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平和だ。
私は陽の光を浴びながら、無意識に人々の笑い声を聞いていた。
暫くして気持ちのいい微睡の中目を開いた私は、丸まった背中を思い切り伸ばす。
そして忙しそうに進む人達にぶつからない様に慎重に歩き始めた。
建物の中へと入り薄暗い回廊を進むにつれて、人の気配が少なくなっていく。
時折すれ違う人達の大体は顔見知りで、私を見ては笑顔で挨拶をしてくれる。
それに応えながら進んで行くと、先程の春のような暖かさとは打って変わった場所に出る。
ひんやりとした空気の漂う石畳に腰を下ろした私は、今日も来るであろうある人物を待つ。
することも無いので目を瞑って静かに時を過ごしていると、遠くからあの人の足音がした。
「よう、コタロウ!今日も元気が良さそうだな」
軽く視線を上げると、軽装の黒髪の少年の姿が映る。
彼の名前は佐藤悠馬。
何を見て私の機嫌を判断しているのか分からないけれど、彼はいつものように流れる汗を拭いながらこちらへ歩いてくる。
「今日の訓練もなかなかハードだったんだ。あの無駄に広い庭を五十周だぜ?」
ぶつぶつと文句を言いながら、年寄りくさい掛け声をつけて私の隣に座り込んだ。
「ゲイル隊長って筋肉馬鹿なんだよ。あ、貶めてるわけじゃないからな」
いや、あれは筋肉馬鹿だよ。酒と身体を鍛える事しか興味ないもん。
「あとサミエル副隊長。今日すっごい機嫌悪くてさ。めっちゃ空気悪くてさ。一体どうしたんだろ」
レオナと喧嘩でもしたんじゃない?あの鉄仮面を崩す事が出来るのは彼女くらいだよ。
「あ、昨日の干し肉美味かったろ?食堂のおっちゃんがくれたんだぜ」
うん、美味しかった!
「そういえば昨日すっごい美人が訪ねてきてさ。俺に天使の微笑みをくれたんだ」
ふーん。
「…俺何してんだろ」
私も何してんだろ。
悠馬の溜息に合わせて、私も声を出さずに首を下げる。
それからいつものように身体を冷やすそうと寝転がる悠馬を、慰めてあげるつもりで上半身を腹の上に預ける。
「…めっちゃ暑いんだけど」
そう言いながらも払いのけようとしないは、私の事を好いているからだろう。
そんな自意識過剰な事を思いながらも穏やか時間を過ごしていると、二人分の足音が近づいてきた。
私が顔を上げると転がったままの悠馬も身体を起こした。
「やっぱりここだったのね」
現れたのは小柄な黒髪の女の子と、癖毛の金髪騎士。
女の子は服が汚れる事を気にしたのか一瞬悩んだ様子を見せた後、座り込む悠馬の側に座り込んだ。
ちらりと金髪騎士を見るが、動こうとする様子は無い。
以前同じような事があって自分の服を敷物代わりに差し出した際、彼女が泣きださんばかりに拒否した事があるからだ。
それを見て狼狽えている彼は、なんだか可愛くて愉快だった。
「ひなた。どうしたんだ?」
「どうしたって…。用事がないと会いに来ちゃ駄目なの?」
「いや、そういう訳じゃないけど。忙しいんだろ?お前」
「それより悠馬はちゃんとご飯食べてるの?身体壊したりしてない?」
「大丈夫だよ。ひなたこそ風邪引いたりしてないか?」
「私は、大丈夫だよ」
悠馬の幼馴染である葛城ひなたちゃんは、誰もが守ってあげたくなるような可愛い女の子だ。
今日のように時折悠馬を訪ねてきては、他愛のない話をして帰っていく。
「ヒナタ」
騎士の声に心臓が跳ねる。
驚いて見上げると、彼はひなたちゃんを見て申し訳なさそうに口を開いた。
「ハロルドが呼んでる」
「…うん。ごめんね、悠馬行かなくちゃ」
「ああ。あんまり無理するなよ」
「うん、悠馬もね」
ハロルドから念話が入ったんだろう。
名残惜しそうに立ち上がったひなたちゃんは、ふと私を見て微笑んだ。
「悠馬って本当に動物に好かれるよね」
「まあな」
いや、別にそんなんじゃないよ?
「ごめんね、ルディ。行こう」
私の訴えが伝わるはずもなく、二人はこの場から去っていった。
『ヒナタ』
彼の言葉が胸に刺さった。
この間まで『聖女』と呼んでいた彼が、いつのまにか名前を呼ぶようになっていた。
あの時、諦めたはずなのに。
このなんとも落ち着かない気持ちを発散したくて、私は悠馬のお腹に飛び乗った。




