喧騒
数日経った。
その間、シフォンの指導のもとに旅道具を購入したりナイフの扱いなんかを教わったり。
或いはもっと単純に、彼女から身体の効率的な動かし方を習ったりしていく。
もっともアイリの指導と比べるとシフォンはいささか、感覚に頼りすぎる気があるので理解するのは大変だった。
急いで金を貯めなければならない、という事もなく、シフォンがこの世界にいると言うことで俺の中の目標の順位は変動しつつある。
彼女たち以外にも、この世界に迷い込んだ人物がいるとしたら、そいつらを探すのも良いのではないだろうか。
そんな事をぽつりと二人に対して言うと、アイリのほうはある程度想像がついていたらしい。
俺がそのように言うのならば、そうするべきでしょう…と頷いてくれた。
シフォンも大体同じ感じの反応なので、日本に帰るための情報と、日本人の情報を同時に集めて探していく、と言う事になる。
まぁ、やる事は変わらないし、いますぐ事が大きくなると言うわけでもないから良いだろう。
「で、なんだこの騒ぎ」
そんなこんなで志新たにしつつギルドにやってくるとギルドの中は騒然としていた。
まず第一に人が多い、昼下がりに来たのにも関わらず入り口からカウンターが見えないくらいだ。
併設されたレストランなんて、人が多すぎるせいで立ち食いまでさせている始末。
「邪魔だ!どけクソが!」
「なんだとてめぇ…口のききかたに気をつけろよ」
「邪魔だからうせろって言ってんだよ!」
怒声に視線を動かすと、ケンカ一歩手前の状態で言い争いをしている連中まで見かける。
ギルドの中でケンカなんて度胸あるなぁ、ほかの連中に取り押さえられても知らないぞ。
と、思ったがどうやらほかの方々も忙しいらしく、それぞれのパーティと会議を開いていたりして、それどころではないようだ。
いったい何があったんだ、まるで別世界じゃないか…或いは、本当に荒くれモノの集まりってやつか。
職員さんに声をかけて話を聞こうにも、彼らは殆どがてんやわんやの大騒ぎ状態。
下手に引き止めてしまうのも悪いので取り合えず、左右を見渡し目的の人物を探す。
「愉快な事になっているようですね」
「そうだねぇ…逃げる算段をしている人が多いって言うのが、ボクとしてはショックかな」
「お前ら何の話を…っていた、エリック!エリック、ちょっといいか!」
女二人が何かを喋っている中で、目当ての人物を見つけると近づいていく。
屈強な連中や女、子供までいる中でも比較的小柄な人物は見つけるのに少し苦労した。
傍に寄れば彼も誰かと話しこんでいたようで、俺に気がつくと軽く手をあげて挨拶をして別れる。
「悪い、邪魔したか」
「いんや、めんどくさいヤツだったから助かったよ…お前、何日か見なかったけど…誰、それ?」
「新しい仲間、カード更新まで適当に過ごしてたんだよ」
「なーるほど…久しぶりに来たら妙に騒がしいから不思議ってヤツか、その娘紹介してくんね?」
「そうだな何かあったっていうなら教えてくれ、あと地獄に落ちろ」
軽くシフォンの手を引いてやると、彼女は少しだけ嬉しそうに俺に擦り寄ってきた。
負けじとアイリも俺の傍に控え、腕をとって絡まってくる…少し動きにくい。
「俺から見ればお前の方が地獄に落ちろって感じだぞ?…それで、事情かぁ…ああ、どうもコウタさんの親友のエリックです、よろしく!」
「ど、どうも!ボクはシフォンです、よろしく!」
「おいこらテメェいつもそんな喋りじゃないだろ、どうした…早く教えろよー、アイリも笑ってないでほら」
茶番のようなやり取りをした後、軽くシフォンの頭を叩いてエリックを見る。
彼は彼でアゴ髭を撫でながら、うーむ…なんて唸っているし、いったいどうしたってんだ。
「物凄いヤバイ魔物が現れた、…街に向かって歩いてきてるらしくて…討伐チームを組まないといけない…『ランク3:オークソレース』以上のヤツから希望者を募ってる」
「ヤバイって…この街には『ランク5:鋼玉』までいるじゃないか、そいつらに任せておけば」
「そのランク5のチームが一つ全滅した…唯一の生き残りだった斥候職が情報をもって帰ってきたけど、治療が間に合わず死んだ形でな…酷いやられ様だったぜ」
正直な話、うわぁ、と思った。
『ランク5:鋼玉』と言えば、俺のランクの二つ上だが、実力で言うなら段違いだ。
正確に語るのならば『ランク3:オーソクレース』と『ランク4:黄玉』の差が大きい。
そこからランクを一つあがる度に多くの違いが出てくるのだが……その『ランク5:鋼玉』が全滅か。
「この街のギルドは二つの『ランク4』と一つの『ランク5』でチームを組み、それ以外に数で優位を保つ為に、一つ下のランクの奴らも希望者は連れて行く」
「…俺、この前『ランク3』になったばっかりなんだけど」
「ハハッ、そいつはご愁傷様だぜ、希望者なんていうけど半ば強制的…俺も、いく事になっちまった…正直、あの斥候の亡骸を見ちまったら、逃げてぇ…」
肩をすくめて苦笑する強面のエリックから視線を外し、お互いの間に沈黙が流れる。
何も知らない人が見れば、お互いに死地に向かわされる事への苦悩をしているように見えるのだろうか。
少なくともエリックの態度を見る限り、彼はどうにかして生き残る手段を考えている。
しかし、俺は違った。
ちらりと左右を見る。
片やランクこそ俺と同じだが、実力では無双を誇るアイリ。
片やランク6にまで到達する実力者のシフォン。
どちらも真面目に仕事を続けていれば、最大ランクにまで到達する事も可能だろう、と俺は勝手に思っている。
この二人が揃っていれば、どんな化け物が来ているのか知らないが、よほどの相手でもなければ相手にはなるまい。
そんな絶対的に自信を持ちながらも、目の前の熟練の戦士、それも前衛剣士であるエリックの怯え方が気になってしょうがない。
「なぁ、いったいどんな…」
「喰われてた」
「…は?」
「喰われてたんだ、両腕に腹…内臓もだいぶなくなってたらしい、俺が見た時は耳や眼球もなくなってた、足だけは逃げるために必死に守ってきたから無事だったけどよぉ…
あれはないぜ…アレは人間の死に方じゃねぇ……喰い残しの死に方だよ、あれは…」
エリックの顔は青ざめて身体は震え、情けない事に瞳には涙までたまっている。
強面がそんな事をすると、逆にシュールだぞ、と教えてやりたいが そんな空気ではない。
…しかし、ここまで恐怖している所を見ると本当に心配になってしまう。
そんな化け物が本当にいたとして、もし俺の想像を超える存在だったとしたら、アイリとシフォンで勝てるだろうか。
俺も戦力として考えたいところだが、まぁ実力がランク3相当の俺では数あわせが精一杯だろう。
「で、そいつは何の化けモンなんだ…種族がわかれば対策もたてやすいんだろ?」
「悪食だ……」
「は?」
「そいつは悪食の王、オークキングの変異種とその眷属たちだ……」
「あぁ、コウタさんアイリさん、お久しぶりです…そちらの方は?」
「新しい仲間ですね……俺たちのカードを受け取りたいんですが」
「はい用意は出来ていますよ…ただ今は事情がありまして、発行がすんでいる以上、ランク3として扱われる貴方たちにお話が…」
「オークキング討伐チームの事ですね?」
受付のオジさんがこくり、と頷く。
ソレと同時に深刻そうな表情のまま、鉄板の中央にギルドの紋章が大きく装飾されたカードが渡される。
宝石の輝きに眼を奪われそうになりながら受け取り、それをポケットに入れる。
アイリのほうもそのカードを受け取ると大事にしまいこんだ。
「さて、それではランク3になった冒険者のコウタさんとアイリさんのチームにお願いがあります、このお願いは断ると大きなペナルティが発生しますが……」
「お断りします」
「命を大事にする為に断る人も多くいます、けど冒険者としてはぜひと……はい?」
「断る、と言いました」
有無を言わさない俺の強い口調に、受付のおじさんは硬直。
どうしたものかと悩みに悩んだあげく、咳払いを一つする。
「こほんっ、断るのは自由ですがその場合、罰金の支払いか数ヶ月の強制奉仕が発生します、この二つを断ると除名処分とされ、ギルド指定の要注意人物、準犯罪者扱いになりますが…」
「それは…困るな、アイリはともかく、俺がそんな事になったら、逃げ切れない」
「えぇ、そうでしょう…大丈夫、実際に戦うのはランク4と5の方々ですから、考え直して参加していただけませんか?」
じぃっ、とオジさんの真剣な眼差しが俺を見る。
うーん…なるほど、参加は殆ど強制、なんてエリックの奴が言っていたけど、まさにそんな雰囲気だな。
これは断る雰囲気でもなさそうだし…罰金程度なら払っても構わない、と思っていたんだが。
「集団行動というのが、どうにも苦手でして……あ、そうだ、うちの新しいメンバーを紹介しますね、彼女はシフォン」
「どうも!シフォンです、コウ様とチームを組んでます…あ、これギルドカードです」
俺の紹介にシフォンは一歩前に歩み出ると、腰につけたポーチから一枚のカードを取り出す。
俺たちの鉄製のソレとは格が違う。
銀で作られ、希少な鉱石であるアダマンタイトを使いギルドマークを刻印したそれは、誰が見ても上位冒険者の証。
ソレを見た瞬間、職員の眼が衝撃に見開かれ、何かを言おうと口がもごもごと動く。
しかし言葉にならないのか、オジさんは深呼吸を繰り返し呼吸を整えていて
俺はその間に、彼に用件を告げる事にした。
「例えば、ランク6冒険者1名とランク3冒険者2名のチームが無謀にもオークキングに突撃していき、それを殲滅してきたとしたら…報酬って、どれくらいもらえますかね?」
俺に付き従う二人の従者に絶対的な信頼をもつ俺の。
何処か挑戦的なその言葉に、オジさんは大慌てで偉い人を呼んでくる為にその場を去っていってしまった。
「アイリ、シフォン、俺なんかにつき合わせて悪いな…アブなさそうならすぐ逃げるから、勘弁してくれよ」
「問題ありません、コウタ様がそうすると思ったのなら、全力です」
「ギルド所属で戦うのは久しぶりだけど、つよい相手だと思うとワクワクします…コウ様、ボクすっっごいがんばりますね!!」
あ、やっぱこれ謝らなくても大丈夫そうだ。
二人ともめっちゃ眼がキラキラしてるもん。




