二十五話 別れ
第1章最終話です。明日から第2章が開始します。
如月がどの程度強いのか知らないけど、とにかく攻撃あるのみだ。
「このぉっ!」
先手必勝で仕掛けたはいいものの、迫力の欠片もない声になった。
横薙ぎにふるった金属バットを、如月は軽く身を引いてかわす。
ビビッている様子もない。ビビらない部分が人間じゃない証拠のようなものだ。
僕が非力でも、人間が金属バットで殴られれば痛いじゃ済まない。大怪我をするし、当たりどころが悪ければ死ぬ。
普通は怖いと感じる。避ける時も大きく動くと思う。
如月は余裕綽々だ。もしかしたら当たるんじゃないかと期待してしまうほど、紙一重で避けている。
実際は、大きく動く必要もないだけだ。
完全に見切られているし、仮に当たっても傷一つ負わない。
だとしても、僕は金属バットを振り回す。これしかできないんだ。
僕の稚拙な攻撃は、やはり当たる様子がない。
「春真、お前はやる気あんのか? 胴体や手足ばっか狙いやがって。ここをかち割る気でこいよ」
如月は、自分の脳天を指差しつつ言った。
こっちの気持ちも知らないで。
「親友の頭を殴れるほど、僕は割り切れてないんだよ!」
「甘ったれやがって」
甘ったれているのは事実だ。
四季にも脳内お花畑とか理想論者とか言われたけど、この期に及んでも覚悟が決まっていない。
偽善者や臆病者でもあるね。
僕が殴っても如月は傷付かない。なんの痛痒も感じない。
理解していても、頭をかち割る気持ちにはなれないよ。躊躇してしまい、手が止まるだけだ。
で、結局は中途半端な攻撃になる。
煮え切らない僕の態度に、如月は苛立っていた。鋭く舌打ちをする。
「もういい。戦いにもならん。やめだ、やめ」
金属バットを振り回す僕の右腕をつかみ、苛立ち紛れに引きちぎる。
「春真さん!」
紺屋さんの悲鳴が聞こえたけど、僕はそれどころじゃない。
腕をちぎられて、真っ先に感じたのは痛みじゃなくて異様な熱さだ。
徐々に痛みがやってきたかと思えば、耐え難い苦痛になる。痛くて痛くて声も出せない状態だ。
「無謀。如月は、覚醒したばかりでもボクより強い。十二月の中で上位の強さ」
「水無月は戦闘がメインじゃないからな。春真にも教えておくと、水無月と長月の戦闘能力は、十一番目と十二番目で固定だ。まだ仲間に加わってない弥生と神無月より弱いことは確定してる。はなっから戦いが役目になってない。って、聞く余裕もないか」
如月の言葉は頭に入ってこない。
ちぎられた右腕を押さえてうずくまる。
紺屋さんが介抱してくれている。日曜日に師走と戦った時と同じ格好だ。
僕はいつまでも成長できない。
「痛めつけて悦に浸る趣味はない。さっさと殺してやるよ」
如月が足を踏み出し、とどめを刺そうとしている。
「やめてください如月さん! 殺したくないとの言葉は嘘だったんですか!?」
「嘘じゃない。俺は春真が好きだ。仲間になってくれるなら歓迎した。だが春真は拒否したし、その場合はなるべく殺しておけって言われてる」
「なるべくでしたら、殺さなくてもいいのですよね!?」
「生かしておいても支障はないが、うろちょろされても邪魔だ。他の奴に春真を渡すくらいなら、俺が殺す。俺は春真が好きだから殺す」
「はは……光栄だね。僕も、如月は好きだよ」
怪物になっても、酷い目にあわされてもだ。
嫌えるわけないよ。
これで嫌うなら、行方が分からなくなった時に探したりしない。戻ってきてもらおうと考えない。
「殺されたくなけりゃ、方法は一つだ。前言を撤回しろ。俺たちの側につけ。今からでも間に合うぞ」
正直に言えば……誘いに乗りたい。
死にたくないし痛いのも嫌だ。さっきまでの勢いもなくなっている。
まともな戦いにならず、このザマだ。戦おうとした判断が間違っていた。
本来なら死んでおしまいなのに、命が助かる道が用意されている。
僕が一言「仲間になる」と言えばいい。
如月は悪いようにしないって言っていたし、信用してもいいだろう。
僕と紺屋さんが仲間に入り、如月と仲良し三人組に戻れる。笑って暮らせる。
十二月は、さほど悪い連中じゃなさそうなのも知っている。彼ら彼女らともうまくやれそうだ。
四季は諦めるしかないとしても、しょうがない。
いつもの僕だ。しょうがない。しょうがない。
「長月は戦いが役目じゃないって言ったよな。あいつは傷を治せる。春真の腕だって元に戻るぞ」
ただでさえ心が揺れ動いているのに、ますます乗っかりたくなる情報だ。
「あとは……なんだ? 春真が仲間になるメリット」
「葉月は美人。ボクも可愛い」
「ああ、それがあるか。性欲のない俺じゃ思い浮かばなかった」
まったく、うまいね。
圧倒的な力を見せて、僕を傷付けておいてから、甘い言葉で勧誘する。嫌になるほど効果抜群だよ。
「水無月は……幼過ぎるね……」
大量の血と油汗を流しつつ、意識をつなぎとめるように言葉を発した。
黙っていたら気絶しそうだ。腕を引きちぎられたショックと血を失ったせいで、気分が悪い。
「なら葉月。巨乳美人。マニアックなところを攻めるなら、卯月か皐月でもいい」
「皐月さんはまずくないか? 俺でもおかしいって分かるぞ? ちなみに、皐月さんはおばあさんだな。春真は老女趣味か?」
「ないね……」
ロリコンの反対ってなんて呼ぶの? ババコン?
至極どうでもいい思考だ。
「本命が紺屋、対抗が葉月さん、大穴が水無月もしくは卯月か? 誰を選ぼうと春真の自由だが、いずれにせよ仲間になってからの話だな。決断しないとこのまま失血死するぞ」
決断……決断ね。
損得で判断するなら誘いに乗るべきだ。
四季を失い、平穏な学校生活も失うけど、僕の命は長らえる。新しい仲間たちも得られる。
だけど、ダメだ。
理想論者の僕は、理想の背中を追いかけて前に進む。
如月の誘いに乗るのは、僕の理想じゃない。
どうせ「しょうがない」になるなら、僕が選ぶ選択肢は。
「仲間になるのは断るよ」
「お断りです」
僕と紺屋さんは同時に発言した。
仲間になるのを断って、親友に殺されるならしょうがない。
紺屋さんは、僕の気持ちを汲み取ってくれたのだろうか。優しく微笑んでいた。
「春真さんでしたら断ると思っておりました。正しかったですね。そういうあなただからこそ、私は好きです」
告白じみたセリフを口にし、立ち上がる。
決意を固めたような表情をしていた。
そして、紺屋さんの髪の毛が変化する。僕と同じ白髪から、如月と同じ黒へと。
「覚……醒……?」
僕の呟きを紺屋さんは否定する。
「半覚醒といったところです。本格的な覚醒には届いておりません。弥生になどなりたくありませんでしたけれど、春真さんを救えるなら大歓迎ですよ」
紺屋さんは、如月と戦うつもりみたいだ。
でも、半覚醒で勝てるの? 一般人が相手なら楽勝だけど、如月は完全に覚醒している十二月だ。
「紺屋が相手かよ。面倒くせえ」
「弥生は殺しちゃダメ。理解している?」
「してるって。だから面倒臭いんだ」
そっか、如月は十二月の一員になった紺屋さんを殺せないんだ。
紺屋さんは如月を殺す気かどうか知らないけど、思い切りやれる。如月は手加減しなきゃいけない。
力の差は多少埋まるだろう。
僕の親友二人の戦いが始まるけど……まずい。意識が朦朧としてきた。
失血が止まらない。どうやって止血すればいいの?
「春真さんは寝ていてください。起きた時には終わっています」
私が終わらせます。
僕が最後に聞いたのは、紺屋さんの言葉だった。
そこで意識が途切れる。闇の中へと沈んで行った。
「結局、春真を殺せなかったな」
「殺さずに済んでよかったとは思わないのですか? 如月さんは、そこまで変質してしまいました?」
「ぶっちゃけると安心してる。春真に甘ったれてるとか言ったが、甘ったれてるのは俺だ。自分を見てるみたいでムカついたんだな」
「八つ当たりですか。幼稚ですね」
「うるせえよ。んで、紺屋はこれでいいのか? 春真と別れるぞ?」
「よくありませんけれど、春真さんの言葉を借りるならしょうがないのです」
「ま、監視はつけるらしいし、逐一報告してもらえばいいだろ」
「しっかし、予定が狂いまくりだ。紺屋の覚醒はまだ先だと思ってたのに覚醒するわ、四季ちゃんには逃げられるわ、だから春真も殺せなくなるわってな。睦月はマジで禿げるんじゃねえの?」
「知りませんよ。むしろいい気味です」
「容赦ねえな。さて、春真ともお別れだ。最後にキスでもしとけばどうだ?」
「意識がない相手にしても面白くありません。こんなことなら、夜這いでもしておくべきでした。チャンスはあったのに……といいますか、春真さんも春真さんですよね? 一緒に暮らしていたのですし、私を性的に襲ってもいいと思いません?」
「春真の性格上、ないな」
「優しいのは美徳ですけれど、女としてはグイッと強引に求められたいのです。私からおねだりするのはふしだらです。求められたら絶対に拒否しませんのに」
「性欲ってのはマジで面倒だな。俺はなくてよかった」
「如月、弥生、いつまでかかる?」
「悪い、もう終わった。水無月たちの方は話がまとまったか?」
「なんとかまとまった。ボクがやってもよかったのに、ダメって言われた。皐月もノリノリだったけど、全員反対した。だから葉月」
「葉月さんか。適任者がいないとはいえ、貧乏くじだな」
「少々無理がありませんか? OLが女子高生のコスプレをするといいますか、怪しげなお店のサービスといいますか」
「それ、本人も気にしていた。口に出すと烈火のごとく怒る。口は災いの元」
「温厚な葉月さんが怒るほどかよ。女性の気持ちはよく分からん」
「紺屋、それは?」
「春真さんのシャツです。一番気に入っていたようで、よく着ていました。申し訳ないとは思いますけれど、いただいていきます」
「なんでそんなもんを?」
「これを春真さんだと思って大切にしようかと」
「お前ってそんなキャラだっけか?」
「弥生は変態? メンヘラ?」
「失敬ですね。恋する乙女として正常な行動です」
「弥生が変態だと睦月が嘆く。これ以上、十二月に変態が増えてもらっても迷惑」
「変態と呼ばれて卯月登場水無月ちゃんペロペロ」
「弥生は注意しないとコレになる」
「水無月ちゃんに『コレ』扱いされるとお姉さん興奮してハァハァ」
「反省します。コレにはなりたくありませんね」
「弥生に言われても嬉しくないけど新しい仲間は歓迎するよいらっしゃい」
「もう少しゆっくり話せませんか? 聞き取り辛いのですけれど」
「無理無理これがわたしのアイデンティティ」
「収拾がつかなくなってきたな。行こうぜ」
「じゃあな、春真」
「さようなら、春真さん」




