二十八話 十二月の会議1
主人公が登場しないシーンとなります。
また、一人称ではなく三人称です。
時忘れ町。時を忘れ、外界から切り離された不可思議な町。
ここには、一般人が決して立ち入れない区域がある。
単純に立ち入り禁止となっているのではなく、存在自体を知られていない。
入れるのは十二月のメンバーだけだ。
水無月お得意の結界で守られた場所になる。念入りに何重もの結界が張られているため、破るには相当な力が必要だし、誰かがうっかり迷い込むこともない。
いわば十二月のアジトである。
アジトには豪奢な洋館が建っており、十二人が住まう。
もっとも、全員が集合することは滅多にない。
リーダーの睦月は、いつも忙しく動き回っている。
卯月と水無月は二人で出かけ、そのまま外泊することが多い。
霜月は馴れ合いを嫌い、単独行動を好む。
神無月は未覚醒で、仲間に加わっていない。
少し前までは如月と弥生もおらず、十二人中半分以上が不在だった。
本日は六人が集まっている。如月、弥生、皐月、文月、葉月、師走だ。
洋館のロビーで優雅にお茶会……ではない。
今後の行動指針を決めるべく、軽い会議を行っている。
もっとも、会議ではなく修羅場になっていた。
「私、ここまで人を憎いと感じたのは初めてです。葉月さんが憎くて憎くてたまりません」
「悪かったわよ。これも任務だし許して」
「理解はしています。任務ですし、葉月さん以外に適任者がいないことは理解しています。ですけれど、感情は別なのです。羨ましいです妬ましいです」
紺屋宵――弥生は、葉月葉に恨みのこもった言葉を吐いた。
自分の好きな男性が葉月とデートをして、しかも熱い眼差しを向けていたのだ。
これで嫉妬するなというのが無茶である。
好きな人は独占したい。自分だけを見ていてもらいたい。
人間としては至極真っ当な感情であり、十二月という存在に変質した弥生も独占欲を持っていた。
「紺屋って、そこまで春真が好きだったか?」
「だんだんと好きになっていったのです。今では春真さん以外の男性は考えられません。なのに、葉月さんが……葉月さんを見つめる春真さんの瞳はハートマークになっていましたよ」
葉月に嫉妬している弥生を、師走がたしなめる。
「気持ちは分かる。でも割り切ってもらわなきゃ。速峰春真を見張る必要があるから、葉月も恥を忍んで恥ずかしい格好をして、恥をさらしているんだ」
「ねえ、師走? 私をフォローしてるようで、実はバカにしてるでしょ?」
「いやだって、葉月の制服姿はさ……ぷくくく」
「あれは滑稽でござった。ボキの美的感覚では許されぬ所業でござる」
「四季ちゃんの制服姿は可憐だったよなあ」
「水無月たんも絶対に似合うでござる。ダボダボの制服を着ている水無月たんを想像するだけで……でゅふふふふ」
「このロリコンどもは……」
好き放題言っている師走と文月に、葉月はこめかみをひくつかせた。
弥生も軽蔑の眼差しを向けているが、ロリコン二人は涼しい顔だ。
女性らしい容姿を誇る美女二人は、ロリコンにとっては守備範囲外である。何を言われても痛くもかゆくもない。
「だから、あたしがやるって言ったのにねえ」
「皐月さんは無理がありますって。私よりも無理です」
顔に深いしわが刻まれた皐月は、髪の毛が真っ黒である点を除けば、どこからどう見ても老婆だ。高校生に化けるのは不可能である。
不可能なのにやりたがるのは、皐月の趣味が関係している。
服装の趣味が一風変わっており、フリフリでヒラヒラの可愛らしい服を好む。今もフリルがふんだんにあしらわれた服を着ている。
これを着て許されるのは子供だけだ。十二月の中なら水無月一人になる。
弥生や葉月ですら痛々しくなるのに、老婆の皐月が着ればどうなるか。
筆舌に尽くしがたい異様さを発揮している。個人の趣味嗜好で片付けてはいけないレベルだ。
子供向けの服を好む皐月にとって、学校の制服には一種の憧れがあるらしい。若さの象徴だと言っていた。
いくら生徒の記憶を操作しても、老婆の皐月が高校生に化けてしまうと強い違和感が残る。生徒は不審に思うに決まっているため、全員で止めた。
葉月でも厳しいが、やけに大人びた高校生でギリギリ押し通せるレベルだ。
「そろそろ真面目な話をしません?」
仲間割れなのかじゃれ合いなのか、判断がつきにくいやり取りをしていたところで、如月が発言した。
「ですね。私も気持ちを切り替えます。葉月さん、すみませんでした」
「如月と弥生が加わってくれて助かるわ。少し前までは、私と睦月で変態どもの相手をしてたから」
「変態とは失礼だね。あたしゃ可愛い服が好きなだけだ」
「ボキは穢れなき女子が好きなだけでござる」
「四季ちゃんのような膨らみかけがベスト。少女に痛めつけられたい。俺は単なるドMであって、変態じゃないよ」
皐月、文月、師走が反論するが、自覚のない変態はタチが悪い。
葉月はげんなりしており、如月と弥生で同情する。
変態の相手をしていては、いつまでたっても話が進まないので、如月は無理矢理にでも進めようとする。
「葉月さん、春真の様子ですが」
「記憶操作にほころびが見えるわね。深くかかわっていたし、完全に消すのは無理だったみたい。そこまでやると廃人になるわ」
「きっかけがあれば、全部思い出したりとか?」
「するでしょうね。もしかしたら、この瞬間にも思い出しているかもしれないわ」
速峰春真の家では、彼以外に三人が住んでいた。
痕跡は消したが、完全に元通りにはなっていない。元の部屋の状態が詳しく分からないせいで、物が何もないがらんとした部屋になっている。
「今日、デートしたでしょ。最後に大量の食材をもらったのよ。多分、弥生と一緒に買い込んだやつじゃない?」
「おそらくそうですね。冷蔵庫の中身は処理していませんでした」
「家の中だけでも、不自然な点は枚挙にいとまがないわ。学校まで含めるとさらに増えるし、何が記憶を取り戻すきっかけになるか分からない。いっそ、廃人にしてしまえば別だけど」
「逃げた四季ちゃんをおびき寄せるために、春真には無事でいてもらわなきゃ困るんですよね?」
「睦月が言うにはそうね」
「春真さんに危害を加えると言い出せば、私はみなさんの敵になりますからね」
「紺屋が敵になると面倒だな」
如月は、半覚醒状態の弥生と少し戦った。
感想としては、負ける相手ではないが敵に回したくもない、だ。
今では完全に覚醒しているため、前回よりも厳しい戦いになる。
「私だって、速峰に危害を加えるのは嫌よ。彼だけじゃないわ。甘い考えなのは百も承知で、犠牲は出したくないの」
「葉月さんと春真は、考え方が似てますね。意外とお似合い?」
「如月さん?」
「す、すまん、失言だった。俺が全面的に悪かった」
弥生の迫力に押され、如月は即座に謝罪した。
恋する乙女の底力は侮れない。迂闊な発言をすれば、冗談抜きで身を滅ぼす。
「まあ、四季の件を抜きにしても、速峰に手を出さない理由はあるみたいよ。じゃなきゃ、私が見張ったりしないし」
「春真の覚醒でも期待してます?」
「かもしれないわね。真意は睦月に聞かなきゃ分からないわ」
春真は、十二月ではない。
しかし、力に覚醒する可能性は秘めている。
より正確に言うなら、時忘れ町に住む人間は全員覚醒する可能性がある。
この町は、そういった人間を集めるために作られた場所なのだから。
事情がある者を集めており、管理するのが十二月だ。
町に警察組織が存在しないのは、十二月がある意味警察の役割を果たしているからになる。犯罪者を逮捕するのではなく、都合の悪い人間を処理する役割だが。
病院や医者も存在しないが、これは単純に適した人材がいないためだ。
一般人が住める町ではないせいで、医療技術を持つ人がほぼいない。皆無ではないが、数人いたところで病院は維持できないし、ならば不要だと判断された。
怪我も病気も自己責任で対処してもらう。どうしても死なせたくない人間がいれば、睦月が何かしらの指示を出すだろう。
実際に、春真の腕は、睦月の指示で長月が治療した。
「睦月は、今どこに?」
「外よ。日本国のお偉いさんと会談があるとかなんとか」
「外ですか。十二月に覚醒したばかりだからか、俺は外の記憶が碌にないんですよね。紺屋はあるか?」
「覚醒前に比べれば思い出していますけれど、たいしてありません。外にも出られませんしね」
町は外界から隔絶されており、気軽に外には出られない。
そもそも、一般の人々は外の存在を知らない。
空の上や海の中などに町があるわけではなく、日本の本州に存在している。巨大なドームの中に作られた町だ。
十二月のメンバーであれば、外に出ようと思えば出られるが、よほどの事情がない限り出てはいけない決まりになっている。
頻繁に出入りしているのは睦月くらいだ。一度も外に出た経験のない者も多い。
他は、食糧などの必要物資が時折運び込まれる。
十二人分ではなく、町全体を賄うための物資だ。
外からもらわなければ、自給自足の生活などできるはずもない。町と外の出入口付近に指定の倉庫が用意されており、定期的に運び込まれる仕組みだ。
町で店を開いている人たちは、疑いもせずに「仕入れ」と称して倉庫から持ち出し、自分の店で売っている。
「外のことだけではなく、睦月さんが何をしようとしているのかも、私は存じません。せっかく町を作ったのですから、ここで大人しく暮らせばよいのでは?」
「弥生の言いたいことは分かるわよ。でも、睦月はそれだけじゃ不満みたい」
「四季ちゃんへの対処方法も中途半端ですよね。殺したいのか生かしたいのか。四季ちゃんは町の破壊を目論んでます。睦月の立場的には、総力を挙げて殺せって命令を下してもよさそうなものです」
如月、弥生、葉月の三人が真面目トークをする横では、残りの三人が変態トークを楽しんでいた。
「ぺったんこはダメなんだよ。膨らみかけじゃなきゃ。分かんないかい?」
「何も分かっていないのは師走氏でござる。無こそが至高。無垢、無邪気、無知、無乳、無毛。無は素晴らしい。穢れた大人の女にはない美しさでござるよ」
「あたしからすりゃあ、若いってだけで羨ましいねえ。水無月くらいの年齢に戻りたいよ」
真面目と変態が、三対三で真っ二つである。
「師走は、そっちじゃなくて俺たちの会話に加わってくれよ」
「何が聞きたいんだい?」
「四季ちゃんが逃げた時の様子。師走と霜月がいて、手下も大勢いた。普通なら逃げられるわけないよな?」
「少し説明したと思うけど、誰かが助けに入ったんだよ。相手の正体は不明。姿は見られなかったし、性別も年齢も不明」
「睦月はなんて言ってる?」
「しばらく放置でいいってさ。いずれ、速峰春真の前に現れるから、それまで待っていればいいって」
「四季ちゃんが現れた時はどうする?」
「おいおい指示を出すって話だ。だからまあ、俺たちはのんびりすればいい」
春真の様子を見る役目は葉月に任せ、残りのメンバーは待機する。
もどかしいやり方だ。
「待機するのはいいとして、霜月は? あいつが変死事件を起こしているのは見過ごせないんだが」
「俺も霜月は嫌いだけど、あれはあれで意味のある行動みたいなんだ。渋々ながらも睦月が認めているからね。やり過ぎないようには言っているけど、つまりやり過ぎなければいいって意味だ。町の人を皆殺しにするとか言い出せば止める。数人殺す程度ならOKって考えだ」
「ったく、マジでもどかしいな。外の連中や睦月が何を考えてるのか、俺にはさっぱり分からん」
「私もです」
十二月に覚醒したとはいえ、睦月以外のメンバーは結局手駒でしかない。
全てが明らかになる日はくるのか。
春真と再会し、友人に戻れる日はくるのか。
暗中模索という言葉がピッタリだ。
如月も弥生も、他のメンバーも、少しずつ前に進むしかなかった。




