十三話 秩序と破壊
昨日、変死体として発見されたはずの女性が、なぜか生きていた。
常識ではあり得ない現象に、僕や紺屋さんは混乱している。
授業を受けても上の空で、気が付けば一日が終わっていたといった感じだ。
放課後になり、四季が僕たちのクラスにやってくる。
昼休みに軽く事情を説明してあるし、様子を見にきたんだ。
見慣れない子供の登場に、クラスメイトは怪訝な顔をしているし、注意しようとする人も出る。
「君、ここは高校だよ。どこで制服を手に入れたか知らないけど、子供が入っちゃダメな場所だからね」
「私は三年生」
「小学三年生?」
「高校三年」
「嘘? 先輩?」
「という設定」
「設定?」
「忘れて。とにかく私は関係者」
四季は会話を切り上げ、僕と如月のところへ。
僕たちと四季が知り合いだと知り、本当に関係者だと分かったみたいだ。クラスメイトたちは気にするのをやめて帰宅して行く。
「速峰春真。問題の女子生徒はどこ?」
「あそこだよ。今は紺屋さんが呼び止めてくれてる」
美央さんが帰ってしまわないよう、紺屋さんが話しかけて足止めしていた。
僕や如月よりも紺屋さんが適任だ。女子同士だし、普段も時々話すらしいし、適材適所だね。
「それで、四季はどうするの? 本人に話を聞いても無駄だと思うよ。昨日は家にいたって言っているし、事件のことも知らない。誤魔化してる様子もなかった」
他人の嘘を完璧に見破れるほど、僕の観察眼は鋭くない。
だから、絶対に嘘をついていないとは言い切れないけど、怪しい様子はなかったように見えた。如月や紺屋さんも僕と同意見だ。
「乱暴なことをしようと考えてるなら、僕は反対だからね」
「やらない。少し話すだけ」
怪物と戦える力がある四季なら、美央さんだってどうとでもできる。殺すのも傷付けるのも簡単だ。
手を出す可能性を心配したけど、乱暴な真似をしないならいいか。
四季は、紺屋さんと美央さんに近付く。
「美央」
「うん? 君、誰?」
「速峰四季」
「速峰? 速峰君の妹さん?」
「姉」
「姉!?」
「美央さん。四季さんは私たちのお知り合いですし、怪しい人物では……ないとは言い切れませんけれど、少なくとも危険人物では……ないとは言い切れませんね」
紺屋さんがフォローしようとして、フォローし切れなかった。
まあ、ぶっちゃけ四季は怪しいしね。危険人物じゃないって断言できるほど親しくもないし、しょうがない。
「はあ……いいけど、あたしに何か用?」
「性欲ある?」
またこの質問か。下世話な内容だし、初対面の相手にすべき質問でもない。
幸い、美央さんは怒っていなかった。素直に答える。
「ないよ」
「昨日はどこにいた?」
「宵ちゃんにも聞かれたけど、一日中家にいたよ。なんか、あたしに似た人が殺されたんだって? あたしとは無関係だよ。その人には悪いけど、あたしが被害にあわなくてホッとしてる」
美央さんの返答は、僕たちが聞いたものと同じだ。
四季は構わずに質問を続ける。
「怪我は?」
「してない。この通り元気一杯」
「体に違和感は?」
「だから、元気一杯だって。ピンピンしてる」
「十二月」
「ん? ジュウニツキ?」
「ごめん、気にしないでいい」
十二月の単語にも反応しない。仲間じゃないってことかな。名前も違うしね。
「最後の質問。食欲と睡眠欲はある?」
「んー、そういえば、今日はお腹が空かないかな。授業中も居眠りしなかったね。あたしも真面目になったもんだ」
「分かった。ありがとう。握手」
「握手? いいけど」
質問を終えて、四季は美央さんと握手を交わしていた。
握手を済ませれば、僕と如月のところに戻ってくる。
美央さんは首を傾げて、「変な子」って言っている。
変な子の言葉には同意したいね。僕もいまだに四季のことがよく分からない。
「今ので何か分かったの?」
「少しだけ。帰る」
「あ、ちょっと」
マイペースな四季は教室を出て行った。おそらく帰宅したんだろう。
「なんだったんだ?」
「さあ?」
如月に聞かれても、僕だって答えられない。
「まあいいや。俺も帰るか。春真はどうする?」
「僕も帰るよ。紺屋さんにも声をかけようか」
美央さんを呼び止める役目は終わったし、紺屋さんも帰っていい。
三人で一緒に学校を出た。道中での会話は、やっぱり美央さんのことになる。
「美央さんがご無事でよかったです。知り合いが殺されるのは悲しいですからね。昨日見たのは別人だったのでしょう。美央さんもおっしゃっていたように、他人の空似です」
「他人なのかなあ? 僕は美央さんに見えたけど」
「私も美央さんに見えましたけれど、はっきりと死体を確かめたわけではありません。気が動転していましたし、そっくりな人を見て、美央さんだと思い込んでいたのです。本日、会話をしましたけれど、これまでと変わった部分はありませんでした。何もなかったと判断するのが妥当でしょう」
「俺は見てないからなんとも言えんが、美央本人がいたからな。見間違いだろ」
紺屋さんは、他人の空似で自分を納得させているみたいだ。
如月も、僕や紺屋さんの見間違いだと考えている。
実際、美央さんが学校にいるんだから、他に考えられない。常識的に考えれば見間違いってことになる。
でも、僕は非常識な怪物を見ている。こう言っちゃなんだけど四季も非常識だ。
身近に非常識な存在がいると、非常識な出来事の一つや二つが増えるのもありかなって思える。
とはいえ、死んだ人が生き返るのは、特に非常識だ。
これはさすがになあ。
いや、怪物も特に非常識だね。怪物を殴り倒す小柄な少女もの存在もだ。
結局、僕があれこれ考えても答えは出ないってことだ。
四季が美央さんに質問していたし、何か分かったかもしれない。
帰ったら聞いてみようと決めて帰宅する。
美央さんが無事だと知った紺屋さんは、昨晩とは打って変わって元気になった。
夕飯も作ってくれたし、四人でおいしくいただいた。
そして夜になり、四季が僕の部屋にくる。如月と紺屋さんはそれぞれの部屋にいるし、ここには僕と四季の二人だけだ。
二人でベッドに腰掛けて、四季が切り出す。
「美央は死んでいる」
「死んでいる? 美央さんが? でも、元気だったよ?」
「死体が動いている」
これはまた、随分と無茶苦茶な意見が出たものだ。
死体が動くねえ。ゾンビってこと?
「根拠は? 握手してたけど、体温がなかったとか?」
「体温はある。そこまで分かりやすくなっていればラッキーだったけど、ダメだった。見た目は人間そのもので、簡単には見破れない。知識の欠落もないし、こちらの問いかけにスラスラ答えられる」
「じゃあ、人間ってことじゃないの?」
「でも死んでいる。私には分かる」
感覚的なものなのかな。僕が理解できる説明はできないみたいだ。
死んでいるとは信じられなかったけど、四季はさらに信じられない発言をする。
「他にも死んでいながら動いている人は多い。町を歩けば見かける」
「嘘でしょ?」
「本当。十二月の仕業」
「人を殺して、その人をなんらかの手段で動かしてる?」
「大体正解。速峰春真は生きているから安心して。もちろん、私も生きている」
僕や四季が生きているのは安心したけど、町中に死んでいる人がいるって話は安心できない。事実なら大変だ。
如月と紺屋さんはどうなんだろう。二人は十二月候補だし、事情も違うのかな。
「これまでの変死事件の被害者も、美央さんみたいになってる?」
「可能性はある」
「死んだ人が生き返れば、知り合いは驚くでしょ?」
「記憶操作。美央本人も、事件当日の記憶さえ改変しておけばオッケー」
「なんか、なんでもありになってない?」
「でも事実。速峰春真は、警察や救急車を知らない。雨も知らないし、春夏秋冬も知らない」
「僕の記憶も操作されてるって?」
「されてる」
なんだかなあ。逆だって考える方が筋は通る。
ケイサツやキュウキュウシャを知らないのは、僕一人じゃない。
むしろ、知っている人がいない。ケイサツやキュウキュウシャの実物もこの世に存在しない。四季が勝手に言っているだけだ。
おかしいのは四季の頭で、僕たちが正常だって考えるべきかなって。
「正直、四季の言葉を全部信じるのは無理だ。だから仮定の話になるけど、事実だとすれば、十二月はなんでそんなことをするの? 人を殺して死体を動かしたり、記憶を操作したり」
「世界の秩序を守るため」
「……規模がでっかいね。世界の秩序って何さ。というか、十二月は四季の敵じゃないの? 僕はそいつらが悪い奴らで、四季が悪者を倒そうとしてると思ってた」
「敵は敵。悪者かとなると、見方次第。十二月はこの世界、時忘れ町の秩序を守ろうとしている。秩序を乱す人間は殺すし、記憶を操作する」
「じゃあ、四季は何をするの?」
「十二月の秩序を破壊する」
秩序と破壊。
十二月たちが秩序を守る側で、四季が破壊する側。
四季が悪者なの? 十二月たちが人を殺しているなら、そっちが悪者?
一概に善悪を決められないのか。だから見方次第って言っている。
僕が考えていると、四季が変な話題を持ち出す。
「永遠の命はある?」
「へ? いや、ないでしょ。人はいつか死ぬよ」
映画なんかだとたまに見るけどね。
不老不死。永遠の命。
人類が追い求める夢とも言える。
絶対に叶わない夢。叶ってはいけない夢だ。
「死んでも生きて動けるなら、ある意味永遠」
「美央さんみたいな存在のこと?」
「そう。そもそも、この世界が異常。時忘れ町。時を忘れた町。世界にこの町しか存在しない異様な場所」
「僕には正常で常識としか思えないけど」
「速峰春真には、まだ理解できない」
話を終わらせ、四季が立ち上がった。
相変わらず、事態が把握できない。怪物や十二月に加えて、ますます意味不明な物が増えた。
情報を小出しにされていると感じるけど、全部を聞かされても僕にはさっぱりだろうね。
「力と覚悟。速峰春真が身に着ければ、いずれ理解できる」
「明日からどうするの?」
「これまで通り。十二月を追いかける」
これまで通り、か。
もどかしいけど、少しずつやっていくしかないのかな。
頭がこんがらがりそうだ。




