訓練、そして始めての依頼を受ける
アイリとの特訓が始ってから四日間。
つまり、二人でベッドを共にしてからそれだけの時間がすぎたってことだ。
あの後、三つ目の鐘の音で眠りから目覚めた俺は、やけにスッキリした気持ちでベッドから降りる。
彼女は既に身体を起こしていて、にこにこと普段と変わらない様子を見せていた。
そこから、暇潰しも兼ねての訓練が始った。
基礎体力をつける為の走りこみ、何処からか拾ってきたのか子供が持ちそうな木剣を持って素振り。
たまに棒立ちのアイリに木剣を打ち込んでいき、見事にいなされては自信をへし折られる。
インドア派ココに極まれりという具合であった社会人である俺に、この運動量は些かキツ過ぎた。
初日は夕暮れまで身体を動かし続けた後、夕飯もそこそこに倒れこむように眠り込んでしまった。
二日めは鐘二つの時間から、筋肉痛に悩まされた日だ。
腕を持ち上げたり足を上げたりする度に、身体のどこかが悲鳴をあげ動きにくいったらありゃしない。
その中でも軽い走り込みと素振り、それからアイリへの打ち込み。
当然だが俺の振るった木剣はアイリに当たる事はおろか、その場から彼女を一歩も動かす事すら出来なかった。
偉く優雅な動きはまるで俺の行動の全てを知っているかのように軽やかで、気負った様子は一つもない。
流石の俺もその時ばかりはアイリをもっと弱く作っておいてもよかったかも、なんて思ってしまう。
三日目は走りこみと素振り、基本的な事を地道に重ねていくのが、まず最初です。との言葉に俺の心は折れかける。
家と職場の往復くらいしか外に出なかった半引きこもりにこの運動量はキツい、キツ過ぎる。
自分達の用事の多くを終えて、後はのんびりと滞在するだけといった大将が冷やかし混じりに様子を見にきたのも確かこの時だ。
彼らは部下も含めて、俺達のしている訓練を見ては納得したように頷いていた。
何でも、あっと言う間に強くなる方法なんてそんなものは何処を探してもないそうだ。
…例外としてアイリがいるんだけどな、と思ったがそこは黙っておいた。
代わりに随分と余裕そうにしている大将に気になった事があったので聞いてみる。
「貴族令嬢の殺害なんて危ない仕事したのに、そんなノンビリしてて良いのか?」
そう聞くと彼は顎鬚を撫でながら、山賊のような顔を顰めて簡単な事情を教えてくれた。
聞けば、今回の件であの馬車を使って逃げていたのは、最初からジェイルと姫だけ。
俺達は誰も殺していないし、姫と仲良くなれた事もあり今回の事は何もなかった事にしてくれるらしい。
さらに言えば冒険者が仕事に失敗するなんて常。
失敗の報告をしたからといって、特に何かがあるわけではないらしい。
例えそうでなかったとしても大将達は依頼主の情報を殆ど知らなったようだ。
顔を隠した男が彼らの前の拠点の宿にやってきて金を積み、依頼をしたらしい。
その際に、依頼主の身元を無関係の人間に知られたらそいつは殺せ。
お前達が知ってしまった時は、……と、多額の金を渡された。
誰にも言わないってだけで多額の金がもらえるなんて、随分と良い仕事だ、俺もやりたいよ。
冗談めかして言うと大将は笑って
もし酒の席で口が滑ったら次の日は情報があちこちに飛び火、一ヶ月もすれば権力者の私兵やら俺達の捕縛依頼がギルドに張り出されるやらで大変なことになるぜ。
なんて事を教えてくれたので、やっぱりそんな仕事は受けないようにしようと思った。
…事情を知ってしまった上で生きている俺の立場が、相当危ないものという事も理解できたので、姫の一件は出来るだけ口に出さない事にしよう……。
四日目、一つ目の鐘がなって少ししてから目を覚まし、走り込みと素振り、それからアイリへの打ち込み。
走りこみは面倒だし大変だし疲れるしで楽しい事は何一つなかったが、彼女に向かって木剣を振るうのは楽しい。
別に俺は女を殴って悦ぶド変態であるとか、そういう意味ではないぞ。
どんな風に攻撃してもアイリにはこれっぽっちも届かない、なら次はどうする、こうしてみよう。
頭で考えて体を動かすのは、何となくスポーツで必死になる感覚に近い。
ひたすら自分との戦いである走り込みや素振りに比べれば、この時間は楽しくてしょうがなかった。
それらを3つ目の鐘がなるお昼まで徹底的にやると、宿の食堂で食事をとる事にした。
「…そろそろ冒険者らしい事もしていかないとな」
ハムとチーズとレタスのような野菜の入ったサンドイッチを食べ終えると、パンくずを舌で舐め取りながた呟く。
この4日間、何もただ適当に訓練をしていただけって訳ではない。
夜になれば酒場に顔を出し、人に話を聞く。
俺がこの世界に飛ばされてきた頃を重点的に、何か変わった事はなかったか。
何処かの国が大規模な魔法の実験をしたとかそういうことは特に念入りに聞いていく。
たまに酔っ払った振りをして、別の世界から来たなんていう奴がいたりするか、なんて話を酒の席でのバカ話として聞いてみたりもした。
幸い、金だけは腐るほどあったので酒を一杯…少し高めの奴を奢ってやると話は驚くくらいすんなりと聞けた。
中には宿に止まっている本物の商人や冒険者なんてのも居たりしたが、有益な情報はなし。
それらの結果を踏まえ、そろそろ冒険者として動き出すか、と思ったのだ。
「かしこまりました、では…そのようにいたしましょうか」
丁寧に入れたとはお世辞にもいえない、果実の汁を混ぜて甘みと風味を出した水を一口飲みながら頷く。
大将達は小銭を稼ぐといって、今日も外に仕事に行っているし、俺達もちょうど良いだろう。
「仕事をしながら色んな話を集めていこう…まぁ、最初はお使いみたいなもんさ、多分な」
冒険者に登録して、まったく冒険らしい事をせずに4日も過ぎて、ようやくギルドに顔を出した経緯は、大体そんな所か。
ギルドの中は今日も多くの人でごった返している。
これらの多くの人が、同じギルドに登録して一緒に仕事をしていると考えると、中々胸が熱くなるな。
入り口にボーッと突っ立っていると他の利用者に怒られそうなので、さっさと移動する事にした。
前回ギルドに来た時に軽く調べておいたんだけど、依頼の登録や張り出しは二階で全て行われていて
一階のギルド部分は仕事の完了報告の為に丸々使っているらしい。
これはギルドの裏手に大型の魔物の素材の持ち込みなどのための場所があることなどが関係している。
何とも考えられたものだと思うと同時、これだけのスペースと受付の数を使ってもまだ列を成す人が居るということに驚いてしまう。
冒険者なんて仕事は危険業だと思っていたが、これは中々…結構普通の街人みたいな格好をしている人もいるし。
案外お小遣い稼ぎ、にギルドを利用する人ってのは多いかも知れないな。
さて、階段を昇ればコチラは、一階とは違って少しは静かになる。
このフロアは壁に大きなコルクボードが幾つか掛けられ、そこに難易度別に依頼の用紙が張り出される事になっていた。
仕事の登録カウンターは一階と比べて半分ほどで、残りは馬の借り出しの申請や依頼をギルドに頼む、といった様々な用途別に受付が設けられている。
俺とアイリはそのコルクで作られた掲示板の中で、常備・定員無し依頼とかかれた看板の元へと出向いていく。
このボードには、隣にある最低ランク向けに張り出された依頼のボードと同じくらい多くの紙が張り出されていた。
ただ、紙自体は古びているモノの、剥がされた様子などもなく、長い間この状態で放置されているかのようだ。
それにこれの前で依頼に注目している人は、割と普通な格好をしている人が多い。
見ればボードの中央には、こちらの紙は剥がさずに、依頼証明品を職員へと申しつけください、と書かれている。
文字が読めない人の為への配慮だろう、紙を剥がす行為にバツ印、人と人が話している姿に丸印が描かれていた。
そういえば…俺は本当にありがたいことに、この世界の文字すら普通に読めてしまった。
お陰で文字が読め、ある程度の計算は出来て…といった具合で、現代社会人だった俺は、最悪…本当に最悪、食べるに困った時の就職先だけは困らなくても良さそうである。
薬草の採取、基本料金銅貨10枚、採取量により追加報酬有り。
外壁の拡張工事、基本料金0、別途依頼主より報酬が支払われます日当銅貨30枚。
街道整備の人員募集のお知らせ、基本料金0……依頼主から支払われるのは変わらず。
他にも街の外の定期巡回や、商人ギルドの雑用など、見れば様々な依頼が張ってある。
ただ、殆どはそれなりに大きな組織からの常に必要とされている依頼のようだ…なるほど、だから常備なのか。
「こっちはどうなんだろう」
しばらくの間ウィンドウショッピング感覚でボードを眺めていたが、次第にこれといった依頼がないので興味がなくなってくる。
そのまま隣のボードの方へと移動して、二人で並んで依頼を確認していく。
こちらは皮鎧や、厚手の服、それに頑丈そうなブーツといった、少し旅装を意識した格好の人間が眺めており、俺達もソレに混ざる。
突然最低ランクの冒険者用のボードの群れの混ざってきたアイリに視線が寄せられたりするが、その類は無視を決め込む。
「近所の肉屋さんからの依頼で、街の外の動物のお肉が欲しいので、魔物を幾らか狩って来て欲しい…ですか
中々、面白いのが一杯ありますよ、ほらほらコウタ様見てください」
「南方面の街道を作る為の調査……依頼期間10日、報酬1枚…費用別」
色んな依頼があるもんだなぁ…と感心気味にあれこれ見ていると男が、今の紙を剥がしていく。
ちらりと見た限り、外套を装備してブーツも厚い、旅になれた男といった感じだから、今の依頼にぴったりだったのかもしれないな。
まぁ彼のことは忘れるとして、俺達は俺達でやるべきこと
つまり自分達が受ける依頼をあれやこれやと探していく。
「いまいちピンと来るのがないなぁ……」
「えぇ…そうだコウタ様、情報を集めるだけ、ならば他の酒場や宿屋を回るという手もありますが」
「それも考え…おっと、アイリ、これとかは?」
悩んでいた所にふと、目に付いた一枚の紙を指差してみる。
内容は、ここから少しはなれた森でゴブリンの集団が樵によって観測された
なので巣が出来てしまっているかどうかの確認をしてきてほしい、といった内容のものだ。
基本料金は危険な仕事であるという可能性も考えてまさかの銀貨一枚の正確な詳細で追加報酬有り。
これは他の他の依頼がすべて、銅貨で計算されている事を考えると、正直いって凄い美味しい。
だがしかし、問題もある。
報酬自体は破格だが、魔物が居るかもしれない場所に近づく危険性ということも考えるとヤハリ人気はないんだろう。
紙を取る人物は誰もおらず、他のモノを剥ぎ取ってカウンターに行く人ばかりが目に付いてしまう。
「あぁ…これは良いですね…えぇ、コウタ様がこれを受けたいのであれば、私は異存はありませんね」
隅から隅までそれこそ依頼書に穴が開くかもといったレベルで見つめていたアイリが一度頷いた。
なるほど、彼女から見てもこれは余裕な依頼らしいと思うと俺としては、安心感が湧き出てくる。
そうと決まれば細かい事は考えない、他の誰かがこの紙を破る前に俺達が破り取ると大事にソレを抱えて、最低ランク依頼のボード前から離れていく。
俺の始めてのクエストがはじまる……!




