五十六話 必ず帰ると約束を
待ってみたものの、外からの連絡はなく、食糧の供給も再開されなかった。
何を考えているのかさっぱりだ。偉い人の思考は、僕じゃ理解できない。
捕虜がどうなってもいいの? このままだと全員餓死するのに?
怪物に囚われて苦しんでいるかも、とか不安にならない? 助け出したいと思わない?
兵士の遺体は? せめて家族に返してあげようよ。殺した側が言っても説得力ないけどさ。
こういった気持ちはあって、でも怪物に屈してはならないとか?
何をどうするべきか、外の人たちの間でも意見が分かれて揉めているのかな。
向こうがきてくれないなら、予定通り僕が使者として外に出る。
付き添ってくれるのは、怪物になっている町の人だ。知らないおじさんやおばさんが七人いて、生きているようにしか見えないけど死んでいる。
また、女性の兵士も連れて行く。こちらは八人いる。
僕も含めて十六人。多いと見るべきか少ないと見るべきか。
戦闘で死んでしまった兵士の遺体も運ぶ。
なるべく綺麗にして、棺にも入れている。死者をきちんと弔っていますよってアピールだ。
運ぶ手間を考えれば、首を刈って首だけ持っていく手もある。
それだと挑発しているとしか思われないだろうし、手間でも遺体を運ぶわけだ。
保身のためであり、遺体を返したいって気持ちでもある。
町を出る直前までは、如月と紺屋さんが一緒にきてくれた。
女性兵たちが暴れたりした時に対処してもらう。
ないとは思うけどね。帰れるって知って喜んでいたし。
やがて、外と町の境界線にたどり着く。
僕が何度か試して、そのたびにUターンしてしまい、出られなかった。
今は合言葉を教えてもらっているし出られる。
「春真。絶対に戻ってこいよ」
「結ばれた直後に未亡人にしないでくださいね。私は待っております」
「僕たちは結婚したわけじゃ……」
「似たようなものです。私は重い女ですからね。お付き合い、イコール、結婚を前提にしていると考えます。私の全てを捧げますけれど、代わりに春真さんの全てを捧げていただきます。こんな女に好かれてしまったのが不運だと諦めてください。春真さんだって、私を好きになるからいけないのです」
すっごい言い分だ。
万が一、僕が浮気でもしようものなら……うん、考えないでおこう。
「あぁ……私は春真さんにキスでもすべきでしょうか。しかし、別れ際にキスは死んでしまう前兆でもありまして、かといって『帰ってきてから』も死にそうですし不穏です。私はどうすれば」
「紺屋さん」
悩んでいた紺屋さんには、僕からキスをした。
前回は紺屋さんからされたし、男としては自分からもしないとね。
僕の方が身長は低いせいで、若干不格好な形のキスになった。
「……如月さん」
「なんだ?」
「私を殴ってください。全力で。夢かもしれませんので」
「それはもういいっての」
告白の時と同様、信じられないって顔をしていた紺屋さんだった。
鼻血を出していないだけマシかな。
さて、親友や恋人との挨拶も済ませたし、行こうか。
「必ず帰ってくるから」
二人と約束を交わす。僕は帰ってくるって。
僕は優柔不断な性格だから、守れそうにない約束はしない。
約束しておいて、平然と破るのが嫌だ。怖い。だからためらってしまう。
今回は約束するよ。ここにいないみんなともね。
約束っていうか、自分に言い聞かせる意味もある。
時を忘れた町から外に出るけど、これは一時的なことだ。
時が進む明日に一歩を踏み出すのは、みんな一緒。
みんなで明日に向かいたいから、僕は帰ってくる。
「明日に向かう」
合言葉を口にして、境界線の向こう側へと歩き出した。
町の人や女性兵たちも合言葉を唱え、ついてきている。
状況に酔っていたとはいえ、この人たちの前で紺屋さんとキスしちゃったんだよなあ。見られていたし恥ずかしい。
全員大人だから、キス一つで大騒ぎはしていないね。
恋愛経験もあるだろうし、外に恋人や夫が待っているかもしれない。
「気持ち悪い」
女性兵の一人が吐き捨てるように言った。
嫌悪感を隠そうともせずに続ける。
「怪物のくせに友情ごっこ、恋人ごっこ。吐き気がするほどおぞましいね。人間様の真似事をするな」
「……そうですか」
罵倒の言葉に対してうまく返せなかった。
僕と如月の友情や、僕と紺屋さんの愛情を「ごっこ」と言われたのは腹が立つ。
今さらだね。僕を含め、町の住人が怪物として恐れられ、嫌われているのは知っている。
僕たちを認めてもらえているなら、最初から戦いになっていない。
怪物なのに人間そっくり。
怪物なのに人間の真似事をする。
怪物なのに人間のように生活し、生きている。
外の人たちからすれば、これが許せないんだろう。
怪物なのに。怪物のくせに。怪物の分際で。
僕たちの存在そのものを忌み嫌っている。
なまじ人間に近いせいで、余計におぞましさが際立つのかもしれない。
元人間なのに人間の肉体や記憶を捨てて力を求めた、と思われているんだ。
八人の女性兵の中で、僕に好意的な視線を向けてくれる人はいなかった。誰もが嫌悪の眼差しを向けている。
気持ち悪いと罵倒した人をたしなめもしないし、気持ちは同じってわけだ。
悪い扱いはしていなかったはずなのになあ。
葉月さんに聞いた話だと、女性には気を遣っていたってことだ。
男性の兵士は、最初はパンツ一枚だったのに、女性が下着だけはかわいそうだし服を与えていた。脱がす時も葉月さんや卯月などの女性が対応した。
以降も、如月や冬将たち男性陣は、極力近寄っていない。いたずらに不安にさせないための措置だ。
捕虜となった女性に対して、あんなことやこんなことを。グヘヘヘヘ。
とか考えているって誤解されたんじゃ敵わないし。
待遇とかは関係なく、怪物が嫌いなんだ。
僕も、今にも殺されてもおかしくない。
一応、対策はしてある。僕を殺せば、周囲にいる怪物たちが襲い掛かるって教えてあるんだ。逃げたりしても同じ。
嘘じゃない。葉月さんや長月がそういう風にした。
これも気に食わないのかもね。
実際、教えた時は、脅えるよりも怒っていたように見えた。
体や脳みそをいじくって、好きに動かしている非人道的な行いだ。怒りもする。
怪物だって忌避するのに、人間性を求めるのも矛盾しているけど、嫌いな相手のすることだから何もかもが気に食わない。
悲しい気持ちはある。言いたいこともある。
この人たちだって、もしかしたら怪物になってしまい、町に閉じ込められるかもしれない。
友人や家族の記憶も全部忘れてしまう。有無を言わさず強制的にだ。
孤独に生きて、停滞した時間を繰り返し、いつか外の人に殺される。
自分が散々嫌っていた怪物と同じ存在になった時、どうするの?
怪物だって忌み嫌われて傷付かない? 黙って殺される?
聞いてみたい気持ちはあるものの、問答をするつもりはないし黙々と歩く。
景色は変わらないように見える。僕が普段見ている町の様子と同じだ。
人の気配はないけど家が立ち並び、コンクリートで舗装された地面が続く。空はいつも通り青くて太陽が浮かぶ。
本当に外に向かっているのか不安になるほど変わらない。
でも、僕たちは結界を抜けて外に出た。
結界を抜けるまで長くはかからなかった。数分程度だ。
結界を抜けた先は、どう表現すればいいんだろう。
ついさっきまでは外……ややこしいけど、作り物の太陽の下を歩いていたはずなのに、今は屋内にいる。
灰色の壁に囲まれた広い部屋だ。
天井に埋め込まれた明かりがあるから暗くはないものの、変な不気味さがある。
後ろを振り向けば、そこも壁になっている。手を触れてみても硬い感触が返ってくるだけで、通り抜けられそうにない。
町から出られなかったのと同じ仕組みか。町に入る方法を知っていないと、ただの壁にしかならないんだ。
で、これからどこに行けばいい? 人もいないし、扉や窓もない。
戸惑っていると、灰色の壁が急に口を開けた。出入り口が隠されていたらしい。
現れたのは武装した人間たちだ。何十人もいてこちらに銃口を向けている。
「僕は町の使者としてやってきました。争うつもりはありません」
両手を上げて戦意がないことを示す。
「武器も持っていません。棺に入っているのは武器ではなく、兵士の遺体です。先の戦闘で死んでしまった人たちの遺体を返します。捕虜になっていた兵士の中からも、女性を連れてきました」
こちらは誠意を見せていますよ、と。
伝えたいんだけど伝わった?
武装した人間たちは、武器を下げないままでこちらを見ている。ヘルメットのような物を被っているし、表情は分からない。
誰かが引き金を引けば、僕は一瞬でバラバラだ。死んだと自覚する間もなく死んでしまう。
恐怖から冷や汗が流れ、心臓がバクバク鳴っている。
妙に喉が渇き、ごくりと生唾を飲む。生きた心地がしない時間だ。
「……行ってください。僕たちは攻撃しませんので」
女性兵たちに声をかけた。
相手が攻撃をためらってくれることを期待して、盾代わりに連れてきた人だ。
手放すのは愚かな行動だ。僕の仲間がいれば、また甘いとかなんとか言われる。
怪物だけになれば、容赦なく攻撃できるもんね。僕たちは軽く全滅する。
とはいえ、睨み合いを続けていてもなんだし、まずは彼女たちを返そう。戦いにきたんじゃないと知ってもらうためにも。
半信半疑の様子ではあったけど、八人は武装した人間と合流を果たす。
小声で話しているのはよく聞こえない。何人かと一緒にどこかへ行った。
休ませるか、体に異常がないか検査するか、そんなところかな。
僕と七人の住人、持ってきた棺が残る。
相手はまだ何十人と残っているし、攻撃されればひとたまりもない。
友好的に接するのは無理だとしても、話くらいは聞いてもらえないかな。
でも。
僕の考えは、理想論者のそれだと思い知らされてしまう。
すっと。一人が手を上げ、下ろす。
次の瞬間には、僕の意識は闇に沈んだ。




