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私の名前は桜庭美咲。
十八歳の夏に異世界へと迷い込んでしまった。
ちょっとコンビニへ行こうと玄関を出た瞬間、あるはずの地面を踏み込むことが出来ず私は落ちた。
死ぬ。
そう思って目を瞑った瞬間温かい風と光を感じ、次にお尻を強打した。
どうやら穴は浅かったらしい。
恐怖から解放された私は誰が落とし穴を掘ったんだ!と、怒りの表情で目を開いた。
瞬間、私の目に入ったのは金髪碧眼のイケメン外国人だった。
向こうも私同様、この状況にかなり驚いているようだ。
「…アナタガコノアナヲ?」
「…は?」
片言で問いかけてみれば、眉間に皺を寄せる外国人。
あまりにも整った顔に見惚れていたけれど、背後から扉を叩く音で我返った。
そこで初めて、ここが穴の中ではなく部屋の中なのだと気付く。
意味が分からず動けない私を押しのけるようにして、外国人が慌てて扉が開かない様に押さえつける。
「ルディ?入ってもいいかしら?」
「ごめん!ちょっと用事が出来たんだ。悪いけどまた今度」
「…女なの?」
「いや、違うんだ。ちょっと急用で…」
「女なのね!酷いわルディ!」
修羅場の原因を作ってしまった私は暫くの間罪悪感で一杯だったけれど、実はルディが来る者拒まず去る者追わずの女の敵だと分かった瞬間、そんなものは消えてしまった。
これが私とルディ・フィリップスの出会いだった。
この世界では私のような異世界人は過去に例があるらしく、その際の対応がしっかりとしていた。
その為私は衣食住に困らない生活を送らせてもらっていた。
そもそもどうしてこんなにも優遇されるのかと言うと、異世界から来た人間からは恩恵があると言い伝えられているらしい。
魔法なような不思議な力を持っていたり、この世界には無い知識や技術を持っていたり。
かくいう私も不思議な力を持っていた。
それは『浄化』という力だった。
時折現れる負の瘴気を浄化する力なんだけど、小説の主人公になれるような大それた力では無い。
私の力は風邪の蔓延を防ぐ為の、空気清浄器の様な力しかなかった。
それでも瘴気の発生に直ぐに対応できるようにと、私は王宮の一室に住まわせてもらった。
瘴気が薄いうちに浄化を繰り返すことが、私のこの世界での仕事だった。
「ねぇ、ルディ」
「どうした?」
第一印象は最悪だったルディだけど、仲間としては本当に良い奴だ。
少したれ目なルディの表情はいつも優しくて、駄目だと分かっているのに惹かれてしまう。
もちろんそんな事言えるはずも無くて、私はただの『仲間』の一人として彼に接しているつもりだ。
何も言わない私に不思議そうに首を傾げる仕草さえ愛おしいと思うなんて、いつまで仲間でいられるか不安になるけれど。
「ううん。何でもない」
「…そうか」
ルディは決して深く聞いてこようとしない。
素直に寄りかかる事が出来れば、ルディも向かい入れてくれるのを知っていた。
でも怖かった。
それが原因で今まで見てきた女性達のように、側に居られなくなるのが。
これまで散々ルディの女癖を非難してきた私の意地でもあった。
この世界に来て二年が経とうとしていた。
この時になってあんなに女性を侍らせていたルディの周囲が静かになった。
不思議に思っていると、あいつも大人になったんだとゲイル隊長が気持ち悪い顔をしながら教えてくれた。
そんなある日、王都郊外の町が突如現れた瘴気によって覆われ、それが風にのって王都へと運び込まれてきた。
あまりにも濃い瘴気に対して、私の力は本当に気休め程度だった。
仲間たちは身を削りながら瘴気から王都を守ろうとしていたけれど、伝染病のように広がっていく瘴気になす術も無かった。
次々に倒れて行く人達を見て自分に力があればそう思った。
その時、私の身体が仄かにひかり始めた。
全身に纏う暖か感触に、私は既視感を感じる。
光る両手を見詰めながら呆然としていると、ルディが私の方へ走ってくるのが見えた。
「ミサキ!その光は…!」
「…ルディ。私帰らなきゃいけないのかもしれない」
ここに来て直ぐ、帰りたいと泣く私を見てルディは慰めてくれた。
文字の読めない私の代わりに、帰る方法を調べてくれた。
この世界に来た人間が、無事故郷へと戻ったとされる文献もいくつか残っていた。
その全てが来た時と同じように、淡い光に包まれて消えていったとされていた。
帰巣本能。
異世界人の全てにその力がある、そう記されていた。
その時が今来たんだ。
なんでこんな時に…!!
自分は無力だと分かっていながら、今故郷に戻りたいとは思わなかった。
瘴気を祓う為の移動には、いつも同じ仲間がついて来てくれた。
役立たずの私を国を守る『仲間』だと言ってくれたのが、本当に嬉しかった。
瘴気を浄化しきれず落ち込んでいた時も、誰も責めたりすることは無かった。
彼らの期待に少しでも応えたくて、神殿に通ったりした。
この世界で生きる覚悟をつけられたのは、彼らのお陰だった。
「ミサキ!!」
「ルディ!」
今更帰りたくなんてなかった。
けれど徐々に薄くなっていく身体を見て、私は覚悟を決めなければいけなかった。
「ごめんなさい!今まで役立たずだったのに、一人だけ逃げる事になるなんて」
「そんな事は無い!俺は…」
「今までありがとう。皆のおかげで私は生きてこれた。皆のおかげで笑顔を忘れずにいられた。…ルディのおかげで毎日が楽しかった」
「っ!ミサキ」
「嫌な事ばっかり言ってごめんね。第一印象は最悪だったけど、今思えば一目ぼれだった!ルディが誰にでも優しいのは優柔不断だって怒ったけど、私も貴方の優しさに救われてた。本当にありがとう!本当は好きだった!大好きだった!」
最後まで言えていたか分からない。
視界が真っ白になる直前ルディが私の名前を呼ぶ声がして、ただただ心が苦しかった。
私がこの世界から排除されてしまうならせめてあの人達を守って欲しい、そう願った。
そして次に目を開けた時、私は見覚えのある村に居た。
暫く呆然と座り込んでいた私は、子供達の走り去る足音と声にようやく我に返った。
日本じゃない!
ここは一度ルディ達と来た事がある村だ!
早く戻ろう。
そう思って立ち上がろうとしたけれど、身体が思う様に動かず私の手は再び湿った地面へついた。
瞬間、目を疑った。
確かに冷たい土に感触のある私の手には、動物の肉球がついていた。




