第27話 地下二階!封じられた記録の真実
「この扉の向こうに、三年前の真実がある」
レンは、わずかに開いた石の扉を見つめていた。
扉の隙間からは、冷たい空気が流れ出している。
その空気には、古い紙と湿った石の匂いが混じっていた。
「中に誰かいる可能性もあります」
ミリアが杖を構えた。
「魔力の反応は、まだ消えていない。封印も完全には解けていないから、慎重に進もう」
「俺が先に入る」
バルトが一歩前へ出た。
「この件は、俺の過去に関わっている。危険があるなら、俺が確かめる」
「一人では行かせません」
レンは首を横に振った。
「みんなで進みます」
「そうね。未来の妻として、あなたを一人にはできないわ」
セレナが当然のように言った。
「セレナさん、今は危険な場所ですよ」
「だからこそ、隣にいるのよ」
「……頼もしいんだか、心配なんだか」
ガルドがため息をついた。
「モモも行く!」
モモがレンの肩の上で手を上げる。
「でも、お菓子は食べてからにする?」
「今は我慢してください」
「えー……」
緊張していた空気が、少しだけ和らいだ。
レンは仲間たちを見渡し、ゆっくりとうなずいた。
「では、行きましょう」
◇
封じられた記録保管室
老紳士が扉に手をかざした。
「この扉は、当時の管理責任者だけが開けられるように設定されていた。だが、私が管理室を離れたあと、誰かが封印を追加したようだ」
「追加された封印?」
レンが尋ねる。
「三年前には、こんな魔法はなかった」
ミリアが刻印を調べた。
「この封印は、記録を隠すためのものじゃない。中にあるものを外へ出さないための封印だ」
「つまり、誰かが中に何かを閉じ込めたのか?」
ガルドが眉をひそめる。
「人かもしれないし、魔道具かもしれない」
ミリアは慎重に杖を動かした。
「でも、完全な封印ではない。内側から何度も解除しようとした跡がある」
バルトの顔がこわばった。
「さっき聞こえた声の主が、中にいるのかもしれない」
「確認しましょう」
レンは扉の隙間に手を伸ばした。
その瞬間、スマートフォンが震えた。
【高濃度の魔力反応を検出】
【反応対象:信用値管理記録】
【警告:記録に改ざん痕跡あり】
レンは画面を見つめた。
「信用値管理記録……」
ガルドが低い声で言った。
「やはり、ここにあるのか」
「バルトさんの信用値を下げた記録も?」
「おそらく」
レンは扉を見た。
「なら、絶対に確認しなければなりません」
ミリアが封印に杖を当てる。
「私が魔法の流れを弱める。レンは扉を押して。力を合わせれば、少しだけ開けられるはず」
「わかりました」
「俺も手伝う」
バルトが扉に手をかけた。
ガルドも続く。
「年寄り扱いするなよ。まだ力は残っている」
「私も押すわ」
セレナが加わった。
「モモは?」
「モモは応援する!」
「それも大切な役目です」
レンが笑った。
「せーの!」
ミリアの杖から光が走る。
レンたちが力を込めると、石の扉がゆっくりと動き始めた。
ゴゴゴゴ……。
隙間が広がる。
その向こうには、無数の棚が並んでいた。
棚には古い帳簿や書類がぎっしりと詰め込まれている。
そして部屋の中央には、大きな黒い魔道具が置かれていた。
「なんだ、あれは……」
バルトが息をのむ。
魔道具の表面には、無数の数字が浮かんでいた。
その数字は、商人たちの名前と信用値を示しているようだった。
「信用値を管理する魔道具?」
レンが近づこうとしたとき、部屋の奥から声が響いた。
「入ってくるな!」
全員が身構える。
棚の陰から、一人の男が姿を現した。
痩せた体。
乱れた髪。
そして、怯えた目。
バルトが震える声で言った。
「ハーゲン……」
男は、バルトを見て顔を歪めた。
「お前が、なぜここにいる?」
「それは俺の台詞だ。三年前、俺の記録を確認したあと、お前は何をした?」
ハーゲンは答えなかった。
代わりに、黒い魔道具へ手を伸ばす。
「近づくな! これ以上、記録を見られるわけにはいかない!」
レンは一歩前へ出た。
「あなたは、ここで何をしているんですか?」
「私は命令された通りにしていただけだ!」
「誰に命令されたんですか?」
ハーゲンの顔から血の気が引いた。
「……知らない」
「知らない人の命令で、商人たちの信用値を改ざんしたんですか?」
ガルドが厳しく問いただす。
「改ざんなどしていない!」
「では、なぜバルトの納品記録だけが、予定日より前に処理されていた?」
ハーゲンは口を閉ざした。
バルトが拳を握る。
「俺は、確かに納品した。だが、受領者の署名をもらう前に、組合の職員が記録を持っていった」
「それは……」
「そのあと、俺の信用値は急落した。取引先は離れ、借金だけが残った」
バルトの声が震えた。
「俺は自分が何か間違えたのだと思っていた。だが、違ったんだな?」
ハーゲンは目をそらした。
「……お前だけではない」
「何?」
「信用値を下げられた商人は、他にもいる」
ハーゲンは黒い魔道具を見た。
「この魔道具は、商人の取引記録を集めて信用値を計算する。だが、管理者が数字を入力すれば、結果はいくらでも変えられる」
レンは魔道具を見つめた。
「誰かが、意図的に商人たちの信用値を操作していた……」
「そうだ」
ハーゲンは苦しそうに答えた。
「信用値を下げられた商人は、組合から融資を受けられなくなる。取引も失う。そこで、別の商人や組織が安く権利を買い取る」
ガルドの表情が険しくなった。
「商人を追い詰めて、財産や取引先を奪っていたのか」
「私は命令された記録を入力しただけだ!」
「それでも、あなたは実行した」
セレナの声は冷たかった。
「命令されたからといって、責任がなくなるわけではありませんわ」
ハーゲンはうつむいた。
「わかっている……。だから私は、ここに記録を隠した」
レンが周囲を見渡す。
「隠した?」
「改ざん前の原本だ。処分しろと命じられたが、すべてを処分することはできなかった」
ハーゲンは棚の奥を指さした。
「ここに、改ざん前の記録がある」
バルトが棚へ駆け寄ろうとした。
しかし、黒い魔道具が突然、激しく光り始めた。
【不正なアクセスを検知】
【記録保全機能を起動】
【対象記録を消去します】
「まずい!」
レンが叫んだ。
「記録が消される!」
ハーゲンが青ざめる。
「誰かが外部から魔道具を操作している!」
「止められますか?」
レンがミリアに尋ねた。
「やってみる!」
ミリアが杖を掲げる。
だが、魔道具から黒い光が放たれ、床に魔法陣が広がった。
「危ない!」
セレナがレンの腕を引いた。
黒い光が、先ほどまでレンが立っていた場所を通り過ぎる。
「この魔法陣、記録だけじゃなく、部屋全体を壊すつもりだ!」
ミリアが叫んだ。
「証拠を消すために、保管室ごと破壊する気か!」
ガルドが棚を押さえる。
「このままでは帳簿も失われるぞ!」
「モモ、あの蝶の刻印を探して!」
レンが叫んだ。
「わかった!」
モモが飛び上がり、部屋の壁を見回す。
「ここ! 壁に同じ印がある!」
モモが指さした先には、蝶の刻印が浮かんでいた。
レンのスマートフォンが反応する。
【月影の羽との共鳴を確認】
【封印解除条件:記録を守る意思】
レンは、扉の外に刻まれていた言葉を思い出した。
『記録を求める者よ、己の利益だけを求めてはならない』
「この魔道具は、記録を奪おうとする者を拒む仕組みなんだ」
レンは蝶の刻印に手を伸ばした。
「俺たちは、記録を自分たちの利益のために使うつもりはありません。真実を明らかにし、被害を受けた人たちが正しく判断できるようにするために必要なんです!」
蝶の刻印が、強く輝いた。
モモの羽から白紫色の光が広がる。
「レン、今だ!」
ミリアが叫んだ。
レンは魔道具へ駆け寄り、表示された操作盤に手を置いた。
【記録保全の意思を確認】
【管理権限を一時停止します】
黒い光が、急速に弱まっていく。
魔法陣の亀裂も消えた。
部屋に静けさが戻った。
「止まった……」
バルトが息を吐いた。
しかし、魔道具の画面には新たな文字が浮かんでいた。
【最終改ざん記録】
【実行日時:三年前】
【実行者:エドガー】
全員が息をのんだ。
「エドガー……」
レンがつぶやく。
その直後、扉の外から大きな音が響いた。
「記録を渡せ!」
エドガーの声だった。
「この部屋を封鎖する! 誰も出すな!」
老紳士が扉の前に立つ。
「エドガー、もう逃げられないぞ」
「黙れ! その記録は組合の機密だ!」
「機密ではありません。商人たちの人生を左右した証拠です」
レンは魔道具の画面を見た。
「エドガーさん。あなたが信用値を改ざんした証拠が、ここに残っています」
扉の向こうで、エドガーが息をのんだ。
「そんなものは偽造だ!」
「なら、正式な調査で確認しましょう」
レンは落ち着いて答えた。
「市の監督部署にも、竜王国にも、必要な記録を提出します」
セレナが続ける。
「私も、竜王国との取引に関わる記録として正式に照会しますわ」
ガルドは棚から帳簿を取り出した。
「改ざん前の原本もある。これで言い逃れはできん」
バルトは、震える手で一冊の帳簿を受け取った。
そこには、三年前の自分の取引記録が残っていた。
納品日は正しく記載され、受領者の署名もある。
そして、その隣には赤い文字で、後から書き加えられた信用値が記されていた。
「……俺は、悪くなかった」
バルトの目から、涙がこぼれた。
「俺は、何もしていなかったんだ」
レンは、バルトの肩に手を置いた。
「はい。少なくとも、この記録を見る限り、信用値が下げられた理由はありません」
バルトは帳簿を強く抱きしめた。
「ありがとう……」
「まだ終わっていません」
レンは扉を見た。
「ここから、正しい手続きを始めます」
そのとき、扉の外から複数の足音が聞こえてきた。
「監督部署の者だ!」
「扉を開けなさい!」
エドガーが逃げようとする気配がした。
しかし、階段の上にはすでに市の監督官たちが到着していた。
「エドガー、あなたには記録改ざんと証拠隠滅未遂の疑いがある」
「違う! 私は命令されただけだ!」
「その命令を出した人物についても、これから調べます」
監督官がエドガーを取り囲む。
エドガーは、最後にレンをにらみつけた。
「この街の信用制度を壊すつもりか!」
レンは静かに答えた。
「壊れた制度を、正しく直すだけです」
エドガーは何も言い返せなかった。
◇
明らかになった真実
保管室からは、改ざん前の取引記録だけでなく、複数の商人の信用値を操作した記録も見つかった。
さらに、信用値を下げられた商人たちの取引権を、特定の商人組織が安く買い取っていたことも判明した。
ハーゲンは、すべてを証言することを約束した。
「私は罪を逃れるつもりはない。だが、これ以上、同じことが起きないようにしたい」
バルトは、原本の記録を見つめながら言った。
「俺も証言する。三年前に何があったのか、全部話す」
ガルドがうなずく。
「それでいい。失った信用を取り戻すには、真実を積み重ねるしかない」
ミリアは、黒い魔道具を調べていた。
「この魔道具は、まだ完全には解析できていない。でも、月影の羽と同じ系統の魔力が使われている」
「月影の森と、信用値の改ざんに関係があるのか?」
レンが尋ねる。
「まだ断定はできない。ただ、この魔道具を作った人物は、月影の羽の力を知っていた可能性がある」
モモが不安そうに羽を震わせた。
「月影の羽が、悪いことに使われていたの?」
「わかりません」
レンはモモに向き直った。
「でも、力そのものが悪いわけじゃない。使う人の目的が問題なんです」
セレナがレンの隣に立つ。
「その通りね。だからこそ、正しく使う人が必要なのよ」
「セレナさん……」
「もちろん、あなたがその役目を担うのよ」
「俺が?」
「ええ。未来の妻として、ずっと支えるわ」
「またその話ですか!」
「大切な話でしょう?」
「今は事件の解決が先です!」
「事件が終わったら、続きを話しましょう」
「……覚えていたんですね」
ガルドが呆れたように笑った。
「お前たちは、どんな状況でもその調子だな」
◇
新たな依頼
地下二階の調査を終えたあと、レンたちは商業組合の会議室に集められた。
市の監督官が、正式な調査結果を説明する。
「今回の件は、組合内部の一部の者が信用値管理魔道具を不正に操作し、商人たちの信用値を改ざんしていた事件です」
「被害を受けた商人たちは、どうなるんですか?」
レンが尋ねた。
「改ざんされた記録を再確認し、信用値を再計算します。失われた取引や財産についても、補償を検討します」
バルトが深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
監督官はレンたちを見た。
「あなた方の調査がなければ、証拠は消されていたでしょう。協力に感謝します」
「俺たちは、真実を確認したかっただけです」
レンは答えた。
「それに、まだ終わっていません」
「どういう意味ですか?」
レンは、ミリアが調べていた魔道具を見た。
「この魔道具を作った人物と、エドガーに命令した人物がわかっていません」
ミリアがうなずく。
「魔道具の中に、別の場所へ送られた通信記録が残っている。送り先は、この街の外です」
セレナの表情が変わった。
「竜王国方面の記録もあるわ」
ガルドが眉をひそめる。
「つまり、組合だけの問題ではないということか」
「おそらく」
レンは、スマートフォンに表示された新しい情報を見つめた。
【未知の取引網を検出】
【接続先:複数の異世界】
【月影の羽との関連:高】
レンは息をのんだ。
地下二階で見つかったのは、バルトの過去だけではなかった。
この街の信用制度を利用し、異世界をまたいで商人たちを操る者たちの存在。
その手がかりが、今、レンたちの前に現れた。
モモがレンの肩に乗る。
「レン、また大変なことになりそうだね」
「そうですね」
レンは仲間たちを見渡した。
セレナは力強くうなずき、ミリアは杖を握り直している。
ガルドは新しい帳簿を開き、バルトはまっすぐ前を見ていた。
「でも、みんなが一緒なら大丈夫です」
レンは、静かに拳を握った。
「次は、異世界をまたぐ取引網の正体を追いましょう」
セレナが微笑む。
「もちろん。あなたの隣は、私の場所ですもの」
「未来の妻として?」
「正解!」
「だから、今は事件の話を――!」
仲間たちの笑い声が、会議室に響いた。
地下二階で見つかった真実は、まだ始まりにすぎない。
信用を奪う者たちの背後には、異世界をまたぐ巨大な取引網が存在している。
そして、その中心には、月影の羽と同じ力を使う何者かがいる。
レンたちは、新たな謎を追うために、再び歩き出すのだった。




