第31話 バルトも仲間に! 信用値マイナス999の商人、再出発!
「俺も連れていってくれ!」
黒曜港へ出発する準備を進めていた蓮たちは、突然の声に振り返った。
そこに立っていたのは、バルトだった。
かつて信用値マイナス999を記録し、商人としての信用を失った男。
だが、蓮と出会い、改ざんされた記録の真実を追う中で、彼は再び商人として歩き始めていた。
「バルト? どうしたんだ?」
蓮が尋ねると、バルトは真剣な顔で答えた。
「黒曜港へ行くんだろう? 俺も同行させてほしい」
「でも、バルトはこれから自分の商売を立て直すんじゃなかったのか?」
「だからこそだ」
バルトは拳を握った。
「俺は、信用を失った理由をすべて他人のせいにするつもりはない。確かに、災害のときに契約を破った。助けたかった人たちがいたとはいえ、取引相手に迷惑をかけたのも事実だ」
彼は一度、言葉を切った。
「だが、俺の信用値が不正に操作されていたこともわかった。黒曜港に、その仕組みにつながる何かがあるなら、俺は自分の目で確かめたい」
蓮は黙ってバルトを見つめた。
以前の彼なら、失った信用を嘆くだけだったかもしれない。
今のバルトは違う。
過去の失敗を認めたうえで、自分の足で立ち上がろうとしている。
「……わかった。一緒に行こう」
「本当か!?」
「ああ。ただし、条件がある」
蓮は人差し指を立てた。
「無理な契約はしない。わからないことをわかったふりもしない。それから、何か問題が起きたら一人で抱え込まないこと」
バルトは一瞬きょとんとしたあと、豪快に笑った。
「なんだ、それだけか!」
「商売では、その三つが大事なんだよ」
「わかった。守ると約束する!」
「よし。じゃあ、まずは荷物の確認からだ」
「……え?」
「え、じゃないよ。同行するなら仕事はしてもらうぞ」
蓮は笑った。
「仲間だからな」
その言葉に、バルトはしばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくりとうなずく。
「……ああ。よろしく頼む」
◇
「ところで、バルトさんは何が得意なんですか?」
出発前の荷物確認をしながら、ミリアが尋ねた。
「俺か? 商品の仕入れと、現地の商人との交渉だな。昔は各地を回っていたから、港町の商習慣にも多少は詳しい」
「それは助かるな」
蓮は仕入れ予定表を広げた。
黒曜港には、複数の異世界から商品が集まるという。
珍しい鉱石、魔法道具、香辛料、薬草。
うまく取引できれば、日本の商品を売るだけでなく、こちらの世界の商品を別の世界へ流通させることもできる。
しかし、問題もあった。
「スマホの情報だと、黒曜港には信用値を操作する仕組みと関係する取引記録がある可能性が高い。普通に商売するだけじゃ、情報は手に入らないかもしれない」
「なら、俺が商人たちの動きを探ろう」
バルトがすぐに言った。
「信用を失った商人は、どんな扱いを受けるかよく知っている。誰が弱い立場の商人を狙っているのかも、ある程度は見当がつく」
蓮は感心した。
「経験が役に立ちそうだな」
「役に立たなければ、ここまでついてきた意味がないからな」
そこへ、モモがひらひらと飛んできた。
「ねえねえ! 黒曜港って、おいしいものある?」
「さあ……魚介類はありそうだけど」
「お魚! お菓子! プリン!」
「港にプリンがあるとは限らないぞ」
「じゃあ、蓮が売ればいいじゃん!」
「商売の理由が全部食べ物になってるぞ!」
ガルドが笑いながら口を挟んだ。
「しかし、モモの言うことにも一理ある。港で何が売れるかは、行ってみなければわからんからな」
「ほら! ガルドも賛成!」
「俺はプリンの話に賛成したわけじゃない!」
いつもの騒がしさに、バルトも思わず笑った。
その笑顔は、以前よりもずっと自然だった。
◇
その日の午後。
蓮はバルトと二人で、街の商業区へ出かけた。
黒曜港へ持ち込む商品の仕入れ資金を確認するためだ。
「まずは、小口の取引をいくつか成立させたい」
蓮が帳簿を見ながら言った。
「信用値の仕組みが不正に操作されているなら、取引記録そのものを比較する必要がある。正規の取引と、怪しい取引。その両方を集めよう」
「そうだな。だが、気をつけろ」
バルトの表情が険しくなった。
「この街でも、俺の信用値が落ちた直後に、店や商品の権利を安く買い取ろうとした連中がいた。そいつらは、相手が困っているときほど強気に出る」
「ヴァルド商会の関係者か?」
「断定はできない。だが、似た手口だった」
蓮はスマートフォンを取り出した。
画面には、ヴァルド商会を中心とした取引網が表示されている。
その先には、黒曜港。
そして、まだ正体のわからない複数の接続先。
「やっぱり、黒曜港で調べる必要があるな」
その瞬間。
バルトの足が止まった。
道の向こうに、一人の男が立っていた。
高価な服を身につけ、数人の護衛を従えている。
男はバルトを見つけると、薄く笑った。
「これはこれは。信用値マイナス999のバルト殿ではありませんか」
バルトの顔が強張った。
「……お前は」
男は蓮たちの前まで歩いてきた。
「私はヴァルド商会の取引担当、ローデン殿の代理人を務めております」
「ヴァルド商会……」
蓮が警戒すると、男は丁寧に頭を下げた。
「蓮殿。あなたの商才については、すでに耳にしております。異世界の商品を扱い、信用値も異例の数値を示しているとか」
「それで、何の用ですか?」
「単刀直入に申し上げましょう」
男はバルトを一瞥した。
「その男を、あなたの取引仲間から外していただきたい」
空気が凍りついた。
「……理由を聞いても?」
「信用のない商人を同行させれば、あなたの評価にも影響が出る可能性があります。私どもなら、バルト殿が抱えている問題を整理するお手伝いもできます」
「つまり、俺を切り捨てろと?」
バルトが低い声で言った。
「言葉が過ぎますな。これは蓮殿の将来を考えた、善意の提案です」
蓮は男をまっすぐ見た。
「お断りします」
男の笑顔がわずかに崩れた。
「……よろしいのですか?」
「バルトが過去に契約を破ったことは知っています。でも、彼は自分の責任を認めて、立て直そうとしている。それに、信用値が低いからという理由だけで、人を切り捨てるつもりはありません」
蓮は続けた。
「信用は数字だけで決まるものじゃない。実際に何をしたのか、これから何をするのか。それを見て判断します」
男はしばらく蓮を見つめていた。
やがて、口元だけで笑った。
「なるほど。あなたは、数字よりも人を信じる商人なのですね」
「人を信じることと、確認を怠ることは別ですけどね」
蓮はスマートフォンをポケットにしまった。
「取引記録は確認する。契約条件も確認する。それでも問題がなければ取引する。それだけです」
男の目が、ほんの一瞬だけ冷たくなった。
「……黒曜港では、その考え方が通用するとよいですな」
そう言い残し、男は護衛たちと去っていった。
◇
男の姿が見えなくなってから、バルトが深く息を吐いた。
「すまない。俺のせいで、お前まで目をつけられたかもしれない」
「何を言ってるんだよ」
蓮は肩をすくめた。
「もう仲間だろ?」
「……蓮」
「それに、今の話は重要な情報だ。向こうは、俺たちが黒曜港へ行くことを知っている」
蓮の表情が真剣になった。
「そして、バルトを連れていきたくない理由がある」
ミリアたちにも、この出来事を知らせなければならない。
バルトはしばらく黙っていたが、やがて強くうなずいた。
「わかった。俺も覚悟を決める。もう逃げない」
「頼りにしてるよ」
蓮は右手を差し出した。
バルトはその手を握った。
信用値マイナス999。
その数字は、まだ消えていない。
過去の失敗も、すぐにはなくならない。
それでも、バルトはもう一人ではなかった。
◇
その夜。
宿の部屋で、蓮のスマートフォンが再び光った。
【同行者情報を更新】
【バルト:同行予定】
【確認事項:信用再建中】
【特殊情報:旧取引網との接触履歴あり】
蓮は眉をひそめた。
「旧取引網との接触履歴……?」
さらに、画面に新しい表示が浮かび上がる。
【黒曜港で確認すべき情報】
【第一項目:信用値操作の中継記録】
【第二項目:ヴァルド商会との取引履歴】
【第三項目:バルトの信用値が急落した当日の原本】
そして、最後の一行。
【警告:同行者を狙った取引妨害の可能性】
蓮は画面を見つめた。
バルトが狙われている。
いや、正確には、バルトが知っている何かを、誰かが恐れているのかもしれない。
「……黒曜港、ますます面白くなってきたな」
「蓮?」
背後からセレナの声がした。
「また一人で危険なことを考えているでしょう?」
「いや、今回はちゃんとみんなに相談するよ」
「本当?」
「本当です」
セレナは疑わしそうに目を細めた。
その横から、モモが顔を出した。
「じゃあ、相談の前にプリン!」
「どうして相談とプリンがセットなんだよ!」
笑い声が部屋に響いた。
だが、窓の外。
遠く離れた黒曜港では、黒い外套の男が一枚の報告書を読み終えていた。
そこには、蓮の名前と、バルトの名前が並んでいる。
男は静かに報告書を燃やした。
「……二人そろって来るか」
机の上には、複数の異世界を結ぶ地図。
その中心には、赤い印がつけられていた。
『境界の始点』
「ならば、計画を早める必要があるな」
男の指が、バルトの名前をなぞる。
「その男が、過去の記録にたどり着く前に……」
炎が消えた。
黒曜港で、何かが動き始めていた。




