十四話 仲良し三人組
僕は、ぶっちゃけると頭がよくない。
学校の成績は平均レベルだ。苦手科目の成績は平均よりも下で、得意科目は上。合わせればちょうど平均になる。
勉強以外でも、頭を使う作業が得意とは言えない。
使ってこなかったって表現する方が近いかもしれない。
毎日を惰性で過ごしてきたから、使う必要がなかった。学校の勉強以外で考えることとなると、「今日のご飯は何を食べようかな」とか「今日はどこに遊びに行こうかな」とか、この程度だ。
これで頭を使ったとは言い切るのは、あまりにも恥ずかしい。
学校の勉強が苦手で成績が悪くても、頭のいい人は世の中に存在する。
知恵や叡智がある人になるのかな。物事の本質に気付ける賢い人かも。
いずれも僕には無縁な単語だ。自分が賢いなんて自惚れることはできない。
何を言いたいかというと、頭がよくない僕では、現状についていくことすら困難なんだ。四季からもたらされた情報を消化し切れない。
久しく使っていなかったせいで、頭を動かそうとしてもうまく動いてくれない。
当たり前だよね。使わずに放置していれば錆びつく。急に動かそうとしても、錆びて固まって、思い通りに動かないに決まっている。
必死に動かして動かして、ちょっと動いたかと思えば全然ダメで。
最近は、この繰り返しだ。
十二月とか死んでいるのに動く人とか、僕の手には余る。混乱しっぱなしだ。
月曜日の夜に美央さんの状態を教えてもらい、火曜日、水曜日と進展がない。
今日、木曜日も進展なしだ。錆びついた自分の頭に苛立つ一日になった。
錆びるまで放置した僕の責任だけどね。
どうしていいか分からなくなって、頼った相手は如月だった。
木曜日の夜、如月の部屋に行って相談に乗ってもらう。
全部は説明できないから、変死事件についての相談ってことにした。
この前の日曜日に購入したばかりのベッドに二人で座り、切り出す。
「愚痴っぽくなるけど、変死事件の進展がなくてさ。僕は力になれてないし、これからの方針も曖昧だし」
「変死事件ねえ。んなもんに関わらず、平日は学校行って、休日は俺と遊んで、四季ちゃんや紺屋も一緒に楽しく暮らせばいいんじゃねえの?」
「それは」
「分かってる。できるならやってるわな。俺は、春真の考えや事情を全部知ってるわけじゃない。ただ、必要があるから四季ちゃんを手伝ってんだろ?」
「うん」
なんとかしたい。
その気持ちはあるのに、何一つ進展しない。
何日も経過していながら、いまだに覚悟も決まっていないしね。
僕は多分、心のどこかで四季を信じていないんだ。
如月が怪物になるって聞かされても、こうして一緒に暮らしているし話もできるし、前兆が見られない。
つまり、現状維持ができるんじゃないかって楽観的な考えがある。
本気になれていないとでも言えばいいのかな。僕自身、どこまで本気で変死事件を追いかけようとしているか分からないんだ。
「僕さ、頭がこんがらがってるんだよ。考えることが多過ぎてわけが分からない」
「単純に変死事件の犯人を捕まえるんじゃなくて?」
「それもあるけど、他にも色々とね」
「俺は手伝ってないし部外者だ。だから無責任な言い方になるが、あっちもこっちも考えるのはやめたらどうだ?」
部外者どころか、思い切り当事者だけどね。
それはいいとして、考えるのをやめる。やめていいの?
「学校のテストでも、あっちこっちの問題を一気に考えても解けないだろ。天才ならまだしも、凡人にゃ無理だ。一問ずつ順番に解いていく。春真のテストの解き方は知らないが、俺がいつもやってるのは、最初にテスト全体にざっと目を通す。んで、解けそうな問題から解く。解けそうにないなら諦めるのも手だ。百点満点は取れなくても、八十点くらいで妥協する」
分かりやすいたとえ話だ。解けそうな問題からか。
僕が置かれた状況なら、怪物や十二月との戦いは解けない問題になる。戦うことも勝つこともできないし。
美央さんのような、死にながらにして動いている人もだ。
如月や紺屋さんを助ける。変死事件の犯人を見つける。これらも解けない。
……あれ? 解ける問題がなくて0点になる?
「なんか、解けそうな問題がありませんって顔してないか?」
「如月は鋭いね」
「春真が分かりやすいんだ。んじゃあ、テスト以外でたとえるか。俺と春真がゲーセンに遊びに行ったとして、ゲームをやりたい。本当なら全部のゲームで遊びたいところだが、あいにく金がないし、遊べるのは一回きりだ。どうする?」
「……一番遊びたいゲームをする?」
「ま、普通はそうだろうな。春真が一番やりたいことはなんだ? この際、他は全部忘れちまえ。二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。二兎ですらそうなのに、三兎も四兎も追いかけたところでどうにもならん。さっきも言ったが、天才なら可能でも凡人にゃ無理だ。一兎に集中しろ。そいつを捕まえるために、思考も力も全てを注ぎ込め」
確かにそうだ。
僕が一番やりたいこと。やりたいことはいくつもあるけど、あれもこれもって欲張るのはやめて、一番は何か。
四季、如月、紺屋さん、美央さん。
学校の人や町の人。怪物や十二月。
こうやって考えていくと、だ。
「僕は、如月を友人だと思ってる。ちょっと恥ずかしいけど親友だって」
「嬉しいな。俺もだぜ」
「怪物……いや、変死事件の犯人とかに如月が殺されるのは嫌だ。僕は如月に死んで欲しくない」
四季に会う前の僕なら、ここまで強い気持ちは抱かなかった。
如月は友人だし大切だけど、いつものセリフで終わらせたはずだ。
しょうがないって。
四季から色々と教えてもらい、僕も考え始めたことで、死んで欲しくないって気持ちが湧き上がってきている。
「なんで俺? いや、春真が心配してくれるのは嬉しいが、俺が狙われるか?」
如月には説明できない。
信じてもらえるかもらえないかよりも、余計な情報を与えて覚醒のきっかけになるのが怖いんだ。
何も言わなければ問題なかったのに、怪物とか十二月とかを知ってしまったせいで自覚するとかね。僕の発言がトリガーになってしまうのが凄く怖い。
「僕もよく知らない。でも……」
説明はできなくても、心配だって気持ちは伝えたい。
僕が本気だって。冗談じゃないって。
「春真の気持ちは受け取っておくよ。ありがとな。だが、俺だって春真が心配なんだぞ。俺の気持ちもできれば受け取ってくれ」
「如月……うん」
「春真」
僕と如月が二人で見つめ合っていると。
「何をしているのですか! です!」
部屋の扉が勢いよく開かれ、紺屋さんがドーンと登場した。
「ふしだらです! はしたないです! 男同士で耽美……ではなく不健全です!」
「誤解してない? 僕たちは何もしてないよ。というか、どうしてここに?」
「春真さんのお部屋を訪ねたのです! しかし不在でして、如月さんのお部屋にいるかと思いきてみれば、ノックをしても返事がないではありませんか! ところが中から声がしますし、ドアを開けてこっそり覗き見してみればこれですよ!」
紺屋さんはギャーギャー騒ぐけど、本当に変なことはしていないからなあ。
そりゃあ、今の態勢がちょっと怪しいとは思うけどね。
ベッドに二人で腰掛けて、お互いの名前を呼びながら見つめ合って。
うん、非常に怪しい。誤解するのもしょうがない。僕が紺屋さんの立場でも高確率で誤解する。
「春真と友情を深めてただけだぜ」
「友情(意味深)ではなくてですか!?」
「意味深ってなんだよ。なんなら紺屋も入るか? 俺たちゃ仲良し三人組ってな」
「入ります!」
如月の言葉に、紺屋さんは即答した。
「どっこいしょ!」
「紺屋さん……かけ声がおじさん臭い」
僕と如月の間に割り込み、紺屋さんもベッドに座った。
どっこいしょはちょっとあれだけど、紺屋さんを真ん中にして、僕と如月が両隣にいる。
これはいいね。本当に仲良し三人組だ。
「それで、どのようなお話をされていたのですか?」
「春真の気持ちを俺が受け取って、俺の気持ちも春真が受け取ってくれて」
「ふしだらです!」
「如月、如月。今の言い方じゃ、ますます誤解させるよ」
「そっか?」
「そうなの。紺屋さんに説明しておくと、変死事件について話してたんだ。僕が如月を心配して、如月も僕を心配してくれた。それだけだよ」
「春真さんは、如月さんが優先なのですか? 私よりも?」
「もちろん、紺屋さんも大事だけど」
どちらが喫緊の課題かってなると、如月だ。
現時点で、僕にとっての一番だ。
「ま、まさか、四季さんよりも如月さんの方がライバルになるとは。こうなれば、如月さんに奪われる前に私が……いえ、いっそ三人プレイもあり? 春真さんと如月さんが二人がかりで私を……ふしだらです!」
「お、紺屋のノリツッコミか? 初めて聞いたな」
「今の『ふしだらです』が誰に向けられたのか、それが問題だよね」
ふしだらなのは、どう考えても紺屋さんだ。僕も如月も無実だよ。
紺屋さんが相変わらず騒ぐせいで、真面目な話をする空気じゃなくなった。
学校でだべるみたいに、三人でのおしゃべりが始まる。
他愛もない話題だけど楽しかった。
そう、楽しかったんだ。この時は。
翌日の金曜日。
如月が行方不明になった。




