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勝利

ちょっとまきまきでいきました

 初見殺しを突破できたのは運が良かった。

 たぶんそれだけの理由だと思う、しかし同時に深い安心感にも包まれる。

 あのスキルに注意して、豚の意識の外からの奇襲を仕掛けるか…あのスキルを使われても、構わない状況に持ち込めば良いのだ。

 しかしなんだあのスキルは、まるで日本で楽しんでいたSLGゲームみたいじゃないか…。


 

「――プヒヒヒヒッ!」


 身体全体をリラックスさせ、それでいて相手の行動に即座に反応できるほどの緊張感を保つ。

 即死クラスの罠をくぐりぬけたせいだろうか、喉が非常に渇いてしょうがない。


「――プヒッー」


 豚は醜悪な顔を更に醜く歪めて喜悦の笑みを浮かべている。

 きっと俺が慌てふためき緊張しているのを楽しんでたりするんだ。

 なんてヤツだ、俺だってそんなことはしたことないってのに。



「アイリ!シフォン!そっちはどうだ!」


「はい!別に問題ありません、コウタ様を意識しながらでも平気です」

「っていうか殺して良い?ボクがそいつ殺して良い?」



 二人の返事が重なるように返ってくると、視線をそちらに向ける。

 どうやら二人とも一匹ずつしとめてはいるようで、足元には豚の亡骸が転がっている。

 その上で二対一の構図がそれぞれ出来上がっているようだ。


「あぁん、ダメですよ…コウタ様の所にいっちゃ、私を見ててくださいね?」


 突然聞こえてきた艶交じりの声にドキッとして再び視線がアイリに向かう。

 見れば精鋭オークの一匹が彼女に敵わないと悟ったのだろう。

 敵の戦力を減らすべく、この場でもっとも非力な存在―――つまりこの場合俺の事だ。

 の所へと駆け寄ろうとしていたが見事に失敗、アイリのナイフに掠められて悲鳴をあげていた。



「ア、アイリ…あんまりそういう声を出すのはちょっと…」

「ドキッとしちゃいました?」

「……少し」


「ズルい!ボクもやる…んふんっ、ダメだよ豚さん?」

「…シフォンのはちょっとなぁ、それに素手だから普通に狙われてるじゃん」

「ひ、ひどい!うわぁぁん!」


 途中で視線を外し目の前のオークとのにらみ合いを続けていたが、聞こえてきた声に肩を竦めて苦笑してしまう。

 アイリの方も嗜めるような、慰めるような声があげられたりするんだけれども、その直後に何か硬いものへの打撃音が聞こえてくるのがどういうことだろう。


「ふー……」


 深く静かに長く息を吐き出すと、少しずつ冷静さが取り戻されてきたのがはっきりと感じられた。

 剣を持つ手に力をこめなおし相手に切っ先を向けると軽く腰を沈み込ませ構えを取る。


「――プギッ」


 ちょっと恐慌状態になりかけていた俺が回復したのが面白くないのか

 精鋭オークは先ほどとは一転、不機嫌そうな声で手に持った獲物を俺に向けてくる。


「――突進」


 そして二度目の突進。

 一度目と比べて俺たちの距離が近いそれは、しかし来ると心構えをしていれば避けられない速度ではない。

 なので今度は余裕を持って、身体を横にずらす事で回避を行う。

 唯一気がかりといえば、お互いの身体が交差するときに精鋭オークの追撃が無いかなのだが。


 しかし俺はその心配はあまりしていない。

 スキルで行われた行動の最中に他のことが出来る、なんて技術を今日までの冒険の中で聞いたことなどないからだ。

 当然、精鋭オークは突進スキルのルールに従って身体を動かし、そして再び停止した。


「もう一度!」


 ここから先は一度目の焼き直しだ。

 俺はスキル硬直の為、動けないオークの元へと駆け寄り腕に力をこめる。

 身体の全身を使い、まるでバネに弾かれたかのように左から右への隙も威力も大きな大振りの一撃で切りかかる!


「――ぷひっ!」


 俺の攻撃を見たオークの顔がこれ以上ないほど愉快そうに歪む。

 いや、俺は人外の表情を読み取るなんてことは不可能なので、推測でしかないのだが

 先ほどまでと同じ光景が愚直にも繰り返されようとしているのだ、当然こいつにとっては楽しくてしょうがないだろう。

 その証拠に精鋭オークは――――。


「――チェンジリング」


 無慈悲に、そのスキルの名前を宣言すると法則にのっとり俺の目の前からオークの姿が消失。

 お互いの位置が再び入れ替わったのを確信した俺は、ここが正念場とばかりに声を張り上げる。


「どぉぉっりゃぁぁぁ!!」


 左から右へ、横薙ぎの斬撃は止めない!

 途中、身体が揺れそうになるのを地面を強く踏みしめ身体を支えると、そのまま全力で振りぬく!


 俺の視界が急速に流れていく、アイリが移ったかと思えば敵を殴り飛ばすシフォンが移り、そして豚の驚愕の顔が見え、手に硬い何かを斬る感触が伝わってくる。

 重たい剣に振り回された肉体はぐるりと円を描いて、背後を取ってご満悦だった豚の肉を盛大に切り裂いた。

 ただの力任せではなく、身体全身を用いて更に回転の力を加えた一撃だ。

 聖銀で作られた装備ならいざ知らず、一般的な皮鎧ではひとたまりもなかったのだろう。


「――ギィィァァァャァ!」


 耳にこびりつきそうな断末魔の叫びが響き渡ると同時に、俺の両腕に暖かくもおぞましい臭いの体液が降り注いでくる。

 視界の端に赤いものが飛び散っていることから見て間違いない、致命傷だろう。


 流れる視界はオークという障害にぶつかった事で、ゆっくりと勢いをなくし元の景色に戻った辺りで停止。

 そして多少身体がふらつく事などお構いなしに、慌てて後ろを振り返るとオークが倒れ伏せているのを確認した。


 斬られてからうつ伏せに崩れ落ちたせいで、倒れたところからゆっくりと地面に広がっていく血液。

 むせ返るような臭いと、その出血の量で明らかに絶命しているのがわかった。

 万が一その生命力に助けられたとしても、これでは死が先延ばしになる程度だろう。


 剣を持ったまま傍により、先端で突いて動かないことを確認。

 仰向けにさせると切り裂いた部分から内臓がこぼれてきたりしそうなので、それをせずに首を切り落とす。

 あとは帰る時に討伐部位の鼻を持って帰り、なおかつ彼の装備している聖銀を奪っていけば良いだろう。




「二人とも、すまない…こっちはおわ……あー」


 一先ずの勝利に安心しながら二人の方を振り返ると、当然と言うべきか立っている存在は殆どいなかった。

 涼しい顔をして無傷の二人と悪食の王だけ。

 それ以外は全てが骸となり横たわっている所を見て何とも言えない気持ちになる。

 …あれをしている間に残りの分を倒しちゃったんだよねぇー……。



 一匹相手に苦戦してあれだけの大立ち回りを披露していた俺の立場というものを考えながら、とりあえず二人に合流することに。

 キングの前に並んで立つ二人の後ろに隠れる形で位置取りをしておく。



「――ツカエない、連中ダ」


「まぁそう言わないであげてよ!彼らだって結構頑張ったんだよ?」

「連携の上手さでは中々、感心するものがありましたね」


 手下をやられてずいぶんと頭が冷えたのだろう。

 嘲りをたっぷりと含んだキングの言葉に、二人は敵だった相手の肩を持つ。

 連携の上手さで…とか訳知り顔だけど、アイリとシフォンが一緒に戦うと、絶対にチームプレーなんかないと思うんだが言わないでおこう。

 スタンドプレーから来る…なんて考えてもいないぜ!



「――オノレ、オノレ…目の前にニクがあるのにィィィ…オノレ…!!」


 豚の顔を悪鬼の如く歪ませて怒り狂う王の姿に、背筋に寒いものが走る。

 何処まで行っても自分の欲望に忠実な姿は、魔物と呼ぶと相応しい。

 

 彼はのっそりとした動きで構えを取ると、血走った瞳で二人を見つめてきた。

 当然だがオレのことなんて眼中にはないようで意識すらされていない。


「……んふっ」


 甘い魅力に溢れ、誘惑的でありながら何処か不機嫌を感じさせる笑いが小さく起こった。

 発生源は目の前の相手…アイリだ。


「気に入りませんね、我らの主であるコウタ様を無視してさっきから私達の事ばっかり見てて…」

「あははっ!ボクらはコウ様のものだからね~」


 おいやめろ何言い出してるんだ、そんな事言ったらアイツが――。


「――ホウ」


 ギロリッと狂気すら孕んだ血走った瞳とオレの目線が交差する。

 あぁほら言わんこっちゃない、眼をつけられちゃったじゃないか。

 肩を竦めてアイリの背中へと隠れるように後ろへ下がると、男としてどうなのよって言う俺の態度とは裏腹に

 彼女はむしろ誇らしげに前に出る。


「――マズそうだ、イラン」

「そんな事ないよ!何言ってるのさ…コウ様凄くおいしいんだよ、もう今朝だって蕩けるかと思ったんだから、いろんな意味で!」

「そうですよ? とは言っても…豚のアナタにそんな事を言っても、わからないのでしょうが…」


 そこからアイリとシフォンによる言葉の洪水が豚に浴びせられ始める。

 曰くオレがどれだけ素晴らしい存在なのか、曰く自分達は髪の毛の先までオレのものであるとか。

 ああうんうん、あんまり長く話していると彼もイライラしてくるんじゃないかな。

 その証拠に、手に持った武器がぶるぶると震えているぞ。


 しかし二人はそんな事はお構いなしと言わんばかりにあれやこれや。

 たま~にオレのほうまで話題が振られているので、うんそうだね、と適当に相槌を打っておく。

 ソレよりも早く倒したほうが良いんじゃないかな……。


「よろしいですか、コウタ様」

「あぁ、良いぞ」


 今度も話が振られたので、彼の眼に怯えながら頷いたらその瞬間、彼に向けてナイフが投擲された。

 しかしそれは、当てる為の力のはいった投擲ではない。

 どちらかというと投げ渡すためのものだ、見ればナイフの先端には血が数滴ついていた。

 一体誰のだろう…と思っていると、そのナイフを受け取ったオークキングの瞳の色が変わった。


 今までの攻撃的な感じはそのままに、隠しきれない喜びを纏わせながら両手に持ったナイフに顔を近づけ、先端をなめあげたのだ


「おおー、本当にしてます…そんなに魅力的なんでしょうか?」

「おいシフォンありゃなんだ」

「アイリさんの血ですよ?」


 今なんつったオイ。

 ……深呼吸を繰り返して頭を振り、もう一度シフォンの方を見つめる。

 燃え上がる色の髪の彼女は軽く首をかしげて、どうしたんだろうとオレのほうを見つめ返している。


「コウ様の所有物である私の凄さはつまりコウ様の凄さと同じ、それだけ食べたいと思っているのなら味見だけさせてあげますから、コウ様に感謝なさいって言ってたじゃないですか」

「…え、どうすんの、だってアイツって食べてパワーアップするんだから、血とか舐めたら強くなっちゃわない?」


 アイリがオークキングとの距離をつめる為に優雅に歩いていく背中を見送りながら考えてしまう。

 それは今回の魔物の特性を聞いた時からずっと頭の中でチラついていたことだ。

 アイリやシフォンは強い、強いからこそその一部でも食べられてしまったら一体どうなってしまうのか。

 ただでさえ明らかに普通の魔物の常識を飛び越えた彼が手につけられなくなってしまうのではないか。


 ずっとソレを心配していた事など露知らず。

 オークキングは付着していた血液を完全に舐め取ると、唾液でべとつくナイフをほうり捨てる。



「――オォ、オォォオォォッ……滾る、たぎる…こんなにも新しい力が……!」







 その銀色の装備を身に纏った巨体をぶるぶると震わせていた彼は、自分の身体から沸きあがってくる力に感動しているらしい。

 一体どれほどのスキルやら何やらが手に入ったのだろう、ちょっと気になる所ではある。


 しかし、今はそれどころではない……先ほどまで血走っていた瞳には理性が取り戻され

 彼の口から流れてくる言葉は流暢な人間のソレと変わらぬものであった。


「――エサ、いやコウタよ…礼を言おう、お前の部下のお陰でオレは新しい力を手に入れられた、素晴らしい忠誠心を持った家臣を持つとは、名君の器なのだろう」

「え……いや、べ、別にそういうわけではない、けど」

「…ふふん、当然でしょう」


「謙遜するな、誇って良い。…さて、しかし、だからこそ…そこの二人を倒し、オレは自らの血肉としなければいけない…もはやこれは、オレの命を賭して行うべき事だ」



 聖銀の武具がこすれる音が響いた。

 悪食の王が構えをとったのだ。

 獣や魔物が本能で行うそれや、先ほどまで人間をエサと呼んでいた存在の無骨なものとは違う、洗練された型だ。

 纏う雰囲気が違うのだろう、今まで醜悪とばかり思ってきた彼の表情は精悍で長い間、研ぎ澄まされた美しささえ感じそうになる。

 明らかにコレはマズイだろう…アイリの血はソレほどまでに強烈だったのだ。



「ちょ、ちょっと待った!なんで戦うんだ、別に良いじゃないか…もう人間襲ったりするのやめようぜ?」

「不可能だな…コレだけの力を手に入れたんだ、目の前の女を倒して更に強くなる、オレの願いは今はそれだけよ」

「……んふっ!」


 にんまり、とアイリの唇が吊りあがり笑みの形を作った。

 それはもう楽しくて仕方ないという気配を隠す気もない、満面の笑顔だ。


「いいですよ、さっそくやりましょうか?」


 構えも取らず無手のまま、表情を崩さずにアイリは告げた。

 

 この時点で俺の心中は既に大荒れだ、本当に大丈夫なんだろうな!

 って言うかなんで、お前はそんなに涼しい顔をしているんだ、と隣のシフォンを見ると視線が合う。

 届け俺の思い! と言わんばかりに願いをこめて見つめていると、はにかんだ彼女が俺の手を握り締めてきた。


 ダメだ伝わってねぇ。



 恐らくは俺だけが緊張と不安を胸に、固唾をのんで見守る中で、先に動いたのはオークキングだ。

 彼の鈍重そうな身体はしかし、見かけとは裏腹に瞬間的に加速を行い、ブレたとしか表現できない速度でアイリに接近。

 アイリは何処までも自然体のまま敵の接近を見守っていたが、ゆっくりと両手を持ち上げると

 まるで抱きしめるかのような気軽さで動かしていき。


 

 次の瞬間には、オークキングの頭部が胴体と分離した状態で手に握られていた。

 驚愕に見開かれたまま動くことはなくなった頭。

 切断面からは自分が死んだ事に気がついていない肉体が、数拍遅れて血液を噴出し始める。


 まるで雨のように血が空にのぼり降り注いでいく中で、彼女は表情を一つも変えることは無く


「血を少しだけ飲んだ程度の、私の劣化コピーのコピーのコピー程度で立ち向かおうなんて、生まれ変わって出直してこないといけませんね?」




 どさり、と酷く重量のある後は腐れて地に帰るだけの生モノが地面に倒れこむ音が響いた。

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