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薬品のきつい匂いが鼻について、つい顔を顰めてしまう。
そんな中大人しく座っていると、ようやく動いても良いとのお許しがでた。
身体中に付けられた吸盤やコードを取ってもらうと、疲れ切った筋肉を思い切り伸ばしていく。
「お疲れ様です、ミサキ」
レオナによってカーテンが開け放たれると、外の眩しさに一瞬目を瞑ってしまう。
窓の開ける音と共に、外の気持ちのいい空気が部屋の中に入ってくるのを感じた。
目が慣れた頃、試験管の様なものを揺らすハロルドへと目をやる。
ぶつぶつと独り言をつぶやくハロルドの隣りに、眼鏡を押し上げながらレオナが立つ。
試験管に入った青い液体を揺らしながら難しい話を始める二人に、特にする事のなくなった私は大きく欠伸をする。
暫く無視された時間が続いていた頃、無駄に良い耳があの人の足音を感知した。
「失礼します、悠馬です」
「ああ、入ってくれ」
目の前のことに集中し淡々を返事だけするハロルドに、恐る恐るといった様子で悠馬が顔を出した。
私と目が合った悠馬は、あからさまにほっとしたような表情を浮かべる。
「あの、何かご用ですか?」
「ああ。少し待っててくれ」
懸命に何かを書き取るハロルドとレオナに、邪魔をしては不味いと思ったのか足音を消すようにして入室してきた。
そのまま手持無沙汰で立つ悠馬を、私は座り込んだままの状態で見上げる。
疲れたよ、悠馬
「うん?ああ、お疲れみたいだな」
屈んで視線を合わせてきた悠馬に、肯定の意志を伝える為に頷く。
「そうだ。そういえば…」
「あら、ユーマ様いらっしゃいませ!」
悠馬の存在に今気が付いたらしいレオナは、慌てて近くの椅子を勧めていた。
軽い押し問答の末断りきれなかった悠馬が椅子に座ると、ようやくハロルドがこちらに視線を向けた。
「悪かったね、いきなり呼び出して」
「いえ、どうしたんですか?」
「うん。今ミサキの研究をしてたんだけど、どうも気になる事があるんだ。だから君を呼び出した」
「気になる事?」
私の疑問をそのまま返してくれる悠馬に感謝しながら、私もハロルドに向かい合いように悠馬の隣に座る。
移動した私に一瞬視線を向けたハロルドは、机の上に散らばった紙を集めるとゆっくりと話し始めた。
「二人が持つ魔力はこの世界の魔力とは『質』が違う事は理解してるよね」
「はい」
この世界には魔力というものがある。
魔力は持っている人間の方が少ない。
そして異世界から来た私達には、この世界の人間とは少し違った魔力があるらしい。
その魔力とはいわゆる『不思議な力』を示すものみたいで、私には微力ながらも浄化の力としてそれが現れていた。
「今回犬になってしまったミサキの魔力を調べたんだけど、少しばかり興味深い結果が出た」
「…どんな結果です?」
勿体ぶるようなハロルドの口調に。一体どんな結果が出たのか恐怖する私。
悠馬も何を言われるんだと、神妙な表情でハロルドを見ている。
「二人の魔力がほぼ一致してる」
ハロルドの言葉に最初に反応したのは悠馬だ。
悠馬が何か言おうと口を開く前に、ハロルドから紙の束を受け取ったレオナが一歩前へ出てきた。
「ミサキとユーマ様の表面的な力の現れ方は異なります。ミサキは瘴気を浄化する力を持っています」
「でも、俺に力なんてありません!俺、何にも…」
「はい。ユーマ様は魔力をお持ちにも拘らず、何かに特化したお力はお持ちではありません」
「じゃあ一体」
「因みに一致している魔力は人間のミサキ様ではなく犬のミサキ様です」
え、魔力が変わってこと?
思わず見上げた私の視線に気付いたハロルドが、楽しそうに目元を緩めた。
「もともとミサキの魔力には不安定さがあった。それが今は安定している」
「どういうことですか?」
「つまりミサキとユーマの魔力が共鳴してるってことだ。それによって別の力が産まれるかも知れない」
「力…」
「それがどんなものかはまだ分かりません。ミサキやヒナタ様の場合、ごく自然にその場の空気を浄化する力を発動させていました。今回ユーマ様の力はミサキ様が近くにいる場合に限定されている可能性が高いので、これから色々調べて行くことになると思います」
レオナの淡々とした説明に、悠馬は呆然としながら自分の手を見詰めている。
「行動を共にする事でミサキが人間に戻る術も見つかるかもしれない。これが人間の男女なら問題ありだけど、人間と犬ならまあ間違いはないだろうし」
「ある訳ないです!」
ハロルドに噛みつこうとした瞬間、顔を真っ赤にした悠馬が抗議を始めた。
あまりにも必死なその様子に、私は出した牙をそっと元に戻した。
「とにかく今後の課題はミサキが人間に戻る方法を見つける事と、ついでにユーマと犬ミサキの力を把握することかな」
「ついでっすか…。…分かりました」
「早速だけど、もう一度魔力を調べさせてもらうよ」
またあのコードを付けなければいけないのかと、げんなりしながらハロルドを見るも笑顔でスルーされてしまった。
もしかして悠馬と過ごす心地よさは魔力のせい?
私が人間に戻れたのは、悠馬と一緒に居たから?
色んな疑問が頭を過るけど、私にそれを伝える術は無い。
とにかく暫くは様子を見て、あとはハロルドの任せるしかないんだろう。
暫く動けないなと諦めたように身体を解し始めた悠馬を見て、私も物で埋まった部屋を散歩することにした。




