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「カーテン開けると異世界トリップで大儲け」  作者: 碧凛睡
第2章 新しい異世界カーテンの向こうで大商売!
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第23話 消えた帳簿と黒い取引

「帳簿が消えた、か……」

翌朝、レンはバルトの店の前に立っていた。

いや、正確には店だった場所だ。

看板は外され、扉には古い板が打ちつけられている。窓には埃が積もり、店の中は薄暗かった。

「ここが、バルトさんのお店ですか?」

「ああ。昔は、もっと賑やかだったんだがな」

バルトは寂しそうに笑った。

「今じゃ、誰も近づかない」

「レン、ここ、お店なの?」

モモがレンの頭の上から中をのぞいた。

「お店だったんだよ」

「じゃあ、商品は?」

「今から探すんだ」

「お菓子は?」

「それはない」

「……帰ろうかな」

「帰るな!」

朝からいつもの調子だ。

レンは扉の板を外し、バルトと一緒に店の中へ入った。

棚には空箱が並び、机の上には古い伝票が散らばっている。

その奥に、小さな木箱があった。

「これは?」

「ああ、昔の取引記録を入れていた箱だ。残っているものは、たぶんそこに……」

バルトが蓋を開けた。

中には数冊の帳簿と、折りたたまれた紙が入っていた。

レンは一冊ずつ確認していく。

仕入れ先、納品日、取引金額。

どれも細かく記録されている。

「思ったより、きちんとしていますね」

「商売だけは真面目にやっていたつもりだ」

「だけは、って自分で言うんですね」

「……そこは突っ込むな」

レンは帳簿のページをめくった。

すると、ある日付のところで手が止まった。

「この取引、変ですね」

「どれだ?」

「薬草の納品記録です。納品予定日が三日後なのに、その前の日に取引が完了したことになっています」

バルトが帳簿をのぞき込む。

「本当だ……。こんな記録、俺は書いていない」

「記憶違いではありませんか?」

「その頃のことは、よく覚えている。橋が崩れて、村へ向かった日だ。俺は納品できなかったんだからな」

レンは別の帳簿を開いた。

同じ取引先の記録がある。

そこには、さらに奇妙なことが書かれていた。

『納品済み。受領確認あり』

だが、受領者の署名がない。

「普通、受領確認には署名が必要ですよね?」

「ああ。少なくとも、この街の商業規則ではな」

「それなのに、納品済みになっている……」

レンは眉を寄せた。

単なる記入ミスにしては、都合がよすぎる。

     ◇

「その帳簿、どこで見つけた?」

突然、背後から声がした。

振り返ると、扉のところに一人の男が立っていた。

上等な服に、銀色の商業組合章。

胸元には、信用値を示す小さな青い石が光っている。

男は笑顔を浮かべていたが、その目は笑っていなかった。

「私は商業組合の監査補佐、エドガーだ。バルトの取引記録に不審な動きがあると聞いてね」

レンは帳簿を閉じた。

「不審な動き、ですか?」

「信用を失った商人の帳簿だ。調べる価値はあるだろう?」

「それなら、ちょうど調べているところです」

レンは手元の帳簿を見せた。

「この受領記録、署名がありません。納品日にも不自然な点があります」

エドガーの笑顔が、ほんの一瞬だけ消えた。

本当に一瞬だった。

だが、レンは見逃さなかった。

「古い帳簿には、記載漏れもある」

「そうかもしれません。でも、確認は必要ですよね」

「君はこの街の商業規則を理解しているのか?」

「勉強中です」

「なら、余計なことには首を突っ込まないほうがいい。信用のない商人に関われば、君自身の評価にも影響する」

エドガーはバルトを一瞥した。

「この男を助けても、君が損をするだけだ」

バルトは黙っていた。

言い返せないのだろう。

これまで、何度も同じことを言われてきたのかもしれない。

しかし、レンは違った。

「損をするかどうかは、調べてから決めます」

「……何?」

「俺は商人です。取引相手を信用するかどうかは、商品と記録を確かめてから判断したいんです」

レンは帳簿を胸に抱えた。

「最初から信用しないと決めていたら、商売なんてできませんから」

エドガーはしばらくレンを見つめていた。

やがて、薄く笑った。

「面白いことを言う商人だな。だが、この街では信用がすべてだ。気をつけることだ」

そう言い残し、男は店を出ていった。

扉が閉まる。

モモが小さな声でつぶやいた。

「……あの人、なんだか嫌な感じ」

「うん」

レンも同じことを感じていた。

エドガーは帳簿を見た瞬間、ほんのわずかに動揺した。

まるで、見られては困るものがあると知っていたかのように。

     ◇

「レン……」

バルトが、うつむいたまま口を開いた。

「あの男には逆らわないほうがいい」

「どうしてですか?」

「エドガーは商業組合の上層部とつながっている。信用値の審査にも関わっているらしい」

「つまり、この街の商売を左右できる人間ということですか」

「ああ。俺の信用値が急落したときも、あいつが関わっていたという噂があった」

「なぜ、今まで言わなかったんです?」

「証拠がなかった。それに……」

バルトは拳を握った。

「誰も俺の話なんか信じなかった」

レンはすぐに答えなかった。

バルトの言葉が本当かどうか、まだわからない。

エドガーが帳簿に関与している証拠もない。

けれど、ひとつだけ確かなことがある。

調べなければ、何もわからないということだ。

「バルトさん。ひとつお願いがあります」

「何だ?」

「帳簿を、勝手に書き直したり、捨てたりしないでください。都合の悪い記録も、全部残してください」

「……ああ」

「それから、あなたが本当に契約を破った取引については、責任を取る方法を考えましょう」

「わかっている」

「誰かに不正をされたとしても、それであなたの責任が全部なくなるわけではありません。でも、誰かが事実をねじ曲げていたなら、それも明らかにする必要があります」

バルトはゆっくりとうなずいた。

「お前は、俺を信じているのか?」

レンは少し考えてから答えた。

「まだ、全部は信じていません」

バルトの顔が曇る。

しかし、レンは続けた。

「でも、調べる価値はあると思っています」

その言葉に、バルトは目を見開いた。

そして、何年ぶりかというように、深く頭を下げた。

「……ありがとう」

「お礼は、調査が終わってからでいいですよ」

「そうだったな」

二人は小さく笑った。

     ◇

店を出たレンは、スマートフォンを確認した。

【特別依頼:信用回復】

【調査対象:バルトの過去の取引記録】

【新情報:受領確認の不整合】

【第三者の関与:可能性あり】

さらに、画面の下に新しい項目が表示されていた。

【関連取引先:中央商業組合】

「中央商業組合……」

この街の信用制度を管理する組織だ。

もし本当に誰かが記録を改ざんしていたのなら、バルト一人の問題では済まない。

「レン、お腹すいた!」

モモが突然叫んだ。

「今、すごく大事なことを考えてるんだけど」

「大事なことと、お腹がすいたことは別だよ!」

「……そうだな」

レンは苦笑した。

「とりあえず、何か食べようか」

「やったー! レン、大好き!」

「お菓子があるときだけだろ」

「もちろん!」

即答だった。

そのとき、道の向こうから一人の少年が走ってきた。

「すみません! あなた、佐伯蓮さんですか?」

「そうだけど?」

少年は息を切らしながら、一枚の紙を差し出した。

「これを渡すように言われました」

「誰に?」

「黒い服の人です。顔はよく見えませんでした」

レンは紙を受け取った。

そこには、短い文章が書かれていた。

『バルトを調べるなら、三年前の災害記録を探せ。消えた帳簿は、商業組合の地下にある』

レンの背筋に、冷たいものが走った。

商業組合の地下。

そこに、消えた帳簿があるというのか。

「……この手紙を渡した人は、ほかに何か言っていた?」

少年は少し迷ってから答えた。

「ひとつだけ」

「何?」

少年は声をひそめた。

「『信用値がゼロの商人より、信用値が高すぎる商人を疑え』って」

レンは紙を見つめた。

この街では、信用値が高いほど優れた商人だとされている。

けれど、その数字は本当に正しいのだろうか。

そして――。

商業組合の地下には、いったい何が隠されているのか。

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