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犬になってしまってから特にすることも無い私は、早寝早起きという大変健康的な毎日を送っている。
いつものように朝練の騎士や、洗濯籠を抱えたメイドさんの足音で目を覚ます。
白の隅の一角を根城とさせていただいている私は、貰った干し肉をゆっくりと味わってから練習場へと向かう。
根城に帰ると毎回のように食べ物が増えている。
まるでお供え物のようだ。
そんな事を考えながら歩いていると、何もない開放的な広い場所に出る。
そこでは見習いを含めた騎士達が、各々走り込みをしていた。
腰を下ろして見渡してみれば、すぐさま悠馬の黒髪が目に入る。
騎士見習いの悠馬は、周りに比べるとだいぶ小柄だ。
それでも人間の私よりの身長よりは高いと思うのだけれど、現在犬の私にはっきりとは分からない。
悠馬はここにいる理由を探している。
がむしゃらに汗を流す彼を見ていると、以前の私を見ているようでなんだか放っておけない。
だから暇さえあれば彼を観察している。
暫くして背後から大雑把な足音が聞こえた。
構えるように立ち上がると、案の定ゲイルの姿が見える。
身体を動かす事が大好きで、隊長と言う身分にも拘らず私の護衛を買って出てくれた人物だ。
「お前ら!やってるかー!?」
「やってます!」
「お前!眠りながら走るんじゃねえぞ!」
「隊長!自分はいつもこんな顔っす!」
「そうか!!」
「あーお前は…」
「カールです!」
「おー!頑張れカール!」
周囲も慣れたもので、ゲイルの無駄にでかい声掛けを適当に流している。
「なんだ、お前また来てるのか」
面倒なのでこっそり隅に伏せていたけれど、なんの障害物も無い広場ではあっさりと見つかってしまう。
仕方ないのである程度距離を置いて、ゲイルに朝の挨拶をする。
「今日も黒いな、お前は」
お陰さまで!
「もっとこっちにこい」
嫌だよ。ゲイルはいつも乱暴なんだもん。
「可愛げのないお犬様だな。おい、ユーマ!お前の彼氏が来てるぞ!」
ゲイルの馬鹿でかい声に、遠くにいた悠馬が慌てて走り込んでくる。
それにつられて何人かの騎士達が、私を取り囲むように集まってきた。
「なんですか?ゲイル隊長」
「お前の可愛くないお犬様が腹を空かせてるぞ」
全くもって人の心を分かっていないゲイルは、胸を張って何故がどや顔だ。
別にお腹なんて空いていないと首を振れば、悠馬は屈んで私の頭をそっと撫でた。
「こいつ人の多い所が好きなんですよ。結構怖がりみたいで」
さすが悠馬!一人ってなんか寂しいもんね。
「ずるいぞユーマ。俺も触りたい」
何度か見掛けた事のある騎士が近づいて来るのを、音をさせずに華麗に避ける。
縁起がいいとされている黒を持つ私に触ってこようとする人は数知れず。
女性や子供ならともかく、誰彼かまわず触れられたくはない。
「…残念です」
「お前も嫌われてるな!いい加減俺にも触らせろ」
隙があれば触ってこようとするゲイルに警戒していた時、背後からの足音に思わず耳を立てる。
そっと首を動かすと、そこにはやはりルディの姿があった。
「隊長」
「おお、どうしたルディ」
「ハロルドが呼んでる」
「あ?そうだったか」
視線を逸らし腕を組んでいるゲイルを見て、誰もが念話を無視していたと確信した。
ルディからも諦めの表情が伺える。
「それでわざわざ呼びにきたのか?」
「そうだ。次の巡礼の話だ。聖女も待ってる」
聖女と言う言葉に、少しだけ悠馬が反応したのが分かった。
一緒にこの世界へと落ちてきた幼馴染を、悠馬はとても心配している。
「仕方ねえ、行ってくるか。あ、そうだ」
私に背を向けていたゲイルは、ぱっと振り返って私を見た。
「このお犬様、ミサキに似てないか?」
「…ミサキに?」
ルディが名前を口にしただけで、私の心臓は大きく跳ねる。
そしてじっくりと観察するように見てくるルディに、思わず逃げてしまいそうになる。
でもここで目を逸らしたら負けな気がする。
私は頭を低くしたまま、ゆっくりとルディに近づく。
そんな私にルディは困ったような表情を浮かべた。
「…警戒されてるみたいだけど」
「ぶはっ!お前犬のミサキにも嫌われてるのか!」
ち、違うよ!別に嫌ってなんかないよ!
一生懸命弁解しようと吠えるけれど、私の言葉は彼らには伝わらない。
「まあそんなに嫌ってやるなよ」
嫌ってなんかない!
どさくさに紛れて触れてこようとするゲイルに噛みつこうと牙を向けるけれど、運動神経の良さであっさりと逃げられてしまう。
「隊長の方が嫌われてるみたいっすね」
「煩せえ!お前らさっさと練習の戻れ!」
ゲイルの言葉に周囲に居た騎士達が、仕方ないとばかりに走り込みへと戻っていく。
そんな中、悠馬だけはこの場に残り質問の言葉を投げかけた。
「ミサキさんって、俺達が来る前にいた日本人ですか?」
「ん?ああ」
「どんな人だったんですか?」
「うーん、意地張ってばかりで、ルディにはよく喧嘩ふっかけてたよな」
「…そうだな」
どこか悲しそうなルディの表情に、私の胸は苦しくなる。
「ミサキは真っ直ぐでいい奴だった。自分の力の無さを悔やんで隠れて努力するような女だった。あいつは運がいいからな。今頃元の世界で楽しくやってるさ」
いえ、こんなところで犬してます。
なんだか恥ずかしい。
思わず穴を掘っていたら、穴を掘るなとゲイルに注意されてしまう。
「会ってみたかったです」
あ、ここにいます。
立ち上がって悠馬を見上げると、優しく頭を撫でられてしまった。
「本当に懐いてるな」
「コタロウは俺が城に連れ込んだんです。怒られるかと思ったら、凄く歓迎されましたけど」
「まあそうだろうな。黒いお犬様だからな。それにしても…あれはなんだ!!」
遠くにいた騎士までもがゲイルの指差す方向へ視線を向ける。
私も同じように視線を上げた瞬間、身体が宙に浮いた。
脇に手を入れられ正面から私を見たゲイルは、今度はルディと悠馬の前に私を突きだして言った。
「コタロウは雄の名前なんだろう?こいつは雌な」
闘争本能。
全神経を怒りへと変えた私は、ゲイルがぼろぼろになるまで追いかけまわした。




