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失敗した。

欲望のまま動くと碌なことがないと学んだまずなのに、また失敗した。

芳しい香りに誘われて歩いていると、そこで待っていたのはグラマーな美女。

リオと呼ばれていた彼女は、今日も真っ赤な紅をさして妖艶に笑いかけている。

片手にある骨付き肉が、なんともアンバランスだけど。


「こんにちは。聖女の御使い」

こんにちは!コタロウです!


やけくそで返事をすると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

何が嬉しいのかと不審顔で見ていると、彼女の背後で小さな影が動いた。

不機嫌そうにこちらを睨み付けて来るのは、確かリオという少年だ。

真っ直ぐな銀髪と勝気な目元は、姉弟よく似ている。


「言いたいことがあるなら言ったら?」

「別に…」


腕を組んでそっぽ向く姿は子供っぽく見える。

一体私にどんな恨みがあるのか、視線を外しながらもこちらをちらちらと見てくる。

言いたいことがあるなら言えばいいのに。

男らしくない。


「聖女の御使い。貴方をここにお呼びしたのはお話を聞いて欲しいからなのです」

はなし?

「犬相手に何話す気だよ」

「黙りなさい、リト。御使いはとても賢い方よ。私達の話も聞いて下さるはず」


なにを根拠に言っているのか、彼女は私が人の言葉を理解していることを確信しているようだ。

無意識に警戒態勢に入る私に、リオは安心させるかのように柔らかい笑みを浮かべた。


「こんな形でお呼び立てして申し訳ありません。私は、いえ私達にはお二人のお力が必要なのです」


そう言うと彼女は、ゆっくりとこの国に来た理由を話し始めた。





久しぶりの二つの月が浮かぶ夜。

いつ見ても幻想的なこの景色は、私の心を落ち着かなくさせる。

お気に入りのシーツに皺を作りながら考えるのは、昼間あったリオの話だ。

いつも妖艶な笑みを浮かべている彼女が、あんなにも顔を歪めて話す様子が未だ頭に焼き付いて離れない。

今日は眠れないかもしれない。

寝る事を諦め目的の無い散歩にでようかと小屋を出た瞬間、聞き覚えのある足音がして私は素早く顔を上げた。

月明かりに照らされゆっくりと姿を現したのは、質素な服装ながらもどこか気品を感じさせているルディだ。


「…起こしたか?」

ううん。眠れなくて、起きてた


首を振る私を見て微笑んだルディは、私の側に来ると硬い床にそっと腰を下ろした。

どうやらここで寛ぐつもりらしいルディに、無意識に伸ばしていた身体に力を抜く。


「眠れなくてさ」

そっか


同じよう様にルディもん眠れない夜を過ごしているんだと思うだけで、馬鹿な私は嬉しくなってしまう。

どうせ気付かれないだろうと思い切り顔を緩めていると、頭にルディの大きな手で乗せられた。


「ありがとう」

うん?何が?

「二月夜は寝つきが悪くなるんだ。…色々考えてしまって」

私も!不思議な夜だよね

「ミサキが居なくなってから二月夜を見ることがなくて、正直ほっとしてた」

どうして?

「ミサキの国には月は一つなんだろ?」

うん

「同じ月を見上げられないっていう事実を、突き付けられたような気がしてさ」


そこまで言われて私は顔を上げられなくなった。

まるで私が居なくなって寂しかったと言っているように聞こえる。

私が居なくなって悲しかった?

割り切れないくらい、私の事を考えてくれていた?

もしかして、私達…。


「ミサキ?」


ルディが驚いたように呼ばれて我に返る。

どうやら一生懸命石の廊下に穴を掘ろうとしていたらしい。

地味に爪が痛むことよりも恥ずかしさが強くて、慌てて小屋に戻ってシーツに包まる。

そんな私を何も言わずに見ていたルディは、暫くして肩を震わせ始めた。


「あははは!犬になったミサキは素直なんだな」

ちょっと!笑わないでよ!

「ふっ。ごめん、苦しい」

酷い!何が面白いの!


お腹を抱えて笑い出したルディに私の抗議は届かない。

でも目に涙まで溜めているルディを見ていると、恥ずかしさや怒りが収まって行くのを感じる。

怒る事を諦めた私が小屋から出た時、再び足音が聞こえてきた。

私から少し遅れて気付いたルディも、人の気配に笑いを止めた。


「あ…。ルディさん」


現れたのは悠馬だった。

ルディが居ることに凄く動揺しているのが分かる。


どうしたの?悠馬

「あ、コタロウ。その、なんだか眠れなくてさ。散歩に…」


足元に近づいた私に、悠馬は気まずそうに視線を逸らす。

その原因はルディだろう。

陽向ちゃんと会う際良くルディと顔を合わせているようだけど、どうもこの二人には距離感があるようだ。


「すみません、何か邪魔しちゃったみたいで」

「いや…」


なんとも言えない重い空気に、私も居心地が悪くて仕方がない。

来たばかりにも関わらず悠馬がこの場から立ち去ろうとして足を引く。


「じゃあ、失礼します。、コ、美咲さん、またな、です!」


ルディの手前なんて声を掛けていいかわからないんだろう。

片言な言葉でこの場を後にしようとする悠馬に声を掛けようとした瞬間、貧血を起こしたかのように目の前が揺らいだ。

倒れてしまいそうな突然の感覚に、目の前に会った悠馬の足を掴んだ。


「なっ!?」

「ミサキ!?」


二人の響く声に顔を顰め、なんとか眩暈をやり過ごす。

そして少しの違和感を感じた瞬間、私の身体は宙を浮いた。


「ちょっ、まだ気持ち悪いから…!あれ?」

「ユーマ。俺の部屋…いや、ハロルドの研究室に行く。先に伝えておいてくれ」

「わ、分かりました!」


慌て走り去っていく悠馬を見送ってから、ゆっくりと腕を上げてみる。


「また人間に戻ってる、よね?」

「ああ。全くタイミングを弁えてくれ」

「いやいや!不可抗力だし!」


責めるような言葉に声を上げると、思い切り溜息をつかれてしまった。


「とりあえず、これを着ておいて」


そう言って降ろされた私が身に着けているのは、お気に入りのシーツ一枚だった。


「ちょっと待って!!」


目の前で上着を脱ぎ始めたルディを止めて、私は小屋を指差した。


「服!着替えを入れてるの!念のため」

「そうか。じゃあ…」

「大丈夫!私が取るから!ルディは後ろを向いてて」


そう言って小屋に駆け寄った私は、奥にしまっておいた袋を取り出す。

いつ人間に戻っても良いように、レオナが用意してくれていた服や下着が入っている。


「人が来ないか見てくる」


気を遣って離れて行くルディに感謝しつつ、用意された服に手を通す。

それにしても人間に戻るたびにこんな思いをしていたら、私の心臓が持たない。

布に包まれる感覚にようやく一息ついた私は、もはやお守り代わりになっているシーツを綺麗に畳んでルディの元に走った。


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