第25話 地下二階!仲間の力を合わせろ
「全員、準備はいいですか?」
翌朝。
商業組合の建物を前に、レンは仲間たちを見渡した。
ミリアは魔法の杖を握り、セレナは竜王国の身分証を確認している。
ガルドは古い帳簿を鞄にしまい、バルトは緊張した面持ちで地下の図面を見つめていた。
そして――。
「モモ、準備万端!」
小さな妖精姿のモモが、両手を高く上げた。
「お菓子も持った!」
「……持ってきたのか」
「地下でお腹がすいたら困るでしょ?」
「危険な場所に遠足へ行くんじゃないんだぞ」
ガルドが呆れた。
「でも、モモが元気なのはいいことよ」
セレナは微笑んだ。
「レン、あなたも無理はしないでね。何かあったら私が守るわ」
「ありがとうございます。でも、交渉は俺がやります」
「もちろん。私はあなたの隣にいるわ」
「未来の妻として?」
「正解!」
「答えなくていいところで答えないでください!」
いつものやり取りに、ミリアが小さく笑った。
だが、レンはすぐに表情を引き締めた。
「昨日の夜、地下二階の封鎖区画で記録が移動している反応がありました。もう時間がありません」
バルトが拳を握る。
「頼む。俺の過去に何があったのか、確かめさせてくれ」
「もちろんです。みんなで行きましょう」
レンたちは商業組合の正面玄関へと歩き出した。
◇
第一の役目――レンの交渉
受付には、昨日と同じ女性職員がいた。
レンは一歩前へ出る。
「旧取引記録の移管先について、正式な確認をお願いします。記録が移動している可能性があるため、保全も求めます」
職員は書類を受け取ったが、困った顔をした。
「申し訳ありません。エドガー様の許可がなければ、地下区画への立ち入りは認められません」
「では、エドガーさんに直接お話しさせてください」
「……少々お待ちください」
数分後、エドガーが現れた。
「また君たちか。何度来ても答えは同じだ」
「今回は、記録の保全もお願いに来ました」
レンは、昨夜確認した情報を説明した。
「地下の記録が移動している可能性があります。もし重要な取引記録が失われれば、被害を受けた商人への補償にも影響します」
「根拠は?」
「現時点では、記録の保全を求めるべきだと考えた理由をお伝えしています。移動の事実や移管先は、まだ確認できていません」
エドガーは鼻で笑った。
「曖昧な情報だけで、組合を動かせると思っているのか?」
「だから、正式に確認をお願いしているんです」
レンは引かなかった。
「記録が存在しないなら、そのことを確認できる資料を見せてください。存在するなら、移管先と管理責任者を教えてください」
エドガーは答えなかった。
その隙に、セレナが一歩前へ出た。
◇
第二の役目――セレナの交渉
「エドガー様」
セレナの声は、普段よりも落ち着いていた。
「竜王国との取引では、契約記録の保管と照合を大切にしています。記録が見つからないという理由だけで、調査そのものを終わらせるのは適切ではないと思いますわ」
「竜王国の事情を、この街に持ち込むつもりか?」
「いいえ。ただ、国をまたぐ取引でも、記録の正確さが信用を支えているということです」
セレナは身分証を提示した。
「私は竜王国との取引関係を確認する立場から、この件の調査を求めています。必要であれば、正式な照会を行うことも検討します」
周囲の職員がざわついた。
エドガーの表情が変わる。
「……そこまで大げさにする必要はない」
「それなら、必要な確認をしていただければ済むことですわ」
セレナは微笑んだ。
その笑顔は美しかった。
そして、なかなか強かった。
レンは心の中で拍手した。
(セレナさん、すごい……!)
「レン、見ていた?」
セレナが振り返る。
「はい! 助かりました!」
「よかった。あとで二人きりでお礼を――」
「その話は帰ってからにしましょう!」
「まあ、楽しみだわ」
「話が違う方向に進んでいる……」
ミリアがため息をついた。
◇
第三の役目――ガルドが見つけた矛盾
そのとき、ガルドが鞄から古い帳簿を取り出した。
「もう一つ、確認してほしいものがある」
エドガーは不機嫌そうに帳簿を見た。
「まだ何かあるのか」
「バルトの取引記録だ。納品予定日より前に納品済みとなっている。しかも、受領者の署名がない」
ガルドは別の紙を並べた。
「こちらは、当時の契約書の控えだ。納品予定日は帳簿と一致している。だが、納品済みの記録だけが食い違っている」
「記入ミスだろう」
「その可能性はある。だが、同じ取引先の複数の記録で、似たような不整合が起きている」
ガルドの声が低くなった。
「一つなら間違いかもしれん。複数あるなら、原本を確認する必要がある」
エドガーは黙り込んだ。
「商人の信用を数字で評価するなら、その数字の根拠となる記録も正しくなければならない」
ガルドは帳簿を閉じた。
「俺たちは、バルトを無条件に許せと言っているんじゃない。正しい記録で判断してくれと言っているんだ」
バルトは、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「礼はまだ早い。お前が返すべきものは、きちんと返すんだぞ」
「はい」
レンは、ガルドの言葉を聞いてうなずいた。
これこそ、商人として大切なことだ。
信用を取り戻すには、真実を明らかにするだけでは足りない。
責任を果たす必要もある。
◇
第四の役目――ミリアが見つけた地下への道
交渉の結果、エドガーはしぶしぶ、地下区画の管理責任者による確認を認めた。
ただし、立ち入りは責任者の立ち会いのもとで、記録保管区画の入口まで。
中に入れるかどうかは、その場で判断するという。
「十分です。ありがとうございます」
レンが頭を下げると、エドガーは冷たく言った。
「何も見つからないだろうがな」
案内されたのは、建物の奥にある古い階段だった。
石造りの階段は薄暗く、壁には古い照明器具が並んでいる。
「ずいぶん古いな……」
バルトがつぶやいた。
ミリアは壁に手をかざした。
「待って」
彼女の指先に、淡い光が灯る。
「この先、魔力の流れが不自然だ」
「危険な魔法か?」
レンが尋ねる。
「まだわからない。ただ、壁の向こうに空間がある」
ミリアは壁を慎重に調べた。
やがて、石の継ぎ目に小さな刻印を見つけた。
「ここだ。改修工事の際に、隠された通路を塞いだのかもしれない」
エドガーがすぐに口を挟んだ。
「そんなものはない。古い建物には、使われていない空間もある」
「ならば、図面と照合させてください」
レンが答えた。
ガルドが図面を広げる。
ミリアが見つけた場所は、地下二階の旧取引記録保管区画に近かった。
「位置が一致している……!」
レンが声を上げる。
エドガーの顔がこわばった。
「ここから先は、立ち入りを認めていない」
「わかっています。管理責任者の確認をお願いします」
レンは、あくまで正式な手続きを求めた。
ミリアは壁から手を離し、レンに小さくうなずいた。
「この先に何かあるのは間違いなさそうだ。でも、今は無理に開けないほうがいい」
「ありがとう、ミリア」
「仲間なんだから当然だろ」
◇
第五の役目――モモが見つけた小さな印
全員が壁を調べていると、モモが突然、声を上げた。
「あっ! これ、見て!」
「どうした、モモ?」
モモは壁の下のほうを指さしていた。
そこには、人の目では見落としそうな、小さな蝶の刻印があった。
「これ、月影の森で見た模様に似てる!」
レンは驚いた。
「月影の羽と関係があるのか?」
「わかんない。でも、なんだか懐かしい感じがする!」
モモの羽が、淡い白紫色に光った。
レンのスマートフォンも反応する。
【微弱な共鳴を検出】
【反応対象:地下二階・封鎖区画】
【月影の羽との関連:未確定】
「やっぱり、ただの古い倉庫じゃない……」
レンがつぶやいた。
モモは刻印に近づいたが、レンがそっと止めた。
「触らないで。まず管理責任者に確認しよう」
「はーい」
モモは素直に下がった。
その直後、壁の向こうから、かすかな音が聞こえた。
カタン。
全員が息をのむ。
続いて、誰かが何かを動かすような音。
ガルドが低い声で言った。
「……中に誰かいるのか?」
バルトの顔から血の気が引いた。
「まさか、消えた帳簿を……?」
◇
第六の役目――バルトが聞いた声
バルトは壁に近づいた。
「待ってくれ。少しだけ、静かにしてくれ」
彼は耳を澄ませた。
すると、壁の向こうから、かすかな声が聞こえてきた。
「……移管記録は、すべて処分しろ」
バルトの目が見開かれた。
「この声……!」
「知っている人ですか?」
レンが尋ねる。
バルトは震える声で答えた。
「三年前、俺の信用値が急落したとき、最後に取引記録を確認した組合の職員だ」
レンの表情が変わる。
「名前は?」
「……ハーゲン」
その名を聞いたエドガーが、突然声を荒らげた。
「もう十分だ! 調査はここまでだ!」
全員が振り返った。
「この区画は危険だ。全員、地上へ戻れ!」
「危険なら、なおさら確認が必要です!」
レンは言い返した。
「ここに人がいる可能性があります。安全を確認する必要があるはずです」
「君に判断する権限はない!」
エドガーが管理責任者に向き直る。
「直ちに封鎖を維持しろ!」
しかし、そのときだった。
階段の上から、落ち着いた声が響いた。
「その命令は、少し待っていただこう」
現れたのは、昨日レンたちに鍵を渡した、旧取引記録管理室の元管理人だった。
彼は手に一枚の古い書類を持っていた。
「地下二階の旧記録保管区画は、正式な調査対象となった。私は当時の管理責任者として、保管記録の確認を求める」
エドガーが息をのむ。
「あなたは、もう管理責任者ではない!」
「そうだ。だが、当時の記録の保管責任について、証言する権利はある」
老紳士は、レンたちを見た。
「君たちの調査申請が受理された。市の監督部署から、記録の保全を求める連絡も入っている」
レンは思わず拳を握った。
全員の力が、一つにつながった瞬間だった。
セレナの交渉。
ガルドの帳簿。
ミリアの魔法。
モモの発見。
バルトの記憶。
そして、レンが積み重ねた正式な手続き。
誰か一人だけでは、ここまでたどり着けなかった。
老紳士は古い鍵を取り出した。
「さあ、扉を確認しよう」
◇
地下二階――封じられた扉
石の壁の前に、全員が並んだ。
老紳士が鍵を差し込む。
カチリ。
小さな音が響いた。
しかし、扉は開かない。
「やはり、内側から封じられている……」
老紳士は苦い顔をした。
ミリアが魔力の流れを確かめる。
「物理的な鍵だけじゃない。魔法の封印が重なっている」
「解除できるか?」
レンが尋ねる。
「できるかもしれない。でも、強引に解除すると、中にあるものを傷つける可能性がある」
モモが蝶の刻印を見つめた。
「ねえ、レン。これ……」
彼女は壁に近づき、刻印の周囲を指さした。
小さな文字が刻まれている。
『記録を求める者よ、己の利益だけを求めてはならない』
レンは、その言葉を静かに読んだ。
「……商人への試験みたいですね」
ガルドがうなずく。
「帳簿を手に入れることだけが目的なら、開かない仕組みなのかもしれん」
レンはバルトを見た。
「バルトさん。ここにある記録が、あなたに不利なものだったとしても、すべて確認する覚悟はありますか?」
バルトは迷わなかった。
「ああ。俺が悪かった部分も、誰かが記録を改ざんした部分も、全部知りたい」
「それなら、俺たちも一緒に進みます」
レンは仲間たちを見渡した。
誰も、引き返そうとはしなかった。
そのとき、モモの羽が再び光った。
蝶の刻印が、淡い白紫色に輝き始める。
続いて、壁の奥から重い音が響いた。
ゴゴゴゴ……。
石の扉が、ほんのわずかに動いた。
そして隙間から、一枚の古い紙が滑り出てきた。
レンが拾い上げる。
そこには、震えるような文字で、こう書かれていた。
『三年前の信用値改ざんは、まだ終わっていない』
レンは息をのんだ。
バルトの過去。
消えた帳簿。
商業組合の地下。
そして、今も続いているかもしれない不正。
すべてが、一本の線につながり始めた。
「……みんな」
レンは仲間たちを見た。
「ここから先は、もっと慎重に進みましょう」
セレナがうなずく。
ミリアが杖を構える。
ガルドは帳簿を抱え直し、バルトは強く拳を握った。
モモは小さな羽を震わせながら、レンの肩に戻った。
「大丈夫。みんな一緒だよ!」
レンは、仲間たちとともに、わずかに開いた扉を見つめた。
その向こうに待っているのは、三年前の真実。
そして、この街の信用制度を揺るがす秘密だった。




