第33話 黒曜港到着! 美しすぎる吸血鬼からの招待状
「……港っていうより、巨大な異世界そのものだな」
黒曜港に到着した蓮は、目の前に広がる光景に思わず声を漏らした。
巨大な船が空を飛び、海には見たこともない生物が引く輸送船が浮かんでいる。
港の市場には、透明な果実、魔力を蓄えた宝石、空中を泳ぐ魚、そして見覚えのある日本語が書かれた商品まで並んでいた。
「おいおい……日本の商品もあるぞ」
蓮は思わず足を止めた。
棚に置かれていたのは、見覚えのあるスナック菓子。
ただし、値札を見て目を疑った。
「一袋、金貨三枚!?」
「れん、あれ買うの!?」
モモが目を輝かせた。
「いや、待て。これは商売のチャンスかもしれない」
蓮は商品を手に取り、裏面を確認した。
日本から持ち込まれた商品らしいが、輸送経路も販売元もわからない。
しかも、隣の商品には別の世界の文字が刻まれていた。
「……この港、ただ商品が集まっているだけじゃない。異世界同士の商品が、ここで混ざっているんだ」
ミリアがうなずく。
「スマートフォンが示していた取引網の中継地点。間違いなさそうですね」
バルトも周囲を見渡した。
「商人の数が多すぎる。普通なら、こんなに多くの世界の商品を一か所で扱うのは難しい。誰かが流通を管理しているはずだ」
ガルドが低い声で言った。
「問題は、誰が管理しているかだな」
そのとき。
「お待ちしておりました、蓮様」
黒い制服を着た女性が、静かに頭を下げた。
「……俺?」
「はい。こちらをお渡しするよう、主人から命じられております」
差し出されたのは、深紅の封筒だった。
封蝋には、黒い薔薇の紋章。
蓮が封を開くと、美しい文字が記されていた。
『境界の商人、蓮様へ。
黒曜港へようこそ。
あなたが探している取引網の秘密について、少しだけお話しする用意があります。
今夜、月が最も高く昇る頃、黒薔薇の館へお越しください。
お連れの方々も歓迎いたします。
ただし――あなたには、ぜひ一人で来ていただきたいものです。
ヴェルティア』
「……ヴェルティア?」
蓮の顔が引きつった。
スマートフォンが震える。
【警告:高位吸血鬼ヴェルティア】
【危険度:測定不能】
【推奨行動:接触を避ける】
「いや、危険度が測定不能って、どういうことだよ……」
セレナが手紙を取り上げた。
読み終えた瞬間、その美しい顔から笑みが消える。
「蓮。一人で行くなんて、絶対に駄目よ」
「いや、まだ行くとは……」
「駄目」
「はい」
即答だった。
モモが手紙をのぞき込む。
「黒薔薇の館って、お菓子のお店?」
「違うと思うぞ」
「じゃあ、行かなくていいね!」
「いや、取引網の情報があるんだよ!」
「れん、危険って書いてあるよ?」
「それはそうなんだけど……」
ガルドが腕を組んだ。
「罠の可能性は高い。だが、向こうから接触してきた以上、無視すれば別の手段を取るかもしれん」
バルトが手紙を見つめる。
「しかも、俺たちが探している情報を持っていると言っている。こちらの動きを把握しているのは確実だ」
ミリアは封筒の封蝋を調べた。
「この紋章、ただの飾りではありません。微弱な魔力が残っています。追跡用か、それとも本人の魔力を示すものか……」
蓮は少し考えた。
そして、スマートフォンを取り出す。
「行くにしても、相手の条件をそのまま受け入れるつもりはないよ」
「蓮?」
「俺は商人だからね。まずは条件交渉だ」
蓮は招待状の裏に、ペンで一文を書き込んだ。
『商談には応じます。ただし、仲間の同席を認めていただきます。取引条件と安全を確認できない場合、商談は成立しません』
「これでよし」
セレナが少しだけ表情を和らげた。
「……それなら、いいわ」
「ただし、私も同行するから」
「もちろん」
セレナは満足そうに微笑んだ。
「それと、蓮。あなたが相手の美女に見とれていたら、私が引きずって帰るから」
「なんでそうなる!?」
「念のためよ」
「何の念だよ!」
モモが羽をぱたぱたさせた。
「セレナ、やきもち!」
「モモ?」
「はい、黙ります!」
◇
その頃、黒薔薇の館。
黒い大理石の床。
赤い絨毯。
天井から吊るされた巨大なシャンデリア。
壁には、数えきれないほどの異世界の地図が飾られていた。
その中央に、ヴェルティアが座っていた。
深紅のワイングラスを傾けながら、彼女は報告を聞いていた。
「蓮様から返事が届きました」
侍女が手紙を差し出す。
ヴェルティアはそれを読み、くすりと笑った。
「仲間を連れてくる、ね」
赤い瞳が楽しそうに細められる。
「思ったより慎重な子なのね。力だけで突っ込んでくるタイプかと思ったのに」
「招待を取り消されますか?」
「いいえ。むしろ歓迎するわ」
ヴェルティアは立ち上がった。
身体のラインに沿う黒いドレスが、歩くたびに優雅に揺れる。
「竜王の姫君に、魔法使い。それに信用を失った商人と、老練な商人……ずいぶん賑やかな顔ぶれね」
彼女は窓の外を眺めた。
「でも、私が欲しいのは、あの子だけ」
その声は甘く、柔らかかった。
しかし、次の瞬間。
館の奥にある巨大な扉が開き、黒い外套の男が姿を現した。
第29話で蓮の能力を目撃していた、あの謎の男だ。
「ヴェルティア様。境界商人との接触は、まだ早いのでは?」
ヴェルティアは振り返らずに答えた。
「あなたは、まだ私に指図するつもり?」
男は黙った。
「安心して。殺したりはしないわ」
ヴェルティアは微笑む。
「少なくとも、あの子が自分から私のところへ来てくれるうちはね」
「彼の能力が、境界の始点を開く鍵だと?」
「それもあるわ。でも、それだけじゃない」
ヴェルティアの赤い瞳が、闇の中で輝いた。
「私は長い間、退屈していたの。お金も、力も、欲しいものはほとんど手に入った。けれど、誰も私を驚かせてくれなかった」
彼女は水晶に映る蓮の姿を見た。
「ようやく見つけたのよ。私の予想を裏切ってくれそうな男を」
そして、妖艶に笑った。
「さて……商談では、何を差し出せば私に興味を持ってくれるのかしら?」
◇
夜。
蓮たちは、黒薔薇の館の門前に立っていた。
「……本当にここに入るのか」
蓮がつぶやく。
「もちろん。あなた一人で行かせるわけがないでしょう?」
セレナは堂々と胸を張った。
ミリアは魔力探知を開始し、ガルドは周囲の出口を確認している。
バルトは館の門に刻まれた紋章を見つめていた。
「この印……ヴァルド商会の取引書類で見たことがある」
「本当か?」
「ああ。直接同じものかはわからないが、似た紋章が契約の承認印として使われていた」
蓮の表情が変わった。
「じゃあ、ヴェルティアはヴァルド商会とつながっている?」
「まだ断定はできない。だが、偶然とは思えないな」
そのとき、門が音もなく開いた。
「お待ちしておりました、蓮様」
先ほどの侍女が、優雅に一礼した。
「ヴェルティア様がお待ちです。どうぞ、お入りください」
蓮は一度、仲間たちを見た。
「何があっても、勝手に契約しない。怪しい話にはすぐに乗らない。危険を感じたら撤退する」
「了解」
「わかったわ」
「任せろ」
モモも羽を広げた。
「プリンがなかったら帰る!」
「そこだけは譲れないのかよ!」
蓮は苦笑し、館の中へ足を踏み入れた。
長い廊下の先。
大きな扉が、ゆっくりと開いていく。
そして――。
「いらっしゃい、蓮くん」
そこにいたのは、息をのむほど美しい女性だった。
漆黒の髪。
赤い瞳。
艶やかな唇。
彼女はソファから立ち上がると、蓮の目の前まで歩いてきた。
「会いたかったわ」
ヴェルティアは、蓮の顔をのぞき込む。
「あなたのこと、ずっと見ていたのよ」
「……それは、少し怖いですね」
蓮が正直に答えると、ヴェルティアは声を上げて笑った。
「ふふっ! 正直な子ね。ますます気に入ったわ」
彼女は蓮の手を取ろうとした。
だが、その手をセレナがすっと遮る。
「申し訳ありません。商談でしたら、まずは席についてお話ししましょう」
ヴェルティアはセレナを見た。
セレナも、まっすぐに見返す。
二人の美女の間で、目に見えない火花が散った。
「あら……あなたが竜王の姫君ね」
「ご存じでしたか」
「ええ。もちろん」
ヴェルティアは意味深に微笑んだ。
「でも、安心して。今夜はあなたから彼を奪ったりしないわ」
「今夜は?」
セレナの声が低くなる。
蓮は心の中で叫んだ。
(なんで商談に来ただけなのに、こんな空気になってるんだ!?)
その瞬間、ヴェルティアの背後にある巨大な水晶が輝いた。
そこに映し出されたのは、異世界をつなぐ無数の線。
その中心にあるのは――境界の始点。
「さて、蓮くん」
ヴェルティアは微笑んだ。
「あなたが探している取引網について、お話ししてあげる」
彼女はグラスを置いた。
「その代わり、一つだけお願いがあるの」
「……お願い?」
「ええ」
赤い瞳が、蓮を捉える。
「私と、個人的な契約を結んでほしいの」
スマートフォンが激しく震えた。
【警告:特殊契約の提案を検知】
【契約相手:ヴェルティア】
【契約内容:未確定】
【警告:契約成立後、解除困難の可能性】
蓮は画面を見て、ゆっくりと顔を上げた。
ヴェルティアは、まるで獲物を前にした捕食者のように微笑んでいた。
「さあ、どうするの? 境界の商人さん」
黒幕の美女が仕掛けた、最初の商談。
それは、商品の売買では終わりそうになかった。




