大将
俺を中心に横に並ぶように座ると、街道の幅の半分以上を占拠することになる。
半分というのは旅人の通行が多いこの地域だからこそだろう。
馬車が二台すれ違えるように作っているのだ…整備するのも大変だろうに。
「このまま待っていても良いんですか?」
「当然だ、斥候が戻ってこないのは相手にも知られているだろう…少し休んでおこう」
「コウタ様がそういうんでしたら…なにが来ても結果は変わりありませんしね」
自身たっぷりのアイリはいつも通り微笑を浮かべながら懐から愛用のナイフを取り出して手入れをしている。
とはいっても先ほどの戦闘でついた血を拭い去ったり、陽を当てて輝きを見たりしている程度だ。
シフォンは座ってじっとしているのが落ち着かないのか、身体をほぐす為にストレッチをしたり、軽く拳の素振りをしている。
ここまで結構な距離を歩いただろうに、疲れないやつだ。
「コウ様はまだまだ体力が足りてないんですよ」
「お前と一緒にするな、と言わせてほしい」
「…すいませんコウタ様、実は私もまだまだ余力が」
「……げ、現代日本人のもやしっこぷりをなめるな、と言わせてほしい!」
女性二人に体力で負けている事が判明した俺は、ちょっぴり恥ずかしくなり膝を抱えて顔を伏せて頭を振る。
はぁーと深いため息をついた後、気分を一新するために腰に下げた皮製の水筒を手に取り水を煽った。
皮独特の臭みが染み付いた水は何ともいえない味わいがするが、慣れればコレもまずくない。
ほんのりと冷たい水で喉を潤すと水筒から口を離して息を吸い込む。
口元で湿らされた空気は歩きとおした身体に何とも心地が良い。
「ふぅー……二人とも、重ねて言うけど、各自の判断で逃げる、危なくなったら逃げる、傷は出来るだけ受けない、逃げる時は俺も連れて行く、死なない事」
俺の言葉に二人は頷いて答えると、頼もしそうに立ち上がっり遠くを見始めた。
その視線の先には複数の影、人間よりやや小柄だが、何ともいえない…この数ヶ月の間に培った感覚が全力で警戒を告げてきているのがわかってしまう。
なるほど、来たか…二人に習って立ち上がり、水筒を腰に戻し…代わりに剣に手を添えた。
相手の姿が見えてから再び歩き始めれば、すぐにお互いの顔まで認識できる距離まで接近できてしまう。
あとは少しその気になって走れば、10秒か15秒か…そこらで殺しあう距離になってしまうだろう。
「――ギ…ウ…ァ…?」
それぞれの陣営で先に声をあげたのは、比較的威圧感の少ない豚の方だった。
身体は大きく、先ほどの斥候兵なんて目ではない…俺よりも頭一つは大きい。
だとすれば、2メートルはまだ超えていない程度だろう……程度だろう、なんて簡単に言うが、とんでもない事だ。
背が大きければ腕も長い、そして放つ威圧感も桁違い。
更に自分の目を疑ってしまう事だが、身に纏う装備が上質だ。
オークという存在が通常持ち合わせる怪力を活かす為だろうか、胸や腹や足や腕…ここまで思って、首から下の大部分が鉄の鎧に守られている事に気がつく。
手にはオレが普段振り回すものの倍はあろうかと言うロングソード、ここまで来ると大剣か。
豚は総勢で10匹程がいるが、手に持つ武器が斧や槍だったりする程度で、防具に関しては殆ど同じ。
…まるで物語にでも出てくるような騎士を彷彿とさせる。
彼らと違いこちらはヘルムを装備していないが、些細な問題のように思えた。
そして気のせいだろうか…その豚は顔を集団の先頭に立つ、彼らより更に強大な存在へと向けて、人の呻くような声をあげていた。
声をあげた豚より更に頭二つ高いソイツは、裕に2メートルは超えるだろう。
その肉体の全てが脂肪を極限まで削ぎ落とし内側に暴力を秘めていた。
顔つきも何処となく精悍で、双眸に宿る深紅の輝くはギラギラとたぎり続けている。
これでオークの種族的特長である豚鼻がなかったら、歴戦の戦士だと言われても俺は信じるだろう。
否。
彼はまぎれもなく歴戦にして熟練の戦士だ。
証拠に彼の持つ装備は他とは桁違い。
先ほど自分の目を疑ってしまったばかりだと言うのに、目の前のボスの装備の前には霞んでしまう。
鉄や鋼鉄のように鈍い色ではない、本物の銀色をした篭手とグリーブ。
手にした長剣も同じような眩いばかりの銀色で、思わず目が眩んでしまう。
魔物のくせに良い装備を、とは思わなかった。
この一行は人間を襲って食べたりもしているようだし、そこから得た戦利品を回収して使う事もあるだろう。
しかし、しかしだ。
その中でも彼は持つ装備はあまりにも上質的過ぎる。
同時に…ギルドや酒場では一般冒険者の憧れの的となり。
武器屋にあればトランペットを夢見る少年のような連中を量産する武具。
教会の保有する聖なる鉱山で採掘され、何人もの司祭が祝福を与えた神聖なる金属。
聖銀で作られたものだと気がついて、驚愕する。
熟練の冒険者になりようやく、一つ手に入れられるかどうか、という上等な装備を持ち実を固め、同じように聖銀で作られた武具を装備している部下さえ持つ彼は
魔物と呼ぶにはあまりにも理性的、しかし本能を隠し切れない原始的な輝きを持ってして俺達を一瞥すると。
「トーゼンだ、コロして喰う」
……一瞬、呆けてしまう。
喋った? ……喋った?!
「なにヲおどロく…エサよ」
「凄い!オークが喋った、喋ったよコウ様!」
「驚きました…今まで戦った魔物は、そんな知恵はないと思っていたのに」
「フん!高位のソンザイは人語を理解スル…喰ったエサからオボエたさ」
「しかシ、エサはオレをミルと…いつもおなジ反応を、スルな?」
――ニタァァァァ
目の前の魔物は酷くこちらを見下し、それでいて攻撃的な笑みを浮かべ精悍な顔つきを歪めた。
その様はなるほど、確かにこれは魔物だと思わせるのに十分なほどのものだったが、目の前の相手には良く似合っているように思えてしまう。
その笑顔に若干怯んでしまい後ずさりつつ、接近した時から常に右手に持っていた剣を地面に突き立てる。
駄目だ…掌がじんわりと汗ばんできいた、それに喉も渇いた。
さっき水を飲んだばっかりだっていうのに…何か喋らなくてはいけないのに、口が震えてしまう。
ひゅぅ、ひゅぅと呼吸の音だけが耳にうるさくて、ソレをどうにか留めようと腰の水筒に手を伸ばした辺りで、オレの隣から影が前に出た。
灰色の髪に褐色の肌、ロングコートの裾が彼女の跡を追いかけるようにしてついていく様は、何処までも凛々しい。
先ほどまでうるさかった呼吸の音が止まった。
息をするのを忘れるくらい、彼女に見惚れていたと気がつくのは、何処か挑戦的な綺麗な声が響いてからだ。
「ふふ…それもそのはずですよ、アナタを見て驚いた人はいつも、こういっていませんでしたか?
豚が人の言葉を喋るなんて滑稽だから、自分の正気を疑った、と」
「ほウ……オレをブタとヨブか…アァ言われたヨ、しょせんはブタだ、おちついてアイテをシロとネ」
発音こそ訛りが酷く、ところどころ聞き取りにくい部分は確かにあるが、相手の言葉からは深い知性を感じられた。
部下の魔物を鍛えたり、斥候を飛ばす所から想像はしていたが、なんという事だろう。
相手は俺が想像していたのより遥かに頭が良い!
魔物――悪食の王――オークキングは人間全てをバカにするように、その種族特有のブタ鼻を鳴らして嘲笑しする。
「オロカなり……しょせんはエサ………お、ヤ?」
そこでオークキングは何かに気がついたように首を傾げ…その瞳の色が見る見るうちに変わっていく。
理性を感じさせていた深紅色の暴力的な輝きはあっという間に欲望ににごり切り
エサの言葉を理解して自らも使いこなす程の口からは、涎がダラダラと止め処なくあふれ出す。
「えぇっ?! コ、コウ様…アイツなんだか凄い興奮してる!」
「あぁ、あ、あぁ……って興奮?! アイリ…と、とりあえずここは…下がっておいた方が」
「いえいえ、その必要はありませんよ…彼の興奮はきっと」
「――ホシイ!ホシイ!クイタイ!プギッィィィィィィッッ!!!」
「お腹が空いてるんですよ、…ほらね?」
どうやら、ヤツは空腹に耐えかねて興奮しだしたらしい。
さっきまで会話が成り立っていたのに何故突然と思ったが、どうやらシフォンとアイリがいたからなのかもな。
オークキングは食べる事でスキルを取得するといっていたが、それならばとんでもない実力を秘めたエサが目の前に二つ。
これを前にして、食べることが出来ればどれだけの恩恵を受けられるのか、なるほど…確かに本能が暴走してしまうのも納得だ。
あくまで推測ではあるが…まぁ、その中に俺は入る余地はなさそうだな。
とはいえ高みの見物を決め込む、と言うわけには行かないので地面に突き立てた剣を握り締めなおすと、切っ先を下に向けたまま静かに構える。
「コロセ!コロセ!コロセ!コロせ!貴様ら、あの牝を生きて返スなぁぁぁぁ!一滴も喰うナ、俺が全て食ウ牝ダァァァァ!!!!」
「プギィィィ!ギィィ!!!」
まるで頭のねじが外れて狂いだしたかのような激しい王の叫び声。
それに呼応するかのようにあげられた、手下の雄たけびと共に、引き締まった身体に聖銀の装備を身につけたブタが一斉に走りよってくる。
オーク達はコレだけの距離があり、距離も開いているのも気にはならないらしい。
ドス、ドス、ドスッと似合わない足音を響かせながら俺たち3人の下へと接近してきた。
速度こそ目で見て追えるものの、巨体が何匹もこちらに走って詰め寄ってくる光景というのは心臓に悪い。
慌てて俺が身体全体に力を張り巡らせ、すぐにでもあいつらに対して迎撃の格好をしだしたのに対し、アイリやシフォンは笑っていた。
「んふ…シフォン…勝負しましょうか、普通の豚は1ポイント、大将の王は5ポイント」
「…ひぃ、ふぅ、みぃ……大将だけ打ち殺して、後は様子見、でも逆転の目はあるってこと?」
「そういうこと、んふ…どうしますかシフォ――――――――――」
「――スラッシュ!切り上げ!多段スラッシュ!」
詰め寄ってきていた豚の流暢な声が響いた。
プギィ、とかそんな訛りの一切ない、豚の声だ。
その声が響いた瞬間、豚の身体は加速、そのままアイリに肉薄すると手に持った聖銀の武器を切り上げる!?
「プギ!ギギッ、ギィッ!!」
その結果、オークの一匹は見るも無残。
肉体を半分に切り落とされ、上半身は惨めにも床に落ちていく。
末路という言葉が頭の中に思い浮かぶ中で、アイリは血のついたナイフを一振り。
たったそれだけ。
たったそれだけの動作で流れるように袈裟切り、逆袈裟、そこからの上下に往復するように一太刀。
芸術的にも思えるような、連続技を繰り出しかけていたオークの肉体が、バラバラになった。
バラバラになった。
比喩も誇張も何もない、本当にバラバラになったのだ、
手首から先で切り落とされ。残った部分は肩と合わせてバラバラになり、足や胴や腰、それぞれがそれぞれのパーツに分離される。
心臓が動いているのはアイリが相手を解体するという処置をした瞬間だけ
それからすぐに彼らの各部から血が噴出した。
「――ぎぃ、ぎゃ、ぎゃぎゃ、ぷぎぃ!!!」
醜くも生命にしがみつくオークの声が響く。
「………え?」
恥ずかしい事ながら、俺はアイリのその動きにまったくついていけない。
オークがいつバラバラにされたのか、或いはいつの間にアイリが動いたのか。
……それすらも理解できなかったと気がついてから、背筋を旋律が走る。
…俺とはレベルが違う。
「あは、ごめんなさいね…コウタ様みたいに立派だったら良かったんですけど、アナタ…いまいちだから」
アイリの視線は今しがたバラバラにしたオークへと向かっている。
一方のオークの、光を失った瞳はじぃっと俺を見つめ続け……
おいやめろなにみてやがる。
彼女が発した言葉に様々な視線が群がる中で、バラバラにされた肉塊がドサリっと地面に落ちた。
その塊からゆっくりと血が噴出して広がっていく。
大地に真っ赤な水溜りが出来上がっていく、それは俺の世界ではグロテスクとしか言いようのない光景だ。
きっと、あの噴出す血のタイミングは心臓が動くのと合わせているんだろう。
何とも残酷な光景とは思いつつも、俺は目を離せない。
「コウタ様くらい魅力的になってから、出直してきてね…えい!」
そんな中、シフォンの明るい声が響く。
無邪気で無遠慮な彼女の声に安心するようにそちらを向くと、頭が飛んでいた。
ぽーん、っとシフォンに殴られた頭がまるで、シュートを受けたサッカーボールのように軽々と飛んでいたのだ。
その光景を見て俺はようやく理解した。
「あ、これ俺いらなくね、本格的にいらなくね?」




