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「楽しいことないかな」
ないよねー
朝練が終わりぐったりしている悠馬を尻目に、私はおやつの干し肉を堪能している。
以前は硬くて味気なく感じていた干し肉が、ずっと噛んでいたいくらい美味しく感じるのは犬になっているからかな。
陽向ちゃんが単独で街に降りてしまった翌日から、悠馬が陽向ちゃんのところに行くようになった。
相変わらず厳戒態勢が続いているけど、陽向ちゃんの心の負担を配慮してのことだ。
そして心なしか最近の悠馬の空気も軽い。
幼馴染ってなんだか羨ましい。
「力が欲しい」
二人の甘酸っぱい関係を羨んでいると、ぐったりしていた筈の悠馬がさっと身体を起こした。
「大切なものを守れる力」
それは陽向ちゃんのことを言ってるんだろうか。
おもむろに立ち上がった悠馬の顔は、真剣そのものだった。
一体どうしたんだろうかと見詰めていると両手首を合わせて手を開き、正面に向かってポーズをとった。
「かああああああ!!」
いやいや出ないから!
どこか見たことのある体勢で、何かを放とうとした悠馬に立ち上がって突っ込みを入れる。
ていうか、こんなところで出されても困る。
「…やっぱり駄目か」
無理でしょ
体内の気を全て使い切ったのか、そのまま転がるように倒れ込んでしまった。
いろんな意味で哀れなその様子を静かに見ていると、屍の様だった悠馬が静かに口を開いた。
「俺の力ってなんだろ。コタロウ、いや美咲さんは陽向と同じ力があるんだったよな」
うーん、何度も言いますが陽向ちゃんほどの力は無かったよ?
「今は?」
今もあんまり変わらないんじゃないかな
二日に一度通っている温泉の瘴気は浄化出来ているのだから力は失っていない。
ただあのくらいの薄い瘴気であれば、集中しなくても自然に浄化してくれる。
悠馬の何か期待している視線を感じて、仕方なく目を閉じ神経を集中させてみる。
すると今までにない、不思議な感覚が私の身体に駆け巡った。
あれ?
「うわ…。すげえ」
驚いて目を開けると、立ち上がって思い切り深呼吸している悠馬と目が合う。
「なんか凄く身体が軽いんだけど!なんか心地良いていうか、空気が美味しいていうか」
…これは今までの浄化とは何か違う。生暖かい空気が洗礼されていくような感覚。これって
「マイナスイオン!」
マイナスイオンだ!
犬になって悠馬一緒に居ることによって、私はただの空気清浄器からマイナスイオン付き空気清浄器に進化したらしい。
「あ」
うん?
「ハロルドさんから念話。一緒に来て欲しいって」
丁度いいから、ハロルドの確認してもらおう。
この場から離れることを名残惜しそうにする悠馬と一緒に、研究室へ行くことにした。
「以前はそんな力なかったね。一緒に居る時間が増えれば、また別の力が生まれるかもしれない」
マイナスイオン効果に癒されているハロルドは、機嫌良く椅子に腰掛けている。
ずっと部屋に居て欲しいというハロルドの言葉を無視する私に対して、興味津々といった様子の悠馬は今後現れるかもしてない力を期待しているようだ。
「ミサキは何か飲む?」
レオナが二人に紅茶を淹れながら話しかけてくるので、首を横に振る事で意思を伝える。
紅茶は大好きだけど、犬になった私にとってはただの苦い飲み物になっていた。
「言葉が伝わらないって不便ですね」
「あ!そうだ、この間ハロルドさんに言われていたものなんだけど」
そう言ってハロルドに渡したのは、研究所に来る途中悠馬の部屋から持ってきた筒だ。
受け取ったハロルドは中から取り出した大きな紙を見て、ふむふむと意味ありげに頷いている。
なんなの?一体
「ミサキ。これがなんだか分かるか?」
ハロルドが裏返して見せた紙には、見慣れたあの文字が書かれていた。
ひらがな!あいうえお表!
「これで多少の会話が出来るといいんだけど」
そう言って床に広げたあいうえお表を、私は覗き込むようにして見る。
ちょっと癖のある字だけど、丁寧書こうとしている努力が見られた。
「じゃあ早速会話をしてみようか。ユーマとヒナタの関係性についてどう思う?」
「ぶっ!何ですかその質問は!コタロウも答えなくていいから!」
早速紙の上に乗って文章を作っていこうとしたのに、顔を赤くした悠馬に抱えられてしまった。
不満げに見上げると、悠馬は慌てて私を床に降ろす。
それから色々と試してみた結果、疲れるけど意思を言葉として伝える事は出来た。
日本語の読めるユーマといつもまにか勉強していたハロルド以外、会話が成立しないのは難点だ。
私も勉強します!と意気込んでいるレオナを見て、頼りっぱなしな私は頭が下がる思いだった。
研究所を後にした私は悠馬と別れてから、ふらふらと城内を散歩する。
犬が歩けば、食べものに当たる。
顔見知りな人達が、どこからともなく出してくる食べ物を私は拒否できない。
気のせいか最近太った気がする。
運動不足解消の為に歩こうもこうやって餌付けされてしまうので、人の少ない庭園へ足を延ばす事にした。
あの日以来私も外出禁止令を受けている為、こっそりと温泉に行く以外は外には出ていない。
植え替えの為か土臭い庭園を歩いていると、ルディが女性と二人で居るのを見つけ咄嗟に隠れてしまった。
恰好からして侍女であろうその女性は、明らかに緊張した様子でルディと向かい合っていた。
遠く離れているにも関わらず、耳の良い私には二人の会話が聞こえてしまう。
「ルディさん。迷惑だと分かっているんですが…貴方のことをお慕いしています」
何度も見た光景に、私の胸は痛くなる。
この場を去るべきなのも分かっているはずなのに、私の足は鉛のように重く動かない。
「ごめん。君の気持ちには答えられない」
いつからだろう。
彼がこんな風に断るようになったのは。
その度にほっとしてしまう私。
異性と話すのは楽しい、そう言い切ったルディに嫌悪感を感じた。
綺麗な女性に詰られても、仕方ないと肩を竦めていた。
女の敵だと思った。
出来るだけ避けていたはずなのに、ルディの優しさに取り込まれた私は本当に馬鹿だと思う。
他の女性に見せる穏やかな微笑みとは違って、子供っぽい無邪気な笑顔を見せるルディに優越感を感じてしまった私は本当に馬鹿だ。
最初はあんなに嫌っていたのに変わってしまったのは私なのか、それともルディなのか。
「ミサキ」
考え込んでしまっていたのか、ルディが近くに来ている事に気が付かなかった。
心臓の音が聞こえるんじゃないかと焦った私は、誤魔化すように近くの葉を揺らすように歩く。
そんな挙動不審な私に首を傾げるルディは、私が告白の現場を盗み見ていたに気付いていないんだろう。
「触っても良いか?」
屈んで距離を詰めてきたことに思わず下がってしまったけど、ルディの寂しそうな顔を見てそっと伏せの体勢になる。
少し恥ずかしいけどルディの側に居るのは心地良い。
空気の様な心地よさの悠馬の時とは違って、嬉しくて切なくて何とも言えない心地良さ。
目を瞑っていると、ルディがその場に座り込むのが分かる。
少しの時間ここに居てくれるんだということが、堪らなく嬉しかった。




