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僕たちは明日に向かう  作者: ともむらゆう
第3章 明日への一歩
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五十七話 とある大物政治家の独白

三人称視点です。

 怪物どもは愚かだ。

 そう考えてほくそ笑むのは、とある大物政治家である。

 事務所で仕事中だが、ついつい笑いが漏れてしまう。


 彼は、怪物たちが住む町、時忘(ときわす)(ちょう)への攻撃を強く主張する強硬派の一人だ。

 怪物を殲滅すべく、いささか乱暴とも言える手段を取っている。

 一人の少女に怪物たちの主要メンバー殺害を命じた。

 最近では三百人の部隊をけしかけた。

 他にも大小様々な策を講じている。


 成功したものばかりではない。失敗もある。

 失敗が露呈してしまえば自分の政治家生命が終わりかねない。

 だが、危ない橋を渡った甲斐はあった。

 怪物どもは、三百人の大半を捕虜とし、交渉を求めてきたのだ。

 この時点で相手の考えがおおよそ読める。


 ()()をしたがっている、すなわち戦いを避けたがっている。

 人間の国同士の外交であればおかしくない。戦争しろ、相手の国を滅ぼせ、と訴えるのは短絡的過ぎる。

 国際社会の目もあるため、ある程度の折り合いをつけて妥協せねばならない。

 外交とはそうしたものだ。


 人間同士であれば。

 あいつらは怪物だ。人間ではない。

 なのに、まるで人間のように交渉できると考えているのは、実に愚かだ。実に滑稽だ。

 怪物ではなく人間であると、心のどこかで思っているのか。

 現実が見えておらず、物事の本質にも気付けない奴らだ。


 交渉術もまるでなっていない。長年政治家としてやってきた自分とは、比較するのもおこがましいレベルだ。

 下手をすれば、その辺にいる社会人にも劣るのではなかろうか。

 町に攻め込んだ兵が何人か戻ってきている。

 彼らの報告を聞いた時は、こみあげる笑いをこらえるのに苦労したものだ。


 兵士の遺体を返却したい。

 捕虜に食事を与えるためにも食糧の供給を再開して欲しい。

 今後の話し合いをしたい。


 怪物の分際でお優しいことだ。いや、甘ったれていると言うべきか。

 望んでいるのは交渉であり、平和的な解決だ。

 人間同士なら通用しても、人間と怪物では通用しないと理解していない。

 怪物が甘い対応をしてくれるなら大歓迎だ。


 人間側としては、やられて困るのは一般人を巻き込む戦い方だ。

 人間そっくりである外見を利用し、一般人の中に紛れ込む。周囲の人間を無差別に攻撃して虐殺する。

 ド田舎の農村ならまだしも、主要都市の真ん中で暴れられてしまえば、とんでもない事態に陥る。


 隣にいる人間が怪物かもしれないのだ。冷静でいられるはずがない。

 人々は勝手に疑い、争う。怪物のみならず、隣にいる人間も敵だ。

 友人や家族、恋人ですら、簡単には信じられなくなる。

 混乱に乗じ、犯罪行為に走る者も出るに決まっている。強盗でも強姦でも、なんでもやらかす。


 大地震などの災害時よりも、さらに混沌と化すであろう。

 秩序は崩壊する。阿鼻叫喚の地獄絵図になることは間違いない。

 事態を収束させるのも一苦労だ。まさか、主要都市にミサイルを撃ち込むわけにもいかない。

 時間をかければなんとかなるが、それまでに出る被害は想像したくもない。人命はもちろん、金銭的な損失は想像を絶する。国際社会からの追及もあるだろう。


 事態を収束させたとして、安心もできない。怪物が残っていないか不安になる。

 怪しい人間がいれば、怪物だと断じて勝手に裁きを下す。

 証拠はいらない。呑気に証拠を集めていれば殺されてしまう。

 殺られる前に殺れ。主観で怪物と決めつけ、私刑を執行する。

 まるで中世の魔女狩りのごとき光景が日本中で見られる。


 これは、最悪中の最悪を想定したものだ。全てこの通りに進むとは限らないが、少なくとも似た展開にはなる。

 はっきり言って、日本は終わりだ。元通りになるのは何十年後か、何百年後か。

 政治家生命だのと言ってもいられず、海外に逃げ出すしか道はなくなる。


 逃げる準備も整えていたが、使わずに済みそうだ。

 それどころか大チャンスが到来している。臆病風に吹かれて逃げ出していれば手に入れられなかったチャンスだ。

 賢く立ち回ったおかげで今がある。


「天才だ」


 周囲にいる者たちに聞こえないよう、小声で自画自賛のセリフを述べた。

 完全ではないにせよ、ほぼ描いたシナリオ通りに進んでいる。

 理想の形は、怪物を従える研究を完成させ、こちらには被害を出さず相手を隷属させることだった。


 一応、強硬派となってはいるものの、穏健派ともつながりがある。

 表向きは強硬派として振る舞う。

 同時に穏健派にも所属しておき、強硬派となっているのはポーズだとしておく。強硬派の情報を流すスパイのようなものと言っておけば済む。

 若造では通じない言い分だが、こちらは何十年も政治の世界にいる大物だ。

 あちこちに太いパイプもあるし、なんとでもなる。


 蝙蝠のごとき真似をしているのは、強硬派と穏健派、どちらが優勢か見極めるためだ。

 当然ながら、優勢な方につく。

 卑怯ではない。賢いのだ。

 世の中を生き抜けるのは、力の強い者ではない。賢い者だ。


 穏健派が優勢であれば躊躇なく鞍替えする予定だった。

 被害なしで、長年悩まされていた怪物の問題を解決したとなれば、評価もうなぎ上りになる。総理の椅子も見えてくる。

 怪物たちも無能ばかりではなかったらしく、穏健派の思惑は見抜かれていた。


 現状は穏健派が劣勢だ。挽回も不可能であろう。

 よって穏健派とのつながりは()った。強硬派一本に絞る。

 強硬派になったかと思えば、町から五匹の怪物が出てきた。


 あの時は、もう終わりかと覚悟したほどだ。

 海外への高飛びを視野に入れていたものの、結果的に逃げずに終わっている。

 五匹の狙いは研究成果の破壊だった。研究施設は破壊され、研究に従事していた者や兵士も殺されたが、一般人への被害は皆無だ。


 襲撃と呼ぶには温いやり口だったおかげで、狙いも読みやすかった。

 この期に及んで犠牲を少なくしようと考えている。市井の人々に紛れ、殺戮行為をしようとは考えていない。

 考え方も対応も甘過ぎる。


 この様子であれば、いまだ町に残っている怪物たちも攻めてこないと言っているに等しい。

 交渉には応じず、食糧の供給も再開しない。何一つ妥協はしない。

 これだけ強気な姿勢で攻めても問題ないと判断できる。


 案の定、怪物たちが攻めてくることはなかった。

 やってきたのは、たった八匹だ。

 兵士の遺体や女性兵を土産として持っていた。誠意のつもりだろうか。

 使者を名乗っていたが、使者にもなっていない。代表して話していたのは中高生程度のガキだ。お笑い種である。


 ガキをよこすのが無礼になるとも理解できない無能ぞろい。

 怪物たちの中心となっているのは女子供だと聞くし、無理もないが、だとしても酷い有様だ。当たり前の常識すら知らない。

 怪物に人間の常識を求めるのが、そもそもの間違いか。


「おい、町から出てきた怪物はどうなった?」


 事務所にいる者に問いかければ、すぐに返事がある。


「全員死にました。いかに怪物でも、一斉攻撃には耐えられなかったみたいです」

「死骸も処理しましたけど酷かったそうです。当面、焼き肉を食べられないとか愚痴っていました」

「ちょっとだけかわいそうな気もしますね。子供もいました。うちにも高校生の息子がいるんで同情しますよ」


 一人が子供の死に同情する発言をすれば、すかさず突っ込みが入る。


「んなこと言ってると、怪物の仲間だと誤解されるぞ」

「迂闊な発言は先生の立場も危うくする。注意しろ」

「すんません」


 先生とは大物政治家を指している。

 学校の教員ではないが、先生先生と敬われ、かしずかれるのは気分がいい。

 さておき、迂闊な発言が危ういのは事実だ。怪物への警戒心が強まっている今、庇う発言をすれば魔女狩りが起きる。


 まあ、ここにいる職員が怪物の仲間と誤解されるなら、自分で始末するだけだし構わない。

 身内にも厳しく対応した立派な人間だ、とかなんとか主張できる。

 怪物たちでは、こういった賢い行動もできまい。

 人間よりも強い力を持つものの、智慧も経験もないからだ。


 有体に言えば、頭が極めて悪い。自分のように賢くない。

 怪物は所詮怪物だ。出し抜くのはさほど難しくない。

 怪物たちよりも、政敵の方が厄介である。手柄を横取りしようとする者も多い。


 そうはさせるか。

 穏健派が失敗した今は大チャンスなのだ。この機を逃してはならない。

 使者を送っても戻らないとなると、怪物たちは次に何をするだろう。

 怪物にはない智慧を振り絞り熟考する。


 甘い連中だし、数日程度は様子を見るはずだ。使者がすぐに戻らずとも、イコール殺されたとか拘束されたとかは考えない。

 考えているとしても行動には移さず、大丈夫かもしれないと希望的観測を持つ。


 話し合いが難航しているのかもしれない。様子を見ましょう。

 おそらくこうなるし、多少の猶予はある。

 猶予期間中に、怪物たちの町に攻め入って殲滅させなければ。

 本当は今すぐにでもやりたいが、慎重論を唱える愚図どもがいるせいで難しい。


 リスクの高い方法であることは承知の上だ。

 結界とかいう非科学的な物に守られているため、大型の戦闘機などは入れない。必然的に歩兵が中心となる。

 二十一世紀も半分を過ぎた時代に歩兵だ。

 一世紀以上も昔の戦争ではあるまいし、バカげた戦術だとは思う。


 小型のドローン程度なら使えるが、どうしても歩兵に頼らねばならない以上、攻め込んだ人間は大勢死ぬ。

 が、だからどうした。国のためにせいぜい死ねばいい。紛争地域に派遣されるようなものだ。

 怪物が町から出てくる可能性もあるが、出てきたところを即座に叩けばいい。


 できるのだ。戦力は圧倒的にこちらが上であり、十分にできる。

 そもそもの話をするなら、穏健派の研究など最初から不要だったと考える。

 戦えばいい。皆殺しにすればいい。

 多少の犠牲は致し方ないと許容する。

 怪物が誕生してから二十年あまり。解決するチャンスは幾度となくあったにもかかわらず、弱腰だったせいで問題がこじれた。


 これはこれでありだと前向きに捉えよう。

 小さな問題を解決してもアピールにならない。

 大問題を解決してこそアピールになる。国民の支持を得られる。

 一部に責任を追及する声も出るし、マッチポンプだと言われるかもしれない。

 問題が大きくならないうちに解決しておけばよかったのに、後手後手に回った責任を取れと。


 間違ってはいない。この程度なら大丈夫とか、様子を見ようとか、甘い判断を下し続けていたのが失敗だった。

 ギリギリまで追い詰められてからようやく重い腰を上げ、問題を解決する。国や人々を救ったヒーローとして振る舞う。

 紛れもないマッチポンプであり、騙されてくれる者ばかりではない。


 だが大丈夫だ。責任を取らせるスケープゴートはいる。

 自分の政治家生命は脅かされない。

 輝かしい未来を夢見ていればいいのだ。

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