十七話 歪な協力関係
四季は、如月と似たようなものだと言った。
「それってどういう意味? その……四季はあれじゃないんでしょ?」
紺屋さんがいるから、怪物や十二月の単語を出すのは避けておく。
曖昧な言い方でも伝わるはずだ。
「あれではない」
伝わったね。よかった。
「どう言えばいいか……私は、実はこの世界の人間じゃない。外からやってきた」
「はい?」
「速峰春真は、そんな反応になると思ってた。でも事実」
事実って言われてもなあ。
出会った頃に言われていたら一笑に付したけど、今はあり得ない現象が山ほど起きている。一つや二つ増えても誤差だ。
それに、腑に落ちる部分もある。僕が知らない奇妙な言葉を知っていたり、怪物と戦える力があったり、とても普通とは言えないからね。
四季はこの世界の人間じゃない、か。
「私は外からやってきた。移動直後は意識を失っていて覚えてないけど、多分速峰春真に拾われた時」
「あの夜? じゃあ、僕が見つける直前まではいなかった?」
「いなかった。もちろん、あの瞬間に産まれ落ちたんじゃなく、外で生きていた」
住む家がなかったのはそのためか。町の名前を知らなかったのもだ。
「つまり、この世界に私の知り合いはいない。速峰春真も紺屋宵も、こっちで知り合っただけで、昔からの知り合いじゃない」
僕の姉を名乗るのは、あくまでも姉のふりだ。寂しい気もするけど偽物の姉弟。
四季の言う通り、昔から知っているわけじゃない。
「学校は? 制服も着てたよね?」
「私は、速峰春真たちが通う学校の生徒。そういう設定でこっちにきた。制服も用意してあったし、学校にも私の籍がある」
「設定ってのはよく分からないけど、そこまで自由にできるなら家も用意すればよかったのに」
「用意できなかった事情がある。とにかく、私は生徒の設定になっているから、私が通ってもみんなは普通に生徒として受け入れる」
「四季と如月が似たようなものってそういうこと? 学校の生徒だって設定を使っているなら、最低でも先生とクラスの人たちの記憶をどうにかしなきゃいけない」
クラスメイトたちの記憶から消え、存在がなくなっていた如月。
クラスメイトたちに記憶を植え付け、存在できるようになった四季。
正反対だけど、似ているといえば似ている。
他人の記憶を自由自在に操れるとか恐ろしい。
以前は、僕の記憶も操作されているって言っていたし、自分ってものが分からなくなってくる。
「四季さん、よろしいですか?」
「何?」
「四季さんが常識の埒外の存在であるのは、よく理解しました」
「常識の埒外はあんまり」
「抗議は受け付けません。常識の埒外に関連してお聞きしたいのですけれど、四季さんは警察であり、職務として変死事件を追いかけているとのお話は本当ですか? 嘘ですか? 私は嘘だと考えています。この世界に警察は存在しません。仮に存在したとして、四季さんのような高校生がなれる職業でもありません。ただ、常識の埒外ならもしかして、とも思いまして」
「嘘。紺屋宵と如月を納得させるためにでっちあげた」
「やはりですか」
紺屋さんは、嘘だと見抜いていたのか。
今の言い方からして、ケイサツを知っているみたいだ。四季が適当に言っている可能性も残っていたけど、本当にあるのかな。
「紺屋さんは警察を知ってるの?」
「知っていると言えるほどではありません。『警察』の言葉を聞いた時、知らないはずなのに、不思議と知っている気がしたのです。記憶の奥底に封じられているとでも言いましょうか。そして、記憶を掘り起こせばおぼろげに思い出せました」
「凄いね。僕は全然ダメだよ。ケイサツって聞いてもピンとこない」
「私も詳しく思い出したわけではありませんよ。他の言葉はさっぱりです。それでですね、春真さんと四季さんは隠していることがありますよね? この際ですし情報を共有させてもらえませんか?」
情報の共有。つまり、紺屋さんを巻き込んでしまうことになる。
十分に巻き込んでいるし、今さらだけど。
僕としては、積極的に共有はしたくなかった。
如月と一緒で、下手に教えたせいで覚醒のきっかけになられたら困る。
紺屋さんの身の安全もどうなるか。
もうそんなことを言っていられる段階じゃなくなった。情報を共有してもいいと思える。
四季がなんて言うかだ。
「四季は?」
「構わない。教える」
四季は、これまで僕にしてくれたのと同様の説明を行う。
この世界には異形の怪物がいて、怪物たちを従える親玉みたいな存在もいる。
十二月と呼ばれる奴らが十二人だ。
睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走。
こいつらは四季の敵になる。四季は十二月を殺そうとしている。
変死事件の犯人も十二月の一人だ。
如月は未覚醒の十二月になり、髪の毛が黒いのが証拠だ。覚醒間近だった。
紺屋さんも如月と同様で、未覚醒の十二月になる。
「私が弥生という怪物? 四季さんの敵?」
「そう。紺屋宵が弥生になれば殺す」
「殺されたくはありませんね。若い身空で死にたくありません」
「今すぐには殺さない。速峰春真が悲しむ」
「ありがとうございます。と言っておきますか」
怪物だと聞かされたのに、紺屋さんは想像以上に冷静だ。
もちろん動揺はしているし、信じられないという顔もしているけど、状況が状況なだけに事実である前提で話を進める。
「如月さんが行方不明になったのは、覚醒したからですか?」
「覚醒したからかもしれないし、他の十二月に連れ去られたかもしれない」
「クラスメイトが如月さんの存在を忘れていたのは?」
「覚醒した如月本人が記憶を消したのかもしれないし、他の十二月がやったのかもしれない」
紺屋さんの質問に対し、四季が答える。
確定的な情報にならないのはいつものことだ。
大抵、「不明」とか「可能性」とか「かもしれない」とかになる。
「僕はさ、如月も紺屋さんも大切な友人だから、死んで欲しくない。四季に協力して敵と戦うことはできないし、如月や紺屋さんがどうなってもいいと無視する気にもなれない。だから変死事件を追いかけようとした。十二月に接触して、あわよくば情報を聞き出せないかなって考えた。覚醒せずに済む方法や、覚醒後に元に戻る方法とか」
「春真さんは、私のためにそこまで……感動です! 春真さんに全てを捧げてもいい気持ちになりました!」
「捧げなくて結構です」
真面目な話をしているのに、下ネタに走られても困る。
しゅんと落ち込む紺屋さんは、悪いけど置いておく。
とりあえず、情報共有は大体終わった。美央さんのこととかも説明したし。
「僕はそろそろ如月を探しに行きたいんだけど」
「私も行きます。昨夜は留守番していましたけれど、ここまで話を聞いたのですし今日は行きます。私は、しばらくは覚醒しないのですよね?」
「大丈夫。私もしばらくは殺さないと約束する。三人で如月を探そう」
「探すのはいいとして、四季に聞いておきたいんだ」
昨夜は、とにかく如月を探そうとしていたから聞けなかった。
今のうちに聞いておく。
「もしも如月を見つけたら、四季はどうする?」
「覚醒していなければ手を出さない。紺屋宵と同じで、如月も速峰春真の友人。ギリギリまで様子を見ると約束した」
「覚醒していたら?」
「殺す」
そうなっちゃうよね。
四季のスタンスは首尾一貫している。
十二月は殺す。これだけだ。
僕を慮って、如月のことは様子を見てくれたけど、覚醒したとなれば殺すべき敵になる。見逃す理由はない。
「腹を割って話すけど、僕は如月を助けたい。四季に殺されるのは見たくない」
如月が、四季に殺されるのを見たくない、だ。
四季が、如月を殺すのを見たくない、じゃない。
優先順位の違いを伝えたい。
僕は覚悟を決められなかった。今でも迷いは残っているけど、スタンスを明確にしたいんだ。
「四季が如月を殺すなら、僕は如月の側につく」
「速峰春真に何ができる? 私は速峰春真を殺さない。でも、邪魔をするなら少し攻撃する。気絶させてその隙に如月を殺すだけ」
「何ができるかって聞かれたら、何もできないね。僕のやりたいこと、やることをはっきりさせておきたかったんだ。如月は殺させない。十二月になってしまったとしても、元に戻る手段を探す」
宣言し、四季の顔を正面から見据える。
でかい口を叩ける力はない。身の程知らず極まりないし滑稽だ。
だけど、これが僕の決断なんだ。
「私は春真さんの味方ですよ。四季さんと春真さん、どちらにつくか考えるまでもありません」
「速峰春真と紺屋宵の気持ちは理解した。私は如月を殺す。二人は如月を殺させたくない。相容れないということ」
そうなるね。
四人で仲良くするのが理想の形だけど、無理になった。
「誤解してもらいたくないけど、四季が嫌いとか離れたいとかじゃないよ。僕を助けてくれたことには感謝しているし、一緒に暮らしていて楽しかった。下ネタで僕をからかうのも、意外と嫌じゃない」
「ロ」
「ロリコン疑惑だけは断じて否定するけど」
「なぜ私の考えが読めた?」
「なぜ考えが読めないと思ったの」
「春真さんがロリコンではなく安心しました」
真面目モードがどうして長続きしないかな。
ロリコンの話題なんかしている場合じゃない。
「僕は如月を助ける。とはいえ、四季がどうなってもいいとは考えてないから、如月が四季を殺そうとするならそれはそれで止めるけどね」
「甘い。脳内お花畑。理想論者。理想を語るだけなら誰でもできる」
「うん、甘い。理想論者って言われても当然だ」
「でも意見は変えない」
「よく分かってるね。ダメだったら、まあしょうがない。しょうがないって言葉を使う時がくるまでは、僕なりにやるさ」
決意表明は終わりだ。如月を探しに行く。
「紺屋さん」
「ええ、参りましょう。私の力を春真さんのために使います。ついでに如月さんのためにも」
「私も同行する」
僕と紺屋さんで行こうと思ったのに、四季が同行を申し出た。
「速峰春真は甘い。如月が速峰春真に危害を加える可能性を、無意識のうちに除外している。何度も忠告しているのに改善しない」
「考えなかったわけじゃないよ。そうなったらしょうがないかなって」
紺屋さんは如月と同じ十二月だから、助かりそうな気がする。
僕が殺されてもしょうがない。
「呆れた。しょうがないから私が守る。お姉ちゃんは偉い」
四季も一緒になって、三人で如月を探すことになった。
僕と紺屋さんは、如月を助けるために。
四季は、如月を殺すために。
正反対の目的を持つ者たちが、歪な協力関係を築く。




