支部長と俺と悪食と
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「お待たせしました、当ギルドの長がお会いになられます」
それなりに事情を知っている連中の諦めムードや、何も知らない若人の血気盛んな空気。
そんなのが入り乱れて騒がしいギルドの中でオジさんが戻ってくる。
よほど焦りながら報告をしにいったのだろう、着ている服が汗を吸ってしまい何とも重たそうだ。
「かしこまりました、行こう二人とも」
「あ、あのコウタさん…長はそれなりに礼儀とかを気にしない人ではありますが、一応立場ある人でして……」
「あぁ、わかってます…出来る限り気をつけますし、二人も問題はないはずです」
「勿論です」
「お任せを!」
何とも頼もしい言葉が返ってきて嬉しくなるね。
そういうわけでおじさん先導の元、慌しく職員たちが行き来する階段を上へと昇っていく。
来なれた二階を通り過ぎ、めったに…というより一度も訪れたことのなかった三階へ。
一階と二階がそのまま役所などを連想させるとすれば、三階は事務所か。
ずらりと並べられた机や椅子に、それぞれ人が座り込み書類と格闘をしていたり。
さもなくばスペースの一角で集まり何事かを討論している。
単語を拾う限りおそらく、オークキング対策の話だろう。
とにかく犠牲者のことを気にしない数に任せた作戦がどうこう…出来れば参加したくないな。
「なんだかとても楽しい所ですね…私、こちらの雰囲気が気に入りました」
「はは…すいません、緊急事態なもんでして…普段はもっと落ち着いた場所なんですよ?」
「あ!台所まであるよコウ様…なんだか本当にビルの1フロアって感じがしますね!」
「そうだなぁ…やっぱこの世界のOLも気に入らないヤツのお茶に雑巾汁混ぜたりしてんのか」
「え………なんですかそれ…詳しく聞かせてくださいその恐ろしいバツゲーム」
「いやぁ…俺の国に伝わる、噂話みたいなもんで…こういう場所で女性に嫌われてる人がいると、お茶にゴミとか入れられて出されるって」
「……あはは」
前を歩くおじさんの背中が凄いふるふると震え始めた。
もしかして心当たりでもあったのかもしれない…がんばれオジさん、負けんな。
俺が名前も知らない、或いは以前聞いたけど殆ど覚えてないオジさんに心の中で応援をおくっていると
彼の足が幾つかある小部屋の中で前で止まった。
他の部屋には会議室だの仮眠室だのといったプレートが下げられているのにたいして。
ここのプレートにはギルド長室と書かれているので、ここが一番偉い人の部屋なのは間違いないだろう。
コンコンという硬い扉を叩くノックの音。
見るからに分厚そうな木の扉は、なんとなくだが篭城の際に使われる門を思い出す。
もしかしたら、そういう用途もあるのかもしれないな。
「失礼します、ザラムです…ランク6の人がいるチームの方々をお連れしました」
あ、うん、俺オジさんの名前初めて知ったわ。
ザラムっていうんだな……たぶんすぐ忘れるだろうけど、なんか凄いかっこいい名前じゃん。
なんだか名前負けした気持ちになっていると、扉の向こうから深く静かな声で、返事があった。
「入りなさい」
声の感じはやや高い感じのする声。
その声の主に扉越しに頭を下げながら、ザラムさん…オジさんがノブに手をかけてまわした。
ちらりとドアの厚みを見ると、やはり分厚い。
防音どころか防弾すら出来てしまいそうな、重厚なそれは質実剛健というやつだ。
…良いなコレ、偉い人って感じがして凄い良い。
「どうもこんにちわ、君達がランク6とそのパーティで間違いないね?」
さて、扉は開いた先にいた人は、よく言えば平凡な人だった。
日本人の基準で見れば40代後半。
それなりに上等な生地というのが見て取れるシャツに洋服に身を包み、絹糸のボタンをきっちりと胸元まで留めている。
スーツでも着てしっかりしていれば、さぞ日本の満員電車が似合う事だろう。
髪や目の色こそ金髪であったり、緑であったりとファンタジーな風貌だが、そんなことは些細なことだと思う。
「違います!ランク3であるコウタ様と、そのパーティです」
「そうなのかい…うーん、こんな風に言うのはなんだけど、彼がリーダー? あんまり凄そうに見えないんだけれどね?」
「…コウタ様に対する侮辱ですか?」
「まさか」
元現代日本の社会人として、何ともいえない親しみのようなモノを彼に抱いていると、視線が合った。
取り合えず培ったスキルを全て活用して、軽く会釈。
そうすると相手もこちらの意図に気がついたのか、軽く頭を下げながら手を差し出してきた。
「どうも、私がこのギルド支部の長をさせていただいているリーゲンともうします」
「これはご丁寧に…シフォンとアイリと三人で冒険者をしている、コウタです」
「いやぁ…驚きました、まさかランク6のチームリーダーがこんなにお若いなんて」
「いえいえ!それを言うのならリーゲンさんだってまだお若いのに支部長だなんて…もっと髭ぼうぼうの頑固爺を想像していたので驚きです」
リーゲン氏とお互いに握手を交わし、笑顔で相手への感想を言い合っていると、俺の隣から発せられていた強烈な殺気が消えていく。
この世界に来てから数ヶ月、アイリの放つ殺気というのに相応しいこの何ともいえない感覚になれた自分が悲しい。
こういうような場面で何度か凄い威圧感みたいなのを感じさせられちゃったんだよなぁ……。
見ればリーゲン氏も俺と同じモノを感じ取っていたらしく、静かにため息をついている。
「いやぁ…全然そんな感じしないんですけどコウタ君って実は凄い実力者だったりします?」
「まさかぁ、でも俺と一緒に来てくれるアイリとシフォンは凄いですよ、オークキングすら確実に殺せるくらい」
「オークキングですか…最初聞いた時は、また実力を弁えない新人が自殺しに行くのか~と憂鬱になりましたが、今のを感じさせられたら納得ですね」
苦笑いのまま視線がアイリとシフォンへと向けられる。
おそらく、今まさにリーゲン氏の頭の中では思考が二転三転と、いろんな方向へと向いては可能性を模索しているのだろう。
真剣な眼差しの彼をこうしてみていると、この若さでギルドの支部長というのも頷かされる。
この人は恐らく仕事が出来る人だ。
そんなリーゲン氏の視線は最後に俺のもとへと戻ってくる。
「では、アイリさんとシフォンさんを纏めるリーダーとしてコウタさんとお話をさせていただくということで問題ありませんね?」
その言葉に、俺以外の二人は一斉に頷いた。
「結論から言いますと、我々…いえ、当ギルド支部からお出しできるのは銀貨450枚とコウタ・アイリ両名の1クラス上昇措置です
シフォンさんに関しては元からのランクが高い為、その措置は取れません…これは、例え単騎で討伐に成功したとしてもです」
もうその結論で全て頷いて退治しに行きたいくらい魅力的だった。
旅の資金にするにも、貯金するにしてもかなりの枚数の銀貨に加えての、クラス上昇。
『ランク4;黄玉』は、これから学問都市に向けて旅をするにあたり非常に便利な身分になるだろう。
完璧だ。
「それはメリットだけを見れば、ですよね?」
羊毛をコレでもかというほど詰め込んだクッションのおかれた椅子に座る俺の左後方。
従者のあるべき姿といわんばかりに直立不動で待機していたアイリの瞳が細められた。
相手はギルド支部の長であり、これから交渉をする相手であり流石に今度は殺気を出してはいない。
あれを出されるとこちらとしても居心地が非常に悪くなってしまうので助かる。
やはり、事なかれ主義の多い日本人に物騒な気配は似合わないんですよ。
「アイリさん、ランク4を超えるとギルドからの有事召集に応じる義務が発生します
それに合わせて定期的にギルドに顔を出しての生存報告もです、3度これを無視すると死亡したものと扱われてしまうんです」
「なるほど、シフォン。アナタもそのようなことがあったのですか?」
「はい、コウ様を探している時に3度ほど…正直、ボクはオークキング程度でここまで騒ぐ理由がわかりません」
すらすらと淀みなく説明を行うのは俺の右後ろに待機するシフォン。
こうして身体を休ませた状態で待機して、すらすらと口から必要な情報が出てくる所を見ると、普段の活発な姿は何処へやら。
静かに燃える髪の色が情熱的な強気そうな美人に見えるから、不思議である。
リーゲン氏はシフォンの説明に満足したのか、お互いに席に着いた時にザラムオジさんに用意してもらったお茶に口をつけ。
「ただのオークキングなら、正直言いましてただの雑魚です。ランク4のチームなら問題なく潰せるでしょう」
「……特別なオークキングなんですか、もしかして」
「えぇ」
何処までいっても冷静な支部長の、短い頷き。
オークキングと言う魔物に俺とアイリは遭遇したことはない。
しかし、シフォンは経験があるのだろう…難しい顔をして考え込んでいる。
「シフォンさんは経験があるようなので簡単に言わせてもらいますと
例のオークキングは、15を超えるスキルに3の魔術を使いこなす、と…命がけで帰ってきた斥候が言うのですよ
また、その部下であるオークも5以上のスキルを持つ熟練の戦士であったと」
「ありえないよ!!」
「事実です」
間髪いれずシフォンの声が響く。
15個のスキルに魔法……いまいちピンと来ない強さであるが、例えばコレがゲームだったらどうだろう。
斬撃・打撃・咆哮・攻撃魔法・回復魔法・バフ(強化)・デバフ(弱体化)……
合わせて18のスキル欄を埋めるように考えていくと、キリがない。
………あ、これメチャクチャやべぇ。
「おや…コウタさんはお気づきになりましたか、なるほど…流石はお二人のリーダー」
苦い顔をしていた俺に気がついたか。
リーゲン氏は真面目な顔を崩さずに、まっすぐに俺を見て言う。
「コレだけならまだ、熟練のチームがいれば何とかなります……知能が高く、少数精鋭の群れを率い多くのスキルを使う。
確かに恐ろしいがここまでなら、まだ…その程度、なのです。
……我々が恐れている部分…オークキング…悪食の王はね、コウタさん……殺した人間を食べて、スキルを奪うんです」
―――アレは人間の死に方じゃねぇ……喰い残しの死に方だよ、あれは…―――
エリックの言っていた言葉が、俺の肩に重たくのしかかるような気がした。
「我々が数の暴力という手段に訴えたのはね…常に攻撃を続けることにより、その相手に食事、の隙を与えない為になんです」
煉獄火炎灼鎌という必殺魔法を持つ魔法使いがいたとしよう。
そいつのいるPTが悪食の王と戦い、敗北した。
王は魔法使いの肉を、心臓を、脳を、身体のありとあらゆる部分を食べるだろう。
しかし、頭痛のする程の人数で仕掛けるならどうか。
煉獄火炎灼鎌の使い手は肉の塊になっても、いざソレを食べようとした所を大勢の槍が口の中めがけて飛んでくる。
ならばその羽虫を払おうと武器を握って振り回しても、また別の奴が剣を手に突撃してくる。
結果として、オークキングは食事にありつけず次々と襲い来る冒険者と、自分の敵になる相手に殺されて死ぬのだ。
…確かに効率的で、これ以上ない作戦であるが、俺は正直背中に震えが走った。
このような作戦を立案して実行に移そうとするギルドにではない。
悪魔のような能力を身につけているオークキングにだ。
頭の中に、悪い夢としか言えないような妄想が降りてくる。
元々オタクとして妄想を重ねてきた俺だ、その光景は何処か鮮明にさえ思えてしまう。
即ち、戦闘中にアイリとシフォンの肉や血が食べられた時の事だ。
相手のスキルを取り込んで強くなる化け物。
天下無双、勝てない相手は何処にもいない二人の女性。
…相性が悪すぎる、相手に逆転の目があるというのは、精神衛生上よろしくない。
一度頭に浮かんだ考えはどれだけ考えても消える事はなく、俺を不安にさせた。
「……アイリ、シフォン…………」
「問題ありません、やります…雑魚ですよ?」
「コウ様!ボク強い相手と戦えると思うと、ぞくぞくするよ…早く行って、叩き潰して…コウ様のお慈悲が欲しいね!」
二人の名前を呼ぶと、それぞれがそれぞれの言葉で頷いて、俺へアピールしてきた。
二人とも決して鈍かったりバカというわけでない。
俺の頭の中にある妄想や、不安など手に取るようにわかっているはずだろうに。
「コウタさん、アナタの提案はギルド支部から見てもとても魅力的ですが、強制するものでもないんですよ」
ギルド所属の冒険者総動員で戦えば、確かに勝てるかもしれない。
しかし、そうなると恐らくは報奨金やら何やらでこの支部は大変なことになるだろう。
金は常に一定の場所に山のようにあるわけではないのだ。
右を見る。自信たっぷりな笑顔。
左を見る。常に冷静に世界を見る暗殺者の微笑み。
………よし。
覚悟が決まった、後は二人を信じて大胆不敵に振舞おう。
「オークキングは殺します、その眷属の手下達も殺します。
…ところでね、報酬は銀貨450枚とランクアップで良いんですが…幾つか俺のほうからもお願いをしていいですか?
なぁに、コネを作ろうってヤツですよ、受けてもらえるのなら…悪食の王の死体から何までお持ち帰りしてみせましょう」
一度そうするべし、と決めたら強きで振舞うのは苦にならなかった。
きっと傍に大事な女達がいてくれたからだろう。




