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シフォンという女性

「ぐえーーーー!!!」

「あぁっ!?コウタ様ーー!!!」


 まるで弾丸のように俺に飛ぶつき、二度と離すまいと言わんばかりに抱きついてる相手。


 シフォンという女性の事について話をしよう。

 青に近い白いシャツにホットパンツ、健康的な肌の露出はとんでもないくらい高くて、ヘソが見えるのは当たり前。

 胸元だって、掌で包める程度のサイズしかないそれを大胆に見せた彼女は、格闘の天才だ。

 武器を持って戦いに赴く事を苦手とする彼女は、己の手足に絶対の信頼を置く。


 アイリはこの世界に来た時、己の腕に絶対の信頼があるという設定を持つ、最強最悪の暗殺者であった。

 ではシフォンが設定を受け継いでいたらどうなるか。


 全力全開、本気で拳を放てば、その拳圧だけで中級までの魔物なら消滅する。

 そう、消滅するのだ…言葉通り、今日の昇級試験で俺が相手にしてきた『アースナイト』なんて塵一つ残さない。

 シフォンが腕を前に突き出した瞬間、己の弱さを悟った魔物は四散、存在がそこにあったという事すら感じさせないだろう。




「コウタさまぁ!コウタさま、コウタさま、コウ…コウ様、コウ様、コウ様、ようやく会えたよぉ、うえぇっぇ!」


 或いは…試した事や考えた事はなかったが、その一撃を下に向けて放てば或いは星という存在そのものを消し去れる力を持つ少女が俺に抱きつき、鼻水だらだら涙ぼろぼろの風体で俺に抱きついている。

 周りの視線は当然痛々しい、特にシフォンに挑戦していた男の後ろに並んでいた連中にいたっては殺気立っている。

 まぁこいつらは、早く対戦がしたいのだろう…なにせシフォンという女は、相手に自分の力強さを感じ取らせない。


 先ほどの勝負にしても、戦いに関する実力を持たないものが見れば互角。

 或いはシフォンの方が負けていた所に奇跡の逆転勝利に見えただろう。

 ちなみに、俺の目から見ても、あの試合はシフォンの方が負けるかも、と思っていた。

 …戦う相手がシフォンだと事前にわかっていれば、そんな事はなかったんだけどな!



「コウ様!ボク、しばらく会えない間にがんばったよ!褒めて、抱いて、愛して!!!」

「…シフォン、私を前によくそのような事が言えますね」


「ふぇ?…う、うわぁぁアイリさんだ!お、おはようございます、アイリさんちーっす!おざーっす!…えっと、どうしてここに?」

「どうしてって俺がここに来てから数ヶ月経つけど、ずっとアイリは俺と――――」

「貴方が、コウタ様の事を忘れてる間、私はコウタ様に仕えてたんですよ、シフォン?」




 あ、これはマズイ。

 三ヶ月の間で一気に急成長した、俺の危険を告げる本能の部分がびゅんびゅんと警戒を始めている。

 これはアイリが本気で怒りかけている兆候だ…!

 慌てて冷徹な瞳で俺より頭二つ小さいシフォンを見るアイリの肩に手を置くと首を振っておく。


「アイリ、シフォンにも理由がある…そんなに殺気だつなよ」

「コウタ様…かしこまりました、そう仰るのであれば」

「コウさまぁ……あ!店じまい、今日は店じまいだよー!明日もここにいるかもしれないから、今日の所はごめんなさーい!店じまいでーす!!」


 アイリの魔の手から逃げられたからだろう、大粒の涙を瞳に称えたシフォンは頭を振ると集まった連中や、順番待ちの奴らに頭を下げる。

 それなりの規模の人たちに挨拶をするのは大変なのだろう。

 あっちを見てはへこり、こっちを見てはへこり、納得できない様子の参加者に夕食分の銅貨を握らせてへこり。


 その低すぎる頭に一瞬、本当に彼女が星すら砕ける実力を持つ格闘少女なのか…と思ってしまう。

 …思ってから即座に、こんな風に設定したのは俺だ、という事を思い出して軽くヘコむ。


「シフォン……」

「はーい! コウ様、なんでしょう! このシフォン何でもいうことを聞きますからお傍においてください!」

「……シフォン、貴方は立場を――」

「わかってます!でもアイリさん、ボクの!ボクの話も聞いて、コウタ様もお願いします!」


 ギャラリーや列待ちの男、多くの人間がこの場にいるにも関わらず、輝く紅髪の少女はその場に膝をつく。

 そして深々と頭をさげると、躊躇いもないままその額を地面にこすりつけ、俺らに嘆願の姿勢をとった。


 おぉっ!とどよめく民衆。

 彼らにとって、こんな美少女が土下座をしている様子など何かの見世物に移るのかもしれない。

 勿論下卑た意味ではなく、ただ、退屈な毎日に刺激を与える一幕という意味でのだ。



「し、シフォン、待て!頭を上げろ」

「いえ!コウタ様がボクの話を聞いてくれるというまであげません、お願いします…弁明の機会をおあたえください!」

「……シフォン」


 冷たい。

 冷たくて背筋が思わずゾッとするよな、力強さを秘めたアイリの短い声。

 シフォンは広場の石畳に額を擦り付けたまま、上擦った声で返事をする。


「は、はい!」

「…コウタ様がこちらにいらっしゃったのに、貴方は大道芸人にでもなったつもりでいたので?」

「違います!ボクは、この2年…ずっとコウ様を、コウタ様だけを探して世界を渡り歩いていました!本当です!」



 …アイリによるシフォンの尋問。

 戦闘力で考えれば、シフォンとアイリは互角かもしれないが、アイリのほうが先に作られた設定の人物だ。

 故に、シフォンはアイリに頭が上がらないのだろう…この態度も納得である。

 そして一つどうしても聞き逃せない単語を見つけた俺は、首を傾げながらその部分を反芻した。




「2年?」

「はい! あの日、知らない国の知らない場所で目が覚めてから2年、コウ様のことを忘れた日は一度もありません」

「……だそうです、いかがしますか?」


「いかがもなにも…そりゃシフォンが傍にいてくれるなら、ありがたいし…俺は別に怒ってもいないから、かまわないよ?」

「本当ですか!わぁーい!コウ様大好き!愛してる!やっぱりボクの忠誠はコウ様だけのものだね!」


 許しの言葉が出た途端にシフォンは跳ね上がるようにして身体を起こすと、俺に抱きついてきた。

 そろそろ5つ鐘が鳴ろうかという頃合、堂々と繰り広げられた美少女の土下座からの抱擁。

 頭を下げるという行為にどんな意味があるのか集まった人にはわからないだろう。

 しかし、その会話の意味合いや過剰なくらいの愛情の示し方に群集から、再びおぉっっと言う声があがった。


「シフォン、ちょ…待て!抱きつくな!人が、人が見てる!」

「いいじゃないですか!ようやくコウ様に会えたんですよ、もう…もう、ボクずっと会いたくて!」

「会いたくてじゃない!あた、当たってる!」

「当ててます!へへへ、どうですコウ様…あんまり大きくないかも知れないけど、いいものでしょ…コウ様のものですよ!」


 抱きついた状態のまま身体を揺すり、言葉とは裏腹に結構な存在感を主張しているソレの存在を意識させてくるシフォン。

 いくらアイリのソレを感じなれているとはいえ……柔らかい。

 それに彼女とは違いシフォンは何処か太陽の香りのようなものが鼻をくすぐり、眠たくなるような幸せな気持ちにさせられる。


 ここが広場の真ん中でなければ、の話だが。


「そ、それはわかったから、今の発言も聞かれてるから…アイリ、アイリ助けて!」

「…残念ですねシフォン、コウタ様は大きい方が好みなのです

 私が傍にいる時点で触りなれているのですよ?」


「ちょわぁ!?アイリさん、アイリさーん!?!?」


 助けを求めてアイリの方を見るも、彼女は涼しげな顔で軽く一礼。

 そして両手を広げて俺の背中に思い切り抱きついてきた。

 

 シフォンのそれがぽよんっ、だとしたらアイリのそれはふよんっ。

 感触が全然違うというのに、同じように柔らかいという奇跡の塊二つに囲まれて街の広場で立ちつくす。

 周りは、男女の事になると興味を失い離れていく奴や、こういう展開だからこそ楽しそうに見守る連中で人が離れたり、近寄ったりしてきて、また良い見世物である。



「おらー!お集まりのとこ悪いけど見世物じゃないから、ほら!そこの女子もきゃーきゃー言わない!散った散った!」


「へへへ、ボクはこのまま見られててもいいですよ!」

「私もかまいませんが、コウタ様が本気で嫌がる前に離すんですよ?」

「はい!それじゃあそれまでは、こうしてても良いってことですね!」

「…許可しましょう」

「流石アイリ様!話がわかるー!」


「だぁぁ、頼むから離れてくれー!後でいくらでも抱きついて良いからよぉぉぉぉ!」



 夕暮れ間近の街に俺の叫びが響き渡った。











「はぁ、つまりコウ様は数ヶ月前に街に来て、冒険者としてお金を貯めてたんですね?」

「あぁ…そうなるな、一応金は困ってないんだが…あって困るものじゃないからさ」



 いつもの宿のいつもの食堂。

 すっかり顔馴染みになりつつあるその場所で、ジャガイモと鶏肉のシチューと黒パンを食べながらカブの酢漬けを摘む。

 少量の水と沢山の牛乳で作られたシチューはとろとろで、やや乳の臭みがあるものの味は上等。

 今朝焼いたものを仕入れた黒パンも思っていたほど硬くなくて非常に美味い。

 少し味に飽きがくれば、酢漬けを摘みながら酒をいただく。


 

 まるでこの世の幸せのような美味さは、日本ではめったに味わえない粗野なものだが、俺はコレを気に入っている。

 作法も何もない食べ方のお供は普段ならば静かに料理を食べるアイリなのだが、今日は騒がしいのが一人加わっていた。


「あ~~~んっ、むぐっ!あむ…はふっ…!」


 これでもかと言わんばかりに大きく口を開け、パンを頬張るとシチューを一気に流し込む。

 まるでリスのようにぱんぱんに頬を膨らませながら租借をするさまに、思わず苦笑いが浮かんだ。


「シフォン、もっと落ち着いて食べろよ…えっと、それで元の世界に戻る為の手がかりと、金を稼いでたんだけど…」

「この街ではあまり情報もなく…さて、どうするか…帝都まで足を運ぶか、などとコウタ様はお考えに…聞いていますか?」

「ひいてまふ」


 ごくんっ、と彼女の口の中のものが喉を通ると、口直しにぶどう酒を一杯煽る。

 酒精の味に彼女は微妙に顔を顰めたが、コレが一番安いので我慢してほしかった。

 水だってこの世界では無料ではないのだ。


「ぷぁー…帝都ですか?あそこに行くなら、もう少しだけ待ってからの方が良いですよ!なんでも大貴族の一族が亡くなったとか

 唯一無事だった娘が親の無実の為に立ち上がったとか、色々あってバタバタしてるらしいです」





 ……あー。

 なんか凄く聞き覚えのある情報に思わずうなずく事しかできなかった。

 というか、姫さんったら頑張ってるんだねぇ…まだこの街にいんのかな。


 大将達もここ数日は姿を見せないし、やっぱり俺も行動しないといけないよな。

 いつまでもこのあたりで仕事してるだけじゃ帰る手段なんざ見つからんし…ううむ。


「あ、でもですね!ボクも一度だけ帝都に行った事あるんですけど、図書館とか結構凄かったですね

 まぁ~あの規模なら、学問都市にある大図書館の方が凄いとは思いますけど…あっちは行かないんですか?」


 しかし行動を起こすには色々と足りず…何より旅の経験が少ない…。

 不安が大きかった所にシフォンが来てくれたのは、助かったというべきなんだろうか。


 彼女は二年間、こうして旅をして歩き、俺がいないか探していたらしいし。

 こういう場合は思い切り頼りに…うん、うん?



「うん、今なんつった?」

「王都の図書館は凄いですけど、学問都市になら大図書館があるし、魔術師組合があるし、行かないんですかーって言いましたけど?」


「…大図書館?」

「はい、錬金術なんかの学問に力をいれてるここの領主が治める街で、結構凄いらしいですよ?」



 学問都市、大図書館。

 もうこの瞬間、俺の次の目的地が決まったようなものである。



「アイリ、シフォン、そこに行こう…どれくらいかかる?」

「あ、はい!えっとですね…馬車を借りれば半月ほどでしょうか、やっぱり少し遠いですよねぇ…」

「徒歩ですと、もっとかかりますし…馬車を借りるだけのお金を稼がないといけませんね、それとも手持ちの方から出しますか?」


「……んー…

 いや、稼ごう。仕事をすればランクも上がるだろうし、真面目に頑張ればもう数ヶ月もすれば、結構な額だ

 急ぐ事はないさ…お前たちがいるからな」


「かしこまりました、では明日から暫くは今までどおりということですか」

「…あの、コウ様?ランクってもしかして、冒険者ギルドのランクですか?

 もしそうなら、ボク…ランク6の金剛石の称号、持ってます」



 これからの方針が決まった矢先、シフォンの手がおずおずと上げられた。

 ランク6?

 つまり本日昇進が確定した俺たちの倍のランクだ…。



「シフォン、貴方…コウタ様を探すのも忘れて、ランク上げですか?」

「ひゃぁ!?ち、違います!アイリさん…最初の1年はコウ様を探してって依頼を出したり、してたんですけどお金がなくって!

 ボク頑張ったんです!お金稼ぐ為にランク上げて、溜まってきたらコウ様に頂いた力で稼ぎながら世界を歩いて本当ですよぉ!」


「…信じてるよ、アイリ。あんまりいじめてやるな…シフォン、そこまでして探してくれてありがとうな?」

「コウ様…はい、ボクもコウ様に会いたかったから…!」

「……仕方ありませんね、シフォン…コウタ様は私たちの思ってた通り素晴らしい人よ、命を差し出してでも仕えなさい?」

「もちろん!うん、勿論だよアイリさん!」


「いや、それは差し出されても困るわ」


 命なんて差し出されても使いこなす自信がない、と肩を竦めて微笑する。

 そんな俺の態度を何と受け取ったのか、二人の女性はぽやんとした瞳で俺を見つめていた。

 これは危ない、下手に刺激すると食べられる…性的な意味で。


 慌ててシチューとパンを咥え酒で流し込み、本日の晩飯を終えると咳払いを一つ。

 

「食べないのか…さ、冷めるぞ?」


「もちろん、いただきますよ…えぇ、ふふ…はぁ…こちらの世界に来てから毎日、幸せで私はどうなるんでしょうね」

「…良いなぁ…ボクもコウ様に早く会いたかった、はぁ…コウ様と一緒に食事できるなんて、ボクもう…死んでもいいくらい幸せ」


「良いから食え」



 うっとりしたまま熱っぽい吐息を繰り返す二人を見て冷たい調子で言ってやると、そろって慌てて食事を再開していく。

 俺も、カブの酢漬けをポリポリと摘んではエールを飲み込み、なんともいえない幸せな気持ちに浸っていく。


 たまに食堂で顔見知りになった連中が、今日は新しい女連れか?

 なーんて事を聞いてくるのを軽く受け流して、俺は今後の事を考えていった。






 数時間後、相手にするのがアイリのほかにシフォンまで加わり

 幸せだが何とも体力を消費する夜になったのは言うまでもない。

ご意見ご感想ご採点お待ちしております

しかし話が進まない、巻いているはずなのに

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