第29話 スマホチート覚醒!蓮に秘められた戦闘異能
「黒曜港へ向かう前に、一つだけ確認しておきたいことがあります」
宿の部屋で、蓮はスマートフォンを掲げた。
「俺、この世界に来てから何度も助けられています。でも、いつも思うんです」
「何を?」
ミリアが首をかしげた。
「もし、取引相手が話し合いに応じなかったら? もし、誰かが仲間を襲ってきたら? 俺はみんなを守れるんでしょうか」
その言葉に、部屋が静かになった。
これまで蓮は、商売と交渉で問題を解決してきた。
だが、地下二階の記録保管室では、黒い魔道具が暴走し、仲間たちが危険にさらされた。
次の目的地、黒曜港。
そこに待ち受ける相手が、話し合いのできる人物とは限らない。
「レンは、十分にみんなを支えているわ」
セレナが言った。
「でも、守る力も欲しいんです」
蓮はスマートフォンを見つめた。
「俺だけ戦えないまま、いつもみんなに守ってもらうのは嫌なんです」
「なるほどね」
ガルドが腕を組んだ。
「だが、剣を振ったこともない人間が、急に戦えるようになるとは思えんぞ」
「分かっています」
「なら、まずは逃げ足を鍛えるところからだな」
「ガルドさん、それは戦闘能力じゃありません!」
モモがぴょんと跳ねた。
「モモはレンの逃げ足、速いと思うよ!」
「褒めてるのか、それは……」
ミリアは笑いながら、蓮のスマートフォンをのぞき込んだ。
「でも、レンのスマホには、まだ調べていない機能があるよね」
「え?」
「ほら。いつも取引記録や信用値を表示する画面。地下二階では、魔道具の暴走を止めることもできたでしょう?」
蓮は画面を操作した。
すると、見慣れないアイコンが浮かび上がった。
【境界商人専用機能】
【取引】【鑑定】【転送】【信用記録】
その下に、今までなかった項目が点滅している。
【異能:境界支配】
「……境界支配?」
蓮がタップした瞬間、スマートフォンが激しく震えた。
【新規能力を検出】
【所有者:佐伯蓮】
【固有異能:境界支配】
【能力詳細を確認しますか?】
「なんだこれ……!」
「レン、触ってみて!」
ミリアが興奮した声を上げる。
蓮が画面を押すと、説明文が表示された。
【固有異能:境界支配】
・境界認識――空間、魔力、物体の境界を認識する。
・境界障壁――限定範囲に防御壁を展開する。
・境界転移――登録済みの境界間を移動する。
・境界干渉――異常な魔力や魔道具の作用に干渉する。
【注意:能力の使用には魔力ではなく、境界エネルギーを消費します】
蓮は画面を見つめたまま、口を開けていた。
「……俺、戦えるようになるんですか?」
「その可能性はあるわ」
ミリアが真剣な顔で答えた。
「でも、どのくらい使えるのかは試してみないと分からない。いきなり強い力を使うのは危険よ」
セレナが微笑んだ。
「なら、私が訓練相手になってあげるわ」
「セレナさんが?」
「ええ。手加減はするから安心して」
ガルドが小声でつぶやいた。
「その『手加減』が一番信用できんのだが……」
「ガルドさん、聞こえていますわよ?」
「……何も言っていない」
◇
初めての異能訓練
翌朝、蓮たちは街の外にある訓練場へ向かった。
人の少ない草原。
周囲には魔物除けの結界が張られている。
ミリアが安全確認を済ませ、ガルドが木製の盾を用意した。
「まずは防御からだ」
ガルドが盾を地面に立てる。
「セレナが軽く攻撃する。それをスマートフォンの能力で防いでみろ」
「軽く、ですよね?」
蓮が念を押す。
セレナはにっこり笑った。
「もちろんですわ」
その笑顔に、蓮はなぜか不安を覚えた。
「では、いきます」
セレナが指先を動かす。
小さな青い魔力弾が、蓮に向かって飛んできた。
「うわっ!」
蓮は反射的にスマートフォンを掲げた。
「境界障壁!」
ピンッ!
透明な壁が、蓮の目の前に現れた。
魔力弾は壁に触れた瞬間、弾かれて草原へ飛んでいく。
「おおっ!」
蓮自身が驚いた。
「防げた!」
ミリアが目を輝かせる。
「すごい! 詠唱もほとんどなしで障壁を展開した!」
ガルドも感心したようにうなずいた。
「反応速度も悪くないな」
「これなら、みんなを守れますね!」
蓮が喜んだ、その直後。
セレナが一歩前へ出た。
「では、次は少しだけ速くしますわね」
「えっ、ちょっと待って――」
青い魔力弾が三つ飛んできた。
蓮は慌ててスマートフォンを操作する。
「境界障壁!」
一枚の壁が展開する。
しかし、魔力弾のうち二つを防いだところで、障壁が消えてしまった。
残りの一つが蓮の肩に当たる。
「いたっ!」
もちろん、威力は抑えられている。
だが、蓮は思わずその場にしゃがみ込んだ。
「レン、大丈夫?」
ミリアが駆け寄る。
「大丈夫です……。でも、これ、思ったより疲れますね」
スマートフォンの画面には、エネルギー残量が表示されていた。
【境界エネルギー:78%】
「能力を使うたびに、エネルギーを消費するのか」
ガルドが画面を確認した。
「無制限に使えるわけじゃないな」
「そうですね。使いどころを考えないと……」
蓮は立ち上がり、深呼吸した。
「もう一度お願いします」
セレナが少しだけ目を細めた。
「本当にいいの?」
「はい。守る力が欲しいと言ったのは、俺ですから」
セレナは優しく微笑んだ。
「分かったわ。でも、無理をしたらすぐに止めるからね」
今度は、魔力弾が左右から飛んできた。
蓮は攻撃の軌道を見た。
いや、正確には、軌道そのものがスマートフォンの画面に表示されていた。
【攻撃予測】
【到達まで:0.8秒】
「見える……!」
蓮は右手をかざした。
「境界障壁!」
障壁が斜めに展開する。
二つの魔力弾は壁に弾かれ、蓮の横を通り過ぎた。
「やった!」
今度は、ガルドも声を上げた。
「攻撃の方向を読んで、防御の位置を変えたのか!」
ミリアは興奮していた。
「ただ防ぐだけじゃない。境界を認識して、必要な場所に障壁を作っているんだ!」
蓮は、自分の手を見つめた。
これなら、少しずつでも強くなれるかもしれない。
そう思った瞬間だった。
訓練場の端に置いていた木箱が、突然、音を立てて崩れた。
中から黒い小さな魔道具が転がり出る。
「何だ、あれは?」
ガルドが身構えた。
魔道具の表面には、見覚えのある蝶の模様が刻まれていた。
月影の羽が、蓮のポケットの中で熱を帯びる。
スマートフォンが震えた。
【異常な境界反応を検出】
【未知の干渉を確認】
【警告:周囲の空間が不安定です】
次の瞬間。
草原の景色が、ぐにゃりと歪んだ。
「みんな、下がって!」
ミリアが叫ぶ。
地面に黒い亀裂のような線が走り、その向こう側に、見知らぬ風景が見えた。
荒れた港。
積み上げられた木箱。
そして、黒い外套をまとった人物。
「……黒曜港?」
蓮がつぶやく。
まだ目的地へ出発していないのに、なぜそこが見えるのか。
その答えを考える間もなく、亀裂から黒い腕のようなものが伸びてきた。
「危ない!」
セレナが蓮を引き寄せようとした。
だが、腕はセレナではなく、蓮のスマートフォンを狙っていた。
「スマホを奪う気か!」
蓮はとっさに身をひねる。
黒い腕が、彼の指先をかすめた。
その瞬間、スマートフォンに警告が表示される。
【境界干渉を検出】
【敵対的接続を遮断しますか?】
蓮は迷わず画面を押した。
「遮断しろ!」
【境界干渉――発動】
スマートフォンから白い光が広がった。
黒い腕が、見えない壁にぶつかったように弾き返される。
亀裂が激しく揺れた。
「今のは……レンがやったのか?」
ガルドが驚く。
「分かりません。でも、スマホが勝手に……!」
蓮が答えた瞬間、亀裂の向こうから男の声が響いた。
『なるほど。やはり、その端末を持っていたか』
低く、落ち着いた声だった。
『境界商人、佐伯蓮。お前の能力を確認させてもらった』
「誰だ!」
蓮が叫ぶ。
男は答えなかった。
代わりに、亀裂の向こうで何かを操作する音がした。
スマートフォンが再び震える。
【敵対的接続を遮断中】
【警告:境界エネルギー低下】
「まずい……!」
残量が急激に減っていく。
【境界エネルギー:31%】
「レン、無理に押し返さないで!」
ミリアが叫んだ。
「空間そのものが不安定になっている!」
しかし、亀裂はさらに広がろうとしていた。
その向こうから、黒い腕が再び伸びてくる。
蓮は震える手でスマートフォンを握り締めた。
逃げるだけなら、できるかもしれない。
でも、このままでは仲間たちまで巻き込まれる。
(守るんだ……!)
蓮は画面に表示された能力一覧を見た。
境界認識。
境界障壁。
境界転移。
そして、もう一つ。
境界干渉。
「俺は、ただの商人だ……」
蓮は、ゆっくりと顔を上げた。
「でも、俺の仲間に手を出すなら、話は別だ!」
スマートフォンが強く輝いた。
【固有異能の制限を一部解除】
【新規機能:境界切断】
「境界切断……?」
説明を読む時間はなかった。
蓮は画面を押し、亀裂へ向けて手をかざした。
「境界切断!」
白い光が、一筋の刃のように空間を走った。
ザンッ!
黒い腕が消えた。
亀裂は中央から裂けるように縮まり、最後に小さな火花を散らして閉じた。
静寂が戻った。
草原の風が、何事もなかったように吹き抜けていく。
蓮は、その場に膝をついた。
【境界エネルギー:4%】
【警告:能力の使用を停止してください】
「レン!」
セレナが駆け寄り、蓮の肩を支えた。
「大丈夫? どこか痛む?」
「大丈夫です……。ちょっと、力が抜けただけで」
「ちょっとではありませんわ!」
セレナは珍しく、本気で怒っていた。
「あなた、自分がどれだけ危険なことをしたのか分かっているの?」
「……すみません」
「謝ればいいというものではありません!」
セレナは蓮をぎゅっと抱きしめた。
「あなたが傷ついたら、私は……」
言葉が止まった。
蓮は、彼女の腕が少し震えていることに気づいた。
「セレナさん……」
「もう、無茶はしないで」
いつもの冗談めいた口調ではなかった。
蓮は静かにうなずいた。
「約束します」
「本当に?」
「本当にです」
セレナはようやく腕を緩めた。
その横で、モモが涙目になっていた。
「レン、消えちゃうかと思った……」
「ごめんな、モモ」
「帰ったらプリン食べよう!」
「……え?」
「元気が出るよ!」
蓮は思わず笑った。
「そうですね。帰ったらプリンにしましょう」
「やったー!」
ガルドが深いため息をついた。
「まったく。命がけの戦闘のあとに、プリンの約束か」
「大事だよ!」
モモが胸を張った。
「プリンは心の回復薬なんだから!」
「それは、あながち間違いでもないかもしれんな……」
ミリアは笑いながらも、真剣な表情でスマートフォンを確認していた。
「レン。さっきの能力、普通の防御魔法とは違うわ」
「どういうことです?」
「魔法をぶつけ返したんじゃない。相手がこちら側へ侵入するために作った境界そのものを切断したのよ」
蓮はスマートフォンを見つめた。
「つまり、相手の攻撃だけじゃなく、空間をつなぐ仕組みにも干渉できる……?」
「そう。使い方によっては、ものすごい能力になると思う」
ガルドが険しい顔で言った。
「だからこそ、注意が必要だ。こんな力があると知られれば、狙われる可能性が高い」
「もう狙われているみたいですけどね……」
蓮は、黒い魔道具が転がっていた場所を見た。
魔道具は、亀裂が閉じたあと、ひび割れて動かなくなっていた。
その表面には、蝶の模様の隣に、小さな文字が刻まれていた。
『境界端末・回収対象』
「回収対象……」
蓮の背筋に、冷たいものが走った。
あの男は、最初から蓮のスマートフォンを狙っていた。
つまり、敵が欲しいのは、蓮自身ではない。
蓮が持つ、異世界をつなぐ力だ。
そして、その力を使えば、取引網の中心へ近づけるかもしれない。
スマートフォンが最後に一度だけ震えた。
【新規情報を保存しました】
【敵対的接続元:黒曜港】
【接続先識別情報:不明】
【警告:あなたの境界端末は、すでに認識されています】
蓮は、画面をじっと見つめた。
「……黒曜港で、待っているんですね」
セレナが隣に立った。
「行くの?」
「はい。でも、今度は準備を整えてからです」
蓮はスマートフォンをポケットにしまった。
「俺の能力が何なのか、どう使えばいいのか。ちゃんと理解したい。そして、みんなを守れるようになりたい」
ミリアがうなずいた。
「私も訓練を手伝うわ」
「俺は戦術と撤退の判断を教えよう」
ガルドが言った。
「無理に勝とうとするな。商人にとって、一番大事なのは生きて帰って次の取引をすることだ」
「はい!」
セレナは蓮の手を取った。
「そして、あなたが危険な場所へ行くときは、私も一緒です」
「……ありがとうございます」
「お礼は、帰ってきてからでいいわ」
セレナは微笑んだ。
「無事に帰ってきたら、プリンを一緒に食べましょう」
「それ、モモの影響ですよね?」
「ええ。とても大切な約束だと思うわ」
モモが元気よく飛び上がった。
「モモのプリン計画、大成功!」
笑い声が広がった。
だが、蓮のスマートフォンには、まだ誰も知らない表示が残っていた。
【固有異能:境界支配】
【潜在能力:未解放】
【次の解放条件:境界の真実を知ること】
蓮は、その文字を見つめた。
境界の真実。
それは、異世界をつなぐ仕組みのことなのか。
それとも、自分自身に関わる秘密なのか。
答えは、黒曜港にあるのかもしれない。
そして、遠く離れた港の地下では、黒い外套の男が壊れた魔道具から送られてきた記録を見ていた。
「境界切断……」
男は、画面に映る白い光を見つめた。
「まさか、あの能力まで目覚めるとはな」
隣に立つ部下が尋ねる。
「計画を中止しますか?」
男は首を横に振った。
「いや。むしろ好都合だ」
彼は、机の上に置かれた一枚の古い地図を広げた。
地図には、いくつもの世界を結ぶ線が描かれていた。
その中心には、一つの印。
境界の始点。
男は静かに笑った。
「佐伯蓮。お前が本当の境界商人なら、いずれここへたどり着く」
そして、地図の中央に指を置いた。
「そのとき、お前は自分の力の本当の意味を知ることになる」
黒い灯りが、地下室を照らしていた。




