初クエスト
アイリと二人で街の西門から外へと出て街道をしばらく歩く。
新品のギルドカードを門番に渡し、門の外へと出るための簡単な手続きをしながら話を聞いたところ、この道は王都までずぅっと続いているらしい。
このシール子爵の治める街は王都から数えて5つ目の都市で、後数年もすれば大都市になるだろう。
俺達はその未来の大都市を守る仕事をしているんだぞ、と誇らしげに教えてもらった。
未だ発展を続ける未来の大都市か…なるほど、足元に続く道を見ればソレも納得がいく。
シャンミール姫と一緒に来た道は土を踏み固めただけの簡単な道だったが
西のこの辺りは石が敷き詰められているのだ。
まだ隙間は多いものの、これなら雨の次の日に馬車の車輪がぬかるみにはまり、積荷を諦めないといけないなんて事態は少ないだろう。
地面がしっかりとしていて歩きやすいせいか、道を歩く速度は段違いだ。
この感触を感じてしまうと森の中を歩いたり、土の道で満足していた自分が恥ずかしい!
「問題の森ってのは、すぐ傍の小さな村との間に広がる森だっけ…そのまま入るのか?」
「そうですね…深い場所まで行く訳でもないですし、私達の仕事は様子見ですので、それも宜しいかと」
「…もし巣が見つからなかったら、また明日探せば良いと…夜までには帰りたいな」
「はい!ぜひとも帰りましょう、なんでしたら私がコウタ様を抱えて街までひとっ走りしても構いませんよ?」
「お断りだよ!何それ!俺の男としての矜持みたいなものが音をたてて崩壊するんだけど!}
「あら…コウタ様にそんなものが残っていたんですか?」
「よーし言ったな、今晩は覚悟してろ!」
「はい、それはもう…お待ちしてます」
ぺろり、とアイリの舌が唇を舐めて湿らせる。
割とよくある仕草なのに何故だろう、俺にはそれが捕食者が獲物を見つけた時の舌なめずりに思えてしょうがなかった。
ここ最近は訓練の関係で色々と出来ない事が多かったし…あぁ、たった数日前の事が懐かしい。
またあれが楽しめるのかと思うと、楽しみでしょうがなく、足取りもずいぶんと軽くなっているのを自覚してしまう。
そうしている間に道から外れた左手になだらかな丘が見えてくる。
更にその向こうには森の様子も見えた…背の高そうな木がいっせいにずらりと並んでいる所は中々、壮観だ。
ついている葉の形状や位置から考えると、どうやらあそこが目的の森で間違いなさそうだ。
ソレを確認すると石の道から逸れて丘を登り始める…といっても、なだらか過ぎて殆ど歩いているのと変わりはないんだけどな。
「なぁアイリ、ゴブリンってどんな生き物だと思う?」
「ゴブリンですか…やはり背が低く、顔は醜く人間のように群れをなし、場合によっては棍棒などで武装していたりですか?」
「正解…この世界のゴブリンは大体そんな感じらしいぜ、受付さんに聞いた」
丘を登りきると、中々深そうな森がすぐ目の前に広がっている。
これなら歩いて30分もかからないな、と思いながらのんびりと歩き出しながら左右を確認。
最初にゴブリンを見たってのは樵だって話らしいけど、このあたりにはいないのか、或いは仕事を休んでいるかのどちらだろうか。
「…まさにファンタジーの中の俺達が思い描く通りのゴブリン、ソレが世界に存在するってある意味凄い事だと思うんだ」
「と、言いますと?」
「ふふ…そんな難しそうな顔をするなよ、アイリ!」
隣にいる褐色色の掌に自分のソレを重ねて歩いていく。
たまに無言になったり、ぽつりとほかの事を話したりするせいか、気がつけば森の入り口ともいえる最初の木にたどり着いた。
俺は少しだけ緊張しながら、足元を確認しながら一歩踏み出す。
武器を買う暇がなかったので、つい持ってきてしまった腰に装備したままの木剣が妙に頼りない。
当然だこれは訓練用の装備だし…誰かを傷つける事なんて想定していない。
だけど、この森の中に魔物がいるのかと思うと、やけにこれが頼りがいのある装備だと思えてしまうのも事実。
かの伝説の勇者だって最初はひのきの棒で…ひの……あ、皇子と伝説の勇者は最初から銅の剣だ、俺装備の時点でダメだわ。
「帰りてぇ…」
「えぇ…!ちょ、ちょっとコウタ様、ここまで来てそれは…か、帰りますか?」
思わず唇から漏れた言葉にさすがのアイリも、驚いた顔をして…まさかね、といった調子だ。
流石にこれは冗談なので俺も頷きつつ。
「お、おう…いや、それでな…トールキンがゴブリンを…例えば、全裸でブルーベリーみたいな色をした巨人、っていう印象を作り出したらさ
今この森に居るゴブリンってのは、全裸でブルーベリーみたいな色をした巨人になっていたのかな、ってふと思った…っととと!」
考えてみると、みんなの頭の中にある…過去の偉人によってイメージ付けされた生き物がいるっていうのは、本当に不思議な世界だ、としみじみ思いながら歩いていると
地面から生えていた木の根に足をとられて転んでしま…わなった。
俺の身体が宙を浮かんで、地面への落下を開始する前に隣から伸びてきたアイリの手が俺を掴んで引き寄せ他のだ。
よってそのまま倒れるような事はなく、それどころかアイリに抱きかかえられるような形で事なきを得てしまう。
「…助かったわ」
「はい…足元に気をつけてお歩きくださいね」
「あぁ、そうする」
「それと…ゴブリンもそうなのですが、それを言ってしまうと私も、コウタ様に生み出された一人ですよ…不思議でも良いじゃないですか
ファンタジーってきっとそういうものなんです」
すぅ、と息を吸うとアイリの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
女子に対して耐性のようなものが殆どない俺だが、アイリの香りは良く知っている。
例えば本職の暗殺を行う時の仕事道具の一つだとか、心を落ち着かせる効果があるだとか…まぁ、そんなのはどうでもよかった。
アイリだ、アイリが俺の傍に居る…すぅ、と息を吸うと幻ではないと主張するかのように、また彼女の香りが胸を満たす。
ファンタジー最高。
「コウタ様、お静かに」
あれからすぐに抱きついたままでいるという事に恥ずかしさを覚えてアイリから離れてまた歩き出す。
何か気配を感じたりしているのだろうか…アイリの足取りに迷いはなくすらすらと森の木々の間を歩いたりしていた。
たまに切り株がそのまま放置され、キノコが生えていたりするのをみた。
樵が木を切り倒した後なのだろう。
…正直ソレがなければ、出口のわからない森というのは俺の目にはどこも同じに見えてしまう。
一人だったら確実に迷子ですといっているところだ。
「…アイリ?」
「気配を感じます…この匂い、獣のそれに近いですけど四足じゃありませんね……距離は…近い、です」
我等が頼りになるアイリは顔をあげると、木々の間を通り抜けていく風に耳を傾け鼻を動かし匂いを嗅ぎ。
閉じた瞳で音を聞き…もうこれ以上無いほど、にいまだ姿の見えない相手を追いかけていた。
なにこれ、実際に見てみるとめちゃくちゃ頼もしいんだけど。
でも彼女の邪魔をしてはいけないと知らない間に声は少しだいぶ抑えられ。
「ゴブリン…?」
「恐らくは…、ただ猟師という可能性も捨てきれませんので……近づいて確かめたいところですね」
「数が3までなら行こう、それ以上は危ないからやり過ごしたい」
「少々お待ちを…………2ですね、人とは思えない鳴き声をもらしていました」
瞳を開けたアイリは既に、正確な位置までも把握したというのだろうか。
その視線はじぃっ、と森の向こう側だけを見つめている。
それにしても彼女の言葉を信じるなら人間じゃなさそうだし、これはいよいよ確定か…?
「行こう、慎重にな…って俺が人のこと言えないよな、ははは」
「ふふ…大丈夫ですよ、二匹くらいなら最悪…跡形もなく消し去ってしまいますから」
頼もしい限りです。
しみじみと思いながら、アイリに先導されて歩き出した。
そして予想していたよりもずっと早く、アイリの手が俺を静止した。
慎重にゆっくりと歩いていた俺はそれに驚く事無くぴたりと停止、そのまま地面に片膝をつくようにしてしゃがみこむ。
同時に、むわりと来る血の匂い、鼻血をこれでもかというほど出した時の何十倍、何百倍も強い、あの独特の匂いが俺の鼻をついた。
ここまで来れば気配がどう、なんて感じる必要もない…匂いに乗るようにして、醜悪な鳴き声さえ漂ってくるのだ。
「――ギャ!――――…、ギャギャ!!」
「ギー!―…ギャァ!」
甲高く耳障りな、ソレを聞くだけで不愉快な気持ちが増していく音だ。
しかめっ面をさらしながらアイリのほうをみると、彼女は唇に指を立てて触れさせるという
子供でも知っているジェスチャーを披露しているので、黙って頷いておく。
そしてアイリは俺が静かになったのを確認すると、ゆっくりと前方を指し示す。
俺達の居る場所から距離はだいぶ離れているものの、木と木の向こう側にあいつらはいた。
緑色の毛の一切生えない小柄な肉体、顔は見えないが不愉快な鳴き声は歓喜に満ち溢れ
太い木の枝を持っただけの粗末な装備。
ソレが同時に二体存在していて、片方の手には今しがた仕留められたと思われる、血を流したウサギのような生き物。
頭に角が生えているそれは覚えている限り、アイリが最初の日に仕留めてきたそれと同じ動物だろう。
「どうやら狩りを終えたみたいで…これから巣に戻るようですね」
その言葉を証明するようにゴブリンはウサギを片手に持ったまま俺達に背を向けて歩きはじめた。
距離もあるせいだろうが、何より狩りを終えた満足感から俺達にまで目が行っていないようだ。
「追いかけよう」
「かしこまりました」
物音をたてないように気にしながらゴブリンの背中を追うこと、数十分。
時々別の方向から聞こえてくる醜い鳴き声に身体を隠し息を押し殺し、平然とした様子のアイリを頼りに進んでいく。
この追跡は予想以上に体力をすり減らすようで、ゴブリンの群れを見つける頃には息はあがり服は汗を吸ってどっしりと重くなっていた。
「はぁー………」
「お疲れ様です…どうやら、間違いないようですね」
「だな……あれならたいした事なさそうだ」
木から顔だけを外に出すようにして覗き込むと、その先にはゴブリンと思われる魔物が総勢30匹ほどいた。
周りの樹木の半分ほどの高さを持つ巨大な岩を拠点に、その下に大きな穴を掘り簡単な木にボロボロの斧を叩きつけ切り倒さんとするモノや、今しがた狩ってきた獲物を見て喜ぶモノ。
既に倒された樹もあるのだろう、切り株はテーブルやこの集団の群れと思われるほかの奴らより一回りほど背の大きなゴブリンの椅子と化している。
さて、どこで寝泊りしているのだろうかと眼を向ければ彼らが群れを作っている岩の底のほうに、何か穴のようなモノが見えた。
もしかして地面に穴を掘って住居としているのだろうか。
だとしたら中々面白い生態だ…或いはあそこは木を切って家を作るまでの、簡単な寝床なのかな。
「見たところ、巣を作る前…つい先日この森にたどり着いたばかり、といった感じだなぁ…」
「えぇ…それに魔物からは全体的に活力を感じられません、疲れているようです」
「まぁアレを見る限りでは多少の文明はあるようだし、何もない所で寝そべって…っていうのは厳しいモノがあるんだろう…よし、アイリ、仕事は完了した帰るぞ」
「体感ですがこのまま、まっすぐ進めば街道から少しはなれた場所に着くはずですね……そこから出て、街に戻りましょう」
何それ凄い、俺殆ど迷子だったのにアイリったらばっちり帰り道まで覚えてたの。
頼りになるなぁと思ってアイリを見ると、微笑んだ瞳の彼女と目があった。
そして懐から大型のナイフを一つ取り出すと、それで自分が隠れていた木にバツ印をつけると
音もなくそこから離れはじめる。




