十九話 師走カケル
師走カケルと名乗った男は、十二月の一人だ。
外見は完全に人間だし、特別強そうにも見えない。僕は師走から金属バットをもらっており、彼は素手だ。
僕が弱くても、素手の人間を金属バットでタコ殴りにすれば勝てる。
あいにく、師走は怪物だ。四季よりも強い相手だ。僕じゃ多分勝てない。
いざとなれば戦うけど、それよりも時間を稼ぐ方が有効だと思う。
時間を稼げば、いずれ四季が助けにきてくれるはずだ。他力本願なやり方だけどね。
口が軽そうな相手なので、色々と聞き出したい気持ちもある。
「如月を連れ去ったのは、あなたですか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。如月は十二月に覚醒したんだ。で、俺たちはそれぞれ引かれ合う習性があってね。お互いの居場所がおおよそ分かる。未覚醒の十二月は無理だよ。覚醒すれば、本能的に分かるようになる」
「覚醒した如月が、あなたに接触した?」
「うん、大体正解。より正確に言うなら、俺じゃなくて霜月だけどね」
さっきも聞いた名前だ。霜月ヨルだったっけ。
「霜月のことを知りたい? 霜月夜流。夜が流れるって書いてヨルだ。外見は三十歳くらいの男で、男なのに髪を腰まで伸ばしている。長髪はいいけど、霜月がやると嫌悪感しか湧かないね。軽佻浮薄を絵に描いたタイプになる。もっとも、俺も軽佻浮薄だけど」
仲間の情報をペラペラしゃべる師走は、確かに軽佻浮薄だ。霜月って奴を悪く言えない。
僕としては、教えてもらえて助かる。
「最近、この辺りを騒がせている変死事件を知っているかい? あれの犯人が霜月だよ。人を殺し、人形のように操る。タチの悪いお人形遊びだね。記憶も操作できるし、死んだ時の記憶を消しておいて、生前と同じように動かすこともできる。もしくは、霜月の命令に従うようにして、好きに動かすこともできる。怪物に変化させることもなんでも、自由自在ってわけ」
「なんでそんなことを?」
「弱者を殺すのが好きだから。霜月は性根が腐っているんだよ。俺も正直嫌いだ。俺以外の十二月にも、霜月を嫌っている奴は多いね。葉月とは犬猿の仲だ」
一枚岩じゃないのか。十二人もいれば、ウマの合う人、合わない人がいる。
中でも霜月は嫌われ者だと。
「ぶっちゃけるけどさ、君たちが霜月を殺してくれるなら、俺は諸手を上げて歓迎するね。仲間内での争いは基本的に禁止だし、そもそも俺は末席で霜月よりも下だし、俺じゃ殺せない。ほんと、あいつは死ねばいいのに」
「殺せないというのは、力が及ばないから? あるいは、目上の相手に逆らうことは許されないから?」
「後者だね。力はどうだろ。俺の方が上だと思う」
「序列は実力順ではないんですか?」
「おおよそ実力順だよ。覚醒したばかりの如月がまだ弱いように、例外はあるけどね。霜月は嫌いだけど、死人を操作できるのは俺にない能力だ。殴り合いをすれば俺が勝っても、殴り合いだけが能力じゃない。俺もあいつの力は認めている。なまじ有能だから忌々しい」
「よっぽど嫌いなんですね」
「大嫌いだね。睦月も頭を悩ませている。頻繁に注意しているけど、なかなか聞き入れない。ここが霜月の狡猾な部分で、やり過ぎない範囲、言い訳がきく範囲を見極めている。やり過ぎれば、十二月の仲間とはいえ、睦月から制裁されるよ」
仲間内の争いは基本的に禁止だと言っていた。
基本的になので、やり過ぎれば制裁を食らうんだ。
霜月は、制裁されずに済むように、ある程度は抑えているってことか。
話を聞く限り、霜月は危険だけど、睦月や師走は常識人っぽい。
師走は話が通じそうだし、戦闘を回避できるかもしれない。
僕は淡い期待を抱く。
「そちらが正直に話してくれたので、僕も正直に話します。僕は、十二月にはさほど興味ありません。友人の如月さえ返してもらえればいいんです」
四季は十二月を殺すと言っていた。
僕は別に殺したいと思っていない。変死事件を追いかけていたのは、怪物にならずに済む方法などを知りたかったからだ。
「如月は覚醒したと言っていましたよね。それが本当だとして、元に戻る方法はないんですか?」
「ないね。意地悪で教えないわけじゃなくて、本当にない。如月のことも諦める方がいいよ」
「如月は、今どこに?」
「葉月に保護されている。霜月に接触したって言ったでしょ。よりによって、なんであいつに接触するかなって思ったよ。最悪の選択肢を引き当てた。霜月は、覚醒したての如月に色々と教えるって名目で、死人を量産した。如月に教えるためだって言い訳を使い、自分の欲求を満たしたんだ。これじゃあ睦月でも制裁できない」
町に死人が増えていたのはそのせいか。
如月がどこまで手を出したか分からないけど、大半は霜月の仕業だ。
「俺が保護しようとしたところで、葉月がその役目を買って出てくれた。霜月には任せておけないって言って、如月を保護した。霜月も序列が上の葉月には逆らえないし、最初から如月を保護しようとしていたわけでもない。欲望を満たす名目が欲しかっただけだ。素直に如月を引き渡した。顛末はこんなところだね」
「如月に会わせてもらうことは?」
「できないね。如月も会いたがっていないし、会えば殺し合いになる。お互い不幸になるだけだよ」
如月には会えない。会いたがっていない。
でも、無事なんだ。保護されているなら、酷い目にもあわされていない。
これが判明しただけでも嬉しい。
あとは紺屋さんだけど。
「紺屋さんを連れて行くのはやめてもらえませんか?」
「無理。本来は、如月も弥生も覚醒するまで待つ予定だったんだ。ところが、覚醒した如月が霜月に接触し、面倒なことになった。弥生まで同じになられちゃこちらが困るから、先手を打って保護しておこうってね」
「紺屋さんは白髪ですよ? 覚醒すると決まったわけじゃないでしょ?」
「うん、そうだね。弥生候補は他にもいる。全員保護するよ。弥生にならなかったらちゃんと返すから、今は渡してもらえないかい?」
返してくれるんだ。弥生にならなかったら殺すかと思っていたのに。
やっぱり、師走は話が比較的通じるタイプだ。善人とは言えないけど、まるで話にならない相手でもない。
今だって、僕と会話をする必要はない。
僕をさっさと殺し、紺屋さんを連れて行けばいいのに、渡してくれってお願いしている。
「紺屋さんは渡さない。って言ったら?」
「力ずくで。金属バットをあげたんだし、戦おうよ。俺は霜月と違う。弱者を蹂躙する趣味も一方的に殺す趣味もないから、戦う手段をあげたんだ」
話は通じるけど、なんでもかんでも言うことを聞いてくれるわけじゃないか。
金属バットを握る右手に力が入る。
左手は紺屋さんにつかまれているから、離してもらわないと。
「紺屋さん、手を」
「ダメです。春真さんを戦わせるわけにはいきません。それなら、私はこの人と一緒に行きます」
手を離してって言おうとしたのに、途中で遮られてしまった。
僕を危険な目にあわせたくないから、自分が犠牲になるって言っている。
それは認められないね。
「うんうん、そうしてくれると助かるな。悪いようにはしない。約束する。俺を信用できないなら、葉月でもいいよ」
「如月さんを保護している方ですか?」
「葉月は女性だし、女性同士で安心できるんじゃない? フルネームは葉月葉。俺たちの仲間は現状九人……如月が加わったから十人か。十人の中で一番信用できるのは誰かってなると、俺は葉月を推すね。ちなみに美人だよ」
「男性よりは安心できますね」
「じゃあ決まりだね」
「決まってないです」
二人だけで話を進めないでもらいたい。
紺屋さんを振りほどき、両手で金属バットを握る。
「やめてください春真さん!」
「ごめんね。これは僕の意地だ」
何もせずに、おめおめと渡してなるものか。
意地でも阻止してやる。
「弥生の意見を尊重してあげればいいのに」
「紺屋さんが、心の底からあなたたちの仲間になりたがっているなら、僕も尊重しますよ。消極的な賛成であって、本心は嫌がっているなら戦います」
「いいねえ。霜月なんかよりも、君が仲間になってくれればいいのに」
「褒めてくれてどう……も!」
会話をしつつ、僕は金属バットをフルスイングした。
人を殴るのに抵抗はあるけど、そんなことを言っている場合じゃない。
師走の顔面を狙ったのに、あっさりと受け止められてしまった。
「非力だね。少し鍛えた方がいいんじゃないかい?」
「荒事は苦手なんですよ!」
まともに喧嘩をしたことのない僕は、腕力にも自信がない。
金属バットを振り回しても、迫力は欠片もない。ぶうん、ぶうん、って情けない音が出るだけだ。
空を鋭く切るような音を期待したけど、うまくいかない。
師走は苦もなく避けている。
何度も空振りすると、僕は何もされていないのに足をもつれさせた。
本気で情けない。
「このっ!」
倒れそうになりながら、師走の胴体を薙ぐように攻撃した。
僕の攻撃は当たったけど、ダメージはなさそうだ。コンクリートの壁を殴ったような感覚があり、手がしびれてしまう。
「ま、人間じゃこんなもんだよ。勇気は認めるけどね」
「あいにく、僕は勇気なんて持ってませんよ! 力も覚悟も持たない人間です!」
嫌になるほど考えた。
僕は、映画の主人公のように勇敢じゃない。
最近になって舞台に上がったばかりのサブキャラだ。やられ役の木っ端だ。
四季にも言われている。力も覚悟も持たないと。
僕自身も自覚がある。
でも、たとえサブキャラだとしても。
もがいてもがいて、しょうがないと言うその日まで。
前に進むと決めたんだ!
「うあああっ!」
やけっぱちになって、師走の顔面を殴ろうとした。
それは簡単につかまれ、なんと金属バットをへし折ったんだ。
僕よりマシとはいえ、師走は決して強そうな外見をしていないのにだ。
筋骨隆々の大男がやるならギリギリ納得できても、平凡な男性がやるのは悪夢でしかない。
「本当にいいね。速峰春真だっけ? 気に入った」
「気に入ってくれたなら、紺屋さんを見逃してくれます?」
「それとこれとは別問題」
師走は右手で僕の首をつかみ、持ち上げた。
苦し……息が……
意識が途切れようとした時、いきなり解放される。
僕を助けてくれたのは四季だった。師走を殴り飛ばしたんだ。
僕が金属バットを使って手も足も出なかったのに、四季は素手で殴り飛ばす。
おっかないね。おっかないけど頼りになる。
「速峰春真は弱いくせに無茶をし過ぎ」
「ごめん」
「下がって」
僕に代わり、四季が師走と対峙する。
何もできずにバトンタッチした僕は、紺屋さんに介抱されている。
「四季、気を付けて」
「大丈夫。私は強い」
四季は自信ありげだ。十二月には勝てないって言っていたのに臆していない。
「シキ? ああ、四季か。例のイレギュラーだね」
師走は四季を知っているみたいだ。
怪物を倒して回っていたからかな。イレギュラーの意味は気になるけど、
「私が相手になる」
「美少女からのお誘いは、非常に魅力的だ。ここだけの話、君は俺の好みだよ。その小さな胸とか大好きだ。ビューティホー」
「十二月は敵だけど、私のよさを理解している部分は神」
「贅肉の塊は邪道だ。葉月も弥生もでか過ぎるんだよ」
「全面的に同意する」
「水無月は小さいけど、あれは小さいっていうか無だね。無よりも膨らみかけがベスト。つまり四季がベスト」
「神」
なんて会話をしているんだよ。
真面目なのか不真面目なのかよく分からない状況だけど、二人が敵であることには変わらない。
四季と師走がぶつかる。




