第30話 スマホなしでも戦え! 蓮に与えられた特別報酬
「……もう一度、お願いします!」
蓮の声が、街の外れにある訓練場に響いた。
目の前には、木剣を構えたセレナ。
その隣では、ミリアが魔法の準備をしている。
ガルドは腕を組み、少し離れた場所から二人を見守っていた。
「本当にやるのね、蓮」
「やるよ。黒曜港に行く前に、少しでも強くなっておきたいんだ」
蓮は自分のスマートフォンを取り出した。
境界支配。
境界障壁。
境界干渉。
そして、空間のつながりを断ち切った、あの境界切断。
確かに、どれも強力な能力だった。
だが、問題がある。
「スマホが使えなくなったら、俺は何もできない」
先日の異常事態で、蓮の境界エネルギーは残りわずかになった。
もし、あのときスマートフォンが完全に機能を停止していたら。
自分だけでなく、セレナたちまで危険にさらしていたかもしれない。
「商人だからって、戦えなくていい理由にはならないよ」
蓮は木剣を握り直した。
「俺は、みんなと一緒に帰りたいんだ」
セレナの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「……その言葉、忘れないでね」
「もちろん」
「なら、容赦はしないわ」
「えっ?」
次の瞬間。
セレナが踏み込んだ。
「ちょ、待っ――!」
木剣が蓮の肩を直撃した。
「痛ったあああ!」
「戦闘中に油断しない!」
「はいっ!」
こうして、蓮の地獄の特訓が始まった。
◇
一時間後。
「ぜえ……ぜえ……」
蓮は地面に大の字になっていた。
体術の基本を教わっているはずなのに、セレナに何度も転がされ、ミリアの魔法を避ける練習では一度も成功しなかった。
「蓮さん、足の運びが遅いです」
ミリアが真剣な顔で言った。
「わかってる……。わかってるけど、相手の動きが速すぎるんだよ……」
「相手が速いなら、攻撃が来る場所を予測するの。境界認識を使わなくても、相手の肩や腰の動きから次の行動を読むことはできます」
「なるほど……」
「あと、商人なら商品の動きを読むのは得意でしょう?」
「商品と人間の動きは違うと思うんだけど!」
ガルドが笑った。
「いや、案外同じかもしれんぞ。相手が何を欲しがり、次にどう動くかを読む。商売も戦いも、観察が大事ということだ」
「……商人の教訓が、こんなところで役に立つとは」
蓮はゆっくり立ち上がった。
もう一度。
今度はセレナの足運びをよく見る。
踏み込む直前、重心がわずかに前へ移動した。
「そこだ!」
蓮は横へ飛んだ。
木剣が、ついさっきまで蓮のいた場所を通り過ぎる。
初めて、まともに攻撃を避けた。
「やった!」
「今のはよかったわ」
セレナが微笑む。
たった一度の成功だった。
それでも、蓮には大きな一歩に思えた。
◇
そのときだった。
ピシッ。
空気が、ひび割れたような音を立てた。
蓮のスマートフォンが、勝手に起動する。
画面が赤く点滅した。
【警告:異常事態を検知】
【周辺空間に敵対性魔力反応】
【既存の境界支配能力では対処困難】
「何だ、これ……?」
ミリアの顔色が変わった。
「蓮さん、上です!」
空を見上げた瞬間、黒い魔法陣が広がった。
そこから、巨大な黒い魔力の塊が落ちてくる。
狙いは訓練場。
いや、正確には――蓮だった。
「全員、下がれ!」
セレナが魔法障壁を展開する。
だが、黒い魔力は障壁に触れた途端、形を変えた。
まるで障壁を食い破るように、黒い亀裂が走る。
「そんな……! 魔法を侵食しているの!?」
ミリアが叫ぶ。
ガルドも顔をこわばらせた。
「まずいぞ! あれが落ちれば、この辺り一帯が吹き飛ぶ!」
蓮はスマートフォンを握りしめた。
【境界エネルギー:4%】
【境界障壁:使用推奨せず】
【境界切断:発動条件未達】
「くそっ……!」
使えない。
今、境界支配を無理に使えば、先日のように倒れてしまう。
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
セレナたちがいる。
自分のせいで、誰かを傷つけさせるわけにはいかない。
「スマホがなくても……俺自身に何かできるはずだ!」
その瞬間。
スマートフォンが、これまで聞いたことのない警告音を発した。
【緊急条件を確認】
【使用者の生命危機】
【保護対象への重大な危険】
【潜在能力の強制解放を開始します】
蓮の胸の奥で、何かが熱くなった。
魔力とは違う。
境界エネルギーとも違う。
ずっと眠っていた何かが、目を覚ます感覚。
スマートフォンの画面に、新たな文字が浮かび上がった。
【特別報酬を獲得】
【報酬名:異界戦闘基礎能力】
【獲得能力①:身体強化】
【獲得能力②:体術適性・急速習得】
【獲得能力③:魔力砲弾】
【重要:本能力は端末に依存しません】
「……スマホなしで、使える能力?」
蓮がつぶやいた。
その答えを待つ時間はなかった。
黒い魔力の塊が、目前まで迫っていた。
「蓮っ!」
セレナの悲鳴が響く。
蓮は一歩、前へ出た。
恐怖はある。
体は震えている。
それでも、逃げなかった。
「うおおおおっ!」
拳を握る。
全身に力が流れ込んだ。
迫る魔力の塊を見据え、蓮は本能のまま拳を突き出した。
ドンッ!!
衝撃音が響いた。
拳の前方から、白い魔力の弾丸が飛び出した。
魔力砲弾。
それは一直線に黒い魔力へと突き刺さった。
轟音。
閃光。
そして、空気を震わせる爆発。
黒い魔力の塊が、空中で砕け散った。
訓練場に静寂が落ちた。
蓮は自分の拳を見つめた。
「……え?」
もう一度、拳を握る。
手は普通だ。
スマートフォンも、何の操作もしていない。
「今の……俺がやったのか?」
ミリアが目を丸くした。
「魔力砲弾……? 詠唱も魔法陣もなしに!?」
ガルドは口を開けたまま固まっていた。
そして、セレナは。
蓮のもとへ駆け寄ると、両肩をつかんだ。
「蓮! 怪我はない!?」
「う、うん。大丈夫……だと思う」
「本当に? どこも痛くない?」
「大丈夫だって。ちょっとびっくりしただけで……」
セレナは蓮を強く抱きしめた。
「ばか……! また無茶をして……!」
その声が震えていることに気づき、蓮は何も言えなくなった。
「ごめん」
「謝るくらいなら、ちゃんと生きて帰ってきて!」
「……うん。約束する」
その様子を見ていたモモが、ひらひらと飛んできた。
「れん、すごい! 今の、どーんってなった! ねえ、これって強くなったってこと?」
「たぶん……」
「じゃあ、強くなったお祝いにプリン!」
「どうしてそうなるんだよ!」
「だって、特別報酬でしょ? 特別なおやつが必要だよ!」
「報酬の意味を考えてくれ!」
緊張が少しだけ緩んだ。
だが、蓮のスマートフォンには、まだ新しい情報が表示されていた。
【異界戦闘基礎能力:獲得済み】
【端末外能力:使用可能】
【身体強化:初期段階】
【魔力砲弾:初期段階】
【体術適性:成長中】
【注意:能力の連続使用は肉体に負荷を与えます】
さらに、最後に一行。
【特別報酬の発生原因:使用者の生存意志および保護意志を確認】
蓮は画面をじっと見つめた。
スマートフォンが危機を感知し、自分に力を与えた。
しかし、ただ強くなっただけではない。
「……俺が守りたいと思ったから、力が目覚めたのか?」
ミリアが考え込む。
「可能性はあります。でも、どうして蓮さんにそんな能力が備わっているのかは、まだわかりません」
ガルドがうなずいた。
「力を手に入れたからといって、使いこなせるとは限らん。商売と同じだ。道具を手に入れただけでは、商人にはなれない」
「……確かに」
蓮は拳を開き、閉じた。
スマートフォンがなくても、戦える。
ただし、今の魔力砲弾は一発だけ。
狙いも威力も、まともに制御できていない。
体術も、まだ基礎の基礎だ。
それでも、ゼロではなくなった。
◇
その夜。
蓮は一人、宿の窓辺に立っていた。
窓の向こうには、見知らぬ異世界の街並みが広がっている。
やがて向かうことになる黒曜港。
そこには、複数の異世界をつなぐ取引網が存在する。
そして、境界切断を目撃した何者かが、自分を待ち受けている。
蓮はスマートフォンを机に置いた。
「……これがなくても戦えるようにならないとな」
拳を握る。
手のひらに、小さな白い光が灯った。
さっきより弱い。
それでも、確かに自分の意思で生み出した光だった。
「まずは、この魔力砲弾を自由に撃てるようにする。それから体術も……」
「蓮?」
振り返ると、セレナが扉のところに立っていた。
「まだ起きていたの?」
「ちょっと練習をね」
セレナは蓮の手のひらの光を見ると、少し驚いた顔をした。
「自分で魔力を制御できたの?」
「今のところ、これが精いっぱいだけど」
セレナは微笑んだ。
「十分よ。焦らず、一緒に練習しましょう」
「……ありがとう」
「ただし、無茶をしたら怒るから」
「はい」
「それと、強くなっても私が守られる側になるとは限らないわよ?」
「それはわかってる」
「本当に?」
セレナが一歩近づいた。
「私だって、あなたを守りたいの。あなた一人だけが頑張る必要はないわ」
蓮は、その言葉を胸に刻んだ。
「うん。一緒に強くなろう」
セレナは満足そうにうなずいた。
そのとき、机の上のスマートフォンが静かに光った。
【新規情報を検出】
【黒曜港:敵対反応、増加】
【境界の始点:関連情報を更新】
【次の特別報酬条件:未確定】
蓮の表情が引き締まる。
黒曜港。
そこへ行けば、きっと何かがわかる。
自分の能力の正体も。
異世界をつなぐ取引網の目的も。
そして、なぜ自分が選ばれたのかも。
「待ってろよ、黒曜港」
蓮はスマートフォンをポケットにしまった。
「今度は、こっちから商談に行ってやる」
ただし今度は、商品だけを持っていくわけではない。
商人としての知恵。
仲間を守る力。
そして、スマートフォンに頼らず戦うための新しい可能性。
そのすべてを携えて。
蓮たちは、黒曜港へ向かう準備を始めるのだった。




