仕事が終わって
おかしい、話が進まない
自らの手で失われた命の感触に恐怖や動揺や感動、さまざまな思いを混ぜ込んだまま俺たちは森を出た。
最初に森に入った道からは大きく外れていたが、それでもすぐ傍に街道を見つける事ができ、アイリの支持に従い、街の方向へと向けて歩いた。
日はまだ高く、夕暮れまでの時間はありそうだ
それでも命を奪った事を誰かが咎めているような錯覚を感じてしまい、帰り道の間はずっと早足になってしまった。
よほど酷い顔をしていたのだろう、街を出る時に軽く一言二言の会話をした門番は、まだ忠実に仕事をすごしていて
初めての依頼に行くのだという俺の顔を見るなり、すぐさま心配をしてくれた。
あぁ大丈夫だ問題ない心配しないでくれとしかいえない俺に、彼女が門番に小さく、初めて魔物を討伐した事を教え
彼は納得したかのようにうなずいて、俺の肩をたたいて、よくやったなお疲れ様とほめてくれた。
よくやった、よくやったのか。
これは褒められる事だったのか。
理屈はわかる、大勢の人間には害しかもたらさない魔物は人間の観点から見れば悪だ。
話が通じたり意思が疎通する手段があるなら、また話は変わってくるが、やつらにはそれすらない。
大なり小なりそれを討伐する事に賛成する人間こそいても、反対する奴などいないのだろう。
この世界に、人権保護や動物愛護団体なんてものが存在しているなんて到底思えないしな。
しかし倒れ伏せた相手にナイフを突き立てた時の肉を裂く感触や、飛び出た血の匂い。
緑色という非現実的なファンタジーの世界に思わず一瞬、感動すら覚えてしまった事は事実であり。
それは本当に、よくやったと褒められる事なのだろうか。
俺の疑問に答えは出る事はなかった。
「お疲れ様でした、次の依頼達成も期待していますね、それから始めての依頼達成おめでとうございます」
「…ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ギルドに着いて、一階の依頼報告カウンターで番号札を受け取って
報告の類を義務付けられた依頼報告窓口の一つで中年に入りかけた男性を相手に淡々と起きた出来事を語る。
巣は未だ作りかけである事、目印はとても巨大な岩である事、途中でゴブリンと遭遇して戦闘になった事。
さすがに戦闘の内容を細部まで語りはしないが、俺が敵対した魔物を殺した事はしっかりと報告した。
彼はそれを手元の紙に淀みなく書き記していくと一つ息を吐いて、インク壷を手元から放す。
ほんの少しだけ黒いのが滲んだ紙に息を吹きかけて乾かそうと試みた彼は薄く笑うと。
「失礼、貧乏性なものでして…それで、えぇっと…ご報告ありがとうございます…今回の件ですが、明日にでも討伐チームが組まれるでしょう」
「明日にですか……?」
「えぇまぁ、なにせ魔物の群れですからね…規模が大きくなり近隣の村に損害がいかないうちに片付けなければと思いまして…こちらは、国からの助成金も降りるでしょう」
「そうですか…」
「討伐チームの方は、大体5人から10人である程度の実力の方々を募集するでしょうから、コウタさん達の仕事はここまでとなりますね
いや、良かった…俺ならば大丈夫、自分が負けるはずがない、と駆け出しの方が魔物に無謀な突撃をして殺される、というケースは山ほどありまして
コウタさん達は良い冒険者になりますよ、きっと」
「そんな、怯えて逃げてきただけですよ…それに一匹と戦闘になってしまいましたし」
「はは、そう言ってくれる人は長生きするんですよ…さて、それじゃあ報酬をお渡ししますね、銀貨といえば駆け出しの方には大金でしょう、今日は帰って食べて呑んで、自分を労ってやってください」
ああ、これ気づかわれてるなぁと思いながら頭を下げて銀貨を受け取る。
シャンミール姫からの報酬はまだたっぷりと残っているし、金額としては驚くものではないのだが、その輝きは特別に見えた。
結果がどうあれ労働をしたという事実があるからだろうか…その銀貨を懐にいれると、軽く頭を下げてカウンターから離れていく。
俺たちがギルドを出て行く頃になって、次の番号の人が呼び出されるのが聞こえた。
その人物はいったいどんな依頼を受けたのだろうか、少しだけ気になった。
街について報告をして、その頃になって日は沈み始めていた。
ここ数日の体験からいくと、あと数時間もすれば6つ目の鐘が鳴り響くだろう。
そうすれば夜が来て、街は一日の中で最後の騒ぎに包まれる。
そこで、ふと気がついて左腕にはめられっぱなしになっていた腕時計を見た。
時間を気にする事、が最近はなくなっていたので忘れていたが、元の世界から持ち込まれた、たぶん世界で一つだけしかない、とても大事な時計。
午後6時32分。
元の世界では何をしていた時間だったかと考え……酒を買って家に帰りだらだらと過ごしていたであろうことを思い出す。
…よし!
「アイリ、宿に帰ろうぜ!飯食って酒飲んで、明日は俺の装備を買おう!んで、それからまた仕事だ!」
「はい、かしこまりました…コウタ様」
隣に並ぶ彼女の手をとって…異世界でもあんまり変わらない、普段どおりの過ごし方をしに、俺は帰るのだ。
「わかっちゃいたけどさぁ、やっぱ俺こえーよ…めちゃくちゃこえーよ、人間サイズの生き物が手の中で死んだのってすごい重たいよぉ」
さて、その日の晩…宿の食堂で飯を食い。
小銭稼ぎの仕事で帰らないという大将達不在の、少し静かな晩飯を盛大に銀貨を使って食べた。
宿泊料金を大幅に超える硬貨での支払いに、あれもこれもと次々と料理や酒を並べてくる店主のほころんだ顔は記憶に新しい。
最終的に、俺たちが料理を食べきる事はできず、あまった金額で周りの人たちに一杯奢ったりする羽目になったりもした。
まぁ…どうせ使い切る予定の金だったから構わないだろう。
金を貯めたいなんて言って、こんな事をしてしまいアイリには申し訳ないと思ったが、どうしてもあの金は使い切ってしまいたかった。
「えぇ、えぇわかりますよ…最初のうちはそんなものですよ」
「そうかわかってくれるかぁ…はぁ……なんで俺あんなに調子乗ったんだろう、あんな事言わなければ良かった……」
食堂の方からお願いして持ち込んできたお酒を飲みながら、ため息をつく。
気分はまさにだめなタイプの酔っ払い、お酒を飲んだ時にまねしたくないタイプの人間ナンバーワンである。
しかしそれがわかっていて、やめる事ができないのもまた事実。
空っぽになったグラスに次の一杯を注ぎながら、アイリのにも注ぐ。
「コウタ様が嫌なのでしたら、全部私にさせてくれても構わないんですよ?むしろそうしてください」
「…いや、大丈夫だ、俺は冒険者になったし、ここは異世界だから、やるよ、やらないとね」
「本当ですかー?本当に大丈夫なんですかぁー?」
じぃ、と見つめてくる我が心の天使アイリの視線から逃げるように目をそらす。
自分でやる、冒険者で異世界だから、…そう考えると少しは納得がいく。
「郷に入っては郷に従え、それがここの常識ならな」
「はい、それでは一緒にがんばって行きましょうね!」
「あぁ…にしてもアイリは元気だなぁ…お前は平気なのか?」
「えぇ勿論、私はそういうのなれてますから、むしろあの程度でしたら…ねぇ」
それもそうか、と納得。
その納得と一緒に今まで自分が悩んでいた事も押し込むように、また一口。
酒精はだいぶ俺の身体に回ってきているのか、月と蝋燭の炎が照らす部屋はどこか夢のようだ。
当然、俺の対面で一緒に彼女だって、儚く映る。
「アイリは強いなぁ……見習わないとな」
「そんなとんでもない!コウタ様が強くなりすぎると私がお役に立てなくなってしまいます、そんな事する必要ありません!」
「いやいや、何言ってんの…俺だって強くなりたいのよ、こうすごい能力でわしゃー!どしゃー!!って出来るよにさ!」
右へ、左へと赤らんだ顔のまま手を振って、見たりするが、いまいち頭の中のイメージは伝わりにくい。
アイリも少しだけ複雑そうに微笑んだ状態で自分のグラスを傾けている。
「突然強くなる、という事は難しいかと……でもコウタ様は飲み込みも早いですし、この調子なら数年もすればすごくなれますよ」
本当かねぇ……自分の足を見て、そう思う。
ここ最近は走りっぱなしで、今日は半日歩きっぱなし。
足を行使し続けてるせいか気にならなくなってきたが、それでも筋肉痛で痛いものは痛い。
…ううん、元の世界では運動なんて苦手でどうしようもなかったけど、これが本当に強くなるのか?
「えぇ、コウタ様の成長速度は素晴らしいです…保障します」
「そっか、そっかぁ……」
成長力が素晴らしい。
その言葉に先ほどまで暗い気持ちで呑んでいた事を忘れて、頬が緩む。
単純に言えば成長チートという奴なのかもしれないと思うと、そりゃあうれしくもなろう。
この世界だと、ステータスを見たりとかそういうお約束は一切ない。
自分の性能がギルドカードに数値化されるということもないしな、だからこそ自分が強くなる実感というのは得にくいが
その代わりにアイリから、そんな風に褒められるとこの数日が無駄ではなかったな、と思えて明日からがんばろうという気持ちになっていくから不思議だ。
明日からがんばろう明日から、そう明日から。
…前の世界ではよく口にしていた言葉だが、この世界での明日は特に大事だ。
金は有限で稼がないといけないし、その金を稼ぐには危険業に身を投じないといけない。
「明日からがんばるかぁ……」
「ふふ、そうですね…明日から、がんばるためにこんばんはゆっくりしましょう?」
「そうだなぁ…今日は歩きっぱなしで俺はもう疲れたよ、本当なら数日は外に出かけないで家でゴロゴロしていたいわ…いや、ここ家じゃねぇんだよな」
「コウタ様がお望みなら一緒にのんびりしていても構わないんですが、こんばんは…駄目ですよ?」
駄目?はて…駄目とは何がだろう。
ちびりと酒を飲み、お疲れモードの足を労う為に撫でながら考えてみるが、思い当たらない。
俺はいったい何かしただろうか…いや、何かを忘れているのだろうか。
「うぅぅん……」
唸るようにして考え込んでいると、衣擦れの音が聞こえ耳に届いた。
しゅるり、と重たい外套を脱いで二人で飲んでいた椅子にかける音だ。
そして、その音を生み出した相手は一人しかいない。
「アイリ?」
「はい」
「何で脱いでるの?」
「約束ですから」
「約束?」
「えぇ今晩覚えていろと」
………あー、そういえばそんな事もあった、なぁ。
…ということはもしかして?
「そういう訳ですから、明日からがんばるために今晩は二人で楽しみましょう?」
椅子に座る俺の肩にアイリの手が置かれると、少しずつその顔が近づいてくる。
あぁ、コレは今日も情けない姿を見られて食べられるパターンだ…!!
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