十八話 死人だらけ
僕と四季、紺屋さんの三人で、如月を探す。
探す場所は昨夜と同じだ。昨夜はいなかったけど、今日はいるかもしれない。
学校は午前中に行っていたから、如月の家やゲーセンなどだ。紺屋さんの家にも行ってみた。
残念ながら収穫はない。
「変死体が見つかっていないだけ運がいいと考えるべきか」
覚醒した如月が、人を殺し回っているという状況にはなっていない。
ひょっとしたら、僕たちの知らない場所でやらかしているかもしれないけど。
「如月さんご自身の意志で姿を消したにせよ、敵に連れ去られたにせよ、簡単には見つからないでしょうね。ひょっこり現れるのであれば、なんのためにいなくなったのか分かりません」
「でも探したい。如月を助けたい」
「まるで、春真さんが主人公で如月さんがヒロインですね。ヒロインの座は、できれば私が手に入れたかったです」
重苦しい空気を払拭するための冗談なのか、あるいは本気なのか、紺屋さんはこんな発言をした。
僕と紺屋さんだけが会話していて、四季は口数が少ない。
表情も険しいし考え込んでいる様子だ。
「四季? どうかした?」
僕が質問しても、四季は答えてくれない。
「如月さんの行方を知る能力でもお持ちだったりします? 行方を知るために集中されているとか?」
これは紺屋さんの質問だ。
四季はやはり答えなくて、代わりにスタスタとどこかに歩いて行く。
どこに行くのかと思ってついて行けば、僕と四季が二人で入ったことのある中華料理屋だった。ショッピングモールにあるお店の一つだ。
「なんだ、お腹空いてたの? 相変わらず食い意地が張ってるね」
からかうように言った僕の言葉は届いていない。
四季はただでさえ険しくなっていた表情を、より険しくした。眉間には深いしわが刻まれ、両拳はギュッと握られている。
何も言わず、黙って中華料理屋を出る。
もちろん注文もしていないし食事もしていない。
以降も、次々と店に入り、何も買わずに出るという行動を繰り返した。
僕と紺屋さんは、わけが分からないまま付き添うだけだ。
何軒か回ったところで紺屋さんがポツリと呟く。
「おかしいですね」
「おかしいって何が?」
「店に入っても店員が出てきませんでした。お客さんは何人かいましたけれど、私たちの存在など目に入らないような態度です」
「わざわざ僕たちを気にする? 店員が出てこないのも、たまたまじゃないの?」
周囲の人が僕に大注目しているとか、自惚れた想像はしていない。
僕は平凡な高校生だ。注目を集めるような特別な人間じゃない。
紺屋さんは美人だしあり得るかな。四季も美少女だ。
平凡な男子が美女と美少女を連れていれば、疑問を持たれ、注目を集めることはある。
だとしても、絶対じゃない。僕たちの存在が目に入らなくてもおかしくない。
店員だって仕事で忙しく、奥に引っ込んでいたとかね。こっちから声をかけたわけでもないし、たまたまだ。
僕はたまたまだと考えているのに、四季は違った。
「紺屋宵は鋭い」
「では、何かが起きているのですか? 四季さんはご存じで?」
「死人だらけ」
短い返答だけど、僕と紺屋さんはそろって息を呑んだ。
死人っていうのは、美央さんみたいな存在だろう。死んでいるのに動いている人がいると言っている。
「以前からいるって言ってたけど、それじゃなくて?」
「もっと増えている。異常な増え方。ざっと半分は死人」
「半分も」
生きているのか死んでいるのか、僕の目では判別不可能だ。
これまであちこち歩き、多くの人とすれ違ったけど、全員普通の人間に見えた。
そのせいで、四季から聞かされても実感がない。
ただ、嘘をつく理由もないし本当だろう。
「如月と関係がある?」
「分からない。如月がいなくなったのは昨夜。一日も経過していない。これだけの人数をどうにかできる時間があったとは思えないけど、タイミング的に無関係とも考えにくい」
「如月一人の仕業じゃなくて、他の十二月も一緒にやった?」
「一番可能性が高いのはそれ」
変死事件に遭遇しなくて安心だって考えていたのに、まさか死人だらけになっていたなんて。
話しながら、四季はまたお店に入った。
女性の下着専門店だ。四季の下着もここで買ったね。
「僕は入れないよ。外で待ってる」
「緊急事態です。春真さんもご一緒に」
「変質者だと思われない?」
「緊急事態です」
紺屋さんに言われて、僕も渋々店内に入る。
役得とは思っていな……ちょっとだけ思っています、はい。
スケベな感情は置いておくとしても、店内の様子がおかしかった。
女性用下着のお店なのに、男性客が大勢いる。
恋人や妻に同伴しているにしては、妙に数が多い。女性よりも男性の方が多いとか異常だ。
そして、さらに異常な事態が発生する。
「ひいっ!」
悲鳴を上げ、僕にくっついてきたのは紺屋さんだ。
僕も悲鳴を上げて逃げたい気分だよ。
男性客の一人の首が、ポロリと落ちた。
血が噴き出していないせいで、まるでマネキンの首が落ちたようにも見える。
でも、この人は人間だ。さっきまで店内で動いていたんだから間違いない。
首を失った胴体は消えてしまった。
この光景は見覚えがある。四季が怪物を倒した時、血や肉片が飛び散らずに綺麗さっぱり消えた。それと同じだ。
同じなのはもう一つある。
落ちた首が膨張し、でかくなった。赤ん坊サイズの胴体や手足も生えている。
バカでかい顔をした異形の怪物。僕が襲われた奴だ。
脅えているのは僕と紺屋さんだけで、他のお客さんは平然としている。
事態が呑み込めずに呆然とつっ立っているわけじゃなくて、何もないかのように平然と。異常なことばかりだ。
「しっ!」
鋭い呼気を吐き出しつつ、四季が怪物に迫る。
いつかの夜と同じく、素手でフルボッコにする。
誕生したての怪物はさほど強くないみたいで、倒すまで時間はかからなかった。
怪物の顔がパンと弾けて消える。
これで終わったかと思ったのに、他の人間も同様に怪物へと変わってしまう。
首が落ち、胴体が消えて、バカでかい顔の怪物に。
ざっと十体はいる。
「速峰春真! 紺屋宵! 外に出て!」
四季が焦った声音で指示を出した。
言われた通り、僕は紺屋さんを連れて外に出る。
僕たちがいても、四季の戦いの邪魔になるだけだ。守りながらだと思うように戦えなくて負けるかもしれない。
大人しく逃げる方が吉と判断した。
怖いことは怖いけど、一度体験しているだけマシだ。初めて怪物と遭遇した紺屋さんの方が怖いだろう。
外の光景は平和なものだった。今は土曜日の昼だから人も多く行き交っている。
慌てふためいてお店から出てきた僕たちを見て、こちらを気にする人もいた。
この人たちは人間なの? 怪物なの?
判別できず恐怖感がある。
紺屋さんは僕の腕にしがみつき震えている。
男として、女性の紺屋さんを守らなきゃとは思うものの、僕も怖いし力もない。
情けない話だけど四季を頼ってしまう。早くきてくれないかなって。
お店の中からは戦闘音が聞こえる。四季が戦っているんだ。
四季に頼り切りじゃダメだよね。
僕は如月を助けると決めた。当然、怪物との戦いも想定していた。
誰に強制されたわけでもない。僕自身がやりたくて決断したんだから、ここで弱音を吐いてどうする。
「紺屋さん、こっち」
「は、はい……」
紺屋さんに腕をつかまれたままで、お店から少し離れる。
四季が戦っているけど、怪物が外に出てくれば襲われてしまうからだ。
人間に近寄るのは不安だし、周囲を警戒する。
金属バットとか欲しいな。竹刀や木刀でもいい。
視界に入る人全員が怪物になり、一斉に襲ってくる様子を想像しちゃったけど、とりあえず平気みたいだ。
「春真さん……あれがお話にあった怪物ですか?」
「そうだよ。僕も襲われた。でも、大丈夫。見た目は怖くても、強さはたいしたことないから。喧嘩がてんでダメな僕ですら、金属バットでタコ殴りにできそうなほどでしかないんだ。四季なら余裕で勝てる」
タコ殴りにした経験もないくせに、よく言うと自分でも思った。
紺屋さんを安心させるためには嘘も方便だね。
僕の強がりに反応するのは、紺屋さんじゃなかった。
「金属バットがあればいいのかい?」
目の前に見知らぬ男性が現れたんだ。
警戒していたのに、この距離で話しかけられるまで気付かなかった。
しかも、この男性は。
「黒髪……」
如月と同じような黒髪をしていた。おそらく十二月の一人だ。
外見は、ごくごく普通の人間に見える。年齢は僕の少し上、二十歳前後ってところだ。怪物の年齢が人間と同じならね。
優しげな顔立ちをしていて、話しかけてきた声も穏やかなものだ。敵意も殺意も持っているようには見えない。
そのせいで、敵のはずなのに恐怖心がない。立ち話でもしようかって感覚だ。
店内にいた怪物の方がよほど怖いね。
「俺の黒髪が珍しいかい? でも、俺に言わせると、君たちのような白髪の方が物珍しいよ。お年寄りじゃあるまいし、十代の若者が真っ白って」
「あなた……は?」
「ああ、自己紹介がまだだったね。俺の名前は師走カケル。十二月の末席だ」
十二月。その単語が出るってことは、やっぱり敵だ。
「俺は自己紹介をしたよ。君は?」
「は、速峰春真……」
「速峰春真ね。悪いけど、君には用がない。俺は弥生を迎えにきただけだから」
十二月の男性、師走は、紺屋さんに向かって告げた。
紺屋さんは、さっきからずっと僕の腕をつかんでいる。
その力が強くなった。
「はいどうぞって渡すわけにはいかないよ。紺屋さんは僕の友人だ」
「そ、そうです。私は紺屋宵。弥生ではありません」
「うーん、弱ったな。俺は一番下っ端なんだよ。弥生を連れてこいって命令されているんだ。下っ端としては、上の命令には絶対服従でね。命令に背くことは許されないわけ。誓って悪いようにはしないよ。俺たちは、睦月を筆頭に序列が定められている。弥生は三番目だ。末席の俺にとっては遥か格上の存在になる。乱暴にしようものなら、俺の首が物理的に飛ぶね」
三番目だろうと末席だろうと関係ない。紺屋さんは渡すものか。
僕に何ができるか分からないけど……
「はい、どうぞ」
身構える僕に対し、師走は金属バットを差し出してきた。
何も持っていなかったのに、急に取り出した。
まるで手品だね。手品の技術じゃなくて、怪物としての能力だろうけど。
「金属バットが欲しいんでしょ? あげるよ。それを使ってどうするのかな? 俺と戦うかい?」
真意は不明だけど、わざわざ武器をくれるって話ならもらっておく。
素手での殴り合いじゃ勝ち目ゼロだ。
金属バットで殴れば、あるいは勝てるかもしれない。
「弥生をかけて、男同士の勝負かな。俺はこういうの嫌いじゃない。霜月なんかは性根が腐っているから、弱者を一方的に殺すのが好きなタイプだけどね。霜月っていうのは俺の仲間で、霜月夜流って名前の男で……」
師走は饒舌な性格みたいだ。聞いてもいないことをペラペラしゃべる。
戦う前に色々と聞いておくのも手かな。時間を稼いでいれば四季がきてくれるだろうし、一石二鳥だ。




