二十七話 恋?
朝からおかしなことが連続していたけど、授業そのものは平常通りだった。
休憩時間になるたびに、葉月さんが話しかけてきたのは少し驚いたかな。
美人と話ができるのは嬉しい。近くで姿を見ているだけで目の保養だ。
会話の内容は変だったけどね。僕の体調を心配したり、右腕が痛まないか聞いてきたり、なんでそんなことを気にするのか分からない内容ばかりだ。
元気だし右腕だって何もない。怪我もしていないし問題なく動く。実はちぎれていますとかあり得ない。
「長月はさすがね」
「ナガツキって?」
「なんでもないわ。速峰が元気ならいいの」
葉月さんと変な会話をしつつ授業を受けて、学校が終わる。
一つ予想外だったのは、今日が土曜日だったことだ。
金曜日だと思っていたのに、いつの間に土曜日になったの?
つまらない授業が半日で終わってくれるのは嬉しいし、素直に帰宅する。
遊びに行ってもよかったけど、記憶が曖昧だし、帰って休む方がいい。
大量にある食材を使い切らないともったいないから、昼食は自分で作った。
結果は……うん、努力は認めて欲しいな。努力は大切だ。
努力が結実するとは限らなくても、努力することは悪くない。僕は頑張った。
綺麗事で誤魔化したところで、夜も自分で作る。
朝と昼に続き、三度目の正直だ。
努力はしたよ。頑張ったよ。だからいいよね?
有体に言ってしまうとまずかったけど、とんでもない大失敗はしなかった。下手くそだけど最低限食べられる物はできた。
朝のもやし燃やし事件だけは例外として。
料理したことってあったっけ? ない気がするんだよなあ。
初めて作るのに、下手なりになんとかなるってどういうこと? 僕って、実は隠された料理の才能があるとか?
酷くどうでもいいことを考えながら夕飯を食べ、自室でのんびりしていた時だ。
急にインターホンが鳴った。
こんな時間に誰? もう夜の九時だよ?
無視するわけにもいかないし、しょうがないから玄関に向かうと、そこには予想だにしない人の姿があった。
「葉月……さん?」
クラスメイトの美女、葉月葉さんだ。
「こんばんは。今、大丈夫?」
「大丈夫だけど、こんな時間に訪ねてくるなんて何があったの?」
どんな用件か知らないけど、来週学校で会った時じゃダメだったのかな?
「速峰は、明日暇?」
「明日、日曜日? 予定はないよ」
休日の朝は、二度寝でも三度寝でもできる。好きなだけ寝てから起きればいい。
「……二度寝は神?」
「どうして疑問形なの?」
「ああ、ごめん。とにかく、ぐっすりと寝てから適当に出かけようかなって」
予定と言えるほどの予定じゃない。
休日に友達と遊ぶことも……なかったっけ?
一日が経過しても記憶があやふやだな。もやがかかっている感じがする。
「予定がないなら、私とデートしてくれない?」
「デート? 葉月さんと?」
「ええ。ダメ?」
「ダメというか……」
なんで僕を誘うの? 他にいくらでも相手がいそうなのに。
葉月さんは美人だ。デートするお相手として僕は適さない。
「難しく考えないで、私と一緒に遊びに行こうってだけよ」
「誘ってもらえるのは光栄だしデートするのも歓迎だけど、僕のエスコートは期待しないで。葉月さんを楽しませられるかどうか」
「難しく考えないでいいって言ったでしょ。デートするので決まりね。時間は」
ざっくりと明日の予定を決める。
午後に葉月さんが迎えにきてくれることになった。朝は僕が二度寝したいだろうからって。
どこかの店で昼食を食べてから、その辺をぶらつく。暗くなる前に解散だ。
「夜も期待していた?」
「ちょっとだけ。いざ誘われたら、僕はヘタレて逃げそうだけどね」
からかうように質問してきた葉月さんには、正直に答えておいた。
明日の予定も決まったので、葉月さんは帰って行く。
「弥生に嫉妬で刺されそうだわ」
帰り際、何かを言っていた。
こうして、ひょんなことからデートをする流れになり、日曜日を迎える。
デートは初めての経験だし、妙に緊張して朝は早く目覚めた。二度寝する気分でもなく、適当に時間を潰す。
朝食を作るのは諦めた。僕は料理に向いていない。
隠された才能とか錯覚だよ。現実は非常なのだ。
冷凍食品万歳、インスタント食品万歳だ。
三日坊主どころか、一日しかもたなかったね。
余った食材はどうしようか。葉月さんにでもあげようかな。
こんな物をもらっても困るかもだけど、断られたら捨てよう。
そんなことを考えつつ、ぼけっとしているのも暇なので、掃除をする。
一人暮らしにしては広い家だから、掃除は面倒なんだ。使わない部屋も多い。
使わなくても、たまには掃除しておかなきゃ埃がたまる。
各部屋に掃除機をかけて回るけど、何かおかしいな。
変わった物があるんじゃなく、何もないからおかしいんだ。
引っ越し業者が荷物を全て運び出したようにがらんとしている。家具も何もないし、埃が積もってもいない。
僕は無精して掃除をサボりがちだから、こんなにも綺麗なのはおかしい。使わない荷物を適当に放り込んでおいた覚えがある。最近は掃除もしていない。
それとも、記憶が曖昧だから忘れているだけ?
だとしても、一つの部屋だけじゃなく、三つもこんな感じだったんだよね。
誰かが住んでいて、痕跡を丸ごと消した。
ホラーのような想像をしてしまう。なんか怖い。
怖いから努めて考えないようにして、掃除を済ませた。
正午を回り、お腹が空いたなって思っていると、葉月さんが迎えにきてくれる。
「こんにちは、葉月さん。今日も綺麗だね」
「口がうまいわね」
「お世辞じゃないよ。本気で綺麗だと思ってる」
葉月さんは、特に露出の多い格好はしていない。
黒を基調にしたブラウスとスカートで、大人っぽい服装だ。
葉月さんの外見は大人びているからよく似合う。
「今日は誘ってくれてありがとう。葉月さんとデートできて光栄だよ」
「意外とプレイボーイ? 聞いていた話と違うわね」
「聞いていた? 誰から?」
「友達よ。鈍感で朴念仁だって話だったわ」
「酷いけど否定できない」
「じゃあ行きましょうか」
二人で並んで歩く。
すると、葉月さんが腕を絡めてきた。大きな胸が当たっている。
恥ずかしい気持ちはあるけど、嬉しい気持ちの方が大きいので振り解かない。役得だと思っておく。
「よくも私の春真さんに……」
「おい、紺屋。前に出過ぎだ。見つかる」
「お二人とも呪います。恨みます。春真さんは、私にはあんなセリフを言ってくれたことがありませんのに」
「うん?」
背後から変な声が聞こえたので振り向いてみたけど、誰もいない。
気のせいかな。もしくは、誰かが葉月さんに見惚れていたのかもしれない。
「後ろを見てないで歩きましょう」
「そうだね。ごめん」
「尾行……もとい、周囲の目は気にしないで」
「葉月さんだけを見ろってこと?」
「それでいいわよ。今日はデートだものね」
せっかくデートするんだし、楽しい一日にしたい。
まずは適当なお店に入り、昼食にする。葉月さんのリクエストで中華にした。
なんか……この中華料理屋には、頻繁にきているような……
「挙動不審になってるけど、どうかしたの?」
「妙な既視感があるというかなんというか」
「やっぱり、完全に消すのは無理ね。ほころびが見えるわ」
「ほころび?」
「さて、注文しましょうか。何を食べる?」
誤魔化すように葉月さんが言い、各々注文する。
僕は、男子にしては食が細い方だけど、葉月さんも食べる量は少なかった。
食べ過ぎないのが抜群のスタイルを維持する秘訣かな。
……は、僕の二倍は食べていたの……に?
二倍も食べる? 誰が?
あの人は、確か……
「四……」
「速峰!」
「あ……な、何?」
葉月さんが大声で僕を呼んだ。慌てている様子だった。
声をかけたのはいいけど、言いたいことはないようで言葉を詰まらせている。
そこで、怪しい声が聞こえる。
「でゅふふふふ。ウェイトレスの中華服は最高でござるな。スリットがエロくてたまらないでござる。水無月たんにも着せて、ボキにご奉仕とか……でゅふふふふ」
物凄く目立つ男性がいた。
人様の外見を悪く言うのはあれだけど、デブでニキビ面の男性だ。たいして暑くもない店内なのに、汗だくになっている。
アニメ顔の美少女がプリントされたシャツを着て、でゅふでゅふと気持ちの悪い笑い声を出しているせいで、お客さんはドン引きしている。
ちなみに、僕も割とドン引きだ。
「凄い人だね」
「え、ええ、凄いわね……文月、ナイス。でもキモい」
葉月さんもドン引きで、半笑いの表情になっている。
変な人を見かけちゃったけど、料理はおいしくいただいた。会計を済ませて店から出る。
「割り勘でよかったの?」
「いいのよ。高校生のデートだし、無理にどっちかが奢る必要はないでしょ」
最初は僕が支払おうとしたのに、葉月さんは割り勘にすると言い出した。
甲斐性なしかとは思ったけど、お言葉に甘えて割り勘にさせてもらった。
「こ、高校生? ババアの分際で高校生を名乗るとは、笑止千万でござる。女子はティーンになる前までが旬でござるよ。水無月たん……でゅふふふふ」
「あいつは、あとでコロス」
例のデブな男性が笑っていて、葉月さんも不機嫌だった。
美人は不機嫌な顔でも美人だ。割り勘にしてくれるように謙虚な人でもあるし、僕の中で葉月さんへの好感度がグングン上昇している。
食事の次はゲームセンターに入った。
僕を気遣ってくれたみたいだ。服なんかを見て回るよりは、ゲーセンの方がいいだろうって。
葉月さんへの好感度がますます上昇する。ほぼ最大値だ。
「信じられません。春真さんは、恋する少年のような顔をしています。私にはあのような顔を見せてくれたことがありません」
「おい、紺屋。落ち着け。姿と殺気を隠せ」
「落ち着けるわきゃねえですわよ。呪ってやりますです。末代まで呪いまくりのくりっくりです」
「口調が変だし意味が分からん。水無月、卯月、頼むから助けてくれ。俺一人じゃ抑え切れん」
また変な声が聞こえる。ゲーセンには人も多いし、誰かが揉めているのかな。
そっちは無視して、葉月さんと対戦ゲームを楽しむ。
どっちもさほどうまくないから、低いレベルでいい勝負が繰り広げられた。
いくつものゲームをプレイして、戦績は僕の方が若干上だった。
花を持たせてくれたのかな。葉月さん、素敵だ。
「落ちてます! あれ、完全完璧に落ちてます! 私でも四季さんでも如月さんでもなく、ポッと出の葉月さんが春真さんのハートを射止めるとはっ!」
「師走、文月。紺屋を連れて撤退だ。これ以上はマジでバレる」
「とんだ伏兵です! はしたないですっ!」
周囲の雑音も気にならない。葉月さんの顔ばかりを見ていた。
これが……恋?




