚われて苦しんでいるかも、とか不安にならない? 助け出したいと思わない?

 兵士の遺体は? せめて家族に返してあげようよ。殺した側が言っても説得力ないけどさ。

 こういった気持ちはあって、でも怪物に屈してはならないとか?


 何をどうするべきか、外の人たちの間でも意見が分かれて揉めているのかな。

 向こうがきてくれないなら、予定通り僕が使者として外に出る。

 付き添ってくれるのは、怪物になっている町の人だ。知らないおじさんやおばさんが七人いて、生きているようにしか見えないけど死んでいる。


 また、女性の兵士も連れて行く。こちらは八人いる。

 僕も含めて十六人。多いと見るべきか少ないと見るべきか。

 戦闘で死んでしまった兵士の遺体も運ぶ。

 なるべく綺麗にして、棺にも入れている。死者をきちんと弔っていますよってアピールだ。


 運ぶ手間を考えれば、首を刈って首だけ持っていく手もある。

 それだと挑発しているとしか思われないだろうし、手間でも遺体を運ぶわけだ。

 保身のためであり、遺体を返したいって気持ちでもある。


 町を出る直前までは、如月(きさらぎ)紺屋(こうや)さんが一緒にきてくれた。

 女性兵たちが暴れたりした時に対処してもらう。

 ないとは思うけどね。帰れるって知って喜んでいたし。


 やがて、外と町の境界線にたどり着く。

 僕が何度か試して、そのたびにUターンしてしまい、出られなかった。

 今は合言葉を教えてもらっているし出られる。


春真(はるま)。絶対に戻ってこいよ」

「結ばれた直後に未亡人にしないでくださいね。私は待っております」

「僕たちは結婚したわけじゃ……」

「似たようなものです。私は重い女ですからね。お付き合い、イコール、結婚を前提にしていると考えます。私の全てを捧げますけれど、代わりに春真さんの全てを捧げていただきます。こんな女に好かれてしまったのが不運だと諦めてください。春真さんだって、私を好きになるからいけないのです」


 すっごい言い分だ。

 万が一、僕が浮気でもしようものなら……うん、考えないでおこう。


「あぁ……私は春真さんにキスでもすべきでしょうか。しかし、別れ際にキスは死んでしまう前兆でもありまして、かといって『帰ってきてから』も死にそうですし不穏です。私はどうすれば」

「紺屋さん」


 悩んでいた紺屋さんには、僕からキスをした。

 前回は紺屋さんからされたし、男としては自分からもしないとね。

 僕の方が身長は低いせいで、若干不格好な形のキスになった。


「……如月さん」

「なんだ?」

「私を殴ってください。全力で。夢かもしれませんので」

「それはもういいっての」


 告白の時と同様、信じられないって顔をしていた紺屋さんだった。

 鼻血を出していないだけマシかな。

 さて、親友や恋人との挨拶も済ませたし、行こうか。


「必ず帰ってくるから」


 二人と約束を交わす。僕は帰ってくるって。

 僕は優柔不断な性格だから、守れそうにない約束はしない。

 約束しておいて、平然と破るのが嫌だ。怖い。だからためらってしまう。


 今回は約束するよ。ここにいないみんなともね。

 約束っていうか、自分に言い聞かせる意味もある。

 時を忘れた町から外に出るけど、これは一時的なことだ。

 時が進む明日に一歩を踏み出すのは、みんな一緒。

 みんなで明日に向かいたいから、僕は帰ってくる。


「明日に向かう」


 合言葉を口にして、境界線の向こう側へと歩き出した。

 町の人や女性兵たちも合言葉を唱え、ついてきている。

 状況に酔っていたとはいえ、この人たちの前で紺屋さんとキスしちゃったんだよなあ。見られていたし恥ずかしい。

 全員大人だから、キス一つで大騒ぎはしていないね。

 恋愛経験もあるだろうし、外に恋人や夫が待っているかもしれない。


「気持ち悪い」


 女性兵の一人が吐き捨てるように言った。

 嫌悪感を隠そうともせずに続ける。


「怪物のくせに友情ごっこ、恋人ごっこ。吐き気がするほどおぞましいね。人間様の真似事をするな」

「……そうですか」


 罵倒の言葉に対してうまく返せなかった。

 僕と如月の友情や、僕と紺屋さんの愛情を「ごっこ」と言われたのは腹が立つ。

 今さらだね。僕を含め、町の住人が怪物として恐れられ、嫌われているのは知っている。

 僕たちを認めてもらえているなら、最初から戦いになっていない。


 怪物なのに人間そっくり。

 怪物なのに人間の真似事をする。

 怪物なのに人間のように生活し、生きている。


 外の人たちからすれば、これが許せないんだろう。

 怪物なのに。怪物のくせに。怪物の分際で。

 僕たちの存在そのものを忌み嫌っている。

 なまじ人間に近いせいで、余計におぞましさが際立つのかもしれない。

 元人間なのに人間の肉体や記憶を捨てて力を求めた、と思われているんだ。


 八人の女性兵の中で、僕に好意的な視線を向けてくれる人はいなかった。誰もが嫌悪の眼差しを向けている。

 気持ち悪いと罵倒した人をたしなめもしないし、気持ちは同じってわけだ。


 悪い扱いはしていなかったはずなのになあ。

 葉月(はづき)さんに聞いた話だと、女性には気を遣っていたってことだ。

 男性の兵士は、最初はパンツ一枚だったのに、女性が下着だけはかわいそうだし服を与えていた。脱がす時も葉月さんや卯月(うづき)などの女性が対応した。


 以降も、如月や冬将(ふゆまさ)たち男性陣は、極力近寄っていない。いたずらに不安にさせないための措置だ。

 捕虜となった女性に対して、あんなことやこんなことを。グヘヘヘヘ。

 とか考えているって誤解されたんじゃ敵わないし。


 待遇とかは関係なく、怪物が嫌いなんだ。

 僕も、今にも殺されてもおかしくない。

 一応、対策はしてある。僕を殺せば、周囲にいる怪物たちが襲い掛かるって教えてあるんだ。逃げたりしても同じ。

 嘘じゃない。葉月さんや長月(ながつき)がそういう風にした。


 これも気に食わないのかもね。

 実際、教えた時は、脅えるよりも怒っていたように見えた。

 体や脳みそをいじくって、好きに動かしている非人道的な行いだ。怒りもする。

 怪物だって忌避するのに、人間性を求めるのも矛盾しているけど、嫌いな相手のすることだから何もかもが気に食わない。


 悲しい気持ちはある。言いたいこともある。

 この人たちだって、もしかしたら怪物になってしまい、町に閉じ込められるかもしれない。

 友人や家族の記憶も全部忘れてしまう。有無を言わさず強制的にだ。

 孤独に生きて、停滞した時間を繰り返し、いつか外の人に殺される。


 自分が散々嫌っていた怪物と同じ存在になった時、どうするの?

 怪物だって忌み嫌われて傷付かない? 黙って殺される? 

 聞いてみたい気持ちはあるものの、問答をするつもりはないし黙々と歩く。


 景色は変わらないように見える。僕が普段見ている町の様子と同じだ。

 人の気配はないけど家が立ち並び、コンクリートで舗装された地面が続く。空はいつも通り青くて太陽が浮かぶ。

 本当に外に向かっているのか不安になるほど変わらない。


 でも、僕たちは結界を抜けて外に出た。

 結界を抜けるまで長くはかからなかった。数分程度だ。

 結界を抜けた先は、どう表現すればいいんだろう。


 ついさっきまでは外……ややこしいけど、作り物の太陽の下を歩いていたはずなのに、今は屋内にいる。

 灰色の壁に囲まれた広い部屋だ。

 天井に埋め込まれた明かりがあるから暗くはないものの、変な不気味さがある。

 後ろを振り向けば、そこも壁になっている。手を触れてみても硬い感触が返ってくるだけで、通り抜けられそうにない。

 町から出られなかったのと同じ仕組みか。町に入る方法を知っていないと、ただの壁にしかならないんだ。


 で、これからどこに行けばいい? 人もいないし、扉や窓もない。

 戸惑っていると、灰色の壁が急に口を開けた。出入り口が隠されていたらしい。

 現れたのは武装した人間たちだ。何十人もいてこちらに銃口を向けている。


「僕は町の使者としてやってきました。争うつもりはありません」


 両手を上げて戦意がないことを示す。


「武器も持っていません。棺に入っているのは武器ではなく、兵士の遺体です。先の戦闘で死んでしまった人たちの遺体を返します。捕虜になっていた兵士の中からも、女性を連れてきました」


 こちらは誠意を見せていますよ、と。

 伝えたいんだけど伝わった?

 武装した人間たちは、武器を下げないままでこちらを見ている。ヘルメットのような物を被っているし、表情は分からない。


 誰かが引き金を引けば、僕は一瞬でバラバラだ。死んだと自覚する間もなく死んでしまう。

 恐怖から冷や汗が流れ、心臓がバクバク鳴っている。

 妙に喉が渇き、ごくりと生唾を飲む。生きた心地がしない時間だ。


「……行ってください。僕たちは攻撃しませんので」


 女性兵たちに声をかけた。

 相手が攻撃をためらってくれることを期待して、盾代わりに連れてきた人だ。

 手放すのは愚かな行動だ。僕の仲間がいれば、また甘いとかなんとか言われる。

 怪物だけになれば、容赦なく攻撃できるもんね。僕たちは軽く全滅する。


 とはいえ、睨み合いを続けていてもなんだし、まずは彼女たちを返そう。戦いにきたんじゃないと知ってもらうためにも。

 半信半疑の様子ではあったけど、八人は武装した人間と合流を果たす。

 小声で話しているのはよく聞こえない。何人かと一緒にどこかへ行った。


 休ませるか、体に異常がないか検査するか、そんなところかな。

 僕と七人の住人、持ってきた棺が残る。

 相手はまだ何十人と残っているし、攻撃されればひとたまりもない。

 友好的に接するのは無理だとしても、話くらいは聞いてもらえないかな。


 でも。

 僕の考えは、理想論者のそれだと思い知らされてしまう。

 すっと。一人が手を上げ、下ろす。

 次の瞬間には、僕の意識は闇に沈んだ。

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